第八十四話「カイラ・ドゥーナは諦めない」
「そこまでだ。」
廊下の先に、人が立っていた。
——ジャス・サイン。
ジュディから、何度も聞いた名前だ。
カルディア政府の捜査官。
ジュディと、何度も関わってきた人。
正しいと信じることを、迷いなく実行できる人間だと聞いていた。
「……ジャスさん。」
「君たちを、通すわけにはいかない。」
感情的でも、威圧的でもなかった。
ただ、揺るがなかった。
バッツが、隣で小さく舌打ちをした。
ゼナは無言で、周囲を確認している。
「理由を、聞いてもいいですか?」
「答えるまでもないだろう。この状況で、どちらが正しいかは明白だ。」
「……それでも、お願いします。」
ジャスは少しだけ間をおいた。
まるで、伝えるべきことを精査しているようだった。
「ここは、アルカナの私有地だ。不法侵入だろう?」
「本当に、それだけですか?」
「……個人的な理由で、危険な技術に触れることを許可するわけにはいかない。秩序を守ること、それが私の仕事だ。」
「……その秩序は、アルカナの都合です。あなたも、それは分かっているはずです。」
「だとしてもだ。アルカナがこの街を支配している以上、そのルールを無視すれば社会は成り立たない。私情で動ける立場ではないんだよ。」
真正面から言われた。
間違っていない。
ジャスの言っていることは、筋が通っている。
感情でも偏りでもなく、ただ正しいことを言っている。
でも、彼らしくないと思った。
私は、ジャスとそこまで関係を築いたわけではない。
だけど、知っている。
この人は、ジュディの友達だ。
「……ジャスさん。」
「何だ。」
「せめて、誤魔化すことだけはしないで下さい。」
「……。」
「お願いします。」
私は、頭を下げた。
武器を持つ相手に、軽率なことは分かっている。
でも、それが私にできる誠意だった。
ジャスの目が、わずかに動いた。
「……ネル・クライスから、真実を聞いた。」
「それは、いったい?」
「ジュディという存在の、真実だ。」
「……。」
ジャスが、一拍置いてから続けた。
「ジュディが真実を知れば、あいつは折れてしまう。それほどの内容だ。彼のためにも、ここで君たちを止める。」
「……。」
「今は、大人しくしていてくれ。ネル・クライスも私が止める。」
「それが、あなたの望みですか?」
「あぁ。ジュディもこのまま、今の生活を続けられるよう尽力する。」
ジャスはそう言った。
やっぱり、彼はジュディの友達だった。
ジュディを守るために、ここにいる。
ジャスが間違っているわけじゃない。
むしろ、ジャスなりの誠実さがそこにあった。
だから、胸が痛かった。
「ジャスさん。」
「何だ。」
「ジュディは、知りたがっています。」
ジャスの目が、細くなった。
「……分かっている。」
「分かっていて、奪うんですか。」
「……。」
「ジュディがどう感じるかを、ジュディが選ぶ権利を、誰かが先に決めちゃダメです。」
「それは、理想論だよ。それで、彼が折れたらどうする?」
「……ジュディは、折れないもん。絶対に。」
ジャスは、動かなかった。
ただ、一言だけ告げた。
「どうして、そう言い切れるんだ。」
「折れても、ジュディは帰ってきたから。」
「……。」
「絶対、絶対。ジュディは負けない。」
沈黙が落ちた。
ジャスは何も言わなかった。
私も、もう言わなかった。
「バッツさん。ゼナさん。」
二人が、動いた。
「やっておしまい!」
「それ、止めろ。」
あれ?
