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お昼になっちゃった 握手会篇

 午前中の授業は、初回ということもあってか、新入生としての心構えとか、成績の評価の基準とか、そういう話が中心だった。ちゃんと授業を聞いて、あんまり欠席し過ぎないこと。そういう、基本的なことをしっかりと説明してくれた。まあ、正直ちょっと途中から、眠くなってしまったけど、それが大事なのはわかっているので、許して、先生たち。すごい好成績を収める必要はないだろうけど、落第は避けたいから、まじめに勉強していかないとな。少なくとも予習復習くらいは、やらないと。なんてことを、眠い目をこすりながらも、考えていた。


 そんなこんなで、午前中は大きなトラブルもなく、平穏に過ぎていったのであった。まあ、少し横を向くと、やたらとクラスメイトと視線が合ったりしたけど。


 そして、お昼がやってきた。この学園の昼休みは、長めにたっぷりと時間がとられているとのこと。ゆとりがあっていいですなあ。わたしは自分の席で、この時間をどう過ごそうか、のんびりと考えていた。


 すると、みんなが、ほとんどタイミングを合わせたみたいに、同時に椅子から立ち上がった。地鳴りみたいな音が響いた。びっくりして、目をぱちくりさせてしまう。みんな、どこへ行くんだろう?食堂とかかな?なんて思っていると、すぐに、その目的地は判明した。それは、なんと、わたしの席だった!一斉にこっちを見たから、すぐ気づいた。大げさじゃなくて、クラスのほぼ全員。この時、わたしは、人波っていう言葉を思い出した。よく言ったもんだなあ。波みたいに人がいるからでしょ、たぶん。こっちに向かって、その人波が、それも大波がやって来ている。


 ドドドドドッと、わたしの席へと殺到してくる。殺到っていい言葉だなあと思う。殺って文字が入っているのが、特にいい。なんか、不穏な感じがする。こういう時に、使うんだろうなあ、たぶん。


 「エドガー様、先ほどおっしゃっていましたが、ぜひ、本について語りたく・・・」

 

 「俺も、音楽聞くの好きなんだよ。おすすめがあってさあ・・・」

 

 「きれいな金髪ですね。お手入れはされているのでしょうか?」

 

 「なにかスポーツは、されているのですか?わたしは・・・」

 

 「あの、その、好きな食べ物は、なんですか?」


 聖徳太子は、一度に何人まで同時に聞き分けられたんだっけ?・・・忘れた。わたしは、聖徳太子じゃないので、みんなから次々に話しかけられ、パンク寸前だ。ちょっとクラクラしてきた。わたしはクラスメイトの勢いに、のまれて、おぼれそうになった。


 さすがに、このシチュエーションは、今までのわたしのスキルで、なんとかできる範疇(はんちゅう)を超えてる。これは、まずい。どうしよ。対応できない。まさか、こんなピンチがやって来るとは、予想できなかった。なすすべなくアワアワと慌てていると


 「こらこら、みな。やめたまえよ。エドガーくんが困ってしまっているよ」


 よく通る声が聞こえた。

 ゆっくりと姿を現したのは、ロベールくんだった。人波をかき分け、余裕たっぷりに、前髪をかき上げながら颯爽と登場した。登場って言葉がよく似合う感じだ。彼は手で合図をして、みんなを押しとどめた。自信たっぷりの堂々とした振る舞いが、なかなか頼もしい。


 「そうだぜ。まずは落ち着け、お前ら」


 アウグストくんが加勢しに来た。いやーうれしいなあ。ちょっと話しただけなのに、こういうピンチに駆けつけてくれるとは。いつか、恩返ししよ。飲み物とかおごろうかな。


 二人がなだめてくれたお陰で、ヒートアップしていたみんなは、少しずつ落ち着いてきた。助かった。わたし一人では、どうなっていたか分からないもの。二人が、なんだかとても輝いて見える。


 「君は、人気なようだね。なかなか、やるじゃないか。さすが、ぼくが見込んだ男」


 ロベールくんが、なぜか誇らしげにしている。いつの間にか、彼に見込まれたらしい。光栄っちゃ光栄だけど、なにを、どう見込まれたのか見当がつかない。あと、見込んだ男になるの早すぎない?


