第九十四話「ヘニャヘニャのジュディ」
朝、部屋の扉を開けると、サヤが立っていた。
「……。」
「……。」
無言だった。
俺は、一度扉を閉めた。
何か怖かった。
「待てこらぁ!開けろやぁ、ボンクラァ!」
扉の向こうから、ドスの効いた声がする。
怖すぎだろ……。
仕方なく、もう一度開ける。
サヤは棒付きキャンディを咥えたまま、じっと立っていた。
「何か、ご用でしょうか?」
「……反動。」
「何の?」
「きてることにしたい。」
「ことにしたい?」
「私も、反動、きてることにして。」
「自己申告制なんだ……。」
サヤは俯いたまま、こちらを見上げている。
たぶん照れているのだろうが、睨んでいるように見える。
「うるさい。」
「うるさいって……。」
「……ぶんかつ、あるし。」
「分割って?」
「埋め合わせの!分割払い!」
「……。」
「ダメなの?」
「いや、ダメって訳じゃないんだよ?でも、俺にして欲しいことを教えてほしい。」
サヤが目線を下げた。
よく見ると耳が真っ赤だ。
なんだ?とんでもない要求がくるのか?
怖いよ。俺。
「……あ、あそ。」
「ん?」
「遊んで?」
めちゃくちゃ可愛い要求だった。
望むところだった。
—
とりあえず、サヤと出かける旨をカイラに報告した。
カイラは話を聞くや否や即答した。
「許可しません。」
「ダメなんだ……。一応、理由は?」
「私が、嫉妬で禿げます。」
「は、禿げ……。」
ストレートな意見に少しだけ身じろいだ。
う~ん、どうしよう……。
俺が悩んでいると、サヤが口を開いた。
「カイラ。」
「なぁに?」
「カイラも、デートしたことあるんだよね?ジュディと。」
「……ありますね。」
「私は、ない。強いて言うなら、兄貴のお墓参りくらい。」
カイラが、少しだけ黙った。
「ぐっ。ぐぎぎ。」
「フェアにいかない?」
「……許可します。」
カイラが、ぷいっと横を向いた。
「ただし、帰ってきたら話聞かせてね。」
「はは!了解!」
「あとね!」
「なによ?」
「私のことは、気にせず楽しむこと!これ絶対!」
どうやら、カイラとサヤの話はまとまったみたいだ。
この二人は、相性がいいように見える。
まぁ、俺がいない間、二人で過ごした時間もそれなりにあるだろうしな。
そんなこんなで、俺たちはそれぞれ出かける準備に取り掛かった。
………………。
…………。
……。
出かける直前。
俺が部屋で爪を切っていたら、サヤが入り口に立っていた。
——パチ。パチン。
「……何してんの?」
「爪切ってる。」
「え、なんで今?」
「いや、伸びてるなーって。」
「……。」
「いや、左手だけだし、すぐ終わるから!」
——パチン、パチン。
サヤが、腕を組んだ。
「あんたさ。」
「んなぁに?」
「何か、最近へにゃってない?」
「ヘニャ?」
「緩い。ものすごく。」
「え、ダメ?」
「いや、ダメじゃないんだけど……。」
サヤが、少しだけ俯いた。
「今日くらい、シャキッとしてくんない?」
「……シャキッと。」
「うん。私もちょっと色々決めておきたいのよ。」
「何を?」
「言わない。」
「えぇ。」
「でも、査定よ。あんたの。」
「……怖ぇ。」
少しだけ、考えた。
確かに、最近は緩みすぎていたかもしれない。
サヤは普段、ああいうことは言わない。
結構、無理して言ったんだろうと思う。
なんとなく、それに答えなければ不誠実な気がした。
「サヤ。十分くらい待っててくれないか?」
「え、爪切るのそんなにかかる?」
「違うよ……。サヤ、おしゃれしてるだろ?」
「……まぁ。仕事の時よりは。」
「そんな綺麗な格好じゃあ、俺も格好つけないと。」
「……あんた、服あんの?」
「んー。まぁ、ありものでマシになるように頑張るよ。」
「あ、そぉっすか。」
サヤが、工房の外で待ってくれることになった。
久々にスイッチ入れるか。
—
工房の外で待ちながら、私は棒付きキャンディを転がしていた。
十分くらい。
たったそれだけ。
なのに、妙に落ち着かなかった。
工房の扉が開いた。
ジュディが出てきた。
一瞬、目を細めた。
決まっている、というわけではない。
でも、みすぼらしくはない。
髪は整えられていて、服にも変な皺がない。
ここ最近の、へにゃっとした空気がなかった。
「ごめんな?待たせて。」
「い、いや別に。」
「外で見ると、その服いいな。俺好きだわ、そういうの。」
「……っ。」
「んじゃあ、行こうか。」
背筋が、伸びていた。
歩き始めると、ふと肩を掴まれた。
歩道側へと寄せられる。
そのままジュディは車道側を、歩く。
——あくまでも自然に。違和感なく。
こいつ、誰だ。
胸が苦しい。
きゅうきゅうする。
「何か、したいことあるか?」
「い、いや別に、ない。」
「んー、じゃあいい時間だし。とりあえず飯食べるか?」
「う、うん。食べる。」
「俺、トマト料理とか食べたいな。サヤもそれでいいか?」
私の好物だった。
自分が食べたいとか言っておいて、絶対分かって言ってる。
……なんだ、こいつ。
なんだこいつ。
なんだこいつ!!!
