第七十三話「こんな、嫌いな世界でも」
——引けば、終わる。
指先に、少し力を込めるだけでいい。
レールガンの銃身が、低く唸っていた。
照準は、怪物の胸部。
魔石の奥に、かすかに脈打つものがある。
そこにルイ・ベックがいる。
殺せば、止まる。
リオはそう言った。
実際、それ以外の方法はないのかもしれない。
「……。」
……別に、良くないか。このままでも。
『壊れればいい。こんな世界、いらない。』
ルイの言葉が、頭の中で反響していた。
それは、俺の言葉でもあった。
サヤとカイラの前で。
俺は、この世界をそう切り捨てた。
俺に殺しを強要した世界だ。
俺から大切な人を奪った世界だ。
クソだ。この世界は。
「ジュディさん。撃ってください。」
背後で、リオが言った。
「母体を破壊しなければ、感染が広がります。」
「……分かってる。」
「なら、早く。」
彼女の言うことは、正しい。
正しすぎて、吐き気がした。
引き金にかけた指が、動かなかった。
引くべきでないと、思った。
死ねばいい。こんな世界。
『私は、ジュディと出会えたこの世界が、大好きだ。』
「……。」
『私たちにとっては、今、必死に生きてる世界なんだよ。』
「……。」
『私はね。ジュディが、大事だよ。』
こんな世界。
いらない。
いらねーはずだろ。
「……ルイ。」
俺は、銃口を向けたまま、息を吐いた。
床に転がった魔石の四肢が、微かに震えている。
胸部の奥から、音がした。
獣の唸りのような、壊れた機械のような音。
でも、違う。
その奥に、まだ人間の呼吸があった。
ルイが、静かにこちらを見た。
まるで、安心したように。
「悪い。俺はお前を、殺す。」
「……ハイ。」
確かに、ルイは答えた。
少しだけ、笑っていた。
「ソレ、デモ……イイデス。」
「……。」
「アリガ…トウ。」
「……。」
……世界のためなんかじゃ、ない。
そんなもん、クソくらえだ。
ただ、こんな世界でも、俺を大切にしてくれた人たちがいた。
その人たちが、必死に生きていた世界だ。
その人たちのために、引き金を引いた。
——轟音。
レールガンの弾丸が、魔石の胸部を貫いた。
魔石の奥で、何かが砕ける音がした。
ルイが、絶叫した。
人の声ではなかった。
でも、確かに、その奥にルイがいた。
やがて、声は細くなった。
獣の咆哮が、青年の息に戻っていく。
「……おやすみ。ルイ。」
俺は、小さく言った。
届いたかどうかは、分からなかった。
—
床に落ちた魔石の欠片が、乾いた音を立てて崩れた。
しばらく、静かになった。
俺は、銃を下ろした。
煙と、薬品の匂いだけが残っていた。
「助かりました。」
リオが静かに、俺に言った。
俺は振り向いて、銃口をリオへと向けた。
「……何の、つもりですか?」
「とぼけんなよ。ばれてんの、分かってんだろ。」
「……あっは!」
リオが、鈴の音が鳴るように笑った。
そのまま、首筋に手をあてがった。
「……あ?」
リオの見た目が、変わっていく。
まるで、ディスプレイの映像を切り替えるように。
そこには、別人が現れた。
かつて資料で見た、見覚えのある人物だった。
腰まで長くボサボサの髪。
眼鏡をかけ、頬にはそばかすがあった。
どこか、気だるそうな雰囲気の女だった。
「はじめましてぇ~~~。」
「……。」
「あは!ビックリしてるぅ?」
女はフラフラと左右に揺れた。
銃口を向けられているというのに、まったく物怖じしない。
「ネル・クライスっていうのぉ~~。一応、アルカナの技術研究の責任者でぇす。」
「……知ってる。あんたは、有名だよ。」
「あっは!まぁ~~、役員だしねぇ。」
撃ちたかった。
今すぐ、この女の足を撃ち抜いてでも、膝をつかせたかった。
しかし、外にはカルディア政府がいる。
アルカナの役員に手を出せば、ジャスごと巻き込むことになる。
俺は、銃口を下ろした。
「おぉ~。お利口さんだねぇ~。」
「……お利口さんついでに、聞いてもいいか?」
「んふふ。いいよぉ~。私ねぇ~、話すの好きなのよぉ~。」
癪に触る物言いだ。
今は堪える。
「この行動の、目的はなんだ?」
「バイオテロだよぉ。色々、誤算があったけどねぇ。」
「誤算?」
「うん~~。本当はね?ウイルスはフィーレでばら撒くつもりだったのぉ。」
なるほど。
中毒者がここに押し寄せてきたのにも、合点がいった。
「そしたらねぇ?麻薬製造管理してたやつが優秀でさぁ?」
「……。」
