第八十一話「開いた窓」
通信端末を、テーブルの上に置いた。
MANAの一室を借りている。
カインが「万が一の場合、通信を切断できる準備をしておく」と言って、技術者を二人つけてくれた。
逆探知のカウンター措置だ。
「準備は?」
カインが、端末の向こうで言った。画面越しだ。
万が一ネルに場所を特定されても、カインとMANAが巻き込まれないための措置でもある。
「あぁ。」
俺は、通信IDを入力した。
コール音が、三回鳴った。
「は~~い。しもしも~?」
出た。
異様に、軽い。
「ネル・クライスか?」
「あ、ジュディじゃ~~ん。タイミング超悪いんだけどぉ。」
「取り込み中だったか?」
「あははぁ。気遣いできるタイプだぁ。やっぱり、アルトじゃぁないんだね?」
「何度も言ってるだろ。俺は、ジュディだ。」
「んふふ~。そうだよねぇ。まだ。」
間があった。
「そうやって自分で言い聞かせてるうちは、かわいいよねぇ。」
腹の奥で何かが動いたが、今は飲み込んだ。
交渉の場で、こいつのペースに乗ってやる必要はない。
「アルトなら、もう少し雑に切るよぉ。あなたは、まだ人の形を気にしてる。」
「……話がしたいって言ってたよな?」
「う~ん。そうだねぇ~。でも、やっぱタイミング悪いわぁ。」
「なんなんだよ。」
「この間のパフパラの件、あったでしょぉ~?」
「……あぁ。」
「それ、ゼノ社長にばれちゃって~。私今、外部との接触禁止中~。」
自業自得とは思ったが、それより先に確認しなければならないことがあった。
「この通信は大丈夫なのか?」
「あはは!大丈夫だよ。非正規回線だし。あ、あと逆探知も効かないよ~?」
背後で、技術者の一人が小さく舌打ちをした。
向こうはとっくに気づいていたらしい。
「全部、お見通しってわけか。」
「小賢しいお雑魚ちゃんは大変だねぇ~。」
「御託はいい。本題に入ろう。俺と話がしたい内容はなんだ。」
少しだけ、間があった。
「……ま、そうだねぇ。じゃあ、単刀直入に。」
「……。」
「あなた、異世界から来たでしょぉ?」
「……なんで、そう思うんだ?」
「私だからぁ、かな?あなたも、その件で話したかったんじゃない~?」
「あぁ。そうだな。こっちも単刀直入に聞く。」
「どうぞぉ。」
「アルカナは、異世界から人間を召喚しているのか?」
返事がなかった。
一秒。
二秒。
「……それだけじゃねぇ。その人間を、魔石に変えてる仮説も立ってる。」
「っぷ。あはははははは!!!」
突然、笑い声が弾けた。
「何が、おかしい?」
「いやいやいや。御見それしましたぁ。八十点ってところかな?」
「十分じゃねーか。その上で、お前と交渉したい。」
「せっかちだなぁ~。でも、いいよぉ。」
「あ?」
「だから、元の世界。帰りたいんでしょ?アルカナに来てくれたら、いいよぉ。研究したげるぅ。」
「そっちの望みはなんだ?」
「研究だよぉ。目的は同じってわけぇ。やったねぇ、ジュディ。」
「……嘘こけ。」
それだけ言った。
ネルは笑ったままだった。
「でも、私しか頼れないんじゃなぁい?」
「……。」
「研究の前に、まずは色々教えてあげるぅ。それから判断でもいいよぉ。」
「随分、太っ腹じゃねーか。」
「私もぉ。ポカしちゃったからね。ゼノ社長に汚名返上しないとぉ。」
しばらく、黙った。
他に手がない。
それは、昨日の会議で全員が分かっていたことだ。
「……乗ってやるよ。」
「何その言い方ぁ?他に選択肢ないんでしょぉ~?」
「……。」
「まぁ、いいやぁ。でも、困ったこともあるよ?外部への接触が禁止されているからぁ、私はあなた達を招待できないんだよねぇ。」
「……不法侵入しろってか?」
「ご名答~~~!窓くらいは開けておいてあげるぅ。」
「それだけか?リスクがあるなら、こっちはわざわざ行かなくてもいいんだぜ?研究を続けりゃ、いずれ必ず分かることだ。」
「必ずぅ?凡夫どもにたどり着けるわけないじゃん?」
「いや?現に八十点は出してる。あと二十点なんて、軽いもんさ。」
軽いわけがない。
昨日の会議で、全員がそれを理解していた。
でも、ここで下手に出るわけにはいかなかった。
また、間があった。
今度は少しだけ長かった。
「……エルド・ヴィオ。」
「あ?」
「エルド・ヴィオとつないであげるぅ。彼は同じ役員だし、ゼノの息子。アルカナのフロントまでは案内してくれるかもねぇ。」
「……。」
「頑張ってねぇ!会えるの、楽しみにしてるぅ~?」
