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第八十六話「扉の先には」

扉を抜けても、勢いが殺せなかった。

体が宙を飛んでいる。


まずい。

このままでは非常にまずい。


「……っ!」


咄嗟に魔術防壁を展開する。

壁に、背中からぶつかった。


——ガツンッ


「……っ、いてぇ。」


防壁がなければ、骨が折れていた。

壁にめり込んだまま、ズルズルと床に落ちる。

なんとか、なった。


サヤ……。

あいつ、ちょっと過激すぎるな。

今度、しっかり話す必要がありそうだ。


「……。」


立ち上がって、あたりを見渡した。

広い。


木造の柱が立ち並び、石畳の床の中央に庭が広がっていた。

池があって、石灯篭があって、苔むした岩が並んでいる。

天井まで吹き抜けで、二階の回廊が部屋をぐるりと囲んでいた。


室内庭園だった。

和風の、室内庭園。


「……なんだぁ、ここ。」


見覚えがある、というより、知っている。

こういう空間を、俺は知っていた。

元いた世界の、どこかで見たような。

少しだけ、胸の奥が揺れた。


ここだけ、アルカナの建物ではなかった。

誰かが、失くした世界を無理やり保存しているようだった。


「貴様が、ジュディか。」


上から、声がした。

二階の回廊に、人が立っていた。

白髪。細い体躯。静かな目。


——ゼノ・アルカナ。


この世界における、絶対的王者。

まさか、直接お目にかかれるとはな。

いや、不法侵入したのはこっちだけど。


「どーも。こんにちは。」

「……礼儀のあるネズミは珍しい。」

「ネルから、話は聞いていますか?」

「いや。だが、おおよそは予想できる。」


俺は、銃口をゼノに向けた。


先手必勝。

サヤやカイラ達が心配だ。

ダラダラやるつもりはない。


「早速で悪いんだけど、交渉させてくんない?」

「応じなければ、どうなる。」

「平和ボケしてんのか?これが何かわかってんだろ?」

「……やってみるといい。」


策がないわけじゃなさそうだな。

俺は、引き金に力を込めようとした。


「……っ!」


瞬間、ゼノの背後から人影が現れた。

二階の回廊から、真っすぐこちらへ落ちてくる。


咄嗟に横へ転がった。

人影が、着地した。


——ガツン!


石畳が、割れた。


「……まぁ、いるよな。」

「……。」

「デス・トゥルエレ。」


返事はなかった。

ゼノが、上から言った。


「デス。侵入者だ。殺さずに制圧しろ。」

「……了解。」


……殺さずに?


その言葉が少しだけ引っかかった。

でも、考える余裕はなかった。


気づいた時には、デスが目の前まで来ていた。






——速い。

以前と変わらない速さだった。


俺は両足のストーンウェアで後退しながら距離を取る。

デスの拳が、俺のいた場所の石畳に叩き込まれた。

庭園に、穴が空いた。


「相変わらず、無茶苦茶だな。」

「そう言うお前は、少し変わったか。ジュディ。」

「……。」


こいつは、エルナを殺した。

……ぶっ殺す。こいつだけは。


「……っち。」


胸の奥にある殺意を、無理やり押し込む。

今、感情的になってもこちらに利はない。

それほど甘い相手じゃないことは分かってる。


デスが左腕を変形させた。

ガトリング砲の砲口が、こちらへ向く。


「——っ!」


咄嗟に防壁を展開しながら横へ走った。


——ガガガガガガガ!


弾丸が床を抉る。


俺は懐からレールガンを取り出した。

威力は最大。

チャージが溜まり切るまで、あと数秒。


「……逃げるだけか!ジュディ!」

「……。」

「これでは、期待はずれだ!」


デスが吠える。


まだ、あいつは俺を試している。

殺す気じゃない。削って、反応を見ている。

虚を突くなら、今しかない。


——ピピッ


来た!


