第九十三話「工房の生活、そしてエラー」
朝、洗濯をしようと思い立った。
洗濯機の蓋を開けると、すでに中に洗濯物が入っていた。
カイラかサヤのものだろう。
まぁ、仕方ない。
「……まぁ、いっか。」
中身を取り出して、洗濯籠に一時的に避難させる。
自分の洗濯物を放り込んで、スイッチを押す。
ついでに、取り出したやつを畳んでおいた。
特に深くは考えなかった。
………………。
…………。
……。
洗濯が終わるまでの時間、リビングで本を読むことにした。
煙草に火をつけながら、ページを開く。
エルナの書斎から持ってきた本だった。
魔術式に関する専門書だ。
最初は何が書いてあるのかまったく分からなかったが、勉強してみると意外と面白い。
術式の組み方に、なんとなく数式に似た論理がある。
「こいつのおかげもあるよなぁ~。」
実費で「サルでもわかる魔術式」という入門書も買っていた。
それと見比べながら読み進めると、難しい記述が少しずつ解けてくる。
それが、なんとなく面白かった。
「ふぅ~。」
煙を吐いた。
静かな朝だった。
ふと思う。
朝、気だるげに本を読みながら煙草をふかす俺。
……イケてないか?これ。
結構、絵になってるんじゃないか?
「ジュディ、今いい?」
カイラが、リビングの入り口に立っていた。
「んなぁに?」
煙草を灰皿に置いて、首を傾げる。
「——ぐはぁっ。」
カイラが、一歩後ずさった。
「今の、キュンと来た。」
何が刺さったのか、分からない。
最近のカイラは、たまにこういうバグり方をする。
「何が?」
「今の、ワンモアぷりーず。」
「……んなぁに?」
「くぅ〜。きっくぅ〜。」
「……。」
何がだろう。
本当によく分からない。
「カイラ。」
「なぁに?」
「それより、さっきまでの俺、どう?」
「?」
「煙草をふかしながら、気だるそうに本を読む俺。どう?」
「いや、それは別に。」
「……。」
……刺さらなかったようだ。
カイラが、少し立ち直った。
それから、リビングに入ってきた。
壁をぺたぺたと触り始めた。
「ジュディ。」
「ん。」
「ここ、ちょっと黄ばんでるのわかる?煙草で。」
「……そう?」
「うん。あと、ちょっと匂いもする。」
「……ごめんな?」
「健康にも悪いよ?」
「……ごめんな?」
これでも一応換気したり、サヤとカイラの前では吸わないようにしてたんだけど。
まだ、配慮が足りなかったらしい。
申し訳ない。
申し訳ないが……。
俺は、煙草の火を消した。
そのまま、カイラを見上げる。
「カイラ、交渉しよう。」
「やめてください。」
「いや、お互いに落としどころをね?」
「やめてください。」
「いや、あの、交渉っていうのは——」
「やめてください。」
三連続だった。
隙がない。
「あの、取り付く島を下さいませんか?」
「ジュディ。口が上手いから嫌だ。」
「……そんなぁ。」
——バタン!
突如、洗面所の扉が勢いよく開いた。
「ジュディ!」
サヤだった。
なんか顔が赤い。
「ん?どうした?」
「……あんたさ。」
「へい。」
「私の洗濯物、触った?」
「ん?うん。畳んだよ。」
「は?」
「いや、俺も洗濯機回したくてさ。」
——ペシン。
平手で頭をはたかれた。
「見た?」
「何を?」
「下着!」
「見なきゃ触れなくね?」
——ペシン。
もう一発来た。
サヤが、拳を握っている。
やばい、グーパンが来る。
「サヤ。言い訳させて?」
「お前、まず謝れ。」
「……ごめんなさい。軽率でした。」
「そうだよな。まずは謝罪だよな?」
カイラが、静かに口を開いた。
「ジュディ。」
「へい。」
「会議をします。」
「え?」
「会議をしましょう。」
—
——議題その一。煙草について。
三人で、リビングの机を囲った。
カイラとサヤが俺をジッと見つめている。
「こほん。まずは、煙草と生活の関連性について問題点を洗い出そうか。」
俺は最初に言った。
ここは、煙に巻く。煙草だけに。
「そういうのいいから。」
——ピシャリ。
カイラに早速跳ね除けられた。
て、手強い。
「ジュディ。」
「はい。」
「ちゃんと、話そ?」
「……全面禁煙は、勘弁してほしい。」
「うん。いいよ。」
カイラが、あっさり頷いた。
「じゃあ、今後はベランダで吸う。」
「それだけで、いいの?」
「うん。工房の中では吸わないようにする。」
「……分かった。」
サヤが、横からキャンディを取り出した。
俺に差し出してくる。
「なに?」
「いや、あんたが煙草吸い始めたのって、兄貴が発端なんでしょ?」
