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「エレノア嬢、愚息がたいへん申し訳ないことをした。できる限りの償いはさせてもらう。だが、それとは別に確かめたいことがある。君はたびたびペイトン伯爵令息を呼び出していたことが明らかにされたわけだが、わざわざ彼が婚約者と一緒にいる時を狙ったというのはどういうわけだね?」
口調こそ穏やかだったものの、公爵の眼光は相手を射貫くように鋭かった。
「それは……」
エレノアは青ざめた顔で助けを求めるようにチャールズを見たが、彼は一切視線を合わせようとはしない。
「答えられないようだね。それではリリアナ嬢に対して悪意があったと思われても仕方がない。私には諭す資格などないが、君が己の行動を悔い改め、彼女に謝罪してくれることを願うよ。むろん、言われるがまま婚約者を蔑ろにしたそちらの令息にもね」
エレノアは唇を引き結び、悔しげな表情を浮かべている。謝るつもりなどまったくないようで、その様子を見た公爵はため息をついた。
「リリアナ、僕はそんなつもりじゃなかったんだよ」
一方、チャールズはリリアナに縋るような目を向けてくる。
「どんなつもりだったかは知りませんが、あなたの行動でわたしはずいぶん傷つきました。たとえ好きではない相手であっても、後回しにされ続ければ心が折れます」
「え? 好きじゃないって、それは僕のことか?」
「まさか、好かれていると思っていたのですか?」
「いや、でも嫌われてはいないと……。僕は何も悪いことはしていないのだし……」
「……まさかここまでわかっていらっしゃらないとは思いませんでしたわ」
リリアナはこみ上げてくる怒りを抑えるために、大きく息を吐いた。
「エレノア様がどういうおつもりだったのかはわかりませんが、あなたは断ることもできたはずです。なのに、いつもわたしに我慢させるほうを選ばれました。ひとり残されたわたしがどれほど恥ずかしく惨めだったか、少しも理解しようとはなさらなかったわ」
「それならそうと言ってくれれば……」
「お引き留めしたこともありましたよ。その時、あなたが何とおっしゃったか覚えていらっしゃいますか? エレノア様は幼なじみで大切な人だ、彼女が困っているのに放ってはおけないと。あちらのほうが身分は上なのだから、きちんと分を弁えてくだらぬ嫉妬などしないようにとたしなめられましたわ」
「いや、あれはそういう意味ではなくて……」
この状況に至ってもまだ言い訳にもならないような言葉を口にする男に、リリアナは一瞬だが殺意を抱いてしまった。
「もう結構です。ずっとあなたの行動を見てきました。わたしに対する思いやりなどまったく感じられない方と結婚なんてできませんわ。婚約を解消いたしましょう」
チャールズは信じられないというように大きく目を見開いた後、怒りをあらわにした。
「馬鹿なことを言わないでくれ。私は不貞などしていないと、たった今、君が証明したばかりじゃないか。なぜ婚約を解消する必要があるんだ?」
「……わたしの話を聞いていなかったのですか? 潔白が証明されたのと同時に、あなたはどれほど婚約者に対して不誠実だったのかも明らかにされたのですよ?」
「たったあれだけのことで、何が問題になると言うんだ」
「たったあれだけ? あんなにいくつも蔑ろにされたという事実を並べてもまだ足りませんの?」
もう嫌だと投げ出したい気持ちになったが、ここで止めては決着がつかない。リリアナは最後の気力を振り絞った。
「いいですか、エレノア様は他家のご令嬢です。これから夫人となるべき婚約者よりもそちらを優先したということは、自分の家の利益となることを考えず、他家を利する行為を行ったと思われても仕方がありません。あなたの行動は伯爵家の後継者としても相応しくない、それほどのことなのです。婚約の解消に同意されないならこちらから破棄いたしますわ。もちろんあなたの有責ですから、慰謝料をもらうのはわたしです」
もう決定したことのようにリリアナが言い切ると、チャールズは言葉を失い、呆然と立ち尽くした。
「よく言った!!」
いきなり渋い男性の声が響き、周囲から拍手が巻き起こった。
「そうよ、そんな男、捨てておしまいなさい」
今度はよく通る女性の声だった。淑女らしからぬ力強い言葉に、リリアナは思わず笑ってしまった。励まされたように感じて胸が熱くなる。
いたたまれなくなったのか、エレノアが逃げるように広間から出て行く。固まっていたチャールズもそれで我に返ったのか、慌てて彼女の後を追っていった。
そのまま夜会はお開きとなり、公爵がお詫びの言葉を口にしながら来客を送り出した。何人かは公爵邸に泊まっていくらしい。
リリアナも帰ろうと思ったのだが、なぜか公爵に話があるからと引き留められ、応接間に連れて行かれた。
公爵と向き合って座り、勧められるまま紅茶を口にすると、しだいに高揚していた気分が静まってきて急に恐ろしくなった。
大勢の人が集まる場で息子の不貞を暴露されたのだ。父親である公爵としてはリリアナを憎みたくなるだろう。
(わざわざ残らせたのは罰を与えるため? まさか、紅茶に毒を入れたりしないわよね)
飲んでしまってからそんなことを心配しても仕方がないのだが、動揺しているせいか頭がうまく働かない。
(怒られる前に謝って、修道院に行くと言ってしまおう)
「あの、騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、もとはと言えば愚息が悪いのだから気にしなくて良い」
謝罪の言葉を口にしたが、公爵は必要ないと言わんばかりに軽く手を振りながら答えた。
「じつは今夜、騒ぎが起こるかもしれないと警告してくれた人がいてね。家内は偏頭痛で臥せっているし、ウエード侯爵は領地に行っていて不在だ。愚息が何かやらかしたとして、エレノア嬢の味方になれる者がいない。そこで、念のため、今夜の招待客は当家とごく親しい人たちに限っておいた。この騒ぎが外に漏れることはないから安心してもらいたい」
エレノアは幼い頃に母を亡くし、父親に溺愛されているとチャールズから聞いたことがある。もし、あの場に侯爵がいたならうまくエレノアをなだめ、決定的な言葉を言わせることはなかっただろう。
(自邸での出来事なら父親がもみ消してくれるとでも思ったのかしら?)
それが恐ろしく甘い考えだったことはすでに証明されてしまったが。




