シュートしちゃった
さて、お昼ご飯はおいしかったし、なかなか気分がいい。まあ、ちょっと予想外のことは起きたけど、あれは忘れよう。うん、切り替えていこう。
午後の授業の時間だ。その教科はなんと、体育だ。朝、鏡の前でクルッと一回転した時は、体の軽さに驚いて、運動神経がいいのではないかと思ったけど、実際にやるとなるとなあ。緊張してきた。元の世界での体育の成績は、ごく普通だった。可もなく不可もないってやつ。でもコソコソ動いて上手くボロが出ないようにしていただけだからなあ。
ほんとは、そんなに自信がない。単に、ヘマをしてないだけで、実はドが付くほどの下手っぴだった・・・なんて可能性も十分ある。
いくらエドガーくんに素晴らしいポテンシャルがあっても、操るわたしが素人だったらどうなるのか。
全く予想できない。うーむ、こりゃ困ったぞ。
まあ、いつまでも悩んでいられない。わたしは、グラウンドに移動して大人しく先生を待つことにした。ガタイのいい男の先生が、のっしのっしと歩いて来る。引き締まり、がっちりとした分厚い胸板が、いかにもスポーツマンって感じだ。
先生は授業でやることを丁寧に説明してくれた。ここの先生たちは初心者に優しいというか、付いていけない人を出さないように、気を配ってくれているというか、かなり初歩の初歩のところから説明をしてくれている。はじめから、しっかりじっくりと教えてくれるのだ。
今日やる競技は、どうやらサッカーに似ているみたい。アウグストくんが、自己紹介の時にやっていると言っていたやつだ。細かいルールはいろいろあるらしいけど、あるルールを説明されて、それから次の説明へと移るまでの間に、前に聞いた話を忘れる。
・・・ごめん、先生。
念入りに準備運動はする。足がつったりしたら、危ないからね。ここはしっかりやろう。こういうところは、用心深いんだ、わたし。
わたしたちがコートへ入ると、後からぞろぞろとコートを囲むように、たくさんの人が集まって来た。ん?誰だろう。ああ、うちのクラスの人たちだ。ははあ、授業の一環として、見学とかもあるんだな。
「エドガー様~~~!!」
「がんばって~エドガーくーん」
「エドガーさん、こっち向いてくださーい」
「いいぞ~エドガー!」
「エドガー応援してるぞ~」
なぜか、わたしを応援してくれている。気持ちはうれしいんだけど、なんか恥ずかしいぞ。ほかの人もいるのに、わたしだけ応援されるのは、だいぶ心苦しい。
横目で、みんなをチラッと見る。怒ってないかな。アウグストくんは腰に手を当て、なんだか、うれしそうにしている。他のみんなも、笑顔でこっちを見ている。暖かい笑顔だ。変な心配をしたわたしが逆に、小さい人間に思えてきた。みんなすごいな、こういう人でありたいなあ。
待てよ、こんな時って、応援してくれている人に、お礼の言葉とか言うべきなのかな。
手を振る、とか?いや、カッコつけ過ぎかも。でも、なにもしないのも悪いしな・・・・・ちょっぴり手をあげるくらいなら、まあ、大丈夫かな?
わたしは、おずおずと手をあげた。
「きゃ~!」
「素敵~!」
「こっち見て~!」
「おー頑張ってけ~」
「かっこいいぞ~」
すごい歓声だ。人の声ってすごい。なんか、世界平和とかに使えないかなあ、このパワー。圧倒的迫力と音圧に、ただただ、ビックリしてしまう。応援してくれているのは、うれしいんだけど、なんか今日は、みんなに驚かされてばかりだ。
先生の合図で、試合がスタートした。
わたしはとにかく、自分の中にある、ほんのちょっとしかないサッカーの知識と記憶を掘り起こして、走った。なんかボールを受けやすい位置とか、シュートを決めやすいところとか、そういうのあるんだろうけど、よく分からん。とにかく、空いているスペースを探して、そこに向かおう。エドガーくんフィルターによって、動きは、そこそこ様になっている気がする。
走っていると、なんだかやたらと、わたしにボールが回ってくる。ん?こんなにパスが集まるのはなぜ?アウグストくんなら、分かるかなと、彼の方を見てみる。すると、なぜか、彼はわたしにウィンクをした。そして、こう言った。
「ほら、みんな見てんぞ!」
背中を叩かれた。痛い。この力加減は、少し調整して欲しい。でも、これで分かった。応援している人のために、わたしを活躍させてくれるつもりなんだな。
ありがたいような迷惑なような複雑な気持ち。でも、せっかくなら、少しは期待に応えたいぞ。自信ないけど。
わたしがゴール前にいると、パスが飛んできた。足でボールをトラップしてみる。ピタリと、とまった。おおっ!すごい、エドガーくん、いや、わたし。なんか、上手くできている感じがする。才能あるかしら。自分で自分に感動してしまった。気持ちがいい。いやあ、運動って楽しいかも。
相手チームが、わたしからボールを奪おうと寄って来る。よしよし、それなら、ここからシュートを蹴ってみよう。ちょっと遠いかも知れないけど、まあ、外したら外したで仕方ない。そこは、あきらめよう。こういう思い切りは、いい方なのだ。
あえて弱い力で、ふわりと浮かすようにシュートを蹴った。思いっきり打つと、失敗しそうで怖かったし、逆に、ものすごいシュートになったら、目立ちまくってしまうので、ここは、少し弱めでいこう。