「まぁ。そうだな。」
「私も協力する。これ禁煙補助。」
「いや、禁煙しないよ?」
「せめて、本数減らせ。」
「……努力します。」
サヤが、棒付きキャンディを自分でも一本咥えた。
何の補助なのか分からないが、とりあえず甘かった。
—
——議題その二。洗濯物について。
煙草の問題が片付いた(?)ところで、サヤが口を再び開いた。
「さて。ボンクラ。」
「へい。」
「こっちは、全面的にあんたが悪い。」
「うん。それは認める。でも、ルールを決めたい。」
カイラが言った。
「何の?」
「洗濯物のルール。」
「……必要ね。二度とごめん。マジで。」
サヤが、渋々頷いた。
「時間とかで決めてもいいんだけど……。俺、洗濯は割とやる方だと思う。」
「知ってる。綺麗好きっていうか溜めるの嫌がるよね。」
カイラが即答した。
「じゃあ、どうすんの?」
サヤが、刺すように言った。
「ん〜、見ないようにする。」
「見えてるじゃん。」
「視界には入るけど、認識しない。」
「何言ってんの?」
「プロだから。」
「何の?」
「社会人の。」
「意味わかんないんだけど……。」
俺は、咳払いをして説明を始めた。
妻子持ちの処世術を舐めないでほしい。
「サヤ。」
「何?」
「正直、女物の下着は見慣れてる。俺は妻子持ち……。の記憶がある。」
「いいわよ。妻子持ちで。」
「サヤ。下着は俺にとって、もはやただの布だ。」
「だから?」
「へ?」
「あんたの感情どうこうじゃなくて、私が嫌だって話なんだけど。」
……ごもっともだった。
沈黙が落ちた。
結局、お互いの洗濯物を触るときには一声かける、で妥協した。
サヤが「絶対守れよ」と念を押した。
絶対守る、と答えた。
—
会議が終わった後、早速俺はベランダに行った。
カイラとサヤは中で何か話している。
煙草に火をつけて、手すりにもたれた。
「ふぅ〜。」
大袈裟に煙を吐く。
こうやって、外で吸う煙草も悪くない。
しばらくして、ベランダの扉が開いた。
カイラだった。
そのまま、俺の隣に並んで外を見ている。
「ねぇ、ジュディ。」
「ん?」
「最近さぁ、ちょっと本数増えてない?」
「……そう?」
「増えてるよぉ。」
「そうかぁ?」
「そうだよぉ。」
煙を吐いた。
「……。」
カイラが、こちらを見た。
「別に、やめてほしいって訳じゃないよ。」
「……え、そうなの?」
「だって、やめられるの?」
「ん〜。難しい、かも。」
「あはは。でしょ〜?」
少し、間が空いた。
「怒んないのか?」
「え、怒ってほしいの?」
「いや。怖いからやめて。」
「はは。怒らないけど、心配はしてもいいでしょ?」
「それは……。ありがとう。俺もカイラを心配するよ。」
「あはは!何の心配〜〜?」
カイラが、小さく笑った。
そのまま、カイラが俺の手から煙草を取った。
「あ。」
「へへ〜。一回だけ。」
「ダメだよ。やめときなって。」
「これは、確認です。」
カイラが、煙草を口に当てた。
すぅ、と吸い込んだ。
「……ブッフォ。まっずぅい。」
「だろ?」
「何で、こんなの吸うの〜?」
俺は、少しだけ黙った。
「落ち着くから、かな。」
「ふぅん。私にとってのジュディみたいなもん?」
「それは、わかんない。」
「ちぇ。」
「あと、何か。癖。」
カイラが、煙草を返した。
「ねぇ、ジュディ。」
「ん?」
「長生き、してほしいな?」
俺は、カイラを見た。
カイラは、まっすぐこちらを見ていた。
「……努力します。」
「うん。なら、いいでしょう!」
カイラが工房の中に戻っていった。
扉が、静かに閉まった。
—
一人になった。
煙草を一口吸った。
空が、夕方になり始めていた。
「(あぁ〜。やっぱヤニだよな。)」
声がした。
脳内から、直接。
多分、アルトの声だった。
俺は、煙を吐いた。
「んだこれ。気持ち悪りぃ。」
誰もいないベランダで、そう言った。
煙が、夕方の空気に溶けていった。
煙草を、もう一口吸った。
長生きしようと思いながら。
第九十三話、お読みいただきありがとうございました!
帰ってきた工房でのお話でした。
ジュディ、ちょっとゆるゆるですね。
シャキッとしろよ。お前。
あ、あと工房の洗濯機は乾燥機付きです。
いや何情報って感じですが。
次回もエピローグ続きます。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、禁煙補助キャンディの効果が上がります。
よろしくお願いします!




