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第九十二話「かくも麗しい酒の味」

バーに着くと、ジャスとザインはすでに席についていた。


カウンターの端。

いつもの場所だった。


ジャスがウイスキーを、ザインがビールを傾けている。

二人とも、煙草に火が入っていた。


「遅い。」


ジャスが、こちらを一瞥して言った。


「え、そんな遅い?」

「約束の時間より、五分遅い。」

「真面目だな~、ジャス。」

「何か悪いのか?」

「いや、悪いのは俺だ。ごめんね。」

「素直だな。」


ザインが、横目でこちらを見た。


「くく。まぁ座れ。」


俺は二人の隣に腰を下ろした。

バーテンにモスコミュールを頼む。

煙草に火をつけながら、ザインを見た。


「なんか上機嫌じゃん?」

「あぁ。まぁ、機嫌はいいな。」

「面子が揃ってからだ。おいおい話す。」


ザインが、上着の内側からタブレット端末を取り出した。

カウンターの上に置いて、画面を立ち上げる。


「おい。ここバーだぜ?」

「何か問題でもあるのか?」

「風情がねぇだろ。問題だよ。」

「こちらにも事情がある。先に言っておくぞ。」

「……なんだよ?」

「驚くな。」


……何が出てくるんだ。

端末の画面が、切り替わった。


「やぁ。」


ガレスだった。

葉巻を咥えて、いつもの無表情でこちらを見ている。

画面の向こうで、煙がゆっくりと流れた。


「……ガレス。ガレスじゃねーか。」

「久しぶりだな。顔色は悪くないようで何よりだ。」

「あんたこそ。元気そうだな。」

「まぁな。」


ガレスが、葉巻を一口吸った。

そのまま、少しだけ間を置いた。


「約束通り、酒を飲もう。」


俺は、思わず笑った。


「はは。酒ってお前、リモートじゃねーか!」

「こっちは情報屋だ。場所を明かすわけにはいかないんだ。」

「まぁ、お前はそういう奴だよな……。」

「今度はこちらに来るといい。」


以前何度か、ガレスとは直接会ったことはある。

あの場所がどこなのかは未だに知らないが。


「あぁ。菓子折りも渡さないといけないしな。」

「……そんなものはいい。」

「え、いいのか?」

「冗談だ。」


……分かりづらい冗談だな。

ガレスが、画面の端に目をやった。


「ところで。」

「なんだ?」

「一つ、サプライズを持ってきた。」


嫌な予感がした。

絶対にろくなことじゃない。


「……いや、いいよ。飲もうぜ?」

「まぁ、そう言うな。」


ガレスが、端末を操作した。

画面の隅に、小さなウィンドウが開いた。


「……。」


——ゼノだった。


アルカナの社長。この世界の絶対王者。

社長室で椅子に腰掛けたまま動かない。


「「「……。」」」


バーに居る三人が、固まる。

そりゃあ、そうだ。

この間までドンパチやっていた相手だ。


「……ゼノ。こんばんは!」


俺は反射的に、画面のゼノに向かって挨拶していた。


この空気はまずい。

いや、何がまずいのか分からないが、とにかくまずい。

先日も会ったんだ。とりあえず俺が間を取り持たないと……。


「……。」


ゼノは答えない。

まずい。

ここは、日本の話題でも振って機嫌を……。


そんなことを考えていると、ガレスが口を開いた。


「静止画だ。ジュディ。」

「……は?」

「冗談だ。」


ガレスが、真顔で言った。


「……。」


一瞬の沈黙。


——っぷ。


ザインが、俯いた。

肩が、小刻みに揺れている。


「くく……。」

「ザイン。」

「いや……。」

「ザイン。」

「画像に……こ、こんばん……。」

「うるせぇな!やんのかこらぁ!」


ジャスが、静かにウイスキーを一口飲んだ。


「……落ち着け、ジュディ。」

「俺は、落ち着いてるよ!超冷静だよ!」

「……落ち着いていないじゃないか。」


ザインが、ようやく顔を上げた。

目が、少し赤くなっている。


「……いや、すまない。」

「……こっち見ろよ。」

