転生しちゃった
鏡の前に立って、全身を見る。わたし、高校生の山下清子は、今、金髪でサラサラヘアーで、碧眼で、眉目秀麗、または容姿端麗とでも表現したらいいだろうか、それを絵に描いたような感じの、まあ、もっと簡単にシンプルに言えば、すごいイケてて、めちゃ美形な、手とか足とかスラっとしていて、逃げ出したくなるほどハンサムな、エドガー・フォン・シュナイダーという男の子に、転生したらしい。
自分の手を眺めてみる。手が大きくて、指が長い。そして背が高い。たぶん180cm後半くらいはあるかも。測ってないから、わかんないけど。とにかく高い、細い、足長い。よって、その全身を映している、目の前にある鏡も、めちゃでかい。こんな鏡、家はおろか、服屋さんでもみたことない。というか、服屋にほとんど行かないから、こんな巨大鏡があるのかどうかすら、うろ覚えである。日頃、おしゃれに無頓着でいたツケが回ってきた感じがする。
次は、着ている服をしげしげと眺める。襟のあたりに、フリルみたいなヒラヒラが付いている。なんだこの機能性とか、そういうのとは無縁そうな謎の装飾は。どういう意図で付いてるんだろうか?おしゃれなのかな?埃とか溜まりそうだけど。なんか、フリルの重なったところに、虫が絡まったりしないのかしら?洗濯すればいいのか?考えても分からん。難しいな、おしゃれ。
そして今度は、ペタペタと顔を触ってみる。真っ白でプニプニの肌だ。鼻梁のあたりが高くなってる。わたしは、エドガーになる前、そんなに凹凸のはっきりした顔立ちではなかったから、なんだか新鮮だ。彫りが深いって、こんな感じなんだなあ。
にこっとした顔を作ってみる。なんだか爽やかな笑顔が鏡に映っている。うーむ、感じがいい。わたしは、こんなきれいに笑顔を作るのは不得意なはずなんだけれど、なぜか、できている。不思議だ。写真を撮る時、はい、笑ってなんて言われても、素敵にほほ笑むなんて、できなかったはずなのに。いつも頑張って笑おうとして、ぎこちない表情になっていた。しかし、今は違うぞ。この笑顔、実に自然である。なんか、格好つけた感じがしない。変な力みがない。この脱力感が、いい。切れ長の目が、細くなって、目じりにうっすらと皺が寄る。それもまたいい。口の開き具合も、絶妙なバランスだ。これ以上開くと、ちょっと下品かなという、そのラインすれすれを攻めている。やるな、エドガーくん。というか、わたし。
今度は鏡の前でくるりと一回転。身のこなしが違うなあ。足から手、下半身から上半身への動きの連動の仕方がスムーズだ。なめらかで、なんか体が軽い。腰や肩がボキボキなったりとか、そういうのがない。運動神経いいんだろうな、エドガーくん。というか、そもそも猫背じゃない。ここに来る前のわたしの基本姿勢は猫背だったのだが、嘘のように背筋がピンと伸びている。すげえ、エドガーくん。いや、わたし。こんな姿勢を長く続けていたら、肩が凝ってしまいそうだ。でも余分な力が入っていないようだし、たぶん大丈夫そう。かつて、姿勢のいい人に憧れ、背筋を伸ばして一日過ごしてみたことがあったけど、その時は首が疲れて、激しい頭痛で寝込んだのだった。あの時は、情けなかったなあ。でも、今は違う。意識せずとも、力を入れなくても、めちゃいい姿勢で立っている。すごいぜ。
鏡の前で、様々なポーズを決め、特撮ヒーローの変身ポーズみたいな恰好をしていると、ノックの音がした。
「エドガー様、入ってもよろしいですか?ベッドのカバーをお取替えします」
柔らかで品のいい女性の声が、扉の向こうから聞こえる。エドガー様だってさ。様呼びなんて生まれて初めてだ。照れるぜ。というか、こんな時の返答の仕方がわからん。まずい。
「わかった」
