お昼になっちゃった 食堂篇
廊下を歩いていく。わたしたちの教室のある棟から出て、立派な屋根付きの渡り廊下を通ると、大きな扉の前に着いた。食堂は、別の建物の中にあるとのこと。敷地が広いから、ちゃんと道順を覚えないと迷いそうだな。あとで確認しておこう。
扉を開けて、中へと入る。すると高い天井に、広々としたスペースが目に飛び込んでくる。とにかく、デカい。巨大な体育館みたいだ。学園の気合を感じる。床はピカピカに磨かれていて、顔が映りそうなくらい輝いている。清潔さって大事だよなあ。掃除係さんがきちんとしてくれているんだろうな。ありがとうございます。
白い、きれいなテーブルと椅子が、ずらりと並んでいる。飾り気のないシンプルなデザインだけど、見た感じ、どことなく高級そうな雰囲気が漂っている。椅子は、クッションとか背もたれとか、座り心地よさそうだし、テーブルの方は、厚みがあって、ぶつかった時のケガを防止する目的なのか、角が丸くなっている。たくさんの人が行き来するから、ちゃんと使うテーブルの形も考えられているんだろうな。
食事をする人が座るのとは別に、中央には、丸いテーブルがいくつも置かれている。これも一つ一つが大きい。そこに、色とりどりの料理が、大きな器の上にドンドンドンっと乗って、並べられている。ビュッフェだ、ビュッフェ。これは、ビュッフェに違いない。
テンションがあがってきたぞ。高級レストランに来たみたいだ。毎日、こんなものを食べられるなんて・・・学園生活は、もうバラ色なのではと、つい、うっとりしてしまった。他のみんなはどんな様子だろう。いくら貴族でも、これには、腰を抜かしてるんじゃないのかな?
・・・・・・あれ?ロベールくんとアウグストくん、なんか平然としている。散歩でもしてるみたいな、穏やかな顔。興奮のコの字も感じられない。涼しい表情で、見方によっては退屈そうに見えるくらいリラックスしてる。
「へえ~まあ、いいじゃんか」
「ふむ、悪くはないな」
二人は、雑な感じで食堂を見回すと、やっと感想を口にした。まあ、一応、褒めてはいる。でも、そこには、感動とか、ワクワク感が、全然感じられない。とりあえず褒めておくか~みたいな、そんな余裕というか、若干の上から目線っぽさが、滲み出ている。この二人にとって、これくらいは普通なのか?
もし、そうなら、いつもはどんなところで食事しているのだろう。普段の生活が気になり過ぎる。仲良くなったら、家に招待されたりして。でもって、もっとすごい、お城みたいな食堂があったりして。
では、一緒に来たもう一人のメンバー、エステルさんの様子はどうなのかというと、彼女は、さっきの二人とは対照的で、すごくビックリしている。目をまん丸にして、四方八方を指さし、あれなに?これなに?と騒ぎまくってる。うん、こっちの方が、わたしのテンションにとっても近い。照れくさいので、ここまで、大きなリアクションはできないけど。気持ちはすごく分かる。力強く握手したいくらいだ。
「は?なんでそんなに冷静なワケ?これ、すごくない?もっと驚け!」
ロベールくんとアウグストくんの背中をバシバシたたいている。わたしも、思わずこぼした。
「ここ、これは、すごいね」
興奮で、声が上ずっちゃった。恥ずかしい。
「だよね!?その反応が普通だよね!?いや、あんたら二人が変!」
わたしの興奮が伝わったみたいだ。ガッチリと握手までされてしまった。なんか、うれしい。同士みたいな感じだ。
「変?どこが?」
アウグストくんは、不服そうにしている。ごめんだけど、今回は、わたしはエステルさんの味方だ。これを見て落ち着いていられるのは、ちょっと、貴族過ぎる。ロベールくんの方は、なにを言われているのか、意味が分かっていないみたいで、きょとんとしている。
「なにをしゃべっているんだい。席に着こうじゃないか。こっちが空いているから、早く来たまえ」
エステルさんは、ため息をついて、呆れていた。わたしと顔を見合わせて、同時に肩をすくめる。
食堂には、たくさんの人が来ていた。生徒だけではなくて、先生たちも、ここで食事をしている。でもまだまだ席はスカスカと空いている。どんだけ大きいんだろう、ここ。
わたしたちは、念のため席をしっかりと確保したうえで、料理が並ぶテーブルへと向かった。料理をとった後で、座る席がないってなったら、だいぶ面倒くさいことになるからね。
テーブルに並んでいるのは、スープにパン、麺、お肉料理、お魚料理などなど、いろいろ。サラダも、デザートらしきものまである。充実している。いや、充実し過ぎていると言っていい。パンなんて、随時、焼きたてがやってくるらしい。焼ける時間の目安が、小さなボードに書いてあった。すごいなあ。作る人の大変さに、つい思いをはせてしまう。いい匂いが、こっちに漂ってきている。
ここは、存分に楽しもう。どれから食べようかな。エドガーくんは大きいから、そこそこ量がいけるはず。元の世界のわたしだったら、すぐお腹が膨れて、ギブアップしてしまうところだけど、今回は違うぞ。男子になっているのだ、わたしは。フハハハ、このビュッフェ、敵ではない。デザートを一気に全種類食べるとか、いけるのでは?
