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こちらの話を聞こうともしない人に何を言っても無駄だろう。すべて水に流して忘れるしかないと思っていたのだが、自分でも気づかぬうちに我慢が限界に達していたらしい。
両家そろっての昼食会の席でも呼び出しがあり、席を立とうとしたチャールズを思わず呼び止めてしまった。
「チャールズ様、ご両親もいらっしゃるのですから、お食事を終えてから行かれてはどうでしょう?」
すると、にこやかだったチャールズの顔にさっと怒りが走った。眉を上げ、こちらを睨み付けてくる。
しまったと思った時にはもう遅かった。
「エレノアは幼なじみで大切な人だ。彼女が困っているのに放ってはおけない。ウエード侯爵家にはお世話になっているし、侯爵夫人からもエレノアのことをよろしくと頼まれている。君は僕の婚約者だが、あちらのほうが身分は上だ。きちんと分を弁えて、くだらぬ嫉妬などしないように」
チャールズは冷たく言い放ち、部屋を出て行った。
伯爵夫妻も当然だというようにうなずき、そのまま食事を続ける。
父に促され、謝罪したが、ふたりは冷ややかな目を向けるだけで、何も言わない。
気まずいまま終わった昼食の後で、リリアナは伯爵夫妻に呼び出され、長々と説教された。
「ふたりは仲の良い幼なじみだったけれど、身分が違うし、あちらはひとり娘だから嫁には出せないと言われたの。うちも男の子はチャールズしかいないし、あの子は泣く泣くエレノア様のことを諦めたのよ。これからは良い友人でいたいって。そんな優しいあの子の気持ちを醜い嫉妬で踏みにじるようなことはやめてちょうだい」
伯爵夫人は涙ながらに訴えた。
「エレノア様の婚約者は公爵家のご次男だけれど、まだ婿入り前だからと羽目を外していらっしゃるのよ。下位貴族の令嬢と遊び歩いたりして、とんでもない男だけれど、結婚したら落ち着くだろうとエレノア様は健気に耐えていらっしゃるの。それに比べてあなたはどう? ただ友人を慰めに行くだけなのに、さっきみたいに目くじらを立てるなんて、心が狭いと思わない?」
(いや、思いませんけど)
相手がしゃべればしゃべるほど、冷めた気持ちになる。
(よくここまで勝手な言い分を並べられるものだわ)
夫人のあまりの言い様に腹が立つのを通り越して呆れてしまう。
(まさか、これが高位貴族の考え方なのかしら?)
身分が下の者は黙って従っていれば良いというのが基本で、そこにかわいそうな幼なじみの令嬢を慰める優しい息子とそれを許さない狭量な婚約者という図式が加わる。
要は伯爵夫人の中で、リリアナは身分が低い上に思いやりがなく至らない娘であるという位置づけになったのだろう。
最初から不釣り合いな縁談だった。わかっていて申し込んできたのは伯爵家なのだから、リリアナは自分が悪いとは少しも思えなかった。むしろ、チャールズがこんなことを繰り返し、伯爵夫妻がそれを許したせいでまともな縁談が来なくなったのだろうと予想がつく。
「申し訳ございませんでした」
早くこの場から逃げ出したくてとりあえず頭を下げたが、どうにも我慢ができなくて試しに言ってみる。
「あの、お話を聞いてよくわかりました。わたしのような者は伯爵家に相応しくありませんから、どうか今回のご縁は……」
「まあ、何の努力もしないで投げ出すと言うの?」
思い切って口に出したのに、最後まで言わせてもらえず、甲高い声で遮られた。
「あなたがいろいろと足りない人だということはわかっています。それでもこちらは受け入れてあげるつもりなのですから、わたしたちの教えにいちいち逆らわず、素直に従いなさい」
伯爵はひと言も発しなかったが、夫人の言葉に大きくうなずいた。
夫妻が去った後、絶望感に打ちひしがれるリリアナを待っていたのは両親からの叱責だった。
「おまえは何様だ? 黙って従えば良いものを、余計な口出しをして、せっかくの良縁をふいにするつもりか!?」
父は怒鳴り、母はこんなに不出来な娘だと思わなかったと泣いた。
誰も自分を認めてくれない。傷ついた心はもうボロボロだった。
両親の怒りを全身に受け、リリアナは意識を失った。
目覚めた時には周りに誰もいなかったが、さびしいとも思わず、むしろすっきりした気分だった。
貴族の家に生まれたのだから、政略結婚も受け入れようと思っていた。両親を悲しませないように、彼らの意見に従って生きていこうと考えていた。
(でも、わたしには無理みたい……)
不出来な娘だと言われても仕方がない。それならいっそ、もう誰にも会わないよう、この家から離れて生きていけばいい。
(よし、修道院に行こう)
密かに家を出て、修道院に入ってしまえば、婚約もなくなるだろう。
だが、受け入れてくれそうな所を捜して訪問してみると、その程度のことで家を捨ててはいずれ後悔するだろうから考え直したほうが良いと懇々と諭された。しかも、ろくに話も聞かないでいつでも来て良いと言うような修道院は管理がいいかげんで、とても貴族の令嬢が耐えられるような場所でないからやめなさいと忠告までされてしまった。
(やはり婚約解消して、瑕疵がついた令嬢になってからのほうがいいわね。できればあちらの有責にしたいけれど……)
チャールズと婚約してから、茶会の招待が増えていた。
これまではどうしても断れないものだけ出席していたが、情報を集めるために可能な限り応じることにした。難しいだろうが、なんとかこちらに非がない形で円満に解消したい。
これまで社交に力を入れていなかったせいで、チャールズとエレノアのこともよく知らなかった。
お茶会では少し水を向けただけで、令嬢たちはすぐにチャールズとエレノアについて教えてくれた。瞬く間に情報が集まり、こんなことならもっと早く出ておくべきだったとリリアナは後悔した。
さらに情報を得るため、リリアナは久しぶりに母方の従兄のカイルに手紙を出した。
彼は子爵家の出だったが、今は侯爵家の養子になっている。幼い頃は互いの領地を行き来してよく遊んだものだが、もう身分が違うのだからと文通すら両親に止められてからは、ずっと疎遠になっていた。
ダメ元でお願いしてみたのだが、彼は長らく音信不通だった従妹の図々しいと言われかねない頼みを快く引き受けてくれた。