「……っく。すまない。」


全然すまなそうじゃなかった。

俺は、ガレスを見た。


「ガレス。」

「何だ。」

「お前の冗談は、分かりづらいんだよ!」

「場は温まっただろう?」

「……いつか、殴りに行くからな?」

「楽しみにしておこう。」


涼しい顔で言いやがった。

そんな、しょうもないサプライズを皮切りに、男だけの飲みが始まった。







俺は、モスコミュールを一口飲みザインに聞いた。


「で?上機嫌の理由はなんなんだよ。」

「……あぁ。アルカナと契約を取り付けた。」

「へぇ。どんな?」

「エネルギー事業に関する契約だ。情報を公にしない代わりに、一枚噛めることになった。」

「……そうか。」


少しだけ、複雑だった。

エネルギーの正体は、正直俺にとって気持ちのいいものじゃない。

でも代案もなく、止める術もない。

どうすることも、今はできない。


「お前に思うところがあるのは、分かっている。」


ザインが、煙を吐きながら言った。


「だからこそ、MANAが一枚噛む意味もあるだろう。」

「……どういうことだよ?」

「魔石に変換するものが倫理的に問題なんだ。家畜、無機物、人工培養体。いくらでも試せるものはあるだろう?」

「……それは、そうかもしれねぇけど。」

「今の形でなければならない理由があるのか。それを検証する。」

「……。」

「それを、研究することだってMANAが介入すれば可能になる。」


それは、MANAにとってメリットはあるのだろうか。

しかし、その気遣いが嬉しかった。


「ザイン。」

「……なんだ。」

「ありがとうな。」

「カインが言っていたことだ。俺ではなく兄貴に言え。」

「あぁ。でも、ありがとう。お前にも言っておく。」

「……そうか。」


少しだけ、沈黙。

ガレスが口を開いた。


「なんだ。照れているのか?ザイン。」

「うるさいぞ。ガレス。」

「これは、照れているな。」

「うるさい。飲め。」

「……いいだろう。」


二人同時に酒を煽った。

ガレス結構いける口なんだな……。







ジャスが、煙草に火をつけながら口を開いた。


「ジュディ。」

「なんだよ。」

「一つ、聞いていいか。」

「どうぞ。」


ジャスが、グラスを置いた。


「お前は、これからどうするんだ?」

「どうするって言われてもな。随分ざっくりじゃねーか?」

「仕事だよ。」

「……。」


ジャスが何を言おうとしているのか、分かった気がした。


「カルディア政府に来る気はないか。」


俺は、モスコミュールを一口飲んだ。


「行く気はねぇな。」

「……即答か。」

「あぁ、即答だ。」


ジャスが、少しだけ眉を動かした。

否定はしなかった。


「一応、理由を聞こうか。」

「単純に、向いてないと思ってる。」

「……そんなことはない。お前には礼節がある。やれないことはないだろう。」

「やれることと、やりたいかどうかは別だろ?」

「……それも、そうか。」


意外にも、あっさりと引いた。

ジャスにしては珍しい。


「ジャス、本気で誘ってんのか?」

「あぁ。本気だ。」

「……にしては、引くの早いじゃん?」

「なんだ、口説いてほしいのか?」

「止めろよ。気持ち悪い。」

「はは。」


ジャスが、珍しく笑った。

そのまま、煙草を一口吸いこむ。


「お前が即答した時点で、分かった。」

「何が。」

「居場所を、決めた奴の顔をしていた。」


俺は、少しだけ黙った。


「……とりあえず、傭兵を続けようと思う。」

「そうか。それと、アルカナの外部顧問もだろ?」

「なんで、知ってんだよ?」

「アルカナから通達が来た。」


……契約締結からそんなに日が経ってないよな。

こういう動きが早いってことは、やっぱり優秀な企業なんだろうな。


ザインが間に割って入った。


「MANAとの繋がりに、アルカナの外部顧問か。」

「……なんだよ?」

「ずいぶんと、面倒な立場になったな。」

「それ、褒めてんのか?貶してんのか?」

「両方だな。」

「……あっ。そ~ですか。」