そう思ったけど、わたしは、いったん冷静に考える。すべてのメニューを制覇する?・・・いや、それは、あまりにも種類が多いから、現実的じゃないな。しかも、このビュッフェは、これからも末永くお付き合いする相手だ。いきなり、いろんなものに手を出してしまったら、これから食べる楽しみが減ってしまう。なので、いろんな料理を食べるという方針はやめよう。あえてジャンルを絞るのが、いいかも。今日はお肉中心で、明日はお魚、といった具合にね。
なんか、こういう計画を立てるの、ちょっと楽しいかも。
キョロキョロして、どんな料理があるのか確認していると、日替わりメニューなるコーナーが目に飛び込んできた。わたしは、電気が走ったみたいに戦慄した。シェフさんに手を合わせて、感謝を述べたくなった。ありがとうございます、シェフさん。曜日ごとにメニューを変えるなんて、大変だろうな。これは、ぜひ食べたい。
どれどれとメニューを見てみる。どうやらお魚のソテーらしい。ハーブかな?なんだか、いい匂いがして、食欲がそそられる。おいしそう。白身魚に見えるな。癖とかなさそうで、食べやすいかも。添えられた野菜も小さくて、かわいい。よし、まず一品目は、これに決めた。わたしは、取り皿にソテーをよそう。そして、次になにをとるのかを、立ちどまって考える。すると、周りからヒソヒソとした話し声が聞こえ始めた。
「さすがだなあ。彼は、お皿の調和を考えているんだ」
「おそらく、彼にとって、このビュッフェは、作品も同じなんだろう」
「すごくまじめな顔をしてらっしゃる。食事であっても手を抜かない、美意識の高い方なのだわ」
「しっ、邪魔をしてはいけないわ。あの方は、完成形をイメージして、精神統一していらっしゃるのよ、きっと」
なんか、穏やかじゃない言葉が、耳に入ってくる。調和?美意識?精神統一?わたし、今のお腹の具合と、甘いものをいこうか、やめようかとか、そういうことしか考えてないんだけど。なんか、すごい注目されちゃっているみたいだ。席に戻ったほうがいいか、ここは。撤退するか。でも、このまま帰ったら、魚のソテーだけ持って来た人になる。これだけでは、さすがに寂しい。なにか、期待してくれてるみんなには申し訳ないけど、好き勝手にとろう。
大きめにカットされた、よく分からないけど濃い色をした野菜がたっぷりと入ったサラダをとる。これも、なかなかよさそう。こんなにいろいろな野菜が入っているのだから、これ作るの、面倒くさそうだなあと、シェフさんの苦労を想像した。そうやって、サラダをお皿に乗せていると、なんかまた、ざわざわし始める。
「うーむ、これは、なんと!」
「ソテーをとって、あのサラダを選ぶ・・・ですって・・・これは、予想外だわ」
驚きのあまり、口をあんぐり開けている女の子がいた。
「繊細な構成にすると見せかけて、野性味をアクセントとして入れるとは。これは、脱帽だ。彼は、真の美食家だよ」
メガネをクイッとあげて、得意げに解説している人もいる。わたし、おいしそうだったから、とっただけなんだけど。これって、もしかして一品とるたびに、リアクションされるのかしら。いやいや、そんな訳ないよね。みんな、疲れちゃうし。
予想通りというか予想外というか、みんなは、わたしが六品盛るまでに、きっちり六回、反応をしてくれた。どうやら、チョイスがよかったらしい。一品とるたびに、感嘆のため息が聞こえてきた。勝手に、わたしの評価があがっていく。周りの人のリアクションから推測するに、わたしは、料理にこだわりと美学を持った、芸術的な人として認識されたらしい。
最後に焼きたてのパンをとって、こそこそ席へ戻ると、アウグストくんが声をかけてきた。
「お疲れ」
彼の席から、みんなの話が聞こえていたみたい。しかし、食べ物をとりに行っただけで、労われる人って、わたしが初めてじゃないかしら。
エステルさんは気にしていないのか、こちらを見もせずに、パクパクと勢いよく食べている。しかし、けっこう大盛りだな。焼きそばみたいな麺料理が、お皿の上にこんもりと乗っかっている。具がいっぱい入っていて、香ばしい匂いがこっちにまで漂ってくる。わあ、おいしそうだな。もう、いろいろ持って来ちゃったし、あれは、次の機会に食べよう。
「よく食べるね」
「当たり前じゃん。食べなきゃ損だし」
なるほど。元を取ろうってことなのかな?すごくその気持ち、分かるぞ。それで食べ過ぎて後悔したりするんだよね。あと、原価とか考えちゃったりするんだよなあ。
ロベールくんはというと、だいぶ、お皿のスペースが余っている。ぽっちゃりしているけど、意外と小食なのかな?
