第九十一話「写真ちょーだい」
アルカナとの対決から、一週間が経った。
俺は、再びアルカナの社長室へ来ていた。
ゼノが椅子に腰掛け、俺とエルドが机を挟んで立っている。
エルドが、口を開いた。
「さて。本日、契約を締結しよう。」
「はい。」
「通信で送っていたドラフトは、すでにFIX済みだね?」
「えぇ。認識の齟齬はありません。」
エルドが、タブレット端末を俺に差し出した。
「これが契約書だ。サインを。」
「はい。」
俺は、契約書に目を落とした。
俺がアルカナの外部顧問となる契約だった。
主な内容は、週一回の役員定例会議への参加。
加えて、アルカナの実験に関する協力だ。
この契約書にどの程度の効力があるかは分からない。
でも、部外者のままだとお互い都合が悪い。
それだけは確かだった。
俺は契約書にサインして、エルドを見た。
「書きました。」
「あぁ。ではそれをゼノ社長に渡してくれ。」
俺は言われるままにゼノを見た。
そのままタブレットを差し出す。
「ほらよ。」
「……。」
ゼノが、黙ってタブレットを受け取った。
何か釈然としない様子だ。
ゼノは表情が薄いが、なんとなく雰囲気で読み取れる。
「ジュディ。」
「ん?」
「エルドに、何か話してみろ。」
「……なんでだよ?」
「やれ。」
なんかちょっと、カチンとくるな。
まぁ、いいか。
「エルドさん。最近、調子どうですか?」
「普通だな。」
「そうですか。」
「……。」
俺は、ゼノを見た。
「一応、話したけど?」
「何か、気づかないか?」
「何を?」
「私は、アルカナの社長だ。」
「知ってるけど?」
沈黙が落ちた。
……いや、分かってるよ。
なんで社長にタメ口で、エルドには敬語なんだって、言いたいんだろ。
特に意味はない。
「改めねーよ?」
「……そうか。」
ゼノが、少しだけ息を吐いた。
怒っているというより、諦めたような息だった。
「あ、エルドさんもタメ口の方がいいですか?」
「……いや。」
エルドが、少しだけ間を置いた。
「心地いいよ。不思議とね。」
「はは!」
ゼノがエルドを見た。
エルドが、背筋を伸ばす。
「エルド。」
「はい。」
「……進めろ。」
「はい。」
この親子、なんというか。
他人行儀だな。
—
一通り、手続きが終わった。
これで俺は外部顧問、ということらしい。
早速来週から役員会議に出ることになった。
嫌だった。
「では、これで契約は締結だ。」
エルドがまとめに取り掛かった。
「あ、エルドさん。」
「なんだ?」
「少しだけ、待ってもらえます?」
エルドに断りをいれて、ゼノに向き合う。
どうしても、頼みたいことがあった。
「あの~、ゼノさん。ちょっとよろしいですか?」
「……なんだ。なぜ、いきなり敬語なんだ。」
「一つ、お願いがありまして。」
「……契約か?」
「それはさっきやったでしょ。おじいちゃん。」
「……。」
俺は、少しだけ間を置いた。
「娘の写真を、一枚いただけませんか。」
「……娘?」
「はい。」
「……。」
ゼノの目が、少しだけ細くなった。
「ダメだ。」
「なんでだよ!」
思わず声が強くなってしまった。
いけないな。お願いしている立場なのに。
「お前の、娘ではないからだ。」
「……まぁ。そうなんだけどさ……。」
「分かったなら帰れ。用事は済んだだろう。」
「……。」
くそぅ。取り付く島もない。
何か打開策はないものか。
俺は振り返り、部屋の奥に目をやった。
石灯篭が見えた。
池があって、苔むした岩が並んでいる。
初めてここに来たとき、和風の室内庭園だと思ったことを思い出した。
「エルドさん。」
「なんだ。」
「ゼノって、日本の文化が好きなのか?」
「……あぁ。異世界の文化の中で気に入っているみたいだよ。」
「なるほど~。俺も日本人だし、和菓子とか作ると喜ぶかな?」
「……なるほど。賄賂だね?」
「えぇ。」
そんな話をしているとゼノに遮られた。
「ジュディ。」
「なんだよ?」
「そういう話は、本人のいないところでやれ。」
「いいじゃんか。別に。」
ゼノが、俺を見た。
少しだけ、眉が動いた。
「確信した。」
「何を。」
「お前はやはり、あの時に少し壊れている。」
「ひどくない?」
「どうにも、緩い。」
緩い……のか?
