自己紹介しちゃった
教室の中へと入ると、さっき新入生を誘導していた女の人が腕を組んで、教卓の前に立っていた。たぶん、この人が担任の先生だろうな。
彼女は黒板を、手でコンコンと叩いて、こう言った。
「席につけ。これを見て、確認しろ」
黒板には、生徒の名前が並べて書かれている。どこに座るのか、一目瞭然だ。確認しようと、アウグストくんと一緒に移動する。なんか、みんなが見ている気がするな。・・・ははあ、さては隣にいるアウグストくんを見てるんだな。爽やかだもんね、彼って。やっぱり人気者になる素質があるかも。ふふふ、わたしは彼とはもうすでに、知り合いと言っていい仲だ。うらやましいだろう。しばし、一人で優越感に浸る。
わたしの席は、端っこ寄りだった。目立たなくて、いい位置。アウグストくんと離れてしまったのが少し寂しいけど。彼は、中央列の前の席。明るい彼によく合っている場所だな、なんて、なんとなくだけど、思った。
みんな、いそいそと移動していく。無駄話せず、きちんとしている。行儀がいい。そこは貴族だから、厳しく言われているのかもしれない。
わたしは早々と自分の椅子に座って、みんなの様子を眺めていた。
全員が席に座ると、先生は話を始める。
「よし、席に着いたな。みな、入学おめでとう。王立クロイツ学園にようこそ。わたしは、お前たちの担任のユーリー・フリューゲルだ」
先生は、黒板に自分の名前を書いた。ユーリー先生ね。うん。これくらいの名前の長さなら、すぐに覚えられそう。さっきまで、覚えにくそうな人ばかりだったからな。
「さて、お前たちには、これから自己紹介をしてもらおう。苦手な者もいるだろうが、まあ、簡単でいい。やってみろ」
教卓の横に置いてある椅子に座って足を組み、ユーリー先生は名簿を手に持った。
「席順に呼ぶから、前へ出てきて、軽く話してくれ。終わったらお辞儀をすること。あと、みな、ちゃんと話を聞き、拍手をすること。以上だ」
説明が簡潔だ。気楽にやりなさいって感じかな?
こうして、自己紹介タイムが始まる。全体的に落ち着いていて、行儀がいい。中にはひょうきんな人が、場を笑わせようとしたり、控えめな人が、すごいコンパクトにまとめて、めちゃくちゃ早く話を終わらせたりと、短い時間でも、なんとなく、それぞれの人柄が察せられる。
アウグストくんは、ハキハキと、溌溂と話をしていた。スポーツをしているらしく、どうやら、わたしの元の世界のサッカーに、かなり近いものらしい。今度、見てみたいな。きっと上手いんだろうな。いや、意外と苦手というパターンもありうる。もし下手だったとしても、それはそれで、ギャップがあって、かわいいので、よし。かっこいいのにドジとか、めちゃいい。
さて、自己紹介は続く。ユーリー先生は、あまり派手にリアクションはしないタイプらしい。静かに聞いている。生徒の話が終わると、その都度、軽く拍手をするんだけど、その拍手の形がきれいだった。丁寧に手を動かしていて、ぞんざいだったり、雑じゃないのが好印象だ。もしかして、けっこう優しい人なのかもしれない。
そうこうしていると、いよいよ、わたしの番が近づいてきた。緊張してくるな。わたし、苦手なんだよな、自己紹介って。そもそこ、なんなんだ自己紹介って。どうして自分で、自分を紹介せにゃいかんのだ。紹介って、ほかの人にしてもらうものでは?考えた人に、ちょっと一言、言ってやりたくなる。
なんて、心の中で文句を言っても、無情にも順番は回ってくる。
「シュナイダー。エドガー・フォン・シュナイダー。前へ」
「はい」
