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第八十三話「アルカナへ」

アルカナへの潜入当日。


工房を出る前に、三人と通話した。

カイン、ガレス、ヴィンだ。


カインが先に口を開いた。


「今から、通信は常時繋いでおく。何かあれば、すぐに伝えよう。」

「あぁ。頼んだぜ?」

「……君が、『頼む』か。」

「あんだよ?」

「いや、健闘を祈る。無理はしないように。」


それだけ言って、カインは通話を切った。

なんか、保護者みたいな通話の切り方だったな。


続いて、ガレスが口を開いた。


「ジュディ。」

「ガレス。あんた、情報屋じゃなかったのか?」

「本来はな。私のバックアップ料は、高いぞ。」

「……でしょうね。」

「金だけでは、足りないな。」

「じゃあ、どうしろってんだよ。」


ガレスは少し間を置いた。


「帰ってきたら、酒でも飲もう。」


そんなことを言うのは、初めてだった。

ここが正念場なのだと、ガレスも分かっているのだろう。


「……ガレス。あんた、飲める口なのか?」

「あぁ。だから、この任務は必ず無事にやり遂げる必要がある。」

「はは。違いねぇな。」


葉巻の煙が、画面の向こうでゆっくりと流れた。


「お前との『仕事』は、心地よかった。」

「……急に、やめろよ。そういうの。」

「それも、そうだな。では、行こうか。」


冷徹なようで、隠しきれない情がある。

ガレスはそういう男だ。


ヴィンが、画面に割り込んだ。


「おっひさ~!ジュディ!」

「はは。相変わらずだな。ヴィン!」

「カイラとサヤに伝えといてくれるか?俺様のハッキング技術に惚れてもいいぜって!」

「……嫌だよ。自分で言えよ。」

「彼女、ほしいの!」

「……。」


こんな時でも、こいつは変わらない。

でも、それが今は頼もしい。


通信の準備は万全だ。

ここには確かに、積み上げてきたものがあった。







武器の準備も万全。通信も問題なし。

あとは、行くだけだな。


工房の扉に手を掛ける。

胸元の宝石を、無意識に握っていた。


「ジュディ。」


その時、カイラに呼び止められた。


「どうした?」


カイラが、少し間を置いた。


「……ちょっと、前借りしていい?」

「前借り?」


カイラは、そのまま俺に近づいてきた。


「ちょっとだけ、ギュッとして。」


俺は、少しだけ驚いた。

でも、何も言わずに腕を回した。

カイラが、静かにもたれてくる。


しばらく、黙っていた。


「……どうなっても、絶対また会おうね。ジュディ。」

「あぁ。」

「私、ジュディと一緒にいられて、よかったよ。」

「……俺もだ。」


カイラが、少しだけ身を離した。

泣きそうではなかった。

ちゃんと、前を向こうとしている顔だった。


「ボンクラ。」

「あぁ、もう!今度は何だ?」


サヤが、離れたところで腕を組んで待っていた。

ゆっくりと、こちらに近づいてくる。


「……私も。」

「……。」

「なんだよ。文句あんのかよ?」


いや、文句はないんだけど……。

サヤは、固まる俺に両腕を回した。


「……まだ、俺何も言ってないんだけど。」

「うるさい。」

「はい。」

「私も、あんたと会えてよかった。」

「……あぁ。」


サヤは、そのまま俺を見上げた。

少しだけ、顔が赤かった。


「やっぱなし。今のは忘れろや。」

「……いや、無理だが?」

「殺す。」

「……怖いって。」


しばらくして、サヤは俺を解放した。

そのまま、カイラに振り返る。


「カイラ。」

「ん?」

「いいわ。これ。」

「んふふ。ハマるでしょ?」


二人は何かが通じあったらしい。

俺は、マスコットか何かなのだろうか。


でも、こんないつもの空気が、心地良かった。

俺は胸元の宝石を、改めて握りしめる。


「よし、行こうか。」


それだけ言って、俺は歩き出した。







アルカナ本社。

そこは、予想以上にでかかった。


企業の建物というより、都市の中にもう一つ都市が建っているみたいだ。

ガラス張りの外壁が、朝の光を反射してやたら綺麗に見える。

その綺麗さが、逆に気持ち悪かった。


俺とサヤは、スーツ姿で正面玄関へ向かった。