めちゃくちゃ平凡な返事になってしまった。もっとスマートな答え方をしたいところだけれど、この際仕方ない。わたしは庶民であるからして、貴族の教養とかないのだ。ゲーム、小説、漫画などを少々嗜んだことで得た、ふわっとしたイメージや知識があるだけ。メイドさんに対する、貴族らしい、イカしたリアクションなんてできるわけはないのだ。
白いエプロン姿の若いメイドさんが一人、入ってきた。肩まであるつやつやした黒髪の笑顔が明るい、感じのいい人だった。彼女は、テキパキとベッドカバーを外していく。天蓋までついた、すこぶる立派なベッドのカバーなので、一人では、なかなか大変そうだ。
「あの、手伝おうか?」
このエドガーくん(※わたし)、声もなかなかにいい感じがする。ほどよい低音。そしてなんとも優し気な響きである。言いながら、自分で自分に聞きほれてしまった。思わず差し伸べた手の動きも、自分で言うのもなんだけど非常に優雅で、洗練されている感じがする。なんか、わたしのたどたどしい所作が、エドガーくんというフィルターを通って、ちょっとお上品に出力されているみたいだ。
「エドガー様にそんなこと、させられませんわ」
メイドさんはニコニコしながら、わたしを手で制して、重いシーツをするすると手際よく畳む。なんか動きに無駄が少ない。シーツを引き寄せるとき、ちょっと強引な、がさつさを感じさせるところが、慣れた作業をしているって感じがする。これがプロかあと見とれているうちに、彼女はひょいと、軽々とシーツを背負ってしまった。小さくて華奢だけど、思いのほか頼もしい。かっこいいなあ、メイドさん。
「いつもありがとう、えーと」
名前を呼ぼうとして、ふと言葉が止まる。このメイドさんの名前を知らなかった。どうしよ。とりあえず、なんとかごまかさねば。
「・・・またね」
ごまかせたか?変に思われてたりして。不安に駆られながら、メイドさんに、さっき鏡の前で試した、いい感じの微笑みを投げかける。これで、なんとかなるかな?
「いえいえ」
メイドさんは、相変わらずニコニコしている。とりあえずセーフみたい。彼女は一礼すると部屋を後にした。ほっと一息つく。よしよし、不審には思われてないみたいだ。
さてと、これからどうしようかと考えていると、今度はさっきとは別の女性の声が聞こえてきた。
「エドガー。そろそろ支度しなさーい。入学式に遅れますよー」
なるほど、わたしは入学式にいくのだな。声をかけてくれた人は、お母さんかな?
「あ、はーい」
無難に答える。無難に振舞うのなら、まかせておけ。わたしは、前の世界にいたとき、成績も運動も平凡な、ごく普通の生徒として生きてきたのだ。クラスでも特段目立つわけでなく、かといって、変に目を付けられるでもない、非常に微妙なバランスをとって過ごしていた。その時のスキルが今、活かされている。返事は、雑すぎても、逆に丁寧すぎてもいけない。あくまでも、サラリと何気なくだ。しかし、いかんせん、エドガーくんフィルターが効果を発揮しているらしく、口から出た言葉は、なんかすごい良さ気な声色で出力されている。いかん。エドガーくんでは、わたしが、ほどよく力を抜いて出した声が、何割か増しで、感じのいい魅力的なものになってしまう。エドガーくんめ、やるな。
恐る恐る部屋から出る。すると目の前に、さっきのメイドさんとは違う、きれいなご婦人が立っていた。ん?なんか、目のあたりが、エドガーくんに似ているような気がする。ははあ、家族である可能性高し。うーむ。すらっとした細身の体と、長くきれいな金髪。ちょっとカールしているのが、なんだか、かわいらしい。青く細い瞳と、微笑んでいるその表情も、なんとも和やかだ。服は青色のドレス姿だが、落ち着いたデザインと色合いで、なんか、いい。ネックレスなんかも、ギラギラ、ジャラジャラしてない。こじんまりとしたものが、さりげなく首から下がっている。わたしは、自分のセンスに自信があるわけじゃないけれど、なんか好感が持てる。貴族ってもっと、ド派手な成金感バリバリなのかなと思っていたけれど、こりゃあ、認識を改めねば。控えめでお上品だ。やるな、貴族。優しげでいい人っぽいオーラがめちゃ出ている。うーむ、見とれてしまうぜ。
