入学しちゃった
玄関から、馬車が待っている場所を目指して歩いていく。馬車なんて乗ったことないから、わくわくする。少し歩いていくが、まだ着かない。やっぱり貴族のお屋敷は広いな。外へ出るまでの道には、広大な庭園と、きれいな石畳がある。花壇には色とりどりの花が咲いている。うわあ、きれいだなあ。眺めながら進んでいく。あれ?門は見えるけど、まだたどり着かない。距離遠くない?なんなんだ、このスペースの無駄遣いは!?家から門までの間に、別の家が建てられるぞ。これだから貴族は。おいしい朝ごはんで貴族生活への期待値は上がったけど、この贅沢な土地の使い方と、家の敷地から出るまでの距離の遠さで、評価がちょいマイナス。でも庭のきれいさで、持ち直した。わたしの中で、短時間で貴族生活への評価が上がったり下がったり、乱高下している。
しばらく歩き続けていると、門が見えてきた。やっと出られる。なんか、これだけで少し旅をした気分になった。お屋敷の前では、馬車と御者さんがのんびりした様子で待っている。大きくて立派だ。馬車はシンプルで落ち着いた色合いだ。基本的には黒で統一されているけど、ところどころに植物をモチーフにしたような模様が金色で描かれている。シックでなかなか、よい。馬車を引く芦毛の馬のつぶらな瞳がかわいい。
わたしは笑顔で、御者さんにあいさつをする。
「よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ、お願いいたしますです」
御者さんは畏まって、丁寧にお辞儀を返してくれた。ふさふさした茶色い髭をたくわえた小太りのおじさんだ。うーん、なんかパン焼くのとか上手そう。オーバーオールとかも似合いそう。
そんなくだらないことを考えつつ、わたしと、両親(仮)の二人は、一緒に馬車に乗り込む。やはり、入学式だから見に来るんだな。ますます、この二人が両親である可能性は高い。
席に座ると、お父さんらしきおじさんは、真面目な表情で話しかけてきた。
「エドガー。先ほど、緊張していると言ったが、お前は、由緒あるシュナイダー家の嫡子であり、わたしビンセントと、このタリアとの自慢の子供だ。堂々としていればいいんだよ」
由緒あるシュナイダー家というのは、ちょっとプレッシャーだけど、緊張を解そうとしてくれる気持ちは伝わってくる。やっぱりこの二人が、お父さんとお母さんか。ビンセントさんとタリアさん。あんまり名前で呼ぶことはないだろうけれども、ちゃんと覚えておこう。わたしは、心の中で名前を繰り返す。
めちゃくちゃ厳格な家じゃなくて一安心。教育だとか言って、鞭で打たれたり、ごはん抜きにされたり、蔵に閉じ込められたりしたら、わたしの貴族人生は、かなり厳しい、いわばハードモードで過ごしていかなくてはならない。それは避けられそうなので、ひとまずオーケー。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
言ってみると、なんか照れるし、緊張するな。わたしにとっては、はじめましての人だから、言い方がぎこちなかったりしないかしら。様子をうかがうと、彼らは顔を見合わせて、笑った。
「ははは、礼を言われるほどのことじゃないさ。」
「ええ、そうよエドガー」
ニコニコしている二人。それを見ていると、わたしも笑顔になってくる。笑顔っていいな、なんかしみじみ感じる。転生して、まだ間もないから不安はやっぱりあるものだ。でも、こうして好意的な人がいると気持ちが楽になる。
御者さんが馬に鞭を打つと、馬車は、ゆっくりと動き始める。ん?そこそこ揺れるな。ガタガタと揺れている。次第にスピードが上がっていく。なかなかの速度が出るんだなあ、なんて思っていると、道がデコボコしているからか、お尻がたびたび宙に浮く。だんだんお尻が痛くなってくる。イテテテ。このまま座っていると、お尻を痛めそう。入学式という重要イベントを前に、お尻を負傷するのはマズい。傍にあったクッションをとっさに敷く。ふかふかで、いい座り心地。よしよし。お尻、大事。
その時、ふと思った。お父さんたちは平気なのか?この状況で。ちらりと二人の様子を見る。楽しそうに会話している。お父さんは体格がよくて、なんか丈夫そうだから、こういうのも平気そうだが、細くておっとりしたお母さんも平然としているのは驚きだ。穏やかなリラックスした表情だ。我慢とかはしてなさそう。見た目に反して、これくらい痛くもなんともない強靭な体の持ち主なのかもしれない。すげえ、タリアお母さん。
感心しつつ、ぼんやりと今後のことに思いをはせる。不安と期待が、ぐるぐると頭の中を巡っていく。馬車はそんなわたしを尻目に、軽快に走っていった。
しばらく乗っていると、無事に学園へ到着した。ガタガタした道に揺られたせいで、ちょっと酔ったけれど、すぐに元気を取り戻した。もちろん、お尻も無事だ。
馬車から降りると、目の前には、真っ白い石造りの巨大な校舎がそびえ立っていた。門からして、馬車が余裕で通れるくらいの大きさがある。むむ、こりゃまた大きい。なんだかすごい格式高そう。建物のデザインが、おしゃれな気がする。気がするというのは、もちろん自分のセンスに自信がないからだけど、なんか、かわいらしい塔とかあるし、とりあえずおしゃれと思っておいていいだろう。