何かダメだったみたい。
—
ゼナの動きは速かった。
床を這う根のように、土魔術の拘束がジャスの足元に広がった。
バッツが右腕の形を変えた。
義手の内部構造が展開して、ガトリング砲の砲口がジャスへ向く。
「っへ!楽勝!」
バッツが言った。
——次の瞬間。
ジャスの足元から、炎が吹き出した。
ゼナの拘束が、焼け溶けた。
「……っ!」
五つの球体が、ジャスの周囲に浮かび上がった。
それぞれが独立して動いている。
「非殺傷設定だ。死にはしない。」
ジャスが言った。静かに、淡々と。
球体が二つ、同時に動いた。
——バッツへ、ゼナへ。
バッツが砲口をずらし、ゼナが身を伏せた。
それでも、間に合わなかった。
それぞれの球体から、レーザーが走った。
二人が、吹き飛んだ。
「バッツさん!ゼナさん!」
壁に叩きつけられたバッツが、それでもガトリングの砲口を向けようとした。
ゼナは床に倒れたまま、手を地面についている。
生きている。でも立てない。
「……そんな。」
まさに、一瞬だった。
あの球体。あれは、一体……。
「カルディア政府が開発した最新鋭の装備、遠隔操作型のレーザー銃だ。」
「……なんで、そんな。」
「カルディア政府トップの護衛に着いている者だけが、使うことを許されている。」
ジャスは、その場から一歩も動いていない。
そんな強力な装置を、カルディア政府が開発するなんて……。
「……カイラ・ドゥーナ。」
ジャスが、私を見た。
「降伏するなら、今だ。」
「……嫌です。」
私は、防御壁を展開した。
半球状の魔術壁が、私を包んだ。
「無駄だ。」
ジャスの声は変わらなかった。
「そのレーザーには、反魔術加工が施されている。」
「……。」
「魔術による防壁は意味をなさない。」
五つの球体が、防壁を取り囲んだ。
一斉に砲口を向ける。
五つのレーザーが、走った。
「……っ!」
それぞれのレーザーが、防壁を貫く。
防壁は壊れず、それぞれの対角線へとレーザーを『転送』させた。
「……な、に。」
ジャスから、この場で初めて動揺が見られた。
彼からすれば、レーザーが防壁をすり抜けたように見えるだろう。
「……へへ。びっくりしました?」
額の冷や汗を悟られないように、私は余裕の表情でジャスを見る。
よ、余裕だし。怖くないし。
「……ただの防壁では、ないな。」
「えぇ。転送機能を持たせた防壁です。」
攻撃を察知し、対角線へ攻撃を転送する防壁。
私が、この二年でみんなを守るために考えた絶対防御。
理論上、『どんな攻撃だって』当たらない。
「降参してください。ジャスさん。」
「……。」
ジャスは焦らなかった。
ただ、静かに私を見ている。
「その汗の量。緊張だけではないな?」
「……なんのことでしょ?」
「転送などという機能を持った防壁。相当な魔力消費なのではないか?」
「……っ。」
「……魔力の消耗を計算すれば、先に限界が来るのはそちらだ。」
バレバレだった。
この防壁は、攻撃を受けるたびに相当な魔力を消費する。
ジャスが撃ち続ければ、いずれ私が先に倒れる。
ジャスが、球体を再展開した。
このまま、撃ち続ける気だ。
レーザーが、また走り始めた。
「……っ~~~!!」
防壁が、揺れた。
揺れはしたが、崩れなかった。
対角線から、レーザーが返り続けた。
その中で、ジャスが口を開いた。
「カイラ・ドゥーナ。」
「……何ですか。今忙しいんですけど!」
「今の状態は、君にとっても都合がいいはずだ。」
「……。」
「ジュディは君の側に居続ける。元の世界へは帰れない。真実を知らないまま、今のジュディが続く。それは、君が望む未来ではないのか。」
魅力的な、言葉だった。
刺さった。
本当に、刺さった。
ジュディが側にいてくれる。
帰らなくていい。
真実を知らないまま、三人で工房に帰る。
……それは確かに、私が一番欲しかったものに近かった。
「……ジャスさん。」
「何だ。」
「私は、人を幸せにするんです。それが、目標です。」
「……。」
「ジュディも。サヤも。知らない人だって。できるだけ、たくさん。」
「それは、ジュディから聞いている。立派な理想じゃないか。」
レーザーが止む気配がない。
本当に、このままじゃジリ貧だ。
でも、一つだけ言わなければいけないと思った。
「ジャスさん。」
「何だ?」
「あなたは、その選択で笑えますか?」
「……今、私のことなど問題ではない。」
「いえ、あなたが選ぶ未来です。関係ないわけない。」
ジャスが、少しだけ動いた。
それは、動揺なのだろうか。
「私はね、あなたにも幸せになって欲しい。」
「……欲張りな女だ。」
「欲張り上等!!!」
ジャスの手が、わずかに止まった。
「ジュディが帰ることは叶えてあげたいし、ジャスさんだって笑っててほしいし!」
「……。」
「ジュディが、自分の娘を抱いて、奥さんと笑ってて!サヤが悪態をついて、私もそこにいて笑ってる!」
腕輪を、前方に展開した。
設定を入力する。
時間軸、座標、対象。
「そんで、他の人だって、笑えるところまで連れていくんです!!」
——時間設定、完了。
——座標位置、確認。
——ゲート、オープン。
「みんなを、幸せにする。そんで、私は、私も幸せになるんだ!!」
言い切った。
これが今の、私の理想だ!!
