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「ふたりがうまくいっていないのは知っていた。ただ、何か起こるとしても派手に言い争うぐらいかと思っていたんだ」
公爵はもはや怒りも失望も感じていないように淡々と語った。
「修復できないほどこじれるようなら破談にするしかないと覚悟はしていた。それで、客人達には内々に、もし何か起きても静観してもらいたいと頼んでいたのだが……」
(ああ、そうだったのね)
だから誰にも発言を止められなかったのだ。リリアナは会場にいた人々の行動がようやく腑に落ちた。
「だが、まさかあやつが本気でコール家の娘との結婚を考えていたとは思いもしなかった。私が甘かったのだな。しかも、エレノア嬢があれほど非常識な振る舞いをしていたとは知らず、君にも迷惑をかけた。だが、本当にあれで良かったのか?」
「ええ。ずっと婚約を解消したいと考えていましたから、思いがけず言いたいことをすべて言わせてもらえてすっきりしました。これで心置きなく修道院に行けます」
「修道院だって? やめておきなさい。そんなことをしたら泣く男がいるぞ」
「え? 誰のことでしょうか?」
「今回、騒ぎが起きそうだと警告してくれた人がいると言っただろう? じつは彼も会場にいたんだよ。君に会いたいというのでここに来てもらった」
公爵が立ち上がり、隣の部屋に通じるドアを開け放つと、夜会用の礼服を着たカイルが入ってきた。
「公爵、わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
頭を下げるカイルの肩を公爵は気安くぽんぽんと叩き、リリアナの向かいに座らせた。
「スタンリー侯爵とは昔から親しくしていてね。カイルのこともよく知っているんだよ」
スタンリー侯爵はカイルの義父だが、リリアナは会ったことがない。
「私は侯爵に話があるから少し席を外すよ。当然だが、扉は開けておくからね」
微笑みながらそう言うと、公爵は部屋を出て行った。
「公爵もお辛いだろう。まさかライアンがあそこまで愚かだったとはね」
後ろ姿を見送って、カイルが苦々しげにつぶやいた。
「従兄様はこうなることを予想していらしたの?」
「君に頼まれてライアンのことを調べたら、本気で子爵家に婿入りを考えているらしいとわかった。今はウエード侯爵が領地に行っているから、事を起こすなら今日の夜会だろうと思ってね」
「公爵様はコール子爵令嬢のことをご存じなかったのかしら?」
「知ってはいたが、そこまで深い仲だとは思っていなかったそうだ。私が調べた結果をお伝えしてようやく事態の深刻さに気づいたと仰っていた」
「そう。ライアン様はコール家に婿入りなさるのかしら?」
「損得勘定に長けたコール子爵が、公爵家と縁を切られたライアンを婿として受け入れるとは思えないが、彼らが選んだ道だから仕方がないさ」
カイルは冷ややかに言い捨てると、リリアナに笑顔を向けた。
「それより、見事な断罪だったね。惚れ惚れしたよ」
「婚約を解消したかっただけで、断罪するつもりはなかったのよ。でも、報告書を読んでいるうちに腹が立ってきて、つい全部言ってしまったわ」
「君の怒りは当然だよ。むしろよく我慢したと思う」
「従兄様にそう言ってもらうとほっとするわ。でも、夜会にいらしたならどうして声を掛けてくださらなかったの?」
「義両親も来ていてね、君に会いたいと言うのを必死で止めていたんだ。君はまだチャールズの婚約者だったから、余計なことを言われては困る」
「あの、余計なことって? どうして侯爵夫妻がわたしに会いたいと仰るの?」
「それを説明する前に、聞きたいことがあるんだ。君は本気で修道院に入るつもりなの?」
「ええ。きっと両親は婚約破棄なんて認めてくれないでしょう。チャールズだって後がないから素直に同意してくれるかわからないし。あの人達から逃げるためにはもうそれしか方法がないのよ」
「はあ、もともと突っ走る性格ではあったけど、そこまで極端な発想になったのは家庭環境のせいなのか」
「ん?」
(なんだか、不愉快な発言が聞こえたような……)
首をかしげていると、カイルが一転して表情を引き締め、身を乗り出すようにして言った。
「リリアナ、よく聞いて欲しい。私は君に結婚を申し込みたいと思っている」
(け、けっこん?)
思いもよらないことでリリアナは固まってしまったが、カイルがあまりにも真剣な顔をしているものだから、彼が本気だということはわかった。
「身分違いだわ」
最初に浮かんだのはそれだった。だが、カイルは予期していたようで、すぐさま何でもないことのように答えた。
「大丈夫だよ。義両親はおおらかな人でね、貴族の令嬢であれば爵位は気にしないって。今のところ領地に問題はないし、政略結婚する必要もないそうだ。久しぶりに君に会ったら驚くほど変わっていなくて嬉しくなったよ。まっすぐで情に厚いところとか、やっぱり好きだなって思ったんだ」
カイルは優しく微笑んでリリアナを見つめた。
「でも、侯爵ご夫妻は夜会でのわたしの姿をごらんになったのでしょう? とてもお許しが出るとは思えないわ」
「それどころか、大いに気に入ったそうだよ。怯まず堂々と意見を言う様が格好良かったって」
「はい?」
「君が婚約破棄を宣言した後、応援するみたいな声が上がっただろう?」
「ええ。確か、よく言ったとか、そんな男捨てておしまいなさいとか」
「あれ、うちの義両親だから」
「!?」
驚きすぎて、もはや言葉も出ない。
「ね、安心するだろう? なんだか三人ともよく似ているような気がするんだ。だから、きっとうまくいくよ」
カイルの言葉を聞いているうちにだんだん楽しい気持ちになってきて、気がつくとリリアナは大きくうなずいて彼の求婚を受け入れていたのだった。




