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弓兵と魔女の国  作者: こばやし
第一章 因果の魔女
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四話


 サンズ市の空に色鮮やかな花火が打ちあがり、その光と音とが、馬車の中のウルルにもかすかに届いた。馬車が大橋にさしかかったころ、日はほとんど暮れていた。川を渡って短い林道を抜ければ、すぐにグロリア地区である。

 すると、御者(ぎょしゃ)側の窓が叩かれたので、ユダが開けて応対した。


「お二人、行先はグロリア地区で間違いありやせんね」

「ええ、それが何か」

「いえね、今どきはグロリア地区でも、何か祭りをやっているのかと思いまして」

「祭り? なぜです?」

「はあ、林道に入る前、鉱山のあたりが目に入ったんですが、何ぞチカチカ光ってるのが見えまして。サンズ市に対抗して、あちらでも花火を上げているのかな、と」


 御者の言葉にユダはわずかに顔色を変え、ウルルを見た。

 彼もまた、表情を曇らせた。


「もっと飛ばしてくれ」




 サンズ市方面からグロリア地区に入るとまず目を引くのが、娼館(しょうかん)付きの巨大な酒場、『金獅子亭(きんじしてい)』である。五階建ての、スラム街には似つかわしくないほど立派なたたずまいで、食事も酒もサービスも申し分なく、また娼婦も美人ぞろいである。

 そんな大店(おおだな)が地区の入り口に建てられている理由は言うまでもなく、日ごろグロリア地区を見下しているサンズ市民に、せめてもの威厳(いげん)を示すためである。


 その金獅子亭が夕闇の中、ウルルたちの目の前で炎に包まれていた。

 また、火事にくわえて異様な光景がもう一点。燃える店を取り囲むように、十数名の赤い制服の男たちが列をなしているのである。彼らは、火の手から逃れようと店から飛びだしてきた店員と客たちを、待っていましたとばかりに片っ端から取り押さえていく。


「やめてよ、離して!」

「大人しくせんか!」

「てめえこの、俺を誰だと思ってる!」

「ギルドの犯罪者どもが!」

「君ら、サンズの憲兵だろう! 私はサンズ市民だ……ぐあっ!」


 炎の燃え盛る音に、建屋の崩れる音、悲鳴と罵倒(ばとう)、遠くから届く花火の音。状況が混沌(こんとん)を極める中、今しも飛びだしてきた老人を見て、ウルルは思わず声をあげた。


「キーファ!」


 半裸のキーファ老人が殴られ、地面に組み伏せられた。ウルルは野次馬たちをかき分けて助けに入ろうとしたが、一歩早く駆けつけたユダが、兵士の横面を殴りぬいた。


「殺すなっ」


 ウルルが叫ぶ。気絶した兵士にとどめを刺そうとしていたユダは、舌打ちして手を止めた。幸い、ほかの者たちは目の前の仕事に手一杯で、こちらに気付いた様子はない。


「ぼっちゃん、だんなっ!」


 ウルルがキーファを助け起こすと、老人は頭から少量の血を流しながら、今にも泣きだしそうな有様であった。


「や、やつら、サンズ市の憲兵隊(けんぺいたい)です。み、店に入ってきて、犯罪者ギルドの摘発だとか言って、いきなり火ぃ、火をつけやがった! やつら、いかれてやがる!」

「それだけ口がきけりゃ大丈夫だな。とにかく、ここを離れよう」

 