立ち上がっただけで、なんか周りが、ざわざわし始める。いや、実は、立ち上がる前からすでに、女の子たちのキラキラ輝いた顔と、男子たちの期待に満ちた視線が、わたしの視界の端々に入ってきていた。歓迎してくれているのは伝わるけど、プレッシャーも感じるなあ。
よし、ここで、無難にこなすスキルを発揮する時だ。穏やかな学園生活を送るために大事なのは、なるべく普通の自己紹介をすること。あんまり、ウケを狙ったりとか、ひねりすぎないようにするのだ。まあ、そもそも、おもしろいことなんて、言えないんだけどさ。
わたしは、教卓の前へ行って、口を開いた。
「エドガー・フォン・シュナイダーです。趣味は、読書や音楽鑑賞です。スポーツは、見るのは好きなのですが、やる方は、ほんの嗜む程度です。おすすめの本や音楽などあれば、ぜひ教えてください。みなさんと仲良くできればと思っています。どうぞ、よろしくお願いします」
お辞儀する。うーむ、我ながら平凡な自己紹介だなあ。個性を出したり、よい印象を持たれるようにするのは、難易度が高い。謙虚を心がけて、ある程度、話しかけられやすいような感じも出しつつ、無難にできたとは思うんだけど、ちょっと心配だ。
顔を上げて、みんなの様子をうかがう。シーンと静まり返っている。拍手がこない。あれ?もしかして、なにか失敗した?わたし。
しばしの沈黙のあと、教室が揺れるくらいに、女子たちから悲鳴みたいな、キャー!!という、すごい歓声が上がった。びっくりして、飛び上がりそうになる。へ?いったい、何?
それに続いて、男子たちの大きな拍手が続いた。なんか、わたし、すごいこと言ったっけ?全然自覚がない。
女子たちは興奮して、手をたたきながら、ピョンピョン跳ねている。男子は男子で、なんか謎に納得をしているようで、しみじみと感傷に浸っている。なんか、泣いてる人とかいる。みんな、落ち着くんだ。わたしは、そんなすごい自己紹介はしてないぞ。気を強く持つんだ!
「かっこいい!読書ですって。きっと、とても知的なものを読んでいるに違いないわ!」
まずい。すごい好意的に解釈されている。
「音楽か。いったい、どんな素晴らしい曲を聞いているのだろう」
男子たちが、さすがだ、とか言っている。どういうわけか、なにもしてないのに、一目置かれてしまった。わたし、知的な本も知らないし、すごい曲も聞いたことないんだけど。尊敬のまなざしが痛い。
ユーリー先生も感心したように、うなずいている。他の人の時と、ちょっと反応が違うような気がする。なにか感心するようなところ、ありましたっけ?そう聞いてみたくなる。いや、問いただしたくなる。
席へ戻っても、わたしのフワフワした、浮ついた気持ちは、なかなか収まらない。あと、クラスの話し声もなかなか、やまない。先生が手をたたいて、みんなに、静かにするように言った。そうだ、あまり動揺していては、いけないな。切りかえないと。ほかの人に申し訳ない。まだクラスメイトの自己紹介は終わってないんだ。次の人の話を聞かねば。
席に座って姿勢を正し、次に出てくる人を待った。ざわざわしていた教室も、落ち着いてきたみたい。
すると、小柄でぽっちゃりとした男子が、出てきた。髪は茶色のさらさらマッシュだ。品のよい、いかにも貴族のお坊ちゃんって感じ。背筋が伸びていて、堂々としている。
彼は前髪をかき上げると、人差し指を立て、ビシッとポーズを決めた。あまりにも芝居がかった、大げさな身振りに、目を丸くしてしまった。なんか、すごそうな人が来たぞ。
「やあ、諸君。ぼくは、ロベール。ロベール・サン・デュポワさ。みな、覚えておきたまえ」
優雅に礼をして、続ける。すごい深々としたお辞儀だ。そして、わざわざ黒板に名前を書いてくれる。字がきれいだな。でも、チョークを持つ手の小指が立っていて、なんか、すごい気になる。ごめんよ、ロベールくん、君は悪くないんだけど、ちょっと腹立つ。
