第七十五話「カイラ・ドゥーナは甘えたい」
目が覚めたら、カイラがいた。
同じベッドではない。
部屋の入口に、椅子を持ち込んで座っていた。
膝の上に端末を乗せて、こちらをじっと見ている。
「あ。ジュディ、おはようございます。」
「……おはよう、ございます?」
声が、やけに穏やかだった。
なんか、怖い。
「……いつからいたの?」
「六時くらいからですね。」
「なんで?」
「なんとなくですね。」
なんとなくで、人の部屋に椅子を持ち込むな。
てか、なんで敬語なの?
起き上がると、カイラはすっと立った。
そのまま、自然な動作で俺の隣に座ってくる。
——ピトッ
何も言わず、くっついてきた。
え、なんで?
「……カイラ?」
「はい。」
「なんか、用だったか?」
「特には、ないですね。」
……特にないんだ。
笑ってはいる。
いつものカイラのようで、少しだけ違った。
目的というか、動機が見えない。
「カイラ。」
「なんざんしょ?」
「……近くない?」
カイラが、頭を俺の腕にぐりぐりと押し付けた。
腕を放す気配がない。
てか力強い。
「ジュディ。」
「うん?」
「私ね。今ね。」
「うん。」
「反動きてりゅ。」
カイラ、お前言語機能が……。
てか、反動?何?What?
意味が、分からなかった。
「……え?」
「反動がね。きてりゅの。」
「なんのですか?」
「全部の。」
カイラが、俺の腕に頭を乗せた。
そのまま動かない。
「二年間。」
「……はい。」
「二年間、私は頑張りました。本当に。」
「……。」
「これくらいは、許してください。今日だけ。」
これくらいとは。
まあ、腕に頭を乗せているだけだからな。
俺も、特に払いのける気にはならなかった。
しばらく、そのままでいた。
朝の光が、カーテンの隙間から入ってくる。
「……カイラ。」
「何でしょうか?」
「ありがとう。」
カイラが、すこしだけ身じろぎした。
「……ジュディ。なんかずるい。」
そうだろうか?
—
朝食は、俺が作った。
その間も、カイラはずっと後ろでくっついていた。
目玉焼きにベーコン、そしてトースト。
いつかエルナが、悪くないと言っていた朝食だった。
サヤが椅子を引いて、俺の向かいに座る。
「なんか、ましな顔色になったじゃん。」
「そうか?」
「目の下のクマ。取れてる。」
「……そんなに酷かった?」
「マジで酷かった。」
辛辣だが、あながち外れてもいない。
俺は何も言わなかった。
——ピトッ
カイラが、俺の膝の上に乗ってきた。
……これ飯の時も続くの?
「ジュディ。」
カイラが、フォークを持ったまま振り返った。
「あーんしてください。」
「……は?」
「あーんです。」
フォークに、ベーコンが一口サイズで刺さっている。
こちらに向けて、差し出している。
「……いや、自分で食べられるよ?」
「あーん。」
「だから……、」
「食えって。」
言葉、急に強くない?
押し負けるしかなかった。
——パクッ
やっぱり。
自分で食べるより、美味い。
前にも、似たようなことがあった気がする。
そういえば、あの時も俺は押し負けた。
「……っち。」
サヤが、トーストを置いた。
眉間に、皺が寄っている。
「ボンクラ。なにこれ?」
「……。」
「見るに耐えないんだけど。」
「ごめん。」
「なんで謝んのよ。」
「いや、なんとなく。」
「余計むかつくんだけど?」
そうだろうな、と思った。
目の前で人間二人がくっついていたら、まあ、落ち着かないだろうな。
でも、引き剥がせないんだよ。
「……カイラ、どいてもらえないか?」
「ダメでした?」
「ダメというか。」
「重かったですか?」
「重さの問題じゃなくて。」
どういう状況なんだ、これ。
俺は、サヤへと視線を移す。
「……。」
サヤは何も言わない。
視線が、痛かった。
「サヤ。」
「何?」
「助けて、いただけませんか?」
「……どうやって。」
「いや、わかんないけど。」
俺はひとまず、コーヒーに手を伸ばした。
……飲みづらい。
「てかさ。」
サヤが、唐突に口を開いた。
「エルナがいた時は、どうしてたのよ?」
「……どうしてたって?」
「こういう状況の時。」
俺は少しだけ過去を思い出す。
いや、こんな状況は今までにないんだけど。
「……睨んでたな。」
「睨んでた。」
「うん。殺気を感じてた。」
「睨むだけって……。相当優しい方よ、それ。」
優しいんだ。
でも、俺にどうしろと……。
サヤが、棒付きキャンディを口に入れた。
何も言わない。
ただ、明らかになんか釈然としない顔をしていた。
「……サヤさん?」
「あ?」
