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「証拠があります」
リリアナは壁際で待機していた侍女から調査報告書を受け取った。いつ何が起きても対処できるよう、チャールズと顔を合わせる際には常に持たせておいたのだ。
リリアナはその場で報告書を読み上げた。
ライアンとマリアが密会した日時と、共に宿泊したいくつかの宿の名前。それらは王都の歓楽街にあり、明らかに男女の密会に使われる場所だった。さらに内部でのふたりの様子が複数の目撃者によって証言されている。つまり、彼らが不貞を犯したのは一度や二度ではなかったということだ。
あまりにも具体的な内容に周囲はざわめいた。
「やめろっ!! そんなものはでっちあげだ」
「いいえ、ちゃんと証言者の皆様の署名もあります。そうそう、宿のご主人方がおっしゃっていましたよ。宿代をツケにしたまま一向に払ってくださらないので、しばらく出入り禁止にしようと思っていたそうです」
「なっ!?」
ライアンが顔を真っ赤にして言葉を失うと、代わってマリアが大声で叫んだ。
「ひどいわっ!! あなた、自分の婚約者を庇うために嘘をついているのよ!!」
小柄で華奢なマリアが瞳を潤ませて必死に訴える姿は可憐で、何も知らなければ守ってやりたくなるような可愛らしさだ。こういうタイプが好みなら、エレノアが気に入らなかったというのもうなずける。
「エレノア様だって、チャールズ様とふたりきりで会っていたんでしょう? わたしたちのことだけ調べるなんて卑怯だわっ!!」
(その言い方だと、不貞をしているのは自分たちだけじゃないと聞こえてしまうわよ?)
リリアナを嘘つき呼ばわりしたくせに、読み上げられた事実については何も否定していない。暗に認めたのだと思われても仕方がない状況だと思うが、マリア自身はそんなことに気づいてもいないのだろう。
「エレノア様とチャールズ様があなた方のような関係でないことも証明できますよ。おふたりがお会いになる時は必ず我が家の従者を同行させておりましたから」
「は?」
「え?」
マリアの涙に引きずられないよう淡々と告げると、よほど驚いたのか、彼らはふたりそろって目を大きく見開いている。
「いつもわたしがチャールズ様とお会いしている時にエレノア様からお呼び出しがあるものですから、おふたりの名誉を守るためにわたくしの従者を付けましたの。こちらはその報告をまとめたものです」
リリアナはそちらも遠慮なく堂々と読み上げた。
カフェに入り、注文を済ませたが、飲み物が届く前にエレノアから呼び出され、チャールズはすぐに席を立った。ウエード侯爵家に行き、婚約者との不和に悩むエレノアを慰め、ふたりでお茶を楽しんだ。
観劇の際は劇場に着いて席に座った途端、エレノアの従者が呼びに来る。急用だと言われ、チャールズはリリアナを残して侯爵家に向かう。エレノアの用とは婚約者への贈り物を一緒に選んで欲しいということだった。
定例のお茶会の最中はもちろん、直前になってエレノアから呼び出しがありキャンセルされたこともある。チャールズはエレノアの呼び出しを一度も断ったことがない。
ペイトン家とバークレイ家そろっての昼食会でも、チャールズはエレノアに呼ばれて席を外し、双方の親もこれを黙認した。
事実を並べていくと、会場のざわめきが大きくなった。
ふたりが潔白だと証明するだけならここまで明らかにする必要はないが、なぜリリアナが従者を立ち会わせるに至ったか、皆に知って欲しかった。
彼らは不貞こそ犯していないものの、リリアナに対してあまりにも不誠実だったからだ。
すべて読み終えた後でふたりに目を向けると、チャールズはおどおどしながらエレノアの表情を窺っているが、当のエレノアは憤怒の表情でリリアナを睨み付けていた。
(不貞の疑いは晴れたと思うけれど、エレノア様は激怒しているわね。自分のしてきたことを暴露されて辱めを受けたと思っていらっしゃるのかしら? だとしたら、やっぱり非常識な行いをしているという自覚はあったのね)
リリアナがひとりで納得していると、ライアンの父であるクラレンス公爵が戸惑ったように声を掛けてきた。
「バークレイ子爵令嬢、愚息のせいで君にまで迷惑が掛かっていたとは知らなかった。申し訳なかったね」
身分が遥かに上の公爵に謝られ、リリアナは慌てた。
「とんでもございません。チャールズ様をお引き留めできなかったわたしも悪かったのです」
心にもないことを悲しげな様子を装って口にしてみせると、公爵が痛ましげな顔をするので、なんとなく後ろめたい気持ちになってしまった。
「公爵様っ、わたしは誓って不貞など……」
「わかっている」
エレノアが胸の前で両手を組んで訴えようとするのを遮り、公爵が告げた。
「愚息の罪は明らかだ。エレノア嬢の申し出を受け入れよう」
「父上、マリアとの結婚をお許しくださるのですね!!」
ライアンが喜びもあらわに叫び、マリアも嬉しそうに彼の腕を胸に抱き、強く体を押し付ける。
「これだけの騒ぎを起こしておきながら、それしか言うことはないのか」
「大ごとにしたのはエレノアと、そこの身の程知らずの子爵令嬢ではありませんか」
「……もういい」
公爵はこめかみを押さえ、首を横に振った。
「おまえとは縁を切る。籍だけは抜かずにおいてやるが、今後一切、当家への出入りは認めない。手切れ金としていくらか持たせてやるから、好きに生きろ」
「そんなっ、父上、あまりに酷すぎますっ!! 私は愛する人と結婚したいと思っただけなのに」
「だから、貴族のままでいさせてやると言っているだろう? 結婚でも何でも好きにすればいい。後ろ盾の無くなったおまえをコール子爵が受け入れるかどうかは知らんが」
「お父様はわたしを愛していますもの。喜んでライアン様を迎えてくれますわ」
笑顔で自信たっぷりに断言するマリアを、公爵はまるでいないもののようにきれいに無視すると、エレノアに向き直った。




