第八十八話「真実」
地下への階段を降りると、視界が開けた。
壁一面に、ガラスの器が並んでいた。
上にも、奥にも、下にも。
数える気が失せるほどの数だった。
それぞれの中に、緑色の培養液と共に人間が入っていた。
顔立ち。服。肌の質感。
どこかで見たような、俺の世界の人間ばかりだった。
ぶち壊したかった。
端から端まで、全部壊してやりたかった。
でも今は堪える。
こいつから、真実を聞くまでは。
「……冷静だな。」
ゼノが言った。
「……予想は、ある程度ついていた。」
「なるほど。MANAもなかなかに優秀なようだ。」
ゼノが歩き続ける。
俺は後ろからついていく。
銃は下ろさなかった。
突如、ゼノが歩みを止めた。
「……なんだよ?」
「丁度、時間だ。見ていろ。」
——コポッ
その時、ある一画のガラスの中が光り始めた。
中の人間が、収縮していく。
「……っ。」
やがてそれは、魔石になった。
培養液と共に流れ落ちて、どこかへ消えた。
「アルカナの技術の結晶だ。」
「……最悪だな。吐き気がする。」
「これがなければ、我々の世界は終わっていた。」
「……言い訳か?」
ゼノは答えなかった。
そのまま、また歩き始めた。
—
最深部には、巨大なコンピューターの集合体があった。
太い管が天井まで続いていて、幾重にも重なったディスプレイが壁一面に並んでいた。
映し出されていたのは、見知った光景だった。
俺の、世界の映像だった。
ゼノが、静かに振り返った。
「さて。改めて、お前の望みを聞こう。」
「……俺を、元の世界に帰せ。」
銃を向けたまま言った。
この世界に来てから、ずっと持ち続けていた言葉。
やっと、声に出せた。
明里に、娘に、会える。
やっと。やっとだ。
気がつけば、手が震えていた。
「帰る、と言ったか?」
「あぁ。」
「それは、どこにだ?」
「元の世界にだよ!!」
なんだ?
何かが、噛み合っていない。
「なるほど。ネルが八十点と言っていたのはそういうことか。」
「……さっさと言えよ。」
俺は天井に向けて数発撃った。
「脅しじゃねぇ。次はマジで当てる。」
「……あぁ。この状況では従うしかない。」
「……。」
「ならばこそ、これから私が見せるものは真実だ。」
「……なんなんだよ。」
「疑うな。先に約束してもらおうか。」
「……分かった。」
ゼノが、巨大な端末を操作し始めた。
嫌な予感がした。
これを見たら、何かが変わる。
——何を今更。
ここまで来るのに、どれだけのものを削ってきた。
止まれるか。
「ジュディ。貴様の元いた世界での名前は?」
「……木村樹莉。」
「生年月日は?」
「……おい。何なんだ。」
「真実を知りたければ、答えろ。」
俺は答えた。
生年月日。出身。元いた世界の時代。住所。
ゼノがそれを端末に入力していく。
「……準備が、整った。」
「一体、何をする気だ?」
「これから今の時系列、お前の周辺の世界を映す。」
「……なんだって?」
「見れば、分かるだろう。」
一つのディスプレイに、映像が流れた。
—
見覚えのある部屋だった。
リビングだ。
俺がこの世界に来る直前まで、眠っていたソファがそのままあった。
「……っ。」
明里がいた。
赤子を抱えている。
生まれた。
娘は、生まれていた。
膝が崩れそうになった。足が震えた。
会いたい。今すぐに。
もうすぐだ。確実にもうすぐ会える。
明里。明里。明里。あかり。
「まだだ。」
ゼノの声が、響いた。
「何がだよ。もう十分だろ。」
「黙って見ていろ。」
ゼノはディスプレイから目を離さなかった。
なんなんだ。
もう、これから得られる情報は十分だ。
一刻も早く、今後の話を詰めたいというのに。
——瞬間。
自分の目を疑った。
「……俺?」
ディスプレイに映っていたのは、俺だった。
明里から娘を抱き上げて、笑顔を向けている。
——ぐにゃり。
視界が、歪んだ。
これはフェイクだ。
そうに違いない。
ここで虚像を見せれば、ゼノは俺に心理的なダメージを——
「ジュディ。」
「違う。違う違う違う。俺は樹莉だ。」
「真実だ。」
「何が、真実だってんだよ!!!」
感情のままに引き金を引いた。
銃弾がゼノの頬を掠めた。
ゼノの顔から、血が滴った。
それで分かった。
嘘をつける状況では、ない。
分かる。
分かってしまう。
足の力が抜けた。
俺は、その場に崩れ落ちた。
握っていた拳銃が、地面に滑り落ちた。
「……。」
ゼノは静かに俺を見ていた。
逃げ出そうともしなかった。
俺を殺そうともしなかった。
「お前は、召喚などされていない。」
「……。」
「元より、相互の世界に物理的干渉をすることは不可能だ。」
止めろ。
「出来るのは、情報を読み取った上での複製体を作ることだけだ。」
「違う。」
「お前は、木村樹莉という記憶を持っただけの。」
「違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。」
「元より、この世界で生まれ落ちた。」
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めろ。
止めてくれ。
——ただの、コピーだ。
「————————。」
息だけが、喉に引っかかった。
声には、ならなかった。
—
ゼノは、項垂れるジュディに向かって言葉を続けた。
聞いているかも分からない。
「先ほども言ったが、相互の世界に物理的干渉をすることは不可能だ。」
「しかし、情報を読み取り、コピーを作成することは出来る。」
ゼノは、床に落ちた拳銃を静かに拾い上げた。
ジュディは、まったく動かない。
「しかし、我々はその実験の際にあるエラーを観測した。」
「コピー体を作成するには、対象と同量の魔力情報が必要となる。例えば、必要量を十としよう。完成直後のコピー体もまた、十の魔力を持つ。」
「だが、問題はその後だ。」
「お前も、この世界に生まれ落ちてからしばらくして、魔力量が増加する経験をしたはずだ。」
「そう。異世界よりコピーされた人間の魔力は数日で数倍にまで膨れ上がるのだ。」
この情報を、ネル以外は知らない。
だからこそ、ゼノの声はわずかに弾んでいた。
「十日ほど経てば、コピーされた人間の魔力は百にも二百にもなる。個人差はあるがね。」
「その後、人間を魔石に変換する。これが、我々アルカナのエネルギー事業の正体だ。」
「エルナという魔女が、どこまでこれを理解していたのか。私も気になっている。」
「殺すのは、少し早計だった。」
ゼノは、その場でしゃがみ込む。
そのまま、ジュディの瞳を覗いた。
「……。」
完全に、折れている。
自身の存在を、根元から否定されたのだ。
当然だろう。
「さて、お前には協力してほしいことがある。」
「……。」
「安心してくれ。お前の存在は世界を救うかもしれないのだから。」
「……。」
そう言ったゼノは、幸福に満ち足りた顔をしていた。
第八十八話、お読みいただきありがとうございます。
また10分後にお会いしましょう。