連発はできない。

溜めもいる。

でも、今の俺に撃てる中じゃ最大火力だ。


「……吹き飛べ、カス野郎!」


銃口をデスへと向けて、引き金を引く。


「——っ!」


レールガンの弾丸が、ガトリングの銃弾を溶かしながらデスへ向かった。


デスが、咄嗟に回避行動に出る。

でも、それじゃあ遅い。

ダメージは必至だ。


「……ククッ。」


籠った笑い声が、デスから聞こえる。

見ると、デスの左腕が半分溶けていた。


「あぁ。やはり、お前は最高だ。ジュディ。」


デスが笑った。

どこかうっとりとした笑い方が、気色悪い。


「——っ!」


次の瞬間。

デスが眼前に迫っていた。


レールガンを盾にしてガードした。

そのまま、吹き飛ぶ。

背中が壁に叩きつけられる。


「……がっ!」


これだ。


この高速移動のタネが分からない。

気が付けば、目前にいて攻撃を叩き込まれる。

セラムと同じ、時間系の魔術か?


考えろ。考えろ。考えろ!


「タネなど、ないぞ。」

「……あ?」

「この速さのことを考えているのだろう?」

「……。」

「ただのストーンウェアの加速装置だ。全身のな。」

「……化け物じゃねーか。」


同じ土俵に立たなきゃ、ジリ貧だ。

あまり使いたくはなかったが。


——チリッ


俺は、全身に電撃魔術を纏わせた。

魔力が枯渇しないよう、最大の注意を払って。


「それだぁ!!それだよ、ジュディ!私は、それとやりたかった!!」


デスが、笑った。

瞬間、また目の前に迫ってくる。


——今度は見える。


高速の肉弾戦が、始まった。

デスの拳をかわし、俺が打ち込む。

デスがかわし、また打ってくる。


しばらく、互いに届きそうで届かない攻防が続いた。


相手は、片腕。

それでも、届かない!


