エピローグ
カイルが任せて欲しいというので、リリアナは夜会での出来事を両親には一切話さなかったのだが、それからたった数日でチャールズとの婚約が破棄されたのには驚いた。しかもあちらの有責で。慰謝料もきちんと支払われた。
その後も事態はどんどん動いていく。
カイルは子爵令嬢のままで構わないと言ってくれたが、クラレンス公爵がそれでは肩身が狭いだろうと、リリアナを家臣の伯爵家の養女にしてくれた。
嫁ぐ相手との爵位の差が一つと二つでは大きく違う。心からありがたいと思ったが、何よりこれで両親と縁が切れたことが嬉しかった。
養子縁組が成立してすぐ、リリアナはカイルと婚約した。
一方、あれほどマリアが自信満々だったにもかかわらず、ライアンの婿入りはコール子爵に拒否されてしまった。
子爵には愛人との間に男の子がいたようで、夜会の後、早々にマリアを裕福な商人に後妻として嫁がせ、その子を引き取って養子にした。
行き場を失ったライアンは公爵家に戻ろうとしたが、当然のように門前払いを食らった。
カイルは多分こうなるだろうと予想していたらしく、ライアンと公爵の間に立って話をし、次に問題を起こしたら除籍するという条件付きで、ライアンは公爵家の領地で代官として働くことを許された。
「やはり息子だもの。除籍なんてしたくないわよね」
「いや、公爵が受け入れるつもりはないからすぐにでも籍を抜くって仰るのを私が止めたんだ。いきなり平民にして放り出すのもどうかと思ってね。やっぱり段階は踏まないと自分の立場を自覚できないだろうし」
にこやかに言い放つカイルを見て、リリアナは少しばかり背筋が寒くなった。
最初からライアンが真面目に仕事をするとは思っていないのだろう。自らの行動によって、ライアンは今まで当然のように与えられていたものを少しずつ失っていくのだ。
だが、最もリリアナを驚かせたのは、エレノアに対するウエード侯爵の処遇だった。
彼は溺愛していたひとり娘のエレノアを後継者から外し、チャールズの許へ嫁がせると決めたのだ。侯爵家は遠縁から養子を取って継がせるという。
「まさか侯爵がそこまでなさるとは思わなかったわ」
「公爵家の後ろ盾を失ったエレノアが家を継ぐのは無理だと判断したらしい。エレノアにとっては罰に思えるだろうけど、侯爵にしてみればチャールズに嫁がせるのが最善で、精一杯の温情だったんだ。夜会の出席者が口をつぐんだとしても、もともとエレノアとチャールズのことは学院中の噂になっていた。つまり在校生の親兄弟を含めると、大勢の貴族達が知っていたわけだよ。そのふたりの婚約がなくなったからって、次が見つかると思う?」
「難しいでしょうね。でも、チャールズ様にとっては嬉しい結果になったわね。ずっと思っていた人と結ばれるんですもの」
「どうかなあ。彼はエレノアと結婚したいわけじゃなかったと思うよ」
「あれだけ嬉しそうに会いに行っていたのに?」
「たまに会って慰めるだけで感謝して、ちやほやしてくれる相手だから良かったんだろう。傷ついた女性に頼られて、心の支えになっているという満足感もあっただろうしね。だけど、結婚したらエレノアみたいなタイプはやってもらうのが当たり前になると思うよ。逆に何もしなければ責められる。チャールズは打たれ弱いからすぐ嫌になるんじゃないかな」
「そうかしら?」
リリアナは案外うまくいくのではと思ったのだが、彼らが結婚してすぐにカイルの予想が正しかったことが証明された。
どうやらエレノアは結婚前から不満を言い続けていたらしく、チャールズは早々に嫌気が差していたらしい。
夫婦として初めて出席した夜会で、ふたりは来たばかりだというのに所構わず言い争いを始めた。
その夜会にはリリアナもカイルの婚約者として参加していたが、聞き慣れた声が会場に響き渡ったので、思わずそちらに目を向けた。
「恥ずかしいったらないわっ。ドレスはオーダーメイドじゃないし、アクセサリーもプレゼントしてくれないなんてどういうつもり?」
「母からネックレスを贈ってもらっただろう」
「あんな古いデザインの物、とても着けられないわよ。伯爵家なのにまともな装飾品も用意できないなんて、よくそれでわたしと結婚できたものねっ!!」
「ずいぶん偉そうだな。僕がもらってやらなければ、行き場がなかったくせに!!」
もともと大きいエレノアの声につられて、いつのまにかチャールズまで大声で叫んでいる。
「何ですって!? あなたがわたしを好きだったから、こんなことになったのでしょう?」
「いつ僕が君を好きだと言った!?」
「何言ってるのよ! 呼べばいつでも来たじゃない。愛されてると思うのは当然でしょ!!」
「君が困っていると言うから助けに行っただけじゃないかっ!! 僕から会いに行ったことはないぞっ!!」
「そんなことっ……」
言われてみればその通りだと気づいたのだろう。エレノアは衝撃を受けたらしく、傷ついた表情でチャールズを見つめた。
そこへようやく双方の親たちが駆け付け、ふたりの腕をつかんで引きずるようにして会場を出て行った。
(確かにチャールズ様は呼ばれない限り、エレノア様の許へは行かなかったわね。呼ばれなければおとなしく待ってるって、やっぱり忠犬だわ。でも、婚約者を置いてまで来てくれたら、愛されてると思うほうが普通よね)
「ひとりで何をうなずいているんだ?」
隣にいたカイルが不思議そうに尋ねる。
「やっぱりチャールズ様ってよくわからない人だったなって」
「へえ? まだあいつのことが気になるんだ?」
「馬鹿ね、違うわよ。縁が切れて良かったなって、幸せをかみしめているの」
「じゃあ、もっと幸せになろうよ。一曲踊っていただけますか?」
「ええ」
リリアナは笑顔でカイルの手を取った。




