第七十九話「くまかっちゃんと思われる何か」
あくる日の工房。
端末が鳴った。
画面を見ると、アイラ・ベルンからだった。
「……。」
この二年間、ベルン家とは連絡を取っていた。
ちょくちょく、という程度だが。
簡単なメッセージの返信だけ。
通話に出たのは、久しぶりだった。
「こんにちは、ジュディ。」
「こんにちは。」
「今日は出てくれたのね。」
「何がです?」
「通話よ。」
「……。」
少し気まずくなって目を伏せた。
あんな状態になった俺でも、連絡し続けてくれた。
ありがたいよな。本当に。
「リア、心配してたのよ?ずっと、あなたのこと。」
「それは、すみません。」
「ちなみに、私は全然心配してなかったわ。」
……ひでぇ。
先ほどの感謝を返してほしい。
「何か、ご用でも?」
「あ、そうなのよ。明日、ダンがカルディアに来ることになっていて。」
「ダンさんが?」
「そう!やっとよ!バイオストーンから許可が下りたみたいで!」
それは、かなり凄いことだ。
ダンは、あれからも上手くやっているらしい。
企業からの信頼を、着実に勝ち取ったということだろう。
「一日だけなんだけど、せっかくだし家でリアの誕生日会を開こうと思って!」
「いいじゃないですか!」
「えぇ!誕生日は六ヶ月後だけど!」
……それ、もはや誕生日じゃないのでは?
まぁ、ダンもいるお祝いだ。
細かいことは気にしなくていいのかもしれない。
「分かりました。お伺いしてもいいですか?」
「もちろんよ!あ、リアには内緒でお願いね?」
「え、なんでです?」
「さぷら~~~ず!」
俺はサプライズになるのだろうか。
通話を切った。
—
カイラとサヤを居間へ呼んだ。
「というわけで、八歳の女の子へのプレゼントを買いたいんだ。何がいいと思う?」
「自分で考えなさいよ。」
「それが全然思いつかなくて。」
カイラが、勢いよく手を上げた。
「私が子供の時は、タブレット端末がめっちゃ嬉しかった!」
「八歳にしては早くないか?」
「そんなことないよ!めっちゃ勉強はかどった!」
カイラは、子供の頃から勉強一筋だったらしい。
彼女らしいといえば、彼女らしいのかも。
「なるほど。他には?」
「え、タブレットあれば困らないでしょ?あとレーション。」
……レーション。
完全にライアスの影響だよな?
俺は、サヤに話題を振った。
「サヤは、どんなのがいいと思う?」
「さぁ?無難にお菓子とかでいいんじゃない?」
「お菓子か。悪くないな。」
「あ、あるよ?」
サヤが、ポケットからキャンディを取り出した。
十本ほど。
少しだけ、暖かかった。
「それを誕生日プレゼントにするのは、なんか、嫌じゃね?」
「あんだよ?善意踏みにじんのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……。」
しばらく、三人で考えた。
結論は出なかった。
「結局さ。」
サヤが、口を開いた。
「あんたが、そのリアって子に何をあげたいかじゃない?」
「俺が、あげたいもの?」
「そうよ。プレゼントなんて、相手の話聞かない時点で『思い』の押しつけよ。」
「言い方……。」
「ごめん。ちょっと穿った言い方になった。つまり、」
サヤが、こほんと咳払いをした。
「あんたが、リアのことを喜ばせようって考える気持ちが大事でしょ?」
たまにサヤはこういうことを言う。
子供なようで、大人なようで。
「……分かったよ。」
カイラが、にやにやしながら聞いた。
「で、結局何買うの?」
「これから考える。」
「あはは。ジュディ、ボンクラだねぇ。」
「カイラ、真似すんなし!」
はしゃぐ二人を尻目に、カルディアの街へ出た。
意外にも、プレゼントはあっさりと決まった。
—
翌日、ベルン家の扉を叩いた。
「ご招待いただき、ありがとうございます。」
「あら、いいのよ。どうぞ、上がって?」
アイラが、扉を開けた。
扉の向こうに、リアがいた。
直接会うのは、二年ぶりだった。
リアは、目を丸くして固まった。
「……お兄ちゃん?」
「あ、あぁ。リア、大きくなったな。」
「お兄ちゃんだ!」