銃を引き抜いた。
防壁が、消えた。
「——!」
「そこ、どいてください!!!」
五つの球体が、一斉にこちらへ向いた。
引き金を引いた。
——弾丸が、消えた。
ジャスの目が、細くなった。
「不発か。」
レーザーが、五本同時に走った。
その瞬間。
——バツンッ
ジャスの周囲を浮遊していた球体が、五つ全部、砕けた。
「……何が、起きた。」
廊下が、静かになった。
私は、膝が抜けてその場に座り込む。
魔力が、本当にギリギリだった。
「ぷっふぅ~~~!」
「……。」
「その機械、動きが速くて、動いている間は、撃ち落とせませんでした。」
私は、銃を下ろした。
「だから、あなたの周りで停滞していた瞬間を狙って、弾丸を送り込みました。」
「……まさか、今の弾丸は。」
「えぇ、過去へ転送しました。」
人ではない。
弾丸五発。
数秒前なら、今の私でも届く。
ジャスが、少しだけ眉を動かした。
「弾丸を数秒前へ転送して、レーザー銃がまだ動いていた過去に届けました。」
「……そんな、ことが。」
「その瞬間、破壊された過去が確定する。だから今、球体は全部砕けています。」
しばらく、沈黙があった。
「……理論上の絶対防御と、過去への転送か。」
「はい。」
「……恐ろしい研究者だな。」
「それ、褒めてます?」
ゼナが、床から立ち上がった。
傷はあったが、動けた。
再び魔術の拘束がジャスの足元に絡みついた。
バッツが、ガトリング砲の砲口をジャスへ向けた。
「今度こそ、積みだぜ。」
バッツが、今度は静かに言った。
ジャスは、しばらく黙っていた。
目を閉じて、何かを考えるように。
「……火の魔術と弾丸で、どうにかなる相手ではないな。」
「あぁ。こっちはプロなんでな。」
「……私の、負けだ。」
そう言ったジャスの顔は、少しだけ笑っているように見えた。
—
突如、周囲でアラートが鳴り響いた。
スピーカーから、機械的な音声が流れる。
「爆破予告。別館接続通路、ネル・クライス権限により爆破を実行予定です。繰り返します。爆破予告——」
ジャスの顔が、変わった。
「……ネル・クライス。あの女は。」
「ジャスさん。」
私は、ジャスを見た。
「セキュリティ管理室へ、案内してください。」
「……私は君たちを止めようとしていた。従う理由があるか。」
「あります。」
「……何だ。」
「ジャスさんは、ジュディを守りたかった。私たちも、仲間を守りたい。今は、目的が同じです。」
ジャスは、また少し黙った。
「あと、爆死したくないです。普通に。」
「……普通に?」
「はい。普通に。」
「……分かった。」
バッツとゼナがジャスの周囲を固めながら、廊下を進んだ。
アラートの音が、鳴り止まなかった。
………………。
…………。
……。
セキュリティ管理室の扉が開いた。
端末が並ぶ部屋だった。
天井から下がったモニターに、アルカナ本社の全館が映し出されている。
私は端末に駆け寄った。
ヴィンへ通信を飛ばした。
「ヴィン!聞こえる?」
「カイラ、生きてた!?よかった~!!」
「生きてる!でも、このままだとまずい!」
「……どういう状況?」
「ネル、別館、爆破!」
「わぉ!簡潔~!システム、入れるか?」
私は端末を操作しながら、ヴィンへと指示を飛ばす。
「セキュリティ管理室から直接繋ぐね!今、メイン制御ポートの443を開けた!認証は管理室内だから、バイパスできるはず。」
「バッチリだぁ~カイラ!んじゃあ、いくぜ。」
通信越しに、キーボードを叩く音が聞こえた。
「……くっそ。流石アルカナだぁ。セキュリティがめちゃくちゃ堅い!ウォール、何層あんだ?これ?」
「ヴィン。全部壊さなくていいよ!」
「え?」
「爆破制御と、本館の外部通信だけ取れれば十分!そこだけ狙える?」
「……おっけぃ!爆破制御のプロセスだけ切り抜けばいいわけだよなぁ~~!?」
十秒。
二十秒。
「……あった!爆破制御プロセス、ネル・クライスの個人権限でロックされてるぜぇ~!」
「ヴィン、ナイス!それ壊せる?」
「いや、悠長にやってる時間が惜しいぃ!プロセス自体をウイルス送って強制終了させる!」
「うわぁ……。」
「引くなよ!俺ぁハッカーだぜ?」
キーボードの音が、速くなった。
三十秒。
アラートが、止まった。
「制御、奪ったぜぇ~~~!爆破キャンセル完了。」
「ヴィン最高!外部通信は?」
「それも、今からやるよぉ~。……こっちはロックが薄いなぁ。」
ポチポチとキーボードの打つ音が響く。
あ、ちょっと気が抜けてるな?
「ヴィン。」
「うん?」
「今度、ゆっくり褒めてあげるから。今は急いで。」
「いや、今褒めてほしいんだけど!?」
「ヴィン。」
「……はいん、やります。」
数秒後。
「お~~~し!通信回復ぅ!セキュリティ権限もカイラの端末に移しておくぜぇ~~!これでアルカナの監視カメラも、ぜ~~んぶ丸見え!」
「ヴィン、完璧ぃ~~!!」
「今度、いい人紹介してくれるぅ?」
「それは、無理。」
私は端末から顔を上げた。
モニターに、アルカナ本社の全館が映っていた。
第七研究室兼社長室。
カメラの映像の中に、ジュディの姿があった。
「ジュディ!」
通信を飛ばした。
繋がった。
「あとは、任せたぁ!」
第八十四話、お読みいただきありがとうございます!
カイラ、やりましたね。
正しい人間同士がぶつかる回、書くのが難しかったです。
ジャスは悪くない。カイラも悪くない。
でも、一本しか道がない。
カイラの「私は、私も幸せになんの」、ここに来てくれました。
研究者として戦うカイラ、かなり好きです。
次回、ジュディとサヤ側へ戻ります。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、転送装置の精度が上がります。
よろしくお願いします!




