第八十五話「邪魔すんじゃ、ねーよ!」
私は、ジュディと並んでネル・クライスを睨んでいた。
別館のメンバーを人質に取って、笑っている。
この女、マジで胸糞悪い。
ジュディの横顔を見る。
手に、力が入っていた。
きっと、カイラのことを考えているのだろう。
私も、考えていた。
カイラ。バッツ。ゼナ。
無事でいてよね。
「ねぇねぇねぇ~~~!!」
「……。」
「ジュディぃ?聞いてるぅ?」
ネルが、足をぶらぶらさせながら言った。
まだ笑っている。ずっと笑っている。
マジで、ぶっ飛ばす。こいつ。
——その瞬間。
ザザ、と通信が入った。
「ジュディ!あとは、任せたぁ!」
カイラだった。
私は、思わず笑った。
あの子は、本当に最高だ。
今度、頭をクシャクシャに撫でまわそう。
決定だ。
「……っは。」
ジュディも、笑った。
ネルの背後にある扉が、ゆっくりと開いていく。
ゼノ・アルカナに繋がる扉だ。
「……はぁ?何、これ。」
ネルが、少しだけ眉を動かした。
その瞬間、ガレスから通信が入った。
「ジュディ。奥の扉に入れ。ゼノ・アルカナと接触しろ。」
「……あ?なんで、そんなこと。」
「敵の親玉に銃口を突きつけた方が、話が早い。」
「……はは!違いねぇ!」
ジュディが、駆け出した。
「私の許可なくぅ。何やってんのぉ?」
「……お前の許可がいんのかよ!」
「馬鹿の癖にぃ!調子乗んなよぉ!!」
ネルが端末を操作した。
奥の扉が、閉まり始める。
私は、ジュディの背中を見た。
——このままじゃ、間に合わない。
私は手を前に出した。
そのまま、魔力を溜める。
「ボンクラ!舌噛むなよ!」
ジュディに向かって、風魔術を思い切り放った。
「んえ!?ええぇぇぇぇ!?」
ジュディが弾丸のような速度で飛んだ。
扉の隙間に、滑り込む。
ガン、と扉が閉まった。
ギリギリセーフね。
「このガキィ!!」
ネルが、初めて私を見た。
先ほどからは考えられない、その表情。
いい気味だ。ば~か。
「さて、と。」
「……さてぇ?」
「んじゃ。あんた、ぶん殴るから。」
—
「……まぁ、しょうがないかぁ。目標下方修正ぃ。」
ネルは、立ち上がりながら静かに言った。
見たところ、戦闘ができるタイプじゃない。
楽勝じゃん。
「サヤ、だっけぇ?あなたの名前ぇ~。」
「そういうあんたは、どちら様?」
「よく見るとぉ、可愛い顔してるねぇ?モテるでしょ~?」
こんな状況でも、癪に触る。
それとも、これがこいつのコミュニケーション?
下手すぎでしょ。
「あんたも、よく見れば整ってるじゃん?」
「あっは!そんなこと、初めて言われたぁ~。」
「これから、ぐしゃぐしゃにするけど。」
「……こっわぁ~~。」
ネルが歩きながら、小さな魔石を周囲にばら撒いた。
十個。二十個。床に転がっていく。
「何のつもり?」
「ん~?種まきぃ~。ほい。ほいぃ~。」
ネルは、ニコニコしたまま言った。
私はダガーを構え、ネルに向かって踏み込んだ。
何企んでるのか知らないけど、先にやっちまえば関係ない。
その瞬間、天井が開いた。
「——っ!」
——そういえば。
この部屋、天井がやけに高かった。
開いた天井の中に何かが見える。
何か、吊るしている?