 「こりゃ質問責めだな。まあ、がんばれ」


 ぽんぽんと、アウグストくんに肩を叩かれる。なんか、苦笑いしている。そりゃこんな状況を見たら、苦笑いも出るよね。できれば、代わってもらいたいけど、無理だよなあ。


 「えっ?なに、なにが起こってんの!?ちょい通して」


 お手洗いにでも行っていたのか、なにも知らずに教室に戻ってきたエステルさんが、異変に気づいたらしい。人をグイグイと押しのけて、騒動の中心地である、わたしの席へやって来た。


 「これ、みんな、君目当て?」


 彼女は、ひょっこりと顔を出すと、あきれながらも、どこか楽しそうに言った。ちょっとニヤけている。もしや、慌てているわたしを、おもしろがってるのかな?Sっ気がある人なのかもしれない。


 「そうみたい。ありがたいことに」


 わたしは、困ったように笑う。こういう時に、どんな返答をすればいいか、わたしには全然分からない。今まで、人気者になったことなんてないもんな。ていうか、クラスメイトに殺到された経験のある人なんて、ほとんどいないだろう。上手に対処できる方が、おかしいと言っていいかも。笑うしかないよね、こんな状況。


 「ほらほら、みんな、とりあえず並びなー。あたしたちが受付、やったげるから」


 エステルさんの音頭で、ロベールくん、アウグストくん、そしてエステルさんの三人は、受付の窓口みたいなことをやりだした。わたしは自分の席に座って待つ。みんなが順番に、三列になって並ぶ。呼ばれたら、一人、二人くらいずつ、こっちに来る。で、わたしとお話をする。そんな段取りである。行ったことないけど、サイン会とか、握手会みたいな感じ。握手を求めてくる人もいたので、もう握手会と言っていいのかもしれない。クラスメイトの握手会ってなんだろうって思うけど。


 わたしは怒涛(どとう)のように、次々とやってくる生徒とお話をし、握手をし、時に笑顔を振りまき、手を振ったりして、応対していく。なるべく、ボロが出ないように相手が話しだす前に、こちらから、すかさず質問して、聞き役に回るのである。この世界に関する情報も欲しいしね。そうやって、相手の話を聞いてばかりいると、自分を主張しないところが好感を持たれたらしく、みんな、ニコニコしていた。


 いろんな人とコミュニケーションできて、うれしかったけど、人数が多いので、一人一言ずつって感じになってしまった。なんか、申し訳ないな。ごめんよ、みんな。今度また、ゆっくり話そうね。わたしは心の中で、謝った。


 やがて最後の一人とのお話が終わった。急遽(きゅうきょ)開かれた親睦会(しんぼくかい)、いや、握手会はやっと幕を閉じた。さすがにちょっと疲れた。


 「お疲れ。てか、大変だったね」


 エステルさんに気を使われた。優しさが身に染みる。


 「うん、ありがとう」


 いや~なんとかなった。三人が協力してくれたお陰だ。ありがたい。


 「まあ、今日くらいじゃない?こんなのは」


 だといいんだけどなあ。


 ほっとすると、お昼ご飯を食べていないことに気づいた。一限目に、ユーリー先生が言っていたけど、この学園では、生徒は無料で食堂が利用できるらしいのだ。なんて、うらやましいことだろう。貴族め、さすがだな。いや、わたしも貴族で、ここの生徒だった。ということは、わたしも利用し放題なのだ。おかわりとか、できるのかなあ。できるなら、食べ過ぎて、太る危険がある。食べ放題という魔法の言葉は、同時に大きな罠でもある。自制しなければ。でも、気になる。


