第七十八話「埋め合わせ(分割払い)」
朝、目が覚めたら頭が痛かった。
昨夜の酒が、まだ残っている。
ザインとジャスとで、何杯飲んだか分からなくなっていた。
「はい。白湯。」
カイラが、湯気の立つカップを置いた。
呆れているのか、心配しているのか。
どちらとも取れる顔だった。
「……ありがとう。」
「ほどほどに、してね?」
「善処しよう。」
「あはは。ジャスさんのまねっ子だ?」
俺は、白湯を一口飲んだ。
胃に、じわりと染みた。
向かいに、サヤが座った。
いつも通り、棒付きキャンディを口に入れている。
「ジュディ。」
「……なんだ。」
「今日、暇?」
「暇というか、頭が……。」
「依頼、手伝ってくんない?」
俺は、サヤを見た。
「……なんで急に。」
「本当はバッツとやるはず、だったんだけど。」
「うん?」
「腕のストーンウェアの調子が悪いらしくって。」
サヤが、飴を転がした。
「いや、ごめん。俺も今日、ちょっと調子がよくなくて……。」
「二日酔いでしょ?自分のせいじゃん。」
「ま、まぁ。そうなんだけど……。」
「埋め合わせ。」
「へ?」
「しろよ。」
……そういうことか。
「へい。」
カイラが、白湯のお替りを持ってきた。
—
サヤから聞いた依頼内容は、こうだった。
ある衣服の量販店に強盗が入る。
その情報が、リークされた。
窃盗団の内部からのリークらしい。
依頼内容は、強盗が成功したタイミングで、窃盗団を捕まえること。
「……分かりやすい依頼だよな。」
俺は、事前に渡された資料を見ながら言った。
「何が?」
「内部からのリークなんだろ?強盗が成功した後に捕まえるって時点で、魂胆は見え見えだ。」
サヤが、口元を歪めた。
「まぁね。儲けを独り占めする気でしょ。もうちょっと上手くやればいいのに。」
「傭兵の依頼は、こんなんばっかだよな。」
「お天道様に顔向けはできないわね。」
「違いねぇな。」
—
事前に教えられた逃走経路の裏路地に、二人で待機した。
夕方だった。
日が落ちかけていて、路地が少し暗い。
「来た。」
サヤが、小声で言った。
窃盗団の四人組が、路地を抜けてくる。
足取りが速い。
成功したのだろう。
最後尾にいる依頼主の男と、路地の手前でアイコンタクトを合わせた。
そのまま、俺たちに向かって顎をしゃくる。
やれ、という合図だった。
男は、しれっと横道にそれていった。
「……行くぞ。」
俺は、手を上げた。
電撃を走らせる。
地面に這わせた。
三人の足が、止まった。
サヤが踏み込む。
速かった。
一人目のみぞおちに拳を叩きこむ。
即座に、背後に迫ってきた二人目に回し蹴りをお見舞いした。
「ジュディ!」
「あいよ!」
俺は、三人目の男の顔面に向かって発砲。
あっという間に、制圧が完了した。
サヤが、ポケットから棒付きキャンディを取り出し咥えた。
「非殺傷弾って分かってても、ヒヤヒヤするわね。」
「まぁ、絵面はショッキングだよな。」
「……死んでないよね?」
そのまま、サヤはしゃがみ込み男の様子を伺う。
「サヤ!」
背後から、四人目の男が迫っていた。
今回の依頼主だった。
間に合うか分からない。
でも、体が先に動いていた。
とっさに右腕を差し出した。
衝撃が来た。
「ジュディ!」
「大丈夫だよ。右腕で受けた。」
ストーンウェアには、傷一つついていない。
俺は、依頼主を見た。
少しだけ、間の抜けた顔をしていた。
「依頼主が乱入なんて、聞いてねーぞ。」
「言ってねぇからな。」
男が、肩をすくめた。
「クソだな。お前。」
「なんとでも言えや。」
「一応、理由聞いてもいいか?」
「経費削減だよ。」
「人件費削るのは悪手だぜ?」
「小難しいこと言うな!」
俺は、少しだけ力が抜けた。
「予想通り過ぎだろ、お前。」
「金が、いんだよ!」
——バチン!