上から、それは降ってきた。
「……でっか。」
巨大なアーマーが、部屋の中央に降り立った。
ネルの体が、アーマーに包まれていく。
顔と肩だけがむき出しになっている。
五メートルはある、鋼鉄の鎧。
むき出しの顔だけが、私を見下ろしていた。
「何そのファッション。センスねぇよ。」
「あっは!お飾りに見えるぅ~~?」
「……的がでかくなって、助かるわ。」
アーマーの右腕が、上から振り下ろされた。
私は横に飛んで避けた。
着地と同時に、アーマーの背後に回り込む。
ダガーを、一閃。
弾き返された。
「あっは!そんなんじゃ、無理無駄無謀ぅ~~!」
「あ、っそ。」
私は、ダガーに魔力を込めた。
もう一振り。
アーマーの左足の付け根に、刃が入った。
ぐずり、と金属が軋んだ。
「……はぁ?」
左足が、切断された。
アーマーがバランスを崩す。
傾いていく。
「っは!そんな装甲じゃ無理だって!」
「……。」
「机に向かってるだけの根暗じゃ、実戦は甘いわね!」
もう一振りを、放とうとした。
——ガツンッ
その瞬間、背後に衝撃が走った。
私は、気が付けば壁際まで吹き飛んでいた。
「……っぐ。何が。」
口の中に鉄の味が広がる。
床に叩きつけられたまま、視線を上げる。
人の形をした何かが、そこに立っていた。
——あれは、魔石か?
さっきネルが撒いた魔石が、人の形に育っている。
一体だけじゃない。
部屋の中に、十体以上が立っていた。
「あっは!何が、甘いってぇ~?凡夫ぅ~?」
「……。」
「この人達はぁ~。元パフパラ中毒者ぁ。今はただの魔石人ぉ~~。」
ネルが、クスクスと笑った。
「研磨してぇ、持ち運べるようにしたのぉ。便利でしょぉ?」
「……人間を、何だと思ってんだよ。」
「もう人間じゃないよぉ~?死んでるしぃ~~!」
「……ゲス野郎。」
私は立ち上がった。
ダガーを握りしめ、一番近い魔石人に向けて放つ。
一体、崩れた。
次、また次。
一人一人の、動きは鈍い。
こんなもん、数が多いだけで何の脅威でもない。
「サヤちゃん!はい!ちゅうもぉ~~く!」
ネルの声が響いた。
アーマーの右腕が、こちらを向いた。
手のひらが、開く。
「——っ!」
咄嗟に、風魔術で体を覆った。
レーザーが、走った。
周囲の魔石人ごと、焼き切られた。
熱い。耳の奥がキンとする。
「……くっそ、が。」
私は、膝をついた。
ネルが、また魔石を撒いた。
床に転がった魔石が、じわじわと人の形に変わっていく。
ゆっくりと、魔石人が近づいてくる。
私は、立ち上がり応戦した。
—
「サ~ヤちゃん!どう?しんどいぃ~?」
「……全然?」
「あっは!なんで、そんなに頑張るのぉ?」
ネルが、アーマーの中から言った。
「あなた、普通の女の子でしょぉ?戦う理由、あるぅ?」
「普通とか、女とか関係ある?」
私は、ダガーで魔石人を捌きながら言った。
「あいつが帰りたいってうるせぇから、手伝ってるだけだよ。」
「ん~?なんでぇ?好きなのぉ?」
「はぁ?」
「でも、帰ったらジュディと会えなくなっちゃうねぇ。……寂しいねぇ?」
「うっせぇ!」
魔石人が目の前まで来ていた。
ダガーを振る。
また一体、崩れた。
ネルは言葉を続けた。
「代わりのジュディ、作ってあげようか?」
「は?」
「あなただけのジュディ。帰らなくて、誰にも取られなくて、あなただけを大事にするジュディ。」
動きが、思わず固まった。
——しまった!