俺は、最初から少しだけ落としていた。

隙を見つけて、一気に速度を跳ね上げる。

その布石。


——来た。


デスの拳が、わずかに外へ流れた。

その一瞬だけ、胴が空く。


デスの拳をギリギリで躱す。

カウンターを叩き込む算段で、体を開いた。


——その瞬間。


デスの右腕が、伸びた。

関節が増えた。

腕が一メートル以上、伸びた。


「——なっ!」


顔面に拳が直撃し、そのまま高速で吹き飛ぶ。

視界が、白くなった。


——ガツンッ


壁に、大きな穴が空いた。

俺は、その中央に背中を預けたまま動かなかった。






「……終わりか。」


デスが、ゆっくりと歩み寄った。

残った腕の機能を確認しながら、処理対象へと向かう。


——ピクッ


倒れた男の足が動いた。


どこか雰囲気が、違う。

デスは、足を止めた。


男が、フラフラと立ち上がった。


「ジュディ。お前は……。」

「あー、あー。くっそ、ふらつくぜ。」


男は、頭を振った。

それから、口の端を少しだけ歪めた。


「でも、まぁ。あのデスに良く食らいついてる方か?」


ポケットから、煙草を取り出した。

人差し指と親指で摘む、独特の吸い方だった。


バカな男だ。敵の目の前で、煙草とは。

デスは踏み込んだ。

次で、終わらせよう。


「——。」


体が、動かなかった。

即座に、ストーンウェアで内部スキャンを実行する。


脳に、細かい電撃が走っていた。

直接、神経を止められている……。


「あー、無理無理。人間じゃあ、まず動けねぇよ。」

「お、まえ……は。」

「あ?」

「ア、ルトか?」


男が、吹き出した。

額の血を拭いながら、髪をかきあげる。

笑っていた。

でも、目だけが笑っていなかった。


「……誰でも、いいだろ?」


そのまま、男はレールガンをこちらに向けた。


「この発想はなかったな。良いもん作るじゃねーか、あいつ。」

「……。」

「まさか、テメェを殺せる日がくるとはな。ジュディに感謝しとくか?」


男は、二階のゼノに目を配った。

ゼノは、目を見開いたまま動かなかった。


「お山の大将、悪りぃな。伝説、殺すぜ?」

「貴様は、本当にアルトなのか。」

「ははは。知らねぇよ。エルナが生きてれば、聞けたかもな。」


男は、引き金に指をかけた。


「あばよ。クソ野郎。」







何度か見た、白い空間だった。

俺は、床に倒れていた。


いつかと同じ場所だ。

真っ白で、どこまでも続いている。

人影を感じて、顔を上げた。


——自分がいた。


いや、違う。

以前からずっと感じていた、あの違和感。

俺は立ち上がって、その男の肩を掴んだ。


「……おい。」

「あんだよ。今いいとこなんだ。邪魔すんな。」

「うるせぇ。そこどけ。」

「……邪魔すんなって。」


男が振り向きざまに、裏拳を飛ばしてきた。

俺は上半身を反らして躱し、顔面にカウンターを入れた。

男が後退する。


「てめぇ……。」

「お前、アルトだろ?」

「っは。今さら気付いたのか?」

「……邪魔してんのは、どっちだよ。」

「いいから任せておけ。お前だって、デスを殺してぇだろ。」

「それを決めんのは、少なくともお前じゃねぇ。」

「……あ?」


アルトが、俺を睨む。

信じられないと言う顔で。


「……まさか。お前、殺さねぇなんて言わねぇよな?」

「……。」

「なんとか、言えよ!」


——ガッ


アルトが俺の胸倉を掴んだ。

そのまま、言葉を続ける。


「不思議とな。お前の感情は分かってる。」

「……あぁ。俺も、あんたのことが分かるよ。」

「なら、もう決まってんだろ?殺意しかねぇじゃねーか。」

「……。」

「何、迷ってんだ?腑抜けかよてめえ。」


アルトの言うことは、否定できない。

デスは、エルナを殺した。

そして、今あいつを殺せる。

止める理由を探す方が、おかしい。


「……そもそもよ。」


アルトが、言葉を紡ぐ。

俺を掴む手が、震えていた。


「どの面下げて言ってんだ?」

「……何がだよ。」

「お前が弱ぇから、エルナが死んだんだよ。」

「……。」

「今だってそうだ。デスに顔面ぶち込まれてお寝んねだ。」


何も言い返せない。

ただ、事実だけをアルトは述べる。

それが、痛かった。とてつもなく。


「寄こせよ。お前もういらねぇだろ。」

「……。」

「……おい。」

「……そうだな。」


俺は、アルトの手首を掴んだ。


「俺が弱かった。だから、エルナを守れなかった。」

「だったら——」

「でも、それでもだ。俺の体をお前に渡す理由にはならねぇ。」


アルトの目が、細くなった。


「どうするのかは、俺が選ぶことだ。少なくとも、お前じゃねぇ。」

「……。」

「俺の体だ。好き勝手すんな。」


アルトの手首を掴む手に、力がこもる。


「殺さねぇっつーのか。デスを。」

「……。」

「じゃあ、エルナはどうなる。あいつに報いるつもりはねぇのか?」

「デスを殺しても、エルナは戻らねぇだろ?」

「んなこと分かってんだよ!」


アルトは、俺の胸倉を離す。

そのまま、俺を睨みつける。


「……初めから、殺さねぇなんて言ってねぇだろ。」

「……あ?」

「エルナのためにだとか、報いるためだとか。」

「……。」

「人を殺す理由に、エルナを使うなよ。」


二人とも、黙った。

俺は、アルトを見た。


怒っていた。悲しんでいた。

エルナへの想いが、そのまま体に出ていた。

分かる。全部、分かる。


でも、お前は死んだんだ。

お前は、死んだんだよ。


「何度も、同じことを言わせんな。」

「……。」

「体、返せよ。お前が背負うもんじゃねぇ。」

「……クソ甘ぇな。」

「うるせぇよ。」


光の先に、自分の体へ戻る感覚があった。

俺は、コックピットへ戻るみたいに、そこへ歩き出した。

意識が、引き戻されていった。





第八十六話、お読みいただきありがとうございます!


デス戦、まだ終わっていません。

次回、ジュディが戻ってきます。


クライマックス。

行きますか。


明日も20:10にお会いしましょう!

ブクマやコメントをいただけると、レールガンの威力が上がります。

よろしくお願いします!


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