「どうしたんです?ぼうっとして。朝ご飯をおあがりなさい」
首をかしげながら、おっとりとした声で、ご婦人がわたしを見つめている。優しい声色で、癒される。ご婦人の姿を今一度、眺める。エドガーくんのお姉さんだと、少し年齢が離れている気がする。見た目から判断すれば、お母さんと考えるのが妥当だろう。けれども、こういった時、わたしは油断しないぞ。年の離れた姉がいる可能性は否定できない。たまたま来ている親戚のおばさんかもしれない。ここは、用心しよう。
「はい、すぐに向かいます」
これなら大丈夫だろう。ふふふ、われながら、なかなかいい感じだ。そして、そのままご婦人の後をさりげなくついていく。食事をする場所がどこかなんて、わたしは、もちろん知らない。だからこそ、こうして自然に彼女のあとに続いて歩くことによって、不審に思われないようにするのだ。いいぞ、わたし。
無事に食堂に到着。ここもまた、デカい。大きなテーブルが部屋の中央にドンッと置かれていて、しっかりとしたつくりの椅子が、それを囲うように並んでいる。白くてきれいなテーブルクロスなんかも敷かれちゃっている。うわあ、食べこぼしたりしたらどうしよう。
そもそも、食堂までの距離が長かった。なんか無駄に広いな、この屋敷。どうやって来たのか、一応頭の中でおさらいしておく。まあ、すぐに忘れそうだけど、その時は、また誰かについていけばいいや。なんて、呑気に考えながら席に座っていると、今度は中年の男性が入ってきた。ふむふむ、これはまた、堂々とした立派そうな人だ。エドガーくんほどではないが、背が高く、貫禄がある。肩に勲章みたいなものがいくつも付いた服を着ている。また、その目鼻立ちははっきりとしていて、きりっとした眉をしている。そして彫が深い。やはり金髪だが、髪は短くさっぱりとしている。ぱっと見ると、なんだか厳しそうな印象を受けるが、温和な表情が、それをほどよく和らげている感じ。たぶん、エドガーくんのお父さんなのだろうなと予想する。しかし、わたしは軽率にお父さんとは言わない。相手の出方を待つのだ。
「今日は、入学式だったな。エドガー」
「はい」
「緊張はしていないかね?」
心配してくれているみたいだ。ここは、不安な気持ちを打ち明けてみよう。
「少し緊張しています」
困ったような笑顔を見せてみる。よし、これならば、疑われまい。さてさて、どんな反応をするのだろう。
「ははは、心配しなくてもいい。エドガーなら、問題なくやれるさ」
おじさんは、明るく笑った。ふむふむ、優しそうな人だ。お父さん(仮)は、朗らかな人柄らしい。話していて、心地いい。わたしを信頼してくれているのが伝わってくる。
とりあえず当たり障りのない会話を続けつつ、わたしは朝食を食べた。味は、なかなかのものだった。焼き立てのパンに、目玉焼き、肉の塩漬け(ベーコンみたいなやつ)、サラダにフルーツ。どれもおいしい。ものすごく高級な食材が並んでいるわけではないのだけれど、一つ一つの質がいいのが、素人のわたしでも分かる。いいなあ、エドガーくん。こんなのを毎日食べられるなんて。
食事を終えると、そろそろ入学式に出かける時間がやってきた。さっきのメイドさんが再び現れ、着替えを持ってきてくれた。黒くかっちりとした制服に身を包む。着替えると気が引き締まる思いだ。
手早く用意を済ませると、玄関の扉を開ける。さて、わたしは学校へと向かうために、外へと足を踏み出すのであった。一体どんな世界が待っているんだろう。学園は、楽しいのかな?どんな人が来るんだろう。不安はあるけれども、それでもわたしは、とてもワクワクとしていた。




