第七十七話「ヤニカス★コミュニティ」
工房の昼下がり。
カイラが、慣れた様子で端末を操作していた。
「繋がったよ。」
「あぁ。」
画面の表示が切り替わった。
MANA本社との暗号通信。
カインが出るはずだった。
出てきたのは、ザインだった。
「よ。久しぶり。」
「……遅い。」
開口一番だった。
「……第一声それかよ。」
「二年だぞ。お前も人のこと言えた口か。軽すぎる。」
通信越しに煙を吐く音が聞こえる。
ザインは、それ以上何も言わなかった。
「……もう、大丈夫だ。」
「……。」
「悪かった。」
俺は、それだけ言った。
ザインが、少し間を置いた。
「そうか。」
「……あぁ。」
「カイラ・ドゥーナに感謝しておけ。」
カイラが、画面の端で少し姿勢を正した。
どこか居心地が悪そうだった。
「もう、とっくにしてるよ。」
「……正直この二年の間、カインはお前を無理やりMANAに連れてこようとしていた。」
「……。」
「それを、カイラ・ドゥーナが何度も説得していたんだ。」
「……。」
俺は、思わずカイラを見た。
カイラは、気まずそうに小さく咳払いをした。
「あ。あ~~、あの、ザインさん。」
「何だ。」
「私、カイラ・ドゥーナです。」
「……知っているが。」
「……元気でしたか?」
「普通だ。」
謎のやり取りが発生した。
俺は、気まずくて目を逸らした。
カイラには、頭が上がらないな。
たぶん、一生。
「ジュディ。」
ザインが、強めの口調で俺を呼んだ。
「なんだよ。」
「来るのか。ノヴァに。」
直球だった。
俺は、少しだけ間を置いた。
「……あぁ、行くよ。今度は、逃げない。」
煙を吐く音が、聞こえた。
「なら、来い。カインも、待っている。」
待っている、という言葉を、ザインが使った。
余計なことは言わない。
それだけで十分だった。
—
そこへ、俺宛に脳内通信が入った。
ジャス・サインからだった。
「……少し待ってくれ。」
ザインに断りを入れて、通話に入る。
「ジュディ。」
ジャスの声は、いつも通り真面目だった。
「ジャスか。どうした。」
「ルイ・ベックの件と、ネル・クライスの件について、後処理の報告をしたい。」
「悪い、その件急ぎか?」
「急ぎではない。だが、放置していい話でもないな。」
ジャスの言うことも、ごもっともだ。
別の時間にするか。
「……分かった。ただ、今は都合が悪くてな。」
「そうか。」
「今夜、いつものバーでどうだ?」
「……いいだろう。では今夜。」
通信を切った。
そのまま、カイラの端末へと向き直る。
「ザイン、すまない。」
「いや。今夜、ジャス・サインと落ち合うのか?」
「……聞いてたのかよ。」
脳内通信は、声に出さなくても可能だ。
こいつに聞かれたってことは盗聴か?
「今、声に出していたぞ。」
「マジか。」
「盗聴など、する価値もない。」
「……。」
ザインの察しの良さには、たまに恐怖を覚える。
初めて、カリドで会った時を思い出した。
「ちょうどいい。俺も、カルディアへ行く用事がある。」
「あ?」
「バーの座標を送っておけ。時間もな。」
「……了解。」
俺の言葉を皮切りに、通信が切れた。
カイラが俺に向き直る。
「今夜、晩御飯はいらないね?」
「あ、あぁ。悪いな。」
「はは。いいよ。私も行こうか?」
「いや、大丈夫だよ。」
「了解。」といいながら、カイラが席を立つ。
そのまま、自室へと歩き出した。
「カイラ。」
「ん?どうしたの?」
「いや、カインへの説得。」
「……。」
「ありがとな。」
謝罪もなんだか違う気がした。
カイラは、ずっと支えてくれていた。
それに気付かない自分に、少しだけ腹が立った。
「ジュディ、今度。」
「ん?」
「いい子いい子して。」
それは、いったい何をすれば良いのだろう。
俺は、意味も分からず頷いた。
—
夜、いつものバーに着くと、ジャスはすでに席に座っていた。
背筋が伸びている。
煙草を片手にウイスキーを嗜んでいた。
悔しいが絵になるな。悔しいから本人には言わないが。
「早ぇな。」
「約束の十分前だが。」
「真面目かよ。」
