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もはやどう思われようとかまわないと開き直ると、チャールズにも平気で自分の意見を言うことができた。
いつものように呼び出しを受けて席を立とうとした彼に、リリアナは自分の従者を連れて行くよう頼んだ。
「はあ? やましいことなど何もないと言っているのに、僕を監視するつもりか?」
「いいえ。わたしはチャールズ様を信じていますが、世間の目というものがあります。いくらご友人とはいえ、男女がふたりで会うというのはとかく噂の種になりやすいものです」
「ふたりきりではない。エレノア様の侍女もいる」
「主人に忠実な侍女がいっしょにいても意味がありませんわ。エレノア様の婚約者はクラレンス公爵家の方でしょう? もし何か誤解が生じた時に、わたしの従者でしたらおふたりの潔白を証明する立派な証人になりますわ」
チャールズは渋ったが、リリアナは引かなかった。
「エレノア様もわかってくださいますわ。寛大な方ですもの、きっと従者がひとり増えたところで気にはなさらないでしょう。エレノア様の名誉を守るためでもありますし」
少し大げさかとも思ったが、チャールズは納得したように大きくうなずいた。
「そうだな。エレノア様のお名前に傷がつくようなことがあってはならない」
(えっ? とっくに傷だらけだと思うけど……)
そもそもふたりで会うことが良くないわけで、すでに噂の種になっているというのに、そのあたりの認識が抜け落ちてしまっているようだ。
それから毎回、チャールズが呼び出されるたびに従者を同行させた。
いつもふたりで何をしているのだろうと帰ってきた従者に報告させると、侯爵家の屋敷内でお茶を飲みながら、エレノアの話にチャールズが相槌を打っているだけだという。
ふたりで外出するわけではないから人目につかないということで、侯爵家では大目に見られているらしい。
「話を聞いていてわかったのですが、エレノア様のお呼び出しがあるのはお嬢様とお会いになる日だけのようですね。あの方はさりげなくチャールズ様から予定を聞き出していましたよ」
「……やっぱり」
薄々気づいてはいた。おそらくエレノアはチャールズが婚約者より自分を優先しているということに優越感を抱いているのだろう。
その思いは二度目の王宮の夜会で確信に変わった。
義務のようにエレノアとのファーストダンスを終えた後、またしてもライアンはマリアを傍らに置いている。
他の方々に挨拶するでもなく、じっと彼らを睨み付けているエレノア様の側には当然、誰も近寄らない。
「ちょっと行ってくる」
(でしょうね)
こちらの返事も聞かずエレノアの許に向かうチャールズの背中を見ても、もはや心が痛むことはなかったが、今ここにいる自分がひどく無駄な時間を過ごしているように思えて、ひどく疲れを感じた。
チャールズがそばに行ったところでエレノアの怒りは収まらないようだった。ずっと不機嫌な顔で彼と二言三言話した後で、ふと視線がこちらに向いた。
たったひとりで壁際に立ち、ふたりをみつめるリリアナを見て、エレノアはふっと肩の力を抜き、微かに唇の端を上げて笑った。
(いちばん惨めなのはあなたよね)
そう言いたいのかもしれないが、リリアナは彼女が卑怯だと思った。
確かにチャールズはエレノアを愛しているのかもしれない。
だが、エレノアがチャールズを呼ぶのは彼が何でも言うことを聞いてくれるからだ。傷ついた彼女を甘やかし、無条件で従ってくれる男性が必要だったのだ。しかも、彼の婚約者は子爵令嬢だから逆らうことはできないとよく知っていて。
財力も権力もはるかに上であるエレノアが自分よりも無力な者から婚約者を取り上げ、平然としている。これはとても恥ずかしいことのはずなのに、このまま許されてしまうのか。
これ以上、エレノアとチャールズの姿を見たくなくて、リリアナは会場の外へ出た。
馬車止まりに向かって歩き出したが、チャールズといっしょに来たからひとりで帰るわけにはいかない。
(しまった。迎えは断って別々にくるべきだったわ)
後悔したが、今さらどうしようもない。
(戻るしかないわね)
嫌々ながらもその場を離れようとした時、近づいてくる人影に気づいた。
さらりと流れる黒髪に、深い海のような紺碧の瞳。まっすぐにこちらを見つめる強い視線に、射貫かれたように動けなくなる。
「久しぶりだね、リリー」
「カイ従兄様」
最後に会ったのはいつだっただろうか。少なくとも五年以上は経っているだろう。いつだって彼は優しくて、頼りになる幼なじみだった。
「王都に来ていらしたの?」
「ああ、さすがに二年続けて王宮主催の夜会を欠席するなと、義父上に叱られた。人が多くてさすがに疲れたよ。でも、リリーに会えたから良かった」
「わたしも従兄様に会えて嬉しいわ」
ほっとしたのか、涙がこぼれそうになる。
ぐっとこらえて微笑んでみせたが、潤んだ瞳がすべてを物語っていたのだろう。カイルは痛ましげにリリアナを見つめた。
「帰るつもりだったんだろう? 送って行くよ」
「そんな、従兄様にご迷惑は掛けられないわ」
「具合の悪い従妹を送り届けるだけだ、何の問題もないよ。婚約者は当然の義務を果たしていないようだしね」
カイルはそっとリリアナの手を取った。
「とても顔色が悪いから心配なんだ。お願いだから、そばにいさせてほしい」
こんな風に心配してもらい、優しく声を掛けられるのはずいぶんと久しぶりのような気がする。
口を開いてしまったら、今度こそ涙を止められそうにない。リリアナは黙ってうなずいた。
「ありがとう、カイ従兄様。あのままだったら、また会場に戻らなくてはならないところだったわ」
馬車に乗り込んで、少し落ち着いたところで、ようやくリリアナは普通に話せるようになった。
「あの男はいつもあんな風なのか?」
「見ていらしたの?」
「ああ、最初からずっと。あいつを殴りたいほど腹が立ったけど、それ以上に何もできない自分が情けなかったよ」
カイルはひどく悲しげな顔をした。見ているほうが切なくなるほどに。
「リリアナ、辛いときはどうか私を頼って欲しい」
嬉しかった。けれど、そうしてはいけないこともわかっていた。
「大丈夫よ。わたしだってちゃんと考えているもの。ずっとこのままでいるつもりはないわ」
「君ならそう言うだろうとわかってはいるけれど、でも、覚えていてほしいんだ。君はひとりじゃない。少なくとも私はいつだって君の味方だ」
「従兄様、ありがとう」
リリアナがうなずくと、カイルはようやく安心したように微笑んだ。