ジャスが、静かにグラスを傾けた。


「だが、悪い立場ではない。」

「……面倒なのに?」

「あぁ。どこにも完全には属していないからこそ、動けることもある。」


まぁ、それもそうか。

なんか半端者って感じがして釈然としないけど。


「……まぁ、何かあれば言ってくれ。できる範囲で動くよ。」

「……あぁ。頼りにしている。」


ジャスが、静かに頷いた。

それ以上は、何も言わなかった。







しばらく、誰も話さなかった。

グラスの氷が、小さく鳴る。


その沈黙を破ったのは、画面の向こうのガレスだった。


「ジュディ。」

「なんだ。」

「一つ、聞いていいか。」


また嫌な予感がした。

今日のガレスは、ちょっと警戒しておいた方がいいと思った。


「……いや、ダメだ。」

「カイラ・ドゥーナと、サヤ・ウインドウ。」

「……。」

「どちらが、本命だ。」


ダメって言ったじゃん……。

なんで押して参ってきたの?

ふと、カウンターの二人に目を配る。


ザインが、グラスを傾けながら少しだけ横を向いた。

ジャスが、目を伏せてウイスキーを一口飲んだ。


こいつら、やってんな。

グルだ。


「……うるさいで~す。」

「答えになっていないぞ。」

「答えたくありませ~ん。」

「ほう。つまり、どちらも捨てられないということか。」

「……捨てるとか、そういう話じゃねぇだろ。」

「ほう。」

「大事な人が二人いる。それだけだ。」


ザインが、横から静かに口を挟んだ。


「ほらな。タラシだと言っただろう。」

「タラシじゃねーよ。タラシ込んでねーからな。」

「……お前の主観では、そうなんだな。」


……客観的に見たらタラシ込んでいるように見えるってこと?

ジャスが、煙草の灰を落としながら言った。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「カイラは、いい女だぞ。」

「なんそれ。」


普段のジャスからは考えられない言動だ。

少しだけ、動揺を隠せなかった。


「ジャス、お前……。もしかして。」

「違う。断じて、違う。」

「……そっかぁ。」

「ほっとするな。ヘタレ。」

「ほっとしてねーよ!」


ジャスが、ウイスキーに口を付ける。

グラスを置いて、言った。


「お前がアルカナに潜入した日。俺はカイラと相対した。」

「……あぁ。聞いてるよ。」


そう、聞いていた。

こいつが、カイラたちを止めようとしたこと。

その理由も。


「その時に、彼女の信念を聞いた。」

「……。」

「自分の幸せを、自分で掴むことを諦めない女だ。」

「あぁ。カイラは、そういう子だよ。」

「大事にしろ。どんな答えを出すにしても。」


ガレスが、画面の向こうで葉巻を置いた。


「まぁ、急ぐことでもない。どちらかを選ばなければいけないという話でもない。」

「……。」

「お前たち三人が、決めることだ。」


俺は、モスコミュールを一口飲んだ。


「だが、刺される前に決めたほうがいい。」

「……誰にだよ。」

「心当たりがあるだろう?」

「ねぇよ!そんなの!」


ザインが、また少しだけ俯いた。

ジャスが、何も言わずにウイスキーを飲んだ。

ガレスが、静かに葉巻を吸った。


三人分の煙が、バーの空気に溶けていく。

ガレスの葉巻の煙が、画面の向こうで揺れていた。


そのまま、深夜まで酒を嗜んだ。

俺の、この世界の知り合いと。

たぶん、もう少しだけ、近い誰かたちと。





第九十二話、お読みいただきありがとうございました!


エピローグ二話目です。


少しだけ砕けた男たちの会話でしたね。

大人なようで、最後は色恋沙汰の話っていうね。

男なんて集まればこんなもんだよね。


次回もエピローグ続きます。

明日も20:10にお会いしましょう!


ブクマやコメントをいただけると、ガレスのサプライズのクオリティが上がります(むしろ上がってくれ)。

よろしくお願いします!


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