「何か悪いのか。」
「いや……。」
俺も着席し、モスコミュールを注文する。
そのまま、煙草に火を付けた。
「早速だが、通話の件、詳しく聞いてもいいか?」
「あぁ。」
ジャスは、ウイスキーを一口飲んだ。
「ルイ・ベックの件に関しては、ただの魔石化による暴走として処理された。」
「……っち。」
思わず舌打ちしてしまった。
予想していたが、やはりパフパラの件は握り潰されたか。
「ってことは、ネルの件も同じようなもんか。」
「あぁ。アルカナ役員への直接介入は、現状カルディア政府では動けない。政治的な圧力が強すぎる。」
ジャスの声が、少しだけ低くなった。
「だが、俺個人として看過するわけにはいかない。」
「……ジャス。」
「次、何か動きがあれば連絡しろ。カルディア政府としては動けなくても、私個人としては別の話だ。」
「あんまり、やりすぎんなよ。」
俺は、ジャスへと視線を向けた。
ジャスは動じない。
覚悟の上なのだろう。
「お前が目立ちすぎて、アルカナに監視でも付けられてみろ。」
「……。」
「俺も、動きづらくなるぞ。」
「善処しよう。」
しばらくして、店の扉が開いた。
煙草の匂いが、先に入ってきた。
ザインだった。
「いい店だな。」
そう言いながら、俺の隣に腰を下ろす。
ビールを頼んで煙草に火を付けた。
喫煙者の行動は同じになるらしい。
「だろ?俺の行きつけの店だ。」
「あぁ。何より情報統制がいい。ここまで盗聴の類がないのは珍しいぞ。」
「仕事で使う場所だからな。」
俺は肩をすくめて酒を飲む。
ザインがジャスを見た。
「……ジャス・サイン。久々だな。」
「あぁ。」
二人の会話で、顔見知りだと分かった。
MANAの役員とカルディア政府、どんな繋がりなんだか。
三人分の煙が宙を舞う。
ジャス、俺、ザイン。
横並びでカウンターに座る俺達は、そのまま酒を飲んだ。
「どうも、不思議な組み合わせだな。」
ジャスが、新しい煙草に火を付けて言った。
「そうか?」
ザインが、短く返す。
「MANAの役員と、カルディア政府の人間と、ただの傭兵が同じ店にいる。」
「珍しいが、不思議ではない。」
「……まぁ、そうだな。」
「ただの傭兵……。」
何か俺だけグレード低くないか?
誤魔化すように、モスコミュールを一口飲んだ。
「ジャス、酒飲むんだな。」
「バーなのだから、当然だろう。」
「なんか、飲まなそうだったから。」
「失礼な奴だ。何度も飲んでるだろう。」
ザインが、グラスを傾けた。
そのまま、俺に向かって言葉を放つ。
「ジュディ。」
「……あんだよ。」
「気まずさで、中身のない会話をするな。」
「カイラの時は、そんなこと言わなかったじゃねーか。」
「お前、逃げてただろ。」
前置きなく、刺された。
ただ、こればかりは認めるしかない。
「……あぁ。そうだな。」
俺は、正直に返した。
「で、まだ逃げるのか。」
「通信でも言っただろう?もう、逃げねぇよ。」
ザインが、少しだけ俺を見た。
それから、グラスを俺の方へ向けた。
「なら、飲め。」
「っは。上等だ。お前も逃げんなよ?」
俺は、グラスを持った。
ジャスが、ため息をついた。
「……お前たちは、会話が乱暴すぎるな。」
ザインがその言葉に反応する。
「では、ジャスならなんと言うんだ。」
「もっと、順序立てて話すべきだろう。」
「遠回しに言っても、同じことだと思うが。」
ザインが、ビールを一口飲んだ。
「俺に言わせれば、酒で潰して楽にしてやった方が本人のためだ。」
「……そういうものか?」
「そういうものだ。」
ジャスが、手元のウイスキーを傾けた。
グラスの中の氷が、響いた。
「まぁ。『そういう話』は、俺には理解できない。」
しばらく、三人で飲みつつ会話を続けた。
話題は主にアルカナに関して。
三人とも目的は違えど、情報を欲していた。
ザインが、俺に対して忠告をする。
「ネル・クライスには、いずれまた動きがある。彼女は、一度興味を持ったら離れない。」
「……そうだろうな。」
「これは仮説だが、姿を変えて政府に告発したのは、お前に接触するためだと踏んでいる。」