 わたしとのお話し会が終わって満足したのか、みんな教室から出て、食堂や購買へ向かっているみたいだ。どうしようかな。食堂に行ってみたいけどなあ。

 迷っていると、エステルさんが声をかけてきた。


 「ていうか、君・・・エドガーくんだっけ?お昼食べてないっしょ」

 

 「あ、うん。みんなと話していたから」

 

 「俺らもまだだ。みんなで行こうぜ、食堂。どんなとこか、気になるしな」


 アウグストくんが、誘ってくれた。こういう時、さりげなく他の人を巻き込めるのが、うらやましい。わたしは、もっぱら誘われるのを待って、他の人についていくタイプだからな。グイグイ引っ張ってくれる人には、憧れがある。まぶしいぜ、アウグストくん。


 「しかたないな。特別に付き合ってあげよう。光栄に思いたまえよ」


 やれやれと大げさなジェスチャーをしながら、ロベールくんも来た。ちょっと、うれしそう。なんか、彼のことが分かってきた気がする。お高くとまっていると見せかけて、そこそこ、いい奴の可能性が浮上してきた。


 「はいはい」


 エステルさんが、手をひらひらさせて、軽い調子でロベールくんをあしらっている。貴族相手でも物おじしない、その度胸、ちょっと見習いたい。あれ?でも、二人って初対面だよね、たしか。そのことを思い出して、愕然(がくぜん)とする。エステルさんって初めて会う人との会話で、こんなに砕けた調子で行けるの?す、すごいな。なんだか、とても感心してしまった。


 「エステル(じょう)。きみは、ぼくを甘く見てないかい?」

 

 「ん?見てるけど、なに?」


 あっけらかんと言う。あまりに、さらっと自然に口に出したので、嫌みっぽさがない。わたしは驚いて目を丸くしてしまう。見てるけど?なんてわたしには、口が裂けても言えないもの。これはもしかして、人と距離を詰めるための高等テクニックなのか?もちろん、単に失礼な人の可能性もあるけど、図太い神経の持ち主であることは、間違いなさそう。


 「ほお~そうかい。今度、ぼくの実力を見せて差し上げないとね」


 微妙に怒ってるロベールくん。笑っているけど、こめかみに青筋が立っているな。器用な人だなあ。


 「てか、早く行こ」


 あっ完全に無視した。さっさと歩きはじめる。ああやって、あしらうのか、ふむふむ。なんか、勉強になるな。


 「おい、待ちたまえ」


 一人、置いていかれたロベールくんは、小走りで追いかけてきた。きれいな走り方だ。こういうところは、素晴らしいなあと思う。どんな時でも、きっちりしている。まあ、会って間もないエステルさんに、すでに若干なめられている感じがするけど。


 「まったく。ぼくを置いていくなんて、失礼千万(しつれいせんばん)だな」

 「早く来ないのが悪い~」


 喧嘩にならないか、わたしはちょっとソワソワしながら、二人の様子を見ていた。どうやら、本気で怒っている訳ではなさそうだ。どことなく、二人が楽しんでいる感じが伝わる。わたしは友達と、二人みたいに軽く相手をイジるような、やりとりをしたことないから、なんとも見慣れない、不思議なものを見ている気持ちだった。もし同じようなことを、わたしがやったら、たぶんダメなんだろうな。この二人の間だから、成立しているのかも。ていうか、打ちとけるの早いな、この人たち。


 「おーい、お前ら、早く来いよー」


 アウグストくんは、ずんずん先を進んでいく。歩くのがめちゃ早い。もしかして、腹ペコなのかな?腹ペコで、早足になっちゃってるのかな?アウグストくんって、もしかして意外とチャーミングなのかも。


 廊下の先で立ち止まって、手招きをしていた。まるでガイドさんみたいだ。わたしたちを引率してくれている。世話焼きでもあるのかもしれない。うむ、また彼の新たな一面が、分かったぞ。


 こうして、わたしたち四人は、食堂へ向かう道を歩いていくのだった。近づいていくにつれて、期待も、だんだん高まってくる。さてさて、どんなものが待っているのか。

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