「……いや、なんでもないっす。」
聞かない方がいい気がした。
—
しばらくして、カイラが思い出したように声を上げた。
「あ、サヤ。」
「何よ。」
「いい解決策があるよ。」
なんだか、嫌な予感がした。
「嫌な予感がするんだけど。」
サヤも感じたらしい。
「サヤも、くっつけばいいんだよ!」
「……お願いします。やめてください。」
思わず敬語になった。
本気で、危機を感じた。
「……。」
サヤが俯いたまま何かを考えている。
いやいやいや、即答だろ。
「悪く、ないわね。」
「……なんでだよ。」
思わずツッコミを入れる。
サヤは、口元を歪めて俺の方を見た。
「ジュディ。」
「……はい。」
「どんな形であれ、埋め合わせが必要よ。あんたには。」
カイラが頷いた。
全然、理屈がわかんねぇよ。
そのまま、サヤが俺の左腕を掴む。
「あはは!固まってやんの。ざまーみろ。」
サヤが、飴を転がしながら言った。
いつもよりテンションが高い。
たぶん、サヤもサヤで、何か溜まっていたんだろう。
カイラとサヤが、笑っている。
俺は二人の間で、コーヒーを飲んだ。
工房の朝が、音を立てている。
帰ってきた朝は、悪くなかった。
—
午後になっても、俺は解放されなかった。
カイラは右腕を占拠し、サヤは左腕を占拠していた。
何かがおかしい。
ただ、二人とも笑っていたので、文句を言うタイミングを見失っていた。
面倒だったので、そのままガレスに通信を繋いだ。
昨夜の件を報告する必要があった。
画面が繋がる。
ガレスの表情は、いつも通りだ。
「……ジュディ。」
「何?」
「その、それは、何だ。」
ガレスの視線が、俺の隣に向いていた。
カイラが腕に頭を乗せていた。
反対側では、サヤが肩にもたれかかっていた。
棒付きキャンディを咥えたまま、目を閉じている。
「気にしないでくれ。」
俺はなるべく平静な声で言った。
「……ふむ。」
ガレスは数秒、黙っていた。
呆れているのか、状況を把握しているのか。
どちらとも取れる沈黙だった。
「まぁ、いいだろう。昨夜の件の報告を聞こう。」
「あぁ。」
一通り、話した。
ガレスは途中で口を挟まなかった。
最後まで聞いてから、腕を組む。
「……ネル・クライスか。」
「知ってるのか?」
「アルカナの役員だ。当然だろう。」
ガレスが、少しだけ間を置いた。
「本来なら関わるな、と言いたいところだが。」
「そりゃ、無理だな。」
「……あぁ。ただし、注意しろ。」
それだけだった。
深くは聞かなかった。
「……総じて、判断は悪くなかっただろう。」
「そうか?」
「ただ、しばらくは傭兵の仕事は受けるな。」
「何だよそれ。命令か?」
「いや、助言だ。ネル・クライスが動く可能性もある。」
ガレスが、少しだけ視線を落とした。
「判断はお前がしていい。その様子だと情報の整理も必要だろう?」
「……あぁ。まずは、MANAにコンタクトを取ろうと思う。」
「……そうか。」
「じゃ、また連絡する。情報料も、いつも通り送っておくよ。」
そう言って、通信を切ろうとした。
ガレスが、俺を呼び止めた。
「ジュディ。」
「なんだよ?」
「……ご苦労だったな。」
わざわざ引き止めて言うことかよ。
と言いかけて、止まった。
「それとな。」
ガレスが、少しだけ声のトーンを変えた。
感情がある声、とまでは言えない。
でも、いつもより一枚だけ薄い声だった。
「よく、帰ってきたな。」
言葉が、少し遅れて胸に落ちた。
カイラの腕に、わずかに力が入った。
気づいているのだろう。
サヤは何も言わなかった。
目を閉じたまま、肩に頭を乗せていた。
「……お見通しか?」
俺はなんとか、それだけ返した。
「お前は分かりやすい。情報屋でなくても分かるぞ?」
ガレスが、静かに言った。
「ではな。」
通信が、切れた。
画面が暗くなる。
カイラが、小さく息を吐いた。
サヤは、飴を口の中で転がした。
工房の窓から、カルディアの午後の光が入ってくる。
俺は、コーヒーカップを置いた。
もう冷めていた。
でも、不思議とまずくはなかった。
第七十五話、お読みいただきありがとうございました!
間章、はじまりました。
カイラの反動、すごいことになってましたね。
でも二年間本当に彼女は頑張りました。
でも、これだけは言いたい。
ジュディ、そこ変われ。
次回も引き続き間章です。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、あなたの部屋にも椅子を持ったカイラが待機しているかもしれません。
よろしくお願いします!