そう言って、ネルは通話を切った。
ねっとりとした嫌な空気が、部屋には立ち込めていた。
—
三十分後、別の通信IDから着信が来た。
随分と、早い。
まるで、最初からこうなる準備をしていたみたいだ。
「お前が、ジュディか?」
低い、落ち着いた声だった。
ネルとは全然違う。
「初めまして。エルド・ヴィオさんですね?」
「挨拶などいい。ネルから概要は聞いている。アルカナに入りたいそうだな?」
「えぇ。協力していただければ、相応の報酬をお支払いします。」
「金など、アルカナの役員には交渉材料にならない。今後は止めておけ。」
「では、何がお望みですか?」
「ゼノ・アルカナの研究情報を、私にも共有してもらおう。」
「……それは、なぜ?」
「理由など、そちらで考えればいいだろう。」
俺は、少し考えた。
「目的は想像できます。ただ、私はあなたを知りたい。」
「……。」
「ゼノ・アルカナを失脚させ社長となるか、交渉に使うのか。いずれにしても、何かのためにそれをしようとしているはずだ。その何かを、知りたい。」
短い沈黙があった。
「君は、随分と人の内側を聞きたがるな。」
「交渉相手ですから。」
「違うな。」
エルドの声が、少しだけ変わった。
「君は目の前の相手を、一人の人間として見ているね。」
「……それが変ですか?」
「アルカナでは、珍しい。私は好ましく思うよ。」
また、間があった。
「まさか、私を理解しようとする人間がいるとはな。珍しいよ。父の息子としてではなく、私自身に興味を持つ人間は。」
「今、俺が話しているのはエルドさんです。当然では?」
「……そうだな。」
エルドは、少しだけ息を吐いた。
「父の理想は、知っているかい?」
「いえ。」
「人類の永遠の繁栄だよ。それ自体は、素晴らしい。」
「であれば、今の世界は矛盾しているように感じますが。」
「その通り。なぜだと思う?」
「さぁ?考えたこともありません。」
「父は、『個』を見ない。あくまでも定量的な指標でのみ判断を行う。人類の総量を最大化しようとするが、そこに人一人は映っていない。」
「あなたは、違うと?」
「あぁ。父の行く道の先に、人一人の幸せはない。そう断言できる。」
俺は、それを聞きながら思っていた。
この人間は、本物だ。
ゼノへの反発でも、裏切りでもなく、別の正しさを持って立っている。
「……よく、分かりました。可能な限り、情報を提供することをお約束します。」
「良いだろう。日付を指定しろ。その日に私の来客としてパスを発行しよう。」
「ありがとうございます。ただ……あなたも、リスクがあるのでは?」
「こちらの心配か。なるものか。父は私を罰しない。少なくとも、まだ私は使い道のある駒だからね。」
「……。」
「ネルが繋いだということは、確実に何かある。私は、『棚ぼた』を期待して静観しているよ。」
そう言って、エルドも通話を切った。
俺は、端末をテーブルに置いた。
静かになった部屋の中で、技術者の一人が小さく言った。
「……敵なんですか、これ。」
「さぁな。」
正直、俺にも分からなかった。
ネルの本音も、エルドの腹の底も、何ひとつ見えていない。
ただ、行くしかないことだけは、昨日より少しはっきりした。
—
カインへの報告は、簡潔に済ませた。
彼も通信内容はすでに聞いている。
「ネルは乗った。エルドも最低限の協力はしてくれそうだな。」
「……あぁ。随分あっさりしていたね。」
「向こうも、それぞれに思惑がある。こっちの都合が良いだけだ。」
「しかし、罠の可能性は変わらない。」
「あぁ。でも、それでいい。」
カインが、少しだけ目を細めた。
「……分かった。では、作戦の詳細は明日詰めよう。」
通話が、切れた。
俺は窓の外を見た。ノヴァの夜が広がっていた。
おそらく、相手の思惑通りなのだろう。
しかし、俺たちはもう、アルカナの窓に手をかけている。
進むしかなかった。
第八十一話、お読みいただきありがとうございます!
ネル、嫌なやつですよね。
私もそう思います。でも、ちょっと、好きかも。ちょっとだけ。
窓は開きましたが……。
でも、開けたやつが笑ってる。
そういう入口ですね。
次回、作戦会議です。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメントをいただけると、逆探知の精度が上がります(たぶん)。
よろしくお願いします!