ボールは、相手チームの頭上を越え、ゴールの隅ギリギリへと、弧を描くようにして吸い込まれていった。
・・・・・・・・
決まった!ゴールだ。うわあ、シュートを決めるなんて、人生初めて。なんだか照れくさいような、痒いような、妙な気持ち。みんなが、わたしにボールを集めてくれたからだな。ちゃんと感謝しないとな。
でも、かなりイメージ通りに、ボールを蹴ったり、走れたなあ。エドガーくん、やるじゃないか。わたしの貧しいサッカーの記憶だけで、これだけのプレイができるんだから、もっと練習したら、きっと上手くなるんだろうな。
・・・まあ、練習するの大変そうだし、面倒そうだからやらないと思うけど。
わたしは、その場に立ちどまり、しばし、余韻を噛みしめていた。
・・・なんか、静かだな。応援してくれたみんなと、チームメイトの声がしない。この静寂、なんか覚えがある。自己紹介の時、似た瞬間があった。とすると、これはもしかして・・・。
予想は当たった。すごい歓声が、一気に湧きあがった。みんな、ハイタッチしたり、抱き合ったりして喜んでいる。
「鮮やかですわ~~~~!」
「裏をかいて、あんな風に・・・・・なんてスマートなんだぁ!!」
「素晴らしい高等テクニックだ!もう一度見たいくらいだよ」
「いやあ、なんて、滑らかなシュートなんだ」
「すげえぞ!」
わたし、なんか優勝とかしたっけ?そんな勘違いをしそうな盛り上がりだ。どんどんコートの中に人が入って来る。いや、なだれ込んで来る。そして、わたしを取り囲んだ。
「胴上げだ、胴上げしよう!」
「ええ、そうしましょう!」
「もちろんだとも」
体育の授業で点を入れただけで!?
アウグストくんは、わたしを見て感慨深そうにうなずいている。なんで納得してるんだろう?この人。とめてくれる気配がない。
そうだ!さっきから姿が見えないロベールくんは、どこにいるんだろう。彼なら、やめたまえって、とめてくれるかも。
「さあ、こっちの方が広く使えるよ。みな、ここでやろうじゃないか」
ロベールくんはノリノリで、コートの中央に、みんなを先導していた。どうやらこの状況を、一番楽しんでいるみたい。
「ちょ、ちょっと待・・・」
わたしの声は、みんなの歓声にかき消されてしまった。
「いいぞ~やれやれ~!」
エステルさんは遠くで笑いながら、元気よく手を振っている。いい笑顔だなあ。明るくて、とてもいい。でも、できれば、胴上げをとめてほしかったな。
みんなに囲まれて、あれよあれよという間に、体が持ち上がっていく。恥ずかしいのと、ちょっと怖いのと、いろいろな気持ちが混ざったまま、わたしは高く宙を舞った。素晴らしい連係プレーで、胴上げをしている。
きれいにまっすぐ、体が上がっている。すげえ、みんな。
二、三度、わたしは空中へと投げ上げられた。降ろす時、すごく丁重に降ろされた。流れるようなスムーズな動きと手さばきのお陰で、ちっとも痛くなかった。
ここにいる人たちって、もしや胴上げのプロ?
引き続いて、なぜか、わたしの握手会の第二回が開催されることになった。
女の子数人に握手を求められて応じてたら、列ができて、みんなと握手する流れになった。
言うなれば、自然発生的握手会である。
そもそも、この世界には、握手好きが多いのかしら。わたしは元の世界では、握手なんて、ほとんどしなかったけど、今日だけで、めちゃくちゃしている。
そして、奇妙なことに、並んでいる人の中にユーリー先生が混ざっていた。
先生は、ポケットに手を入れて、カッコよく立っている。
「あの、先生は、どうしてここに?」
順番が来た時、気になったので、つい聞いてしまった。
「いや、この列はなんだろうかと思って来てみたら、お前がいた」
呑気な調子で、ユーリー先生は言った。どうやら事情を知らずに並んだらしい。
なにも知らないのに来るとは。もしかして、行列とかあったら、とりあえず並んじゃうタイプなのかな?
「なんだ、握手すればいいのか?」
「そうみたいです」
そうみたいですって言ってしまった。正直、わたしが一番この状況にとまどっているんだもの、こういう言い方になっちゃうのは許して欲しい。
先生も不思議そうにしている。グラウンドに長蛇の列があるから来てみたら、自分が担任しているクラスの生徒が握手会してるんだもの。そりゃ、そんな顔にもなりますよね。
ユーリー先生は、軽く手を出した。手の形がきれいで、ピシっとしている。
「まあ、せっかくだし、しておくか」
「あ、はい」
わたしたちは、軽く、でもしっかりと握手した。
なにも知らずに来たのに、握手してくれるなんて、先生は律儀だなあ。ちょっと、うれしいかも。
「よし、そろそろ、わたしは戻る。終礼に遅れるなよ」
手を放したユーリー先生は、くるっと身を翻して校舎へ帰っていった。髪を風になびかせて歩く姿がカッコイイ。姿勢がよくて、大股なとこが凛々しいなあ。背中で語る的な、そんな雰囲気だ。
さて、わたしも、そろそろ戻らないと。なんだか、すごく盛り上がっちゃった。握手会は、今日だけで二回もやったから、しばらくしなくていいかも。・・・・・・また、すぐに開催されそうで、ちょっと怖いけど。
わたしは、今後のことは、あまり考えないようにして、教室へと戻った。




