31 暗躍日和の夜
影の跳躍を使って、学園の中を隈なく探った。同時に見渡せる目を使い、音や話し声、行動を把握していく。
連続して見渡せる目を使うと酷い眩暈と頭痛が襲ってくるけれど、それを気にしてはいられなかった。
爛諭に言いがかりを付けられ、暗殺されるのは御免だわ。
盗み聞いた爛論の言葉を思い出しながら、そう思った。
爛諭の性格は、用意周到な攻略対象者という事以外、あまりよく知らない。
前世では攻略できなかった1人で、あまり興味を惹かれなかった1人でもあった。爛諭は博聞強記の王の称号を持っていて、馬鹿とは真逆の才を持っている。少し調べれば、私の無実など簡単に証明出来てしまうだろう。
厄介なのは、頭の切れる人はそれ以外の事にも頭を働かせるという事。そこを利用されるのは面倒であるし、こういう事は前世の経験から「早めに対処するべき事」だと知っている。
だから、今動いて――――先手を打つ。
閉鎖されている教室棟の屋上まで一気に跳躍した。
「ここで最後ね……。あ、見つけた。ふふ、雑魚キャラは口が軽くて助かるわね」
制御装置の腕輪を外した事もあるけれど、犯人の情報を知る人は意外とすぐに見つかった。
「ああ、それにしても……。うえっ、気持ち悪い。限界だわ」
ずっと我慢していたものが込み上げてくる。慌てて口元を手で塞いだ。
原因は分かっている。見渡せる目の力を使い、たくさんの音や声を聞いたせいだろう。つまり、言葉酔い。
しゃがみこんで呼吸を整えた。
――――全部、汚かった。黒かった。暗殺を企てる者の声、罠に嵌めようとする者の声。呪いや儀式の音に、溢れ出す憎悪が私の肌を突き刺す感覚。その全部が気持ち悪い。
平和な世界で幸せになりたいだけなのに……。どれだけ暗躍すれば良いのかしら。
考えただけで気が遠くなる。
「駄目……今は集中して。良し!」
屋上のすぐ下の階の窓を最小限に叩き割ると、躊躇する事なくそこから侵入した。
警報装置のようなものはこの学園にはない。侵入は容易かった。警報以上に厄介なものがあるとしたら、それは人間だろう。
学園では人間が互いを監視し合っている。弱点を探りそれを自国や敵国に売ったりする事に、彼らは余念がない。起こるかどうかも分からない大戦争の火種を、生徒たちは嗅ぎまわっているのだ。
見渡せる目でそんな事までもが、分かってしまった。
前世だろうが現世だろうが、やっぱり人間が一番怖いわ。でも……。
「人間の視線さえかいくぐれば、大抵の事は出来てしまうのよね。この鳥籠のような学園では」
螺旋階段の中心部から、真っ逆さまに落ちていく。地面と衝突する寸前で風をクッションの代わりにして、上手く着地した。
顔を上げると、情報を知る男とその仲間たちが驚いて肩を揺らした。
「1、2、3……5人ね」
「誰だ、お前!」
男たちは武器を手に取ると、襲いかかってきた。
――――この人たちは、他人を傷付ける事に躊躇しないのね。だったら遠慮する必要はないわ。
背後に素早く移動して、風を纏った手刀で気絶させる。それを4回繰り返した。
「あと1人」
人差し指をピンと立て、無言で笑顔を突き付ける。前世では決して出来ない真似事をあっさりとやってのけた。
「クソ、計画が……」
そう吐き捨てた男は、背中を見せて逃げ出そうとしている。その肩を掴み、思いっきり爪を立てた。
「ねぇ、誰の計画かしら? 失敗すると、誰が貴方の首を飛ばすの?」
真顔で物騒な事を聞いてみると、男は観念したように大人しくなった。うん、根性なしだわ、この男。
風でその男の両手首と両足首を結び、動きを封じる。ついでに、地面で気絶している4人の男にも同じように手足を結んだ。
「貴方が情報を知ってるこのグループのリーダーよね? あそこで気絶している4人その部下かしら?」
「………………」
沈黙を貫く男の襟首を掴むと、風の力を借りて持ち上げた。
それから影の跳躍を使って、特別寮まで駆けていく。私に襟足を掴まれている男は、その影の跳躍の速さに気を失った。無理もない。空気の抵抗を生身の肌で受け止めれば、誰でも最初はそうなる。
「――――ッ痛。捻ったかしら……」
風の力で持ち上げていたとはいえ、多少は負荷がかかる。自分よりも大きい男なら尚の事だ。体力の消耗も激しく、特別寮に着いた頃には息も上がっていた。
「やっと着いた……」
目の前には、寮とは思えない豪華な建物が建っている。ロゼス、ガゼロ、ユラ、爛諭、アラトマ、その5人のために建てられた特別寮は、一般寮とはだいぶ作りが違っていた。外装だけ見ても、大金を落として建てられている事が分かる。
特別寮の入り口は無防備に開いていた。外から中を覗くと、一般女子寮にはあった管理室が見当たらない。
「学園の中で一番セキュリティが高そうだわ」
人並外れた称号の力を持つ支配者一族が5人もいる。例え入り口が開かれていようとも誰もその一歩を踏み出さない理由は、想像に難くない。
大きく深呼吸をした後、私は男を連れて特別寮の中へ入っていった。
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