勧誘されちゃった 前篇
そんなこんなで、お昼をくぐり抜けて放課後を無事に迎えた。
今日は昨日に比べると控えめ(お昼のマニュエラさんたちとのことは除く)と言っていい。
控えめだと、自分にそう言い聞かせる。
まあ、先生にあてられて答えるたびに拍手と歓声があがったり、ニコニコとした好意に満ちた眼差しが、絶えず現在進行形でわたしに注がれ続けてはいる。
わたしもほんの少し成長したみたいで、とまどいはあるけれど、みんなの好意的な反応を、ありがとうと粛々と受け入れていく心持ちになってきた。
今日の授業は、話を聞いていることが多かったので、比較的落ち着いていた。昨日みたいにシュートを決めたから胴上げだー!みたいな、みんなのボルテージが上がってしまうシチュエーションにならなかったのが、今日の穏やかな一日(あくまで、昨日との比較)の大きな要因だろうな。
昨日は握手会が勃発した昼休みも、今日はマニュエラさんの食堂貸し切りによって、他の人たちが近づきにくいムードができていたので、だいぶゆったりと過ごすことができた。
一人、この静かな時間をじっくりと噛みしめながら物思いにふけっている。
穏やかな時間のありがたさを、しみじみと感じている。
すると・・・
「おーい、何か用事だって~」
エステルさんの、わたしを呼ぶ声で意識が引き戻された。
誰かが、わたしを訪ねて来たみたい。
昨日に引き続いて、二日連続で人が訪ねてくるとは、なかなか珍しいのではなかろうか。
わたしに一人きりになれる時間は、これから来るのだろうか。そんな不安がよぎる。
でも、これは贅沢な悩みかも知れない。
みんなに話しかけてもらえたり胴上げされたりするのは、ありがたいことなのだ、本来は。
ただ、いきなり、しかもすごい勢いで来るものだから、ちょっと愚痴りたくなるのだ。
エステルさんが、眼鏡の男子生徒を伴って歩いて来た。その人は歩き方からして、すでにお上品な雰囲気が出まくっている。
彼はわたしの前に来ると、胸に手を当てて行儀よく礼をした。
「そんじゃ、ごゆっくり~」
エステルさんは、他の友達の元へ、おしゃべりをしに行ってしまった。ちょっと意外。こういう時、興味津々で話に入ってきそうなのに・・・。
と思ったら、ニコニコしながら、遠くで女の子の友達とこちらを見て、手を振っている。
なるほど、今日は遠くから高みの見物ってことかな?
「エドガー・フォン・シュナイダーさんですね?」
やって来た男子生徒は、ご丁寧にもフルネームで呼んでくれた。
どこで聞いたのかは分からないけど、覚えてくれてるとは律儀だなあ。
でも、どなただろう?はじめましての人だ。
どんな感じの人か、ちらっと観察。
色白の顔に、小ぶりの四角い眼鏡が乗っている。細く高い鼻と、穏やかで知的な目をしている。茶色っぽい髪の毛がきれいに真ん中で分けられているので、几帳面そうな印象だ。
雰囲気がとても柔らかい。真面目そうだけど、お堅いとはちょっと違う。大人の余裕的な雰囲気を感じる。
背丈はわたしより、ちょい低いくらい。細身だからか、なんか木の枝をイメージしてしまった。
そんな彼は微笑んだまま、わたしの返事を待っている。
「はい、そうですが・・・えっと、なんでしょう?」
わたしは、尋ねる。
「いきなり押しかけてすみません。わたくし、二年生で生徒会副会長のコンスタンティン・マクマホンと申します。以後、お見知りおきを」
もう一度、うやうやしくお辞儀をする。なんだか、とても丁寧な人だ。
コンスタンティンさんね。頭の中で復唱していると、なんか、こんがらがってきそうになる。
コーンスターチって言う、おかしでよく使う粉を連想させる名前だ。
考えていると、クッキーとかを食べたくなってくる。
「貴様が噂の生徒だな!」
ん?甲高い女の人の声がした。
すると、コンスタンティンさんの後ろから、ひょっこりと、とても小柄な銀髪ボブカットの女子が、顔を出した。
「わあ、小さくて、かわい・・・」
言いかけて、慌てて口をつぐんだ。やばい、小さいとか言っちゃった。何だか、ちょこちょことかわいらしい感じなので、つい口が滑った。
あんまり言わないほうがいいよな、こういうこと。
「・・・今、何と言ったのかな?」
彼女は、わたしをジロッと見てくる。ニコニコしているが、ちょっとこめかみに青筋が立っている。
あ・・・これ、怒ってるかも。
「いえ別に何も・・・」
目を逸らしてごまかす。わたしは、無難な返答はそこそこ得意だが、さすがにうっかり口にしてしまったことは、どうすることもできないのだ。
「ん~?正直に言っていいんだぞ~?」
すごい見てくる。笑顔は崩さないけど、わたしとの距離をじわじわと詰めてくるのが怖い。
これはもしかして、いわゆる地雷を踏んでしまったって奴か!?