「どうやら、ギルドの運営する施設が片っ端から標的になっているようですね」


 ユダが自宅の窓から顔を出すと、夕闇の中、いくつも火の手が上がって見えた。


「この家もギルド所有だ、いつ手入れが入るかわからない。キーファは必要なものだけ持って、安全な場所に隠れているんだ。ことが落ち着いたらまた会おう」


 老人の頭に包帯を巻きおえると、ウルルは弓と矢筒を肩にかけた。


「あたしだけで? ぼっちゃんたちは一緒に来られないんで?」

「こういう時のための食客(しょっかく)だからな。俺はボスのところへ行くよ」

「じょ、冗談おっしゃい。そんなの、殺されに行くようなもんだ」


 キーファが必死に止めると、ユダも憤(いきどお)るように同意した。


「義理堅いのは立派ですが、そこまで行くともはや病気ですよ。ギルドとはそこまでの付き合いでもないでしょう。それに、屋敷のあたりにも火が見える。もはや手遅れです」


 しかしウルルは無言でほほ笑み、フードをかぶって部屋を出た。


「……はあ、頑固なんだから。ご老人、どうかお達者で」


 ユダはため息を吐いて剣を取り、そして思い出したように戸棚を漁って何かをポケットに入れてから、兄弟分の後を追った。


 グロリア地区はどこも蜂の巣をつついたような有様で、パニックがパニックを呼び、ギルドに関係のない住民たちまでが当てもなく逃げまどっている。

 途中、ギルドに仲介してくれた例の質屋の前を通ったが、見事に燃え尽きて、今や残骸だけである。それを見てウルルは無意識に、穴のふさがりかけた耳たぶを触っていた。


 屋敷へと続く坂道を、憲兵を乗せた馬車が二台駆けていくのが見えた。兵が集結しつつあると察した二人は、舗装(ほそう)されていない林の中を抜けて、ショートカットを試みる。

 急勾配(きゅうこうばい)の林の中を、疾風のような身軽さで駆けあがると、やがて屋敷の東側の庭園に出た。外灯に照らされた薄闇の中で、憲兵とギルド員が殺しあいを演じ、さながら戦場の様相を呈(てい)している。


「本館を目指す。殺しはなしだ。正規兵を殺すと、いざというとき面倒だからな」


 ウルルは黒のハンカチをさし出し、受けとったユダは口もとに巻いてマスクにする。


「不殺の方が面倒ですけどね」


 悲鳴と怒号が飛びかう中、二人は極力、戦闘を回避しながら広い庭園を進んでいく。しかし、玄関棟と本館を結ぶ通路に出たところで憲兵たちと出くわした――が、次の瞬間には敵は太ももから矢を生やし、またはすねを斬られて倒れていた。

 憲兵はギルド員の倍はいると思われ、次々向かってくる相手を、ウルルとユダは決して殺すことなく無力化していく。そうしてどうにか通路を抜け、ボスがいると思われる本館の扉に手をかけたとき、異変が起こった。

 背後の玄関棟の方角から、ウルルがこれまでに聞いたことのない、雷鳴のような破壊音が響いたのである。決して大きな音ではない。しかし、その異質さゆえに耳に残って離れず、しばらく放心していたウルルだったが、ユダに声をかけられてようやく我に返った。


 扉を押し開けると、蝋燭(ろうそく)の明かりに照らされた本館内は、やけに不気味に静まりかえっていた。二人は顔を見合わせた後、エントランスの階段を慎重に上がる。すると、四方から人が集まってきて、二人を取り囲んだ。身なりからして、ギルド員である。


「落ち着け、俺たちは仲間だ。一か月前、ボスに雇われた用心棒だよ」

「用心棒……ああ、アンタらが、あの敗残兵殺しの……」


 リーダー格の男が納得しかけたとき、扉が打ち破られ、憲兵がなだれ込んできた。


「クソが、ここまで来やがったか!」

「お前ら、やっちまえ!」

「ギルドなめんな!」


 男たちは血気盛んに叫び、剣と剣がぶつかり、血が吹き、エントランスは戦場と化した。


「お元気なことで」


 二人は構わず、奥へと進む。広く長い廊下の先、最奥部の部屋が見えた。

 しかし鍵がかかっているようで、その重厚な両開きの扉は二人を阻む。


「ボス、俺です。ウルルです。ユダもいます。すぐそこまで憲兵が来ています。俺たちが護衛するので、今すぐここを出ましょう」


 すると、扉の向こうでガタガタとあわただしい音がした後、ゆっくりと扉が開かれた。

 扉の隙間から顔をのぞかせたガウン姿のボスは、フードとマスクで顔を隠した二人組に戸惑った様子を見せたが、それがウルルとユダだと分かると、すぐに表情を明るくした。


「先生がた! 来てくれると信じてたよ!」

「さあ、すぐに逃げましょう」

「ああ、だが少し待ってくれ。荷物があるんだ、あんたらも運ぶの手伝ってくれ」


 せわしなく扉を開き、二人を手招きする。そんな雇い主の背中に向かい、


「そんな場合じゃ――」


 と、ユダが呆れ声を出しかけた、その時。ウルルとユダは焼けるような熱を感じた。

 パアン、という破裂音をともなって、彼ら二人をかすめて赤紫色の閃光がほとばしり、ボスの背中に直撃した。一瞬で炭化した肥満体が、わずかに宙を舞い、床をはねる。それよりも速く、ウルルとユダは武器を構えて振りかえった。


 広い廊下の真ん中に、一人の女が立っていた。


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