「あんまり食べない方なの?」
わたしから、気になったので、ちょっと声をかけてみる。
「ん?馬鹿を言いたまえ。これで終わりなはずないだろう。これは、一回目だよ」
なぜか、得意げだ。まずはちょっと食べて、それからが本番らしい。甘く見ていた。なるほど、そういう食べ方もあるのね。何回もとりに行って、楽しむ訳か。うむ、参考になるな。
「あくまでも、これは助走さ。少しずつ、ゆっくりと味わうんだよ。誰かさんと違ってね」
彼は、ちらりと、エステルさんの方を見た。もしかして、喧嘩を売ってるのかな?
「誰かさんって、誰だろうね~」
エステルさんは口いっぱいに頬張って、とぼけた。絶対、ロベールくんが言っているのが誰か、分かってるな。あえて、とりあわないで、スルーしているらしい。
「ふん、まったく」
なんか微笑ましいやりとりだ。この二人は、そこそこ相性がいいのかも。どちらかが嫌味とか言っても、刺々しくなってない。
一方、アウグストくんは、なにを食べているのかというと、野菜が多く、バランスがよさそう。お肉も、量はたっぷり盛っているけど、蒸しているものを選んでいるから、ヘルシーに見える。もしかして、カロリー計算とか、油をとりすぎないようにとか、気をつけてるのかも。
「なんだか、バランスがいい食事に見えるね」
専門家じゃないから、詳しくは、よく分かんないけど。
「ん?よく見てるな。まあ、あまり、偏らないようにはしてるぜ」
意識が高い。栄養バランス全部無視して、さっき、デザートを全制覇できるかもと思ってた自分が、ちょっと恥ずかしくなってきたぞ。
「うーん、えらいなあ」
思わず、心の声がもれちゃった。
「べ、別に普通だ」
目をそらした。あ、照れてる。さては、ストレートに褒められるの、慣れてないな。照れてるアウグストくん、なかなか、いいぞ。また今度、褒めてやろ。
ロベールくんは、すでに食べ終え、もう二回目をとりに行っている。食べるのが速い。そして、とりに行くのも速い。走ってはいないけど、強歩みたいに、全力で歩いていた。その機敏な動きに、エステルさんが、手を叩いて爆笑していた。うーむ、なんとも平和だ。
こうして、お昼ご飯の時間は、わたしへの評価が謎に急上昇した件以外は、問題なく過ぎていったのだった。料理も、おいしかった。素材のおいしさってやつ?それが、感じやすいようになのか、薄めの上品な味つけだった。そうなると逆に、ジャンクなものが恋しくなってくる。ハンバーガーとか、ポテトチップスとか、そういうやつ。この世界には、ないんだろうなあ。家でつくってもらったりできるのかな?気になったので、今度、機会があればぜひ、聞いてみよう。
あと、自分の舌がおいしいものに慣れ過ぎて、すごい贅沢品しか食べられなくなるんじゃないかと、けっこう真面目に心配になってきている。こんなものを毎日食べてたら、わたしは、どうなるのだろう。とりあえず、食べ過ぎに注意だな。わたしは一人、小さな決心をした。