「先ほど読書が趣味と言った人が、いたね」
わたしの方を見る。いや、見るだけじゃなくて、思いっきり指をさしてくる。ちょっとこわい。もしや、目をつけられた?とりあえず軽く会釈をして、やり過ごしとこ。
「かくいうぼくも、読書は非常に好きでね。ぜひ、あとで話をしたいものだ。もちろん、彼以外のみなも、遠慮せずに、ぼくに話しかけてきたまえ。分け隔てなく接するのが、貴族というものだ」
よかった、威圧してきた訳ではなさそう。同じ趣味を持つわたしに興味があって、話したい気持ちを表しただけみたい。悪い人ではなさそうだな。なにか、話すたびに前髪をかきあげ、それを櫛で直すのは、イラっとするので、やめてほしいけど。
ロベールくんは、最後にもう一度、ゆっくり丁寧に礼をした。所作がきれいだなあ。指の先まで伸びている。その言動に滲むナルシスト感には、タジタジするけど、自分に自信があるのは、いいことかも。ちょっと見習おう、その自信。
さてさて、その後も、順調に自己紹介は進んでいき、今度は、制服のボタンを大きめに開けて着崩した、赤いベリーショートの女の子が来た。ぱっちりした目が、特徴的だ。
「あたし、エステル・ミュラー。えっと、平民出身。よろしく!あんまり礼儀作法とか知らなくてさ、不快に思わせたら、ごめん。あー・・・あと、好きなのは、甘いものを食べたりとか、服見たりとか。そうそう、スポーツもいろいろやるかな。あーそれとね、意外って言われるんだけど、本とか読むのも好きだよ、あたし」
エステルさんは、頭をポリポリかいたり、身振り手振りを交えながら話しをする。表情もころころと変わる。そばかすのある顔が、なんとも愛嬌があって、親しみやすそう。話しながら、ケラケラと笑ったりしていて、明るい。その明るさ、うらやましい。勝気そうな感じがするけど、なんというか、ツンツンはしてない。さっぱりとした、気のいい人って印象だ。
そういえば、聞いていて気がついた。この学園には、貴族出身じゃない人もいるんだな。勝手にお嬢様お坊ちゃん専用の、貴族の学校かなと思っていた。なんか校舎とか立派だったし。待てよ。平民出身ということは、もしやエステルさんって、奨学金を利用したり、推薦で入ってきた、勉強やスポーツを頑張っている努力家かもしれない。なんか、服のボタンとか開けているし、ちょっと不良っぽいかなと思ってしまった。すまん。まだ、話してもいないのに、勝手に不良っぽいとか思っちゃって。
彼女は話を終えると、礼をせずに、そのまま席に帰ろうとする。途中で、あっと気づいて、慌てて教卓の前に戻ると、めちゃくちゃ雑にお辞儀をして、戻っていった。どうも、少しうっかりで、ガサツなところもあるみたい。ユーリー先生は、一瞬顔をあげて、ちらりとエステルさんの方を見たけど、なにも言わずに名簿に目を戻した。どうやらセーフみたいだ。大目に見てくれたらしい。たぶん、あまりにもお辞儀が適当だったからだろうな。
やがて、最後の生徒まで自己紹介が終わった。先生が、軽く授業の進め方や、荷物入れの使い方なんかを説明していると、チャイムの音が鳴る。
「よし、予定通りだ。全員、自己紹介を終えられたな。よろしい」
こうして1限目は、無事に終わった。いや、無事ではなかったかもしれない。わたしが話した時、大騒ぎになったし。まあ、無事ということにしよう。うん、切り替え大事。自己紹介という大きなイベントを、ひとまず、とにかく乗り切れてよかった。
わたしは、ほっと一息ついた。これで騒ぎが終わるとは、全然思えないけれども。うーむ・・・。わたしは、果たして平穏に学園生活を送れるのだろうか。