「まさかぁ、製造拠点をカルディアに移すなんて思わないじゃ~~ん!」
本来は、フィーレで中毒者ごとウイルスをばら撒くつもりだった。
製造工場を潰し、フィーレごと混乱させる。
そういう算段か。
「じゃあ、本当にヤバかったんだな。」
「そうだよぉ~~。マジ助かったぁ。」
「……。」
「カルディアでウイルス拡散なんてしてみぃ?私、ゼノ社長に殺されちゃう~~!!」
そう言いながら、ネルはケタケタと笑った。
何が、そんなにおかしいんだ。
建物の出入口から、足音が聞こえてきた。
カルディア政府が突入してきたのだろう。
「私もねぇ?聞いていい~?」
「なんだよ。」
「あなたぁ、何者?」
ネルの表情から、笑顔が消えていた。
値踏みするような瞳で、俺を見る。
「何が聞きたいんだ?」
「企業に務めてたって言ったよねぇ?」
「……。」
「各企業のログを漁ってもね?あなたみたいな人、いなかったよぉ。」
異世界から来たと正直に言うのは、得策じゃない。
俺は、黙秘した。
「唯一引っかかったのはねぇ。傭兵のデータぁ。」
「……。」
「アルト・フェルン。でもおかしいのよねぇ。そいつ、デスに殺されてるしぃ~~。」
沈黙。
俺は、何も答えなかった。
「あっは!だんまりぃ~~?つまんな~い。」
「……他人の空似だよ。」
「嘘っぽぉ~!まぁ、いいやぁ~。」
突如として、脳内にメッセージが届いた。
ネルのID番号だった。
「それぇ~、私の連絡先ぃ。ゆっくり、今度は話そうねぇ~?」
カルディア政府が、奥の扉から入ってきた。
そのまま、ネルはカルディア政府の職員に囲まれながら、奥の扉へ消えていった。
俺は、その場で煙草をくわえた。
火は、つけなかった。
—
工場の外に出ると、ジャスが立っていた。
煙草に、すでに火をつけている。
俺も火をつけた。
二人で、しばらく黙って吸った。
カルディアの夜は、蒸気と喧騒で満ちていた。
暴動は、すでに政府が抑え込んでいた。
建物の中から、人が運び出されていく。
「……後処理は、こちらでやる。」
ジャスが、煙草を吸いながら言った。
「分かった。」
「ルイ・ベックの遺体も、政府で引き取ろう。」
「……頼む。」
俺は、煙草の煙を吐いた。
「ネルについてだけは、俺達は手出しができない。」
ジャスの声が、少しだけ落ちた。
「アルカナの役員だ。今回の件で証拠を固めても、カルディア政府の手は届かない。」
「……だろうな。」
俺は、煙草をふかしながら考えた。
どうにも、腑に落ちないことが多い。
「ジャス。」
「なんだ。」
「リオ。いやネルは、何故カルディア政府に告発したんだ?」
「……正直、分からない。」
……わかんねーのかよ。
「ただ、ネルという人物像は知っている。人を嘲笑うタイプだ。」
「政府の人間が言っていいのか? そんなこと。」
「構うものか。恐らく、カルディア政府をおちょくりたかった。そんなところだろう。」
「……そこまでされて、お前は黙ってんのかよ。」
ジャスが視線を落とした。
何かと戦っている。
そんな顔をしていた。
「……黙っているわけないだろう。」
「……そうか。」
「今日のところは帰れ。この後処理だけで手一杯だ。」
俺は頷いた。
歩き出そうとした瞬間、ジャスが言った。
「ジュディ。」
「あ?」
「今回の件、助かったよ。」
ジャスが、珍しく正面から言った。
「なんだよ。いつものことじゃねーか。」
「そうじゃない。」
ジャスが、少しだけ俺を見た。
「今度、ゆっくりと話そう。ネルのことも含めて。」
「……あぁ。」
俺は、煙草を地面に押し付けた。
バイクにまたがる。
カルディアの夜が、後ろに流れていった。
指先に、まだレールガンの反動が残っていた。
第七十三話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ルイとの決着回でしたね。
ジュディの選択は、矛盾しているようで、していないようで。
そして、リオの正体が判明しました。
ネル・クライス。
前の章でもちょっとだけ出てましたね。
ジュディの正体にも、少しずつ敵側の目が向き始めています。
ジュディ、他人の空似は無理があるよ。絶対。
次回、第五章の最終話です。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ネルのテンションが五割増しキャンペーン実施中。
よろしくお願いします!




