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弓兵と魔女の国  作者: こばやし
第一章 因果の魔女
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五話


 派手な真紅のシャツ以外は、ネクタイもジャケットもロングスカートも黒ぞろいであった。髪まで黒く、おかっぱのロングヘアで、女性にしてはかなり背が高いがほっそりとやせて、白い肌と黒い瞳からは生気を感じられない。

 切れ長の目元には黒い煙がかったような独特の化粧をしており、とがった鼻は細く高く、反面ぷっくりと丸い唇は燃えるような赤色である。歳はまだ若く、二十歳に満たないように思われた。

 しかし何より目を引くのは、手に掲げている小さな『杖』であった。稲妻のように折れ曲がった木の杖の先端からは、赤紫の残り火がパチパチと音を立ててほとばしっている。


「魔女……」


 まるで怯えるようなユダの口ぶりに、ウルルの頬(ほお)を冷汗が伝う。

 しかし相対する魔女もまた、不思議そうに細い眉をひそめていた。


「まとめて狙ったのに……魔法が、それた?」


 鈴のような声でつぶやいた独り言は、エントランスから届く戦闘音にかき消されてほとんど聞こえなかったが、次の瞬間、虚(きょ)をついてユダが前に出た。同時、ウルルも矢を放つ。超高速の速射と剣撃、必殺の連携である。

 しかし、魔女が杖を小さく左右に振っただけで、矢は軌道を変えて外れ、突きは見えない壁に弾かれた。


 体勢をくずしたユダめがけ、杖が向けられた。杖の先端が紫の光をまとう。しかし、閃光が放たれるより速く、ウルルの矢が魔女に迫っていた。矢は見えない壁に阻まれたが、想定外の攻撃にひるんだ魔女は狙いを誤り、天井の一画を破壊した。

 轟音がとどろき、爆散したガレキと粉塵(ふんじん)が辺りを襲う。その混沌(こんとん)の中、ユダは冷静に敵のわきをすり抜けながら、渾身(こんしん)の剣を見舞った。これも例によって防がれたものの、「くふぅっ」と押し殺した悲鳴があがる。

 魔女は勢いに圧(お)されて一歩下がったが、すぐに杖を横に振って、飛んできた矢を間一髪弾きかえした。ウルルは唇を噛み、ユダがぼやく。


「今のを防ぎますか……」


 粉塵立ちこめる廊下にて、彼らは魔女をはさんで立つ形となった。


 一瞬の膠着(こうちゃく)の後、またしてもユダが先手を取り、連鎖してウルルも弦をしぼった。

 魔女は右に左に杖を振り、見えない結界を展開して両名の攻撃をはねかえす。しかしその絶え間ない連携の前に防戦一方に陥り、隙を見つけて反撃の魔法を放ったとしても、これら剣士と弓兵は獣のごとき反応速度と身のこなしでかわしてしまう。縦横無尽に飛び回れるほどの廊下の広さが、彼らに味方していた。


 魔女の白い頬に光る汗を、ウルルは見た。しかし同時、赤い唇が何かつぶやいているのも見えた。焦燥の念か、恨み言か。そのどちらでもないことはすぐに判明する。

 一進一退の攻防の中、かすかに、徐々に、大気が震えはじめていた。魔女の口に連動して、地を這うような重低音が、ウルル達の耳に届いていた。耳から侵入したそれは、体の芯を貫いて、直接心臓を握りしめるかのような圧迫感を持っていた。


 戦況は変わらない。しかし、まるで眠るような落ち着きを取りもどす魔女とは裏腹に、ウルルとユダは顔を蒼白(そうはく)にして、全身の毛穴から汗を吹き出していた。

 敵が特別な一手を備えていることは明白だが、冷静さを欠けば死ぬという戒めを込めて、ウルルはフードを深くかぶりなおす。

 十秒、二十秒……矢が宙を舞い、剣が空を裂き、閃光が石壁をうがつ。瞬きを忘れた瞳は充血し、耳鳴りが脳を刺し、緊張で鼻の血管が切れて唇に血が触れた。それでも彼は耐えて、耐えつづけた。

 しかし、ユダはそこまで我慢強くなかった。


「そのクソ呪文を、やめろぉっ!」

「だめだ、ユダ!」


 ウルルも叫んで弓を引く。しかし矢は空中でピタリと静止する。

 魔女と、目が合った。彼女は漆黒(しっこく)の瞳と、右手の杖をこちらだけに向けている。その後方、突きの構えでこちらへ迫るユダ。それを待ち構えていたかのように、不自然に崩落した天井がふりかかる。時を同じくして、静止していた矢が床に転がった。


 視界から消えた相棒を助けるべく、ウルルはナイフを取り出し、魔女に迫る。しかし足元の石畳が突如めくれ上がり、まるで虫を払うかのように後方に吹きとばされた。すさまじい勢いで扉を突きやぶり、ボスが横たわる執務室へと転がりこんだ。

 全身を強打した痛みで今にも失神してしまいそうだったが、それでもどうにか身を起こすウルル。その視界に、黒いスカートとブーツが映った。


 顔を上げると、また魔女の瞳と杖がこちらを向いていた。しかしこれまでとは異なり、表情があった。フードが取れて露わになったウルルの顔を見て、明らかに動揺している。

 ナイフを抜き、投げつける。しかし、それよりも魔法の方が速かった。


 目もくらむ赤紫の閃光が、ウルルの胸部を直撃した。

 彼は、焼けるような熱を感じた――焼ける『ような』熱。そう、実際に焼けたわけではない。

 閃光は直撃の寸前、翡翠(ひすい)色にきらめく霧と化し、文字通り霧散(むさん)してしまったのである。


「は?」


 声を漏らしたのはウルルだけではなかった。魔女もまた目をみはって、顔いっぱいに困惑の極みを表現している。

 するとその細身が、前にばたりと押し倒された。


「ユダ!」


 魔女を組みふせたのは、顔中を血に染めた、全身傷だらけのユダであった。


「や、兄弟。長らくお待たせいたしました」


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