背後から、魔石人がぶつかってきた。
地面に突っ伏した。
口の中に砂の味がした。
「なんか、色々誤魔化してるけどさぁ~~?絶対好きだよねぇ?」
「……。」
「好きなんでしょ?惚れてんでしょ?でなきゃ、そこまでしないってぇ~~!」
ネルは、アーマーの中でただ笑っていた。
首をフラフラと揺らしながら、楽しそうにこちらを見る。
人の傷口を覗き込む子供みたいな顔で。
「クッソどうでもいいけどぉ~~!惚れてても、依存でもぉ~!あ、家族の代わりでもぉ~~!」
「……。」
「でも中途半端だよ、あなた。見ててさ、キモイ。」
「……っるせぇな。」
私は、手を床についた。
ゆっくり、立ち上がる。
「どいつも、こいつも。」
声が出た。
「惚れてるかだの。好きかだの。あーだのこーだの。」
「……。」
「うるせーんだよ。」
魔石人が、また近づいてくる。
私は、ダガーを構えた。
「人の気持ちに、勝手に名前つけて悦ってんじゃねーよ。」
そんなの私だって、分かんねーよ。
ただ、あいつが泣いてると胸が痛い。
あいつが笑ってると、フワフワする。
くっつくと、ちょっと暖かい。
ただ、傍にいたい。
あいつと、一緒に歩きたい。
今は、ただそれだけだ。
理由も、意味も、これから決める。
だから、大事にすんだよ。
この気持ちが、大切なんだ。
「この思いは、私のもんだ。他人が、土足で踏み込むんじゃねーよ。」
ネルが作れるのは、顔と記憶だけが似た何かだ。
それは、私が知ってるジュディじゃない。
あの、情けなくて、それでも前に進むあいつじゃない。
「私の気持ちは、私が決めんだよ。」
魔石人が私を取り囲む。
足に、力を込めた。
「邪魔すんじゃ、ねーよ!!!」
両足のストーンウェア。
靴の底から、ブレードが展開した。
そのまま、右足をぶん回す。
周囲の魔石人が両断された。
「……なに、それぇ~!?」
地面を滑るように、加速した。
魔石人の群れの中を、刃が走る。
一体、また一体。
このスピードについてこれるやつは、そうそういない。
……ボンクラくらいかな?
「……っ!!」
ネルが、動揺した。
アーマーの右腕が、こちらに向く。
「っは!おせぇよ!!」
私はアーマーの背後に回り込んだ。
ブレードが走る。左腕、右膝、残った左足。
四肢をまとめて切り裂いた。
——アーマーが、崩れた。
ネルが逃げる前に正面に回った。
ネルの目が、見開かれた。
「……ちょ、タンマ——」
「無理。」
——ガツンッ
私は、ネルの顔面に拳を叩き込んだ。
「……ぶっふ!!」
「はい!私の勝ち!」
「……。」
「二度と、舐めた口聞くなよ?」
—
ネルが、床に倒れていた。
頬を押さえたまま、しばらく黙っていた。
私は、乱れた息を整えながらネルを見下ろした。
「……いたぁい。ひどぉい。」
「うっせぇ。」
「……ふふ。」
ネルが、笑った。
床に倒れたまま、笑っていた。
「なに笑ってんだよ。」
「だってぇ。やっぱり面白いんだもん。あなた達。」
「……。」
「分かってないなぁ。ゲームはまだ、終わってないのにぃ?」
私は、ネルを見た。
笑ったままだった。
どこまで計算して、どこまで本気か、何も見えなかった。
それでも。
今は、これでいい。
ジュディに通信を飛ばした。
「サヤよ。ネルは、一応押さえた。そっちはどう?」
「……。」
返答は、なかった。
あの、クソボンクラ。
第八十五話、お読みいただきありがとうございます!
サヤらしさ全開の回でしたね。
告白でも、宣言でもない。ただ、大事なものを守った。
若いっていいよね。
次回、ジュディとゼノが対面します。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、ストーンウェアのブレード精度が上がります。
よろしくお願いします!