まぁ、そう言われれば、そうなんだろう。
というより、今までずっと気を張っていた気がする。
「ゼノさん。」
「なんだ。」
「写真。お願い。」
「諦めてなかったのか……。ダメだ。」
「分かった。いつならいい?」
「時期の問題ではない。」
俺は、再びエルドを見た。
エルドが、目を逸らした。
あ、裏切ったなこいつ。
「帰れ。」
「連れないこと言うなって。」
「何度も言うが、私は社長だ。もっと礼節を持ったらどうだ?」
「社長に頼んでんじゃねーし。ゼノに頼んでんだよ。」
「同じ事だ。帰れ。」
ゼノは譲らなかった。
くそ。
今日のところは退散するか。
「分かったよ。また来るからな?」
「来るな!」
「へいへい。」
—
ゼノの社長室へは、ネルの第七研究室を横切らなければいけない構造になっていた。
普通に欠陥じゃないか?
これ。
「あ、ジュディ~~。」
「……。」
「ちょいちょい。」
案の定だった。
ネルがイスに腰掛けたまま、こちらに手を振っている。
「……。」
無視して扉へ向かった。
扉のスイッチを押す。
動かなかった。
「……ネル。」
「ん~~?」
「出して?お願い。」
「んふふ~!ちょいちょい。」
仕方なく、近づいた。
ネルが、にやにやしている。
「何か、用か?」
「契約はぁ、結べたのぉ~?」
「あぁ。無事に終わったよ。来週から、会議に顔出すから。」
「そっかぁ~~。バカなのにねぇ?」
「それ、関係ある?」
なんなんだよ。
ただ、おちょくりたいだけなら帰りたいんだけど。
「まぁまぁ~。そう思わずにさぁ?」
「……え?」
「写真、ゼノ社長から貰えなかったんじゃなぁ~い?」
「え?」
そう言って、ネルは紙を胸元から取り出した。
そのまま、紙をひらひらさせる。
「それは?」
「写真だよぉ~。木村樹莉の娘のぉ~!」
手が、勝手に伸びた。
ネルが、すっと引いた。
「あっは!必死じゃ~~ん!」
「……ネル。」
「んー?」
紙の端が、見えた。
小さな手が、写っていた。
欲しい。
「いただけませんか?」
「え~~!どうしよっかなぁ~~?」
ネルが、楽しそうに首を傾けた。
そのまま、パタパタと足を振る。
っく。
このままでは、ダメだ。
でも俺は、交渉は得意な方だ。
まずは趣向を予想してカマをかけてみるか?
「あっは!今ぁ、交渉材料探したでしょぉ?」
「……え?」
「目線。口元。あと指。分かりやすぅ〜★」
先ほどから、何か違和感があった。
いや、思い返せば彼女は異様に『煽り』が上手い。
「……ネル。」
「なぁにぃ?」
「人の考えてること、分かんの?」
「ん~?なんとなくぅ分かるよぉ。表情とかぁ、皮膚の感じとかでぇ~。」
「……すごくね?それ。」
観察力ってやつなのだろうか?