制服らしき服を着ている女の子たちが、こちらを見ながらヒソヒソ話をしている。なんだろう?わたしを見てるのかな?自意識過剰か。鏡で見た自分の姿を思い出す。いやいや、この世界は、これくらいの顔立ちの男性は珍しくないかもしれないし、かわいさとか、かっこよさの基準が違うかもしれないし、お父さんお母さんに見とれているだけかもしれない。それにしては、わたしの方に視線が集中しているような気がしないでもない。いや、うぬぼれるのはいけない。とりあえず、あまり気にしないことにしよう。
気持ちを切り替えると、両親と別れて、わたしは新入生の集合場所を探して、周りを見回した。
すると、ハキハキと呼びかけている女性の姿が目に入った。
「新入生はいるかー!いるなら、こちらの列に並べー」
声の主は、スラリとした女性だった。おそらく先生だろう。背が高い。周りを歩いている生徒たちの身長と比べると、かなりの長身だ。
彼女は、足をひろげて颯爽と立っていた。色白で、腰くらいまである茶色いストレートヘアーが風になびいている。太く濃い眉の下に、切れ長の目がある。三白眼ってやつだ。うーんカッコイイ。立ち姿が、キリっとしている。さっき会ったメイドさんやお母さんお父さんとは、また別のタイプの雰囲気だ。
「なんだ、お前は。じろじろ見て」
わたしに見られていたので、少し照れているらしい。なかなか、チャーミングなところがありそうだな、この人。
「新入生なのですが、こちらに並べばよろしいでしょうか」
今後お世話になるかもしれない。失礼のないように、丁寧に接しておこう。
「うむ、この列に並んでくれ」
「わかりました」
わたしは、何人かに分かれて並んでいる列の最後尾へと向かっていった。前に並んでいた男子生徒が振り向いて、話しかけてきた。
「よっ!新入生同士、よろしく」
爽やかな好青年だ。きれいに整えられた黒い短髪。垂れ気味の目で、顔をくしゃっとさせた笑顔が、人懐っこそうで好感が持てる。褐色で、なんだか活発な印象を受ける。体格はがっしりしている。筋骨隆々ってほどではないけど、制服の上からでも、そのしっかりとした骨格と筋肉が、なんとなく分かる。
「あ、よろしくお願いします」
「なんだなんだ、よそよそしいな。丁寧語なんて使わなくていいぜ」
肩をぽんっと叩かれた。力が強くて、ちょっと痛い。ぽんっというより、バシッの方が近いかも。もしかして、このグイグイ来る感じ、さては、こやつコミュニケーション強者だな?明るくて、ちょっとわたしにはまぶしくて、同じようには振舞えそうもないけど、ぜひ見習いたい、その積極的姿勢。
「俺は、アウグストだ。アウグスト・ド・ラ・ルーシェルだ」
ちょっと長いな、名前。人のこと言えないけど。
「ぼくはエドガー・フォン・シュナイダー」
言い慣れないし、自分で言ってて、ちょっと噛みそう。あとでこっそり練習しておこ。
「エドガーか。いい名前だな」
アウグストくんは、ニカッと笑った。うわっ爽やかで、まぶしい。きれいな、キラキラした汗をかきながら、スポーツとかやってそう。なにをしてそうかな?フェンシングとか、テニスとか似合いそうだな。それとも、もう少しワイルドさを感じさせる、ラグビーとかもいいかも。なんて、いかん。勝手に想像してしまった。そういえば、前の世界では、ほとんど関わったことなかったなあ、こういう感じの人とは。友達になれたりするのかな。あんまり想像できない。もし友達になったら、わたし、どうなっちゃうんだろう。イケイケな学生になってしまうのだろうか。
そんなことを考えているうちに、移動する時間がやって来た。わたしたちは講堂へと入って、整列をして待つ。すると、学園長がゆっくりと壇上に姿を見せた。そして、新入生へのあいさつを始める。
「えー。ようこそ。みなさん。君たちは我が学園の生徒として恥ずかしくないよう~(以下略)」
白く長い髭のある小さいおじいさんだ。なんだか話し方がのんびりしている。ヨセフさんというらしい。苗字は長すぎて、言われた瞬間に忘れた。そして、だんだんと眠くなってきた。学生の本分は~とか、学問に励んで立派な貴族になるように~だとか、断片的に聞こえてくる。こういう時は、時間が引き延ばされたみたいに感じる。たぶん、言われることが、もう聞く前から、なんとなく分かるからだろうな。
あくびを噛み殺しながら大人しく待っている。入学式は滞りなく進んでいった。そろそろ終わるころかなと思っていると、クラス分けの紙が回ってきた。隣にいたアウグストくんが、紙を素早く確認して、肘でつついてきた。
「おい、俺たち同じクラスみたいだぜ」
「よろしくお願いします」
「お前、あいさつがお堅いな」
笑われた。ゆるせ、アウグストくん。無難に過ごすためについた癖なんだ。とりあえず丁寧語で話してしまうんだ、わたしは。距離を置いていると思われるかな?適切な距離感って、難しいな。
彼と同じクラスかあ。もしや、ゲームで例えるならば、すでにアウグストくんと友達になるルートに、いい感じで乗っているのでは?幸先がいいかも。
二人で話しながら、廊下を歩いてクラスへと向かう。どんなクラスメイトがいるんだろうね、先生はどんなかな、なんてことを話していると、すぐに到着した。会話もそこそこ、弾んでいる。たぶん、そのはず。
教室のドアの前に立つ。ちょっとドキドキしてきた。
「緊張してるだろ?」
「あ、うん、ちょっと」
鋭い。さては、意外と周りが見えていて細やかに気を使えるタイプなのか?できるな、アウグストくん。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。目をつむる。わたしの様子をアウグストくんはニヤッとしながら見ている。余裕あるなあ。うらやましい。
少し間を置いて、意を決してガラリとドアを開け、わたしは教室の中へと足を踏み入れた。