そのまま、リアが飛びついてきた。
昔より、ずっと重かった。
リアが、俺を見上げた。
「お兄ちゃん。」
「うん?」
「目つき悪くなったね!」
失礼だった。
「でも、かっこいいね!」
可愛かった。
部屋の隅に、気配を感じた。
ダンだった。
「ダンさん、ご無沙汰しています。」
「ジュディ。久しぶりだね。殺すよ?」
唐突な殺害宣告だった。
父親というものは、娘のことになると物騒になるものなのだろうか。
しかし俺も、もし自分の娘が……。
止めよう。考えたくない。
「こら!子供の前で何言ってるのよ。」
アイラが、ダンの頭を叩いた。
「……ぐぎぎ。」
ダンさん、安心してくれ。
ただ、そう思った。
そんなこんなで、誕生日会は始まった。
—
プレゼントを渡すと、リアは目を輝かせた。
選んだものは、くまかっちゃん、と思われるキャラクターのグッズ。
ヘアピンとヘアゴムのセット。
小さな熊が、並んでいる。
本当にくまかっちゃんかどうかは、分からなかった。
似ているが、微妙に違う気もする。
「わぁ!かわいい!くまちゃんだ!」
「くまかっちゃん……でいいんだよな?」
「うん!くまかっちゃんじゃないかもしれないけど、くまちゃんだよ!」
それで十分だった。
リアは、ヘアゴムを早速つけた。
とても、よく似合っていた。
食事をして、ケーキを食べた。
ダンは終始、俺を警戒した目で見ていた。
それでも、料理は美味かった。
………………。
…………。
……。
夜も更けた頃、リアがソファで寝てしまった。
父親と久々に会えたから、すごいはしゃぎようだった。
アイラが毛布をかけた。
「よく寝るわね。」
「それだけ、三人で会えたのが嬉しかったんですよ。」
「嬉しかったのは、こっちの方なのにね。」
アイラが、リアの頭を撫でて目を細めた。
その姿は、親以外の何者でもなかった。
大人三人で、お茶を飲んだ。
ダンが、口を開いた。
「さっきは、すまなかったね。」
「いえ。」
「でも、娘は渡さない。殺す。」
謝る気があるのかどうか、分からなかった。
アイラに、また頭を叩かれていた。
「ジュディ。」
アイラが、俺を見た。
「はい。」
「改めて、ありがとう。」
「いいえ、このくらい。」
「違う。今日のことだけじゃないわ。」
ダンとアイラが、頭を下げた。
「私達が今、こうして親でいられるのは、あなたのおかげです。」
「……。」
「本当に、ありがとう。」
俺は、少しだけ言葉が出なかった。
「そんな、止めてください。俺だけじゃないです。エルナがいたから……。」
「そうね。エルナさんにも、助かったわ。」
アイラが、静かに続けた。
「ジュディ。あなたは失った。これからも、失うかもしれない。」
「……はい。」
「でもね。あなたがいたことで、私達は確かに今ここで生きている。」
俺は、何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
「あなたが、あの時、あの場所にいてくれてよかった。」
少しだけ、目の奥が熱くなった。
「あなたと、出会えてよかったわ。」
ダンが、無言で俺の肩に手を置いた。
俺が、あの時あの場所にいた意味は、確かにあったんだ。
—
帰り道、カルディアの夜は静かだった。
ベルン家の灯りが、遠くなっていく。
リアは八歳になった。
ダンはカルディアに来られた。
アイラは笑っていた。
失ったものがある。
でも、確かに残ったものがある。
工房の灯りが、見えてきた。
カイラとサヤが、まだ起きているだろう。
俺は、少しだけ足を速めた。
第七十九話、お読みいただきありがとうございました!
くまかっちゃんグッズ(?)、リアに喜んでもらえて良かったですね。
ダンさん、一日だけのカルディア、お疲れ様でした。
娘は渡さない、でもありがとう。そういう父親です。
間章、これにて終了です。
次回より第六章、はじまります。
明日も20:10に更新予定です!
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よろしくお願いします!