まぁ、そもそもアルカナの役員で、研究者。
とんでもなく頭がいいってことなのだろうか。
どちらにしても、やっぱ凄ぇなこいつ。
少しだけ、間が空いた。
「……ジュディ、嫌がらないの?」
「え、嫌だよ?写真、くれないんだもん。」
「でも、嫌がってないじゃん。」
ネルが、じっとこちらの目を覗き込んだ。
こうやってみると、ネルって目が大きいな。
「ほらぁ、また、嫌がってないじゃ~ん。」
「んえ?だから嫌だって。」
「そうじゃなくて、怖くないのぉ?」
「怖くはないだろ。俺、結構強いぜ?」
「……バカっぽぉ~。」
よく分からないやつだな。
でも、本気で怒っている感じでもなかった。
「はいぃ~。」
「え?」
「どうぞぉ~。」
「……なんで、くれるんだ?」
ネルが、少しだけ目を細めた。
首をフラフラと揺らした。
「ん~。本当はあげない予定だったんだけどぉ。」
「……。」
「なんとなくぅ。」
それだけ言って、写真を差し出した。
受け取った。
娘だった。
笑っていた。
俺の知らない顔だけど、何となく似ていると思った。
ちょっとだけ、目が潤んだ。
「……あ、ありがとう。」
ネルは答えなかった。
ただ、少しだけ横を向いた。
それから、ゆっくりこちらを見た。
「……今の。なんか、変だねぇ?」
「何が?」
なんとなく、嫌な予感がした。
「なんかぁ、お返し欲しくなったぁ。」
「……。」
「交換条件。後付けでぇ〜★」
「やっぱりね!そうだよね!」
そうじゃないかと思った。
まぁ、このまま貰うだけっていうのもフェアじゃないしな。
ネルが、一歩近づいてきた。
「じゃあ、くっついてもいい?」
「……なんでそうなる?」
「この前ぇ。サヤがねぇ。ジュディが笑うとフワフワしてぇ。」
「うん?」
「ジュディとくっつくと、ちょっと暖かいって『思ってそうだった』んだぁ~。」
思ってそうだったのか……。
これ、サヤには言わないほうがいいよな。たぶん。
「だからぁ。私も、試したくてぇ~。」
「……。」
「ねぇ?いいでしょお~?」
さらに一歩近づいてきた。
俺は、写真を持っていない方の手でネルの額を押さえた。
「ネル。ストップ。」
「なぁに?」
「そういうのはな。もっと信頼とか、関係とか、そういうものを積んでからだ。」
「積む?」
「あぁ。積む。」
ネルが、少しだけ俯き考えた。
「私もぉ、積めると思う?」
「え、できるだろ。普通に。」
「普通に?」
「あぁ。普通に。」
ネルが吹き出した。
え、笑うところあったか?
「ひぃ~。お腹痛い。じゃぁ、また来てよぉ!」
「……それが条件?」
「うん~!それが条件~。」
「分かった。」
ネルが、あっは、と笑った。
扉のロックが、外れた音がした。
—
工房に帰ってから、俺はしばらく写真を眺めていた。
カイラとサヤは、出かけていた。
工房の中は、静かだった。
娘の手が、写っていた。
小さくて、丸くて。
もうすぐ歩きそうだな。
俺は、本棚の端に写真を立てかけた。
……明里の写真も、欲しいな。
思った瞬間に、脳内通信を起動した。
ネルの連絡先を選び、通話を繋ぐ。
三回、呼び出し音が鳴った。
——ピッ。
『あー、しもしもぉ〜。ネルで~す。』
「あ、ネル?」
『これ、留守電でぇ~す。』
「……。」
『どうせ明里さんの写真も欲しいとか思ってるんでしょぉ〜?あっは!さすがに、それはキモいからあげませ~~ん。じゃあね〜。』
——ブツッ。
俺はベッドの端に腰を下ろし、項垂れた。
……先読みされた。
しばらく、窓の外を見ていた。
夕方の光が、工房の床に伸びていた。
本棚の写真に、その光が当たっていた。
——俺のいない場所で、娘が笑っている。
……会えなくても、いい。
ちゃんと生きていれば、それでいい。
そう思っていた。
思っていたはずだった。
でも、明里の顔が見たかった。
俺は、もう一度写真を見た。
娘の小さな手が、そこにあった。
それだけで、十分だと思うことにした。
そうしないと、きりがなかった。
工房に人が入ってくる気配がした。
カイラとサヤが帰ってきたらしい。
「ただいまー。」
「……おかえり。」
俺は写真から目を離して、立ち上がった。
第九十一話、お読みいただきありがとうございました!
エピローグ一話目です。
ゼノにエルドにネル。
第一部では完全に敵でしたが、彼らもこの世界で生きてる人たちでしたね。
ネルは言動とは裏腹に、めちゃんこ頭がいいです。
話すといいところ(?)も見えてくるものですね。
次回もエピローグ続きます。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、ネルの先読み精度が上がります。
よろしくお願いします!