エルドは、そこで待っていた。


「……来たか。」


表情はなく、通話の時と同じ声だった。


「案内する。余計なことは言うな。私の来客として振る舞え。」

「了解です。」

「……私ら、お互い初対面ですけどね。」


サヤが、小声で言った。

エルドは無視して歩き始めた。


正面玄関を入ると、ロビーが広かった。

受付が二列。社員が何人か行き来している。

普通の会社だ。普通の会社のはずなのに、どこかがずっとおかしかった。


カメラの数が、多すぎる。


「……サヤ。」

「気づいてる。いちいち反応すんな。」


「いらっしゃいませだゼット!アルカナ本社へようこそだゼット!」


突然、陽気な音声が流れた。

天井のスピーカーから、AIの声が響く。


「お客様のご来訪をお待ちしておりましただゼット!ご案内は私が承りますだゼット!」

「……なんだよ、あれ。」


俺は思わず呟いた。


「案内AI。だゼット君だ。」


エルドが、前を向いたまま言った。


「キャラクターは、社内公募で決まったらしい。私は関与していない。」

「……え、公募?」

「あぁ、公募だ。」

「社員、一旦休ませた方がいいのでは?」

「……。」


エルドが気まずそうに目線をそらした。

スピーカーからふざけた音声が流れ続ける。


「『侵入者』のみなさまは、右手の通路へお進みくださいだゼット!」


足が、止まった。


「今、なんて言った?」

「……聞こえただろう。」


堂々と侵入者扱いかよ。

舐めやがって。


「……ちなみにな。」

「はい?」

「このキャラクター、最終承認は父だ。」

「……。」


何も言えなかった。

ゼノが承認した案内AIが、陽気な声で侵入者を迎えている。

その異様なミスマッチが、不気味だった。


………………。

…………。

……。


エルドに案内されたのは、フロント棟の小さな会議室だった。


「私にできることは、ここまでだ。」


エルドが、テーブルの上に端末を置いた。


「これはネルからの贈り物だ。この端末の指示に従え。」

「扉のセキュリティは?」

「端末をかざせば通れる。おそらく、ネルの元まで難なく行けるだろう。」

「……分かりました。ありがとうございます。」


エルドは踵を返しかけて、扉の前で一度だけ振り返った。


「私は、君たちの味方ではない。」

「……知っています。」

「そこは、忘れないことだ。」


それだけ言って、エルドは出ていった。

扉が、静かに閉まった。


「……用心しろって言われてもな。」


サヤが、端末を手に取った。


「まぁ、行くしかないでしょ?」

「あぁ。」


俺は端末を受け取った。

画面に、矢印が一本表示されていた。







端末の指示通りに進むと、誰にも会わなかった。

廊下を歩くたびに、端末が次の方向を示す。

扉の前にかざすと、音もなく開く。


全部、ネルが用意しているのだろう。


「気持ち悪いわね。なんか。」


サヤが、低い声で言った。


「あぁ。」

「私たちが進んでるんじゃなくて、進まされてる。そんな感じね。」

「……これなら、別班はいらなかったかもな。」

「それは早計でしょ。まだ何があるか分からない。」


しばらく進むと、端末が止まった。


——第七研究室『兼』社長室


扉に、そう書かれていた。

俺は、サヤと視線を合わせた。

サヤが小さく頷く。


扉に端末をかざした。

ゆっくりと、それは開いた。





中は、想像以上に広かった。


机と実験器具と応接スペースが全部同じ部屋に収まっている。

天井も高い。

窓の外にアルカナの街が広がっていた。


その部屋の隅に、ネルがいた。

椅子に腰かけて、足をぶらぶらと揺らしている。


「ようこそぉ~。」


ネルが、にこにこと笑った。


「本来ここはね、私とゼノ社長だけが入れる部屋なんだよぉ?奥の部屋にゼノ社長もいるぅ。記念に写真でも撮ってもらう~?」


奥の扉を、軽く指差した。

椅子に座っているくせに、その目だけは明らかにこちらを見下していた。


「観光しにきたんじゃねーよ。話をしに来ただけだ。」

「っぷ。話ぃ~~?あはははは!!」


ネルが腹を抱えて笑う。

いちいち癪に障る女だ。


「出来るわけないじゃ~ん!あなたと私じゃ、会話になんないってぇ~。IQ違いすぎぃ~。」