依頼主を制圧した。
サヤがこちらを見上げている。
「あ、あんがと……。」
「埋め合わせ、完了?」
「はは。全然まだまだ足りねーよ!」
笑いながら、サヤは端末を取り出す。
おそらく、カルディア政府に連絡するつもりだろう。
「ちょっと待て。」
「何よ?」
「これじゃ、ただ働きじゃねーか?」
「大丈夫よ。こんな案件、前払いでしか受けないっつーの。」
「……ちょっと考えがある。」
「……何する気よ。」
「まぁまぁまぁ。」
サヤの怪訝な顔を尻目に、俺は強盗が襲った量販店へ向かった。
—
量販店の店主は、まだ店の中にいた。
俺は、入口から声をかけた。
「こんにちは!」
「なんだ、客か?悪いが今は立て込んでる。」
「でしょうね。」
「なんなんだ?」
「通りすがりの者なんですが、強盗を捕まえまして。これ、あなたのお店のですよね?」
店主が、目を丸くした。
「あ、あぁ。なんて言ったらいいか……。」
「いいですよ。ただ、俺も慈善事業ってわけじゃないので。」
店主が、少し顔色を変えた。
「……分かった。いくらだ。」
「話が早くて助かります。店主さんの言い値で結構ですよ。」
「……さっきの奴らとグルじゃねーよな?」
「まさか。グルなら物品があるんだし、トンズラこいた方が賢いでしょ。」
「ちげえねぇな……。」
握手をして、口座のIDを伝える。
端末に振込の通知を確認した。
「毎度!」
渾身の営業スマイル。
俺は、そそくさと退散した。
—
サヤのもとに戻ると、四人の男が路地に転がったままだった。
サヤが腕を組んで、俺を見た。
「あんた……。」
「儲かったろ?」
「……もやっとするわ。なんか。」
「なんで。」
「別に。」
サヤが、飴を口に入れた。
カルディア政府に連絡して、強盗を引き渡した。
手続きを終えたら、もう夜になっていた。
………………。
…………。
……。
帰り道、俺とサヤは並んで歩いた。
「バイクあるんでしょ。先に帰ってもいいよ?」
「今は、メンテ中だから。」
「すぐ分かる嘘つくなよ。」
サヤが、そっぽを向いた。
街灯の光が、路面に落ちている。
しばらく、無言で歩いた。
「……ありがと。」
サヤが、前を向いたまま言った。
「うん?」
「改めて、今日助かった。」
「埋め合わせなんだろ。むしろ、お礼を言うのは俺の方だよ。」
サヤは、何も言わなかった。
少しだけ、耳が赤かった。
「こんなこと聞くのも、あれなんだけどさ。」
「何よ。」
「なんで、俺が『あんな』だった時、助けてくれたんだ?」
「はぁ?マジで言ってんの?」
「マジだけど。」
サヤは、少しだけ黙った。
俯いて、何かを考えている。
「……よく、わかんないわ。」
「……わかんねーのかよ。」
「わかんない。」
サヤは、口の中で飴を転がした。
「あん時のあんたを見てると、痛かった。なんか。」
「痛かった?」
「そ。なんか、痛かったんだよ。」
サヤは、苛立ったように眉を寄せた。
「知ってる人間が落ちてるのを見るのは、気分いいもんじゃないでしょ。」
「……まぁ。」
「そんだけよ。」
「そんだけか?」
「納得しろよ、ボンクラ。」
俺は、少しだけ笑った。
「じゃあ、俺もそれでいいか。」
「何が。」
「分かんないけど、サヤがいてくれてよかった。」
「……ば~~~か。」
サヤは、まだそっぽを向いていた。
でも、歩く速さは変わらなかった。
ずっと、彼女は隣にいた。
工房の灯りが、見えてきた。
第七十八話、お読みいただきありがとうございました!
今回はサヤ回でしたね。
変にごまかさず、「わかんない」って言えちゃうのが彼女らしいですね。
次回、間章ラストです。
明日も20:10に更新予定です!
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よろしくお願いします!