「サヤ?気分じゃない?」
「い、いや、いい!トマト料理で。」
「よかった。じゃあ、行くか。」
くそぉ。
なんだか、調子が狂う。
さっきからずっと、耳が熱かった。
………………。
…………。
……。
着いたのは、それなりに有名なレストランだった。
お客が外に並んでいる。
「……ここにするの?」
「うん。嫌か?」
「いや、私もここは好きだけど……。」
結構並ぶしな……。
そんなことを考えていると、ジュディが列を飛ばして中に入っていく。
「あ、ちょっとボンクラ?」
「大丈夫、大丈夫。」
ジュディが、店員に話しかけた。
店員は、笑顔で中へと案内してくれた。
「……予約、してたの?」
「ここの店主と前に依頼で知り合ってさ。さっき連絡した。席空いてたら頼むって。」
「……あんた意外と顔広いわね。」
「まぁ、一時期はガムシャラに依頼こなしてたしな……。」
ジュディが上着を手前の椅子に掛けて、奥の座席を手で示した。
「サヤ。奥でいいか?」
「……う、うん。」
自然なエスコートだった。
嫌味な感じが、まったくしない。
料理を注文した。
トマトの煮込み料理だった。
料理が届くと、当たり前のようにジュディが取り分ける。
「はい。サヤ。」
「あ、ありがとう。」
お皿を見た。
私の嫌いなオリーブが、抜かれていた。
ここで、気がついた。
こいつ、人を気遣って生きてきた時間が長いんだ。
たぶん、そういうことを何度も意識してきたんだろう。
だから今は、何も考えていないみたいに自然だった。
素直に、かっこいいと思った。
今日は、なんか圧倒されてばかりだ。
悔しいけど、それ以上に嬉しかった。
—
食事が終わり、軽くショッピングをして帰路についた。
ここまでも、ジュディのエスコートは完璧だった。
私は、ずっと調子を狂わされっぱなしだった。
「ジュディ。」
「うん?」
「……え~っと。」
何を言っていいのか、分からなかった。
そんな私を察してか、ジュディが私を呼んだ。
「サヤ。」
「な、何よ。」
「楽しかったか?俺だけ楽しかったんなら、なんか癪でさ。」
「……。」
さらっと言う。
こいつは。マジで。
今日、やばい(語彙力)。
「楽しかったよ!めちゃくちゃ!」
「……なんか、怒ってない?」
「怒ってない!あと……。」
「何?」
「その、それ、もうやめていいよ。」
「どれ?」
「その、シャキッとしたやつ。」
しばらく、沈黙。
ただ、なんのことかは分かったみたいだった。
今のこいつもかっこいいけど。
なんか、身が持たない。
危険だ。
「いいのか?」
「いい。」
「そっかぁ。」
——へにゃ。
空気が、変わった。
本当に、ゆる〜い空気に。
「……。」
「ん、なに?」
「……あんた。すごくない?」
「へ?」
「……っぷ。」
思わず、吹き出してしまった。
さっきのこいつと、今のこいつ、どっちも本当なんだろう。
でも、今のこいつは、たぶん私とカイラしか見られない。
そう思った。
それがなんだか、嬉しかった。
………………。
…………。
……。
工房に帰り、カイラに一通り話をした。
その後、風呂に入りリビングに行く。
なぜか、ジュディがカイラの前で正座させられていた。
「……何してんの?」
ジュディが私を見て助けを求めてきた。
「サヤ。助けて。」
な、情けねぇ~。
今日の昼間と同じ人物だとは思えない。
カイラが、私に振り向き言った。
「あ、サヤ。聞いて?」
「なに?」
「ジュディさ。今日凄かったんでしょ?」
「よかった。マジで。」
素直に言った。
本当によかった……。
月に一回、定期的に摂取したいくらいには。
「ジュディにね?私にもお願いって言ったの。」
「うん。」
「そしたら、予想以上に疲れたから嫌だって。」
「……。」
思わず、ジュディを見る。
「ボンクラ。」
「ち、違うんだよ。充電期間がほしいって言っただけで。」
「……。」
「いや、二人には、俺も今のままが慣れちゃってて。スイッチが、大変で。」
「……はぁ~~。」
へにゃっとしたこいつも好きだけど。
やっぱ、もうちょいシャキッとはしてほしい。
本当に、ちょっとだけ。
そう思った、夜だった。
第九十四話、お読みいただきありがとうございました!
サヤのデート回でした。
「遊んで?」から始まる査定つきのデートです。
オリーブ抜き、気づいた人いますか。
ジュディは言いませんでした。
渋い。
今日のジュディはかっこよかったですね。
※サヤ視点のフィルターもあるかも。
次回でエピローグは最後となります。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、サヤの査定結果が公開されます(いやもう結果分かってると思うけど)。
よろしくお願いします!