「……。」

「あなた達さぁ?なんで、今ここにいるか分かってんのぉ~?」


ネルは、椅子をクルクルと回転させた。


背後でサヤが動く気配を感じる。

俺は右手を上げて、静止の合図を送った。


「お前が呼んだから、わざわざ来てやったんだろ?」

「ん~ん。違うねぇ、ジュディ?それは違う。」

「……。」

「あなた達はぁ、『来るしかなかった』。他に選択肢なんてなかったぁ。」


ネルはイスの回転を止めてこちらを見る。

その瞳には、明らかに侮蔑の感情が潜んでいた。


「あなた達がぁ、バカだから★」

「……。」


無意識に、右腕がホルスターを撫でていた。

今は、堪えろ。

相手が高揚しているなら、そこを逆手に取る選択だってある。


「なんだよ。あんたには敵わねーな。流石は役員様だ。」

「……なんだぁ~。意外と冷静じゃ~~ん?」

「バカなりに、こっちも必死でやってんだ。ちょっとは褒めてくれてもいいんじゃないか?」

「んふふ~。そうだねぇ。八十点までは来たんだもん。すごいすごい。」


よし、乗ってきた。

このまま、調子こいててくれよ。


「あと二十点、さくっと教えてくれないか?」

「あは!いいねぇ。気持ちい~!二十点、欲しいぃ?」

「欲しい。欲しい。」


ネルが、机の上の端末を指で叩いた。


「なら、実験しよっかぁ。モルモット、なってよぉ!」

「……悪いが、それは無理なんだ。他にないか?」

「いやぁ?ジュディは聞くよぉ?絶対聞くぅ。」


嫌な、予感がした。


「それは、何故だ?」

「あっは!聞いてくれなかったら、別館にいる子たち死ぬかもねぇ?」


俺は、一瞬止まった。


「……あ?」

「別館に、セキュリティを抑えるために入った仲間がいるでしょぉ?」

「……。」

「こっちも、バッチリ把握してるよぉ。人質、勝手に届けてくれるんだもんねぇ。凡夫って最高ぉ~~!」


ネルが、手を叩いて笑った。


「ここまで予想通りの動きだと、もう超笑っちゃう。」


——カイラ。


俺は、その場で脳内通信を作動させる。

突如、別の通信が入った。


ガレスの回線だと思ったが、違った。

画面に、ネルのアイコンが映っていた。


「あは!分かりやすぅ~!この部屋に入った時点でぇ、通信は遮断してるってぇ~!!」


俺を指差して、ネルが笑った。


クソ!


脳内に浮かんでいた通信表示が、ぷつりと消えた。







別館の廊下は、静かすぎた。

私は、バッツとゼナと三人で進んでいた。


エルドの情報通り、別館への侵入は難なく済んだ。

だが、それがずっと引っかかっていた。


——簡単すぎる。


「バッツさん。」

「あぁ、俺も思ってる。」


バッツが、周囲を見渡しながら言った。


「おかしい。セキュリティがない。完全に、道が空いてる。」

「向こうが通してる?」

「だろうなぁ~。そうじゃなきゃ、ザル過ぎるぜ。」


ゼナが、無言で壁のカメラを指差した。

カバーが外れている。機能していない。


「カイラ。」


ゼナが、短く言った。


「私たちは、誘導されてる。」


分かっていた。

でも、引き返す理由もなかった。


セキュリティ管理室の手前、廊下が急に広くなった。

一際大きなスペースが広がっていて、その中央に人が立っていた。


「そこまでだ。」


静かな声だった。

私は、その顔を知っていた。


——ジャス・サイン


ジュディから、何度も名前を聞いたことがある。

カルディア政府の捜査官。

正しいと信じることを、迷いなく実行する人間。


「……ジャスさん。」


ジャスは、武器を下ろさなかった。


「君たちを、通すわけにはいかない。」





第八十三話、お読みいただきありがとうございます!


ようこそ、アルカナへ。


だゼット、どうでしたか。

笑っていいのか怖がっていいのか、私も少し迷いました。


そして、外部通信が遮断されました。

カイラ、無事だといいですね。

いや、どうでしょうか?


明日も20:10にお会いしましょう!

ブクマやコメントをいただけると、案内AIの精度が上がります(たぶん)。

よろしくお願いします!


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