ここは正直に打ち明けよう。さすがに、ごまかせない。
「えっと・・・小さくて、かわいいと・・・そう言いました」
「ち、い、さ、いだとぉ!?」
彼女は、わたしに跳びかかろうとしてきた。それを、コンスタンティンさんが、鮮やかな手際でガシッと後ろから抱え上げるように、羽交い絞めみたいにして制止する。
「はい。会長、いけませんよ~」
「く~~放せ~~~!」
空中で足をバタバタさせている。何だか、空を頑張って走っているみたいだ。背が小さめだからだろう、小動物的な愛らしさがある。
どうやら、この人は会長さんらしい。
プンプンと怒りながら羽交い絞めにされている姿と、会長さんという、なにやらすごそうな肩書が全然結びつかない。
じたばたしている会長さんを、コンスタンティンさんは頑張って抑えている。何だか暴れん坊の妹とお兄さんに見えてきた。
けど、なかなか大変そうである。もがいている会長の肘が、ガスガスと彼の頭に当たって眼鏡がズレちゃっている。
それでも、彼はこちらに向ける笑みを崩さない。
・・・プロだ・・・彼からはプロ根性を感じる。
コンスタンティンさんは、ずれた眼鏡を直しつつ、会長さんの気持ちを落ち着かせようとした。
「あまり暴れては、会長としての威厳が落ちてしまいますよ」
「うぬぬぬぬ~」
会長の顔は真っ赤だ。怒らせちゃったの、わたしなんだよな。
いかん。ここは、ちゃんと謝ろう。
「すみません」
誠心誠意。まっすぐ謝るのみ。深く頭を下げる。
うっかりとはいえ初対面の人に、いきなり小さいと言うのは、あんまりよくないもんな。
「会長、エドガーさんも、こうして謝っていますし・・・」
「しかし、いきなりちょっと無礼なのではないか?」
「会長。エドガーさんは、おそらく会長の可憐さを、そう形容したのだと思いますよ。単に小さいではなく、その後の言葉を思い出してください」
「ん?なんだそれは・・・」
「小さくてかわいい、です。大事なのは、かわいいのところです」
会長さんのバタバタしていた足の動きがゆっくりになる。
「そ、そうなのか?」
確認するように、わたしを見てくる。
「あ・・・はい。決してバカにしようとか、そんなつもりはありません」
会長さんは今、少しクールダウンしているので、ここでちゃんと説明しよう。悪意とかはないということ、それと、会長さんがかわいらしい雰囲気だったので、つい言ってしまったということを、しっかりと伝えておこう。
「会長、どうでしょうか?ネガティブな意図ではなかったということですが・・・」
コンスタンティンさんがわたしに加勢してくれた。彼は会長さんの様子をうかがいながら、優しく話しかけている。
うーむ。なかなかこの人、できるな。わたしには分かる。相手を思いやって、気を使って話しているのが伝わる。
「そ、そうだな!悪気はないようだし謝罪もしているし・・・。ゆ、許さんでもない」
会長さんは、少し照れている。
「とてもよいと思います、会長。さすがです」
コンスタンティンさんが小さく拍手して、会長を褒める。褒める時の言い方に全然嫌みとかないのがいい。
「いや、それほどでもない、ぞ」
会長さんは頭をポリポリと掻いている。ちょっと褒められて照れているみたいだ。なんだか、かわいらしい。
「その・・・わたしも先ほどは、まあ少々大人気なかったかも・・・知れん。・・・許せ」
目を逸らして、恥ずかしそうにしながら小声で謝る会長さん。
よかった。とにかく怒りは収めてくれたみたいだ。彼女の方から怒り過ぎたと謝ってくれるのは、好印象である。
会長さんは、咳払いを一つして姿勢を正すと、こう言葉をつづけた。
「改めて名乗ろう。わたしは生徒会長の二年生、エカティリーナ・エレーヌ・ドーランサンである」
そう言うと、ゆっくりと会釈をした。動きの端々になんだか洗練されている雰囲気がある。そのきちんと整った所作が、さっきまで足をバタバタさせながら怒っていた人とは別人みたいだ。ひとつひとつの動きが丁寧だ。そこから優雅さとか、余裕みたいなのを感じさせる。
さっきまで、プンプンと怒っていた人がやると、そのギャップはすごい。
会長さんこと、エカティリーナさんの姿をまじまじと見てみる。長いまつげと、きれいな銀色の髪の毛、小さい口がチャーミングだ。
さっきはどんな感じの人かしっかりと確認する余裕がなかったものなあ。
「はじめまして、エカティリーナさん」
わたしも、ペコリとお辞儀を返して、あいさつする。
「ふむ、その丁寧な姿勢。なかなかよい」
エカティリーナさんは満足そうに、うなずいている。
「ええ、好感が持てます」
コンスタンティンさんも、何だか嬉しそうにしている。どうやら、あいさつの仕方がよかったらしい。
「えっと、それで何か用事でしょうか?」
「さ、会長。お願いします」
彼が手で促すと、エカティリーナさんは、うなずいて一息ついて、こう言った。
「エドガー・フォン・シュナイダー。貴様、我が生徒会に入る気はないか?」
どうやら、二人はわたしを勧誘に来たみたいだ。




