第九十話「おかえり」
EVAirの座席に、四人が収まっていた。
俺、サヤ、カイラ、ザイン。
画面の向こうに、カインとガレスがいる。
——サワサワサワ
サヤが、隣のカイラの頭をクシャクシャと撫で回していた。
え、なんで?
カイラが訝しげにサヤを見つめていた。
「サヤ。」
「なに?」
「えっと、髪がね。ぐしゃぐしゃなんだけど。」
「うん。でも決めてたから。」
「何が?」
サヤは答えなかった。
ただ、ずっと撫でていた。
画面の中で、カインが小さく咳払いをした。
「ジュディ。」
「うん?」
「よく、無事に戻ったね。」
「あぁ。まぁ、ギリギリだったけど。」
ザインが煙草を弄びながら、ちらりと俺を見た。
「くく。あのゼノに中指を立てるとはな。」
「……見てたのかよ。」
「あぁ。お前、最高だ。」
「そりゃ、どーも。」
俺は、少しだけ息を吸った。
言わなければならないことがあった。
「……みんなに、話しておくことがある。」
誰も喋らなかった。
「まず、アルカナのエネルギー事業の正体について。俺の世界から人間を複製して、魔力を増幅させてから魔石に変える。それが、あいつらの技術の正体だった。」
「……。」
「それから。」
一拍、置いた。
「俺の正体も。」
全員が、静かに聞いていた。
「俺は、召喚された人間じゃなかった。始めから、この世界で生まれた複製体だ。元の世界の木村樹莉は、そのまま生きている。俺が帰る場所は、最初からなかった。」
一息で、言った。
なんとなく、さっさと言ってしまいたかった。
……。
沈黙が落ちた。
誰も何も、言わない。
——サワサワサワ
ただ、サヤがカイラの頭を撫でる音だけが響いていた。
カインが、口を開いた。
「……そうか。」
「あぁ。」
「ジュディ。」
「あんだよ。」
「気を、確かにね。」
笑いがこみ上げた。
嬉しくて。
「……みんな。」
「……。」
「俺は、大丈夫だ。みんながいるから、大丈夫。」
皆、少しだけ俯いた。
ガレスが、軽く咳払いをした。
「ジュディ。」
「なんだよ。」
「菓子折りを、待っているぞ。」
「もちろん。」
カインが、今後の方針を話し始めた。
「MANAは、一度アルカナと正式に接触しようと思う。エネルギー事業の情報を糧に、こちらに有利な契約を結ぶ。」
「……なるほどね。悪くないな。」
「ジュディたちが得た情報は、かなり大きい。使い方次第で、アルカナとの力関係を変えられるかもしれない。」
「あぁ。できることがあれば言ってくれ。」
カインが、少しだけ間をおき言った。
「ジュディ。君に感謝する。」
「よせよ。」
「本当に、ありがとう。」
「……どういたしまして。」
何のことかは、よく分からなかった。
でも、とりあえず受け取った。
………………。
…………。
……。
話がひとまず区切れたころ、EVAirが工房の近くへ降り始めた。
「んじゃ。進展があれば、教えてくれよ。」
立ち上がりかけた時、ザインに声をかけられた。
「ジュディ。」
「ん?」
「お前はこれから、どうするんだ?」
多分、この先の話だろう。
俺は少しだけ考えた。
でも、答えは出なかった。
「……分かんねぇ。」
「……。」
「取りあえず今日は、風呂入って、飯食って、寝る。」
ザインが、少しだけあっけに取られた。
やがて、笑った。
「……ははは。お前らしい。」
「あぁ。また連絡するよ。」
「……飲むか?」
「はは。いいぜ?」
そのまま、三人でEVAirを降りた。
—
工房の扉の前に着いた。
ドアノブに手をかけようとしたら、カイラに腕を掴まれた。
「ジュディ。」
「ん?」
「ちょっとだけ、ここで待っててくれない?」
「なんで?」
「まぁまぁまぁ。」
サヤが俺の肩を掴んで、カイラと一緒に扉の前に並ばせた。
「まぁ。カイラがそう言ってんだから、ちょっと待ってなよ。」
「だから、なんで?」
「まぁまぁまぁ。」
二人は、そのまま工房の中へ入っていった。
……え、締め出された?
お説教でもされるのだろうか。
しかし、心配はいらなかった。
ものの数秒で、扉の向こうから声が聞こえた。
「「もう、いいよぉ~!」」
何なんだ。
かくれんぼか?
俺は、工房の扉を開けた。
玄関に、二人が並んでいた。
何も、変わっていない。
いつもの工房だ。
「「……。」」
二人は目を見合わせた。
それから、こちらを向いて、言った。
「「おかえり。」」
——あぁ。なるほど。
これが、言いたかったのか。
少しだけ、目が滲んだ。
俺は二人を交互に見て、いつもよりも大きな声で言った。
「ただいま!」
——っぷ。
サヤが吹き出した。カイラもつられて笑う。
二人を見ながら、俺は右ポケットの宝石を無意識に握っていた。
笑いがこみ上げてきた。
三人で、玄関で笑っていた。
何がおかしいのかも、分からない。
でも、それで良かった気がした。
—
俺は、『エラー』だった。
妻にも、娘にも、もう会えない。
それでも。
何があっても、俺はこの場所に帰ってきた。
—
スペル・エラー
~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~
第一部 完
第九十話、そして第一部、ここまでお読みいただきありがとうございました。
「何があっても帰る」と言い続けた男が、とうとう帰りましたね。
エルナのいた工房に。
カイラとサヤのいる、この世界に。
彼の目的の場所ではなかったかもしれません。
それでも、そこは確かに、彼の帰る場所でした。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
作者、ぶっちゃけ小説を書いたのは初めてでした。
小学校の作文以来です。
マジで、キツすぎてやめようかと思いました笑
でも、読んでくれる人がいたから、
ジュディをここまで歩かせることができました。
本当にありがとうございます。
第一部は、これにて完結です。
明日からは、第一部のエピローグを数話更新していきます。
その後、少しだけ準備期間をいただいてから、第二部の投稿を始める予定です。
おそらく、エピローグ終了後から二〜三週間ほどになると思います。
明日20:10に、また会いましょう。
読んでくれたら、嬉しいです。
あと、感想も。
「読んだよ。」だけでも飛び上がります。
……お会いしましょうね(圧)?
スペル・エラー 第一部 完