ザインが、グラスを置いた。
「MANAとしても、ネル・クライスは厄介な部類だ。」
「まぁ、知ってるよな当然。」
「あぁ。ただ、お前と接触するメリットは何だ?」
俺は、グラスを回した。
「……たぶん、俺が異界の人間だから、か?」
少しだけ、声が出にくかった。
ジャスが、その言葉を聞いて目を見開いた。
「ジュディ。」
「なんだよ。」
「初耳なんだが。」
「言ってねーからな。」
「何故、言わなかった。」
俺は、何本目になるか分からない煙草に火を付けた。
ついでに空になった酒を追加で注文する。
「そう簡単に言うわけねーだろ。まぁ、ネルにはもうバレてそうだけどな。」
「……ネル・クライスが接触した理由が分かったよ。」
「なんか、分かりそうか?」
「いや、何も。」
「……。」
「……報告書に書けない情報が増えただけだな。」
……まぁ、そりゃそうだよな。
ザインの方を見る。
流石に、俺のことはすでに知っていたのだろう。
動揺した様子は見られない。
「ザイン。」
「あぁ。」
「カイラの研究は進んでいる。でも、MANAの設備がないと限界があるみたいだ。」
「だから、来るんだろう?」
ザインが、当然のように言った。
「……ああ。」
「ならいい。」
ジャスが、少し間を置いた。
「ジュディ。」
「なんだよ。」
「お前は、帰るべきだ。」
静かな声だった。
「今なら、戻れる。染まりきる前に。引き返せる時に引き返すべきだ。」
酒が入っていた。
ジャスが、こういうことを言うのは珍しかった。
「……ジャス。」
「なんだ。」
「それ、誰かに言われたのか。」
「……いや。」
ジャスが、ウイスキーを一口飲んだ。
「俺が、言うべき奴に言えなかった言葉だ。」
それ以上は聞かなかった。
聞くべきじゃない気がした。
ザインが、静かにグラスを傾けた。
「ジュディ。」
「なんだ。」
「帰ったとして、この世界はどうするんだ?」
意外な質問だった。
「……どうするって、なんだよ。」
「カイラ・ドゥーナや、サヤ・ウインドウはどうする?」
「……わかんねぇ。」
正直に言った。
「でも、今は帰ることを考えてる。」
「……形はどうあれ、筋は通せ。」
「……。」
「お前を、今まで支えていた事実は変わらないだろう?」
「……あぁ。」
ザインが、少し黙った。
「お前は、タラシだな。」
「止めろよ。そういうのじゃねーだろ。」
「いや、そういうのだよ。」
ザインが、口の端を少しだけ動かした。
笑ったのかもしれない。
ザインが笑うのは、珍しかった。
「……逃げないって誓うなら、飲め。」
「さっきも、言っていたぞ?」
ジャスが、静かにツッコんだ。
「飲め、以外の語彙がないのか。」
「別にあるが、今はこれでいいだろ。」
二人して好き勝手言いやがって。
俺は、グラスを口に運んだ。
—
バーを出たのは、夜の十一時頃だった。
カルディアの夜が、冷えていた。
ザインが、外の空気を吸いながら言った。
「ノヴァに来い。」
「分かってるって。」
「連絡しろよ。」
「……しつけーぞ。」
ジャスが、コートのボタンを留めながら言った。
「俺も、必要なら協力しよう。政府の名前は使えないがな。」
俺は、二人を見た。
「……ありがとうな。」
ザインが、何も言わずに片手を上げた。
ジャスが、小さく頷いた。
それぞれが、それぞれの方向へ歩いていく。
俺は、しばらくその場に立っていた。
ノヴァに行く。
エルナが死んだ場所へ、戻る。
まだ、怖い。
でも、もう一人で行くわけじゃない。
俺は、工房の方へ歩き出した。
カルディアの夜の灯りが、遠くに続いていた。
第七十七話、お読みいただきありがとうございました!
ザインとジャスとジュディ、三人が揃いました。
役員と政府と傭兵、共通点は煙草のみ。
信頼はしないけど、背中は預ける。
そんな渋めの関係がいいですね。
次回も引き続き間章です。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ザインがもう一回「飲め」と言います。
よろしくお願いします!




