第七十二話「そうして彼は、苦しみを捨てる」
EVAirの中で、ジャスに通信を入れた。
「今カルディアへ向かっている。そっちの状況は?」
「最悪だ。」
「……何が起きてる?」
「カルディアに移管した製造拠点に、パフパラの中毒者が押し寄せてる。」
なぜ中毒者が押し寄せる?
誰かが情報をリークしたのか。
「……。」
「正直、暴動に近い。カルディア政府が抑え込んでいるが——」
「時間の問題か。」
「あぁ。急いでくれ。」
通信を切って、操縦パネルを操作した。
速度設定を書き換える。
法定速度の上限ギリギリ。
窓の外を、雲が流れていった。
—
座標の拠点に近づいた時点で、火の手が見えた。
着地して外に出ると、熱気がきた。
人の怒号が、遠くから聞こえる。
すでに、暴動が激化していた。
「……くそ。」
「ジュディ!」
駆けだそうとした瞬間、背後から声をかけられた。
振り向くと、ジャスとリオが立っていた。
「見ただけで分かる。想像より最悪だな。」
「あぁ。」
ジャスが、端末を見ながら言った。
「問題は、パフパラじゃない。」
「じゃあ、何だよ。」
「派生品だ。パフパラをもとにした感染型の薬がある。」
「感染型?」
「服用者の魔石化した体から、空気中にウイルスが拡散する。」
なんてものを作ってんだ。
冗談じゃねーぞ。
俺は、リオへと視線を移し質問をする。
「止める方法はあんのか?」
「……母体を殺すしかありません。」
俺は、上着のポケットから小瓶を取り出した。
白い錠剤が、数錠残っている。
「この錠剤は、効くのか?」
「予防にはなります。服用すれば、ウイルスへの感染は防げます。ただ——」
「母体には、効かない。」
「えぇ。」
俺は錠剤を一錠口に含んだ。
ジャスとリオにも、それぞれ一錠渡す。
「分かった。とにかく早急に止める必要があるってことだよな。」
「あぁ。」
「なぜ、カルディア政府は暴動を止めるだけに留まってる?麻薬そのものを抑えてしまえばいいだろう。」
「無理だ。」
「は?」
「パフパラは、アルカナの管轄だ。カルディア政府が手を出せば、組織そのものが危うくなる。」
「……クソの役にも立たねーな。」
「……すまない。」
ジャスの声が、珍しく沈んでいた。
俺はリオに目を向けた。
「中にいる中毒者を制圧して、薬品を確保する。判別はお前に任せる。それでいいな?」
「えぇ。構いません。」
駆けだそうとした瞬間、リオに呼び止められた。
「私も、行きます。」
「ダメだ。危険すぎる。」
「中の薬品を、私でなければ判別できません。」
「……。」
「それに、これは私が持ち込んだ情報です。最後まで見届けるべきです。」
リオの目が、俺を真っ直ぐ見ていた。
「……分かった。離れんなよ?」
カルディア政府に道を開けてもらい、工場の内部へ踏み込んだ。
—
内部は、煙と怒号が充満していた。
パフパラ中毒者が、複数こちらに向かってきた。
俺はリオを後ろに庇いながら、腕を広げる形で受け止めた。
「っ——」
一人が掴みかかってくる。
俺はその手首を押さえて、壁際に押し込んだ。
非殺傷弾を、足元へ。
——パン。
「ぐぁ——!」
男が崩れ落ちる。
また一人が来た。
リオの体を引き寄せながら、回避。
魔術を展開して、足元に電流を走らせた。
「あ——っ!」
二人が同時に硬直した。
廊下を抜けながら、奥へと進んだ。
リオは黙ってついてきた。
怯えているようには、見えなかった。
………………。
…………。
……。
建物の最深部。
扉を開けた。
——ルイが、立っていた。
右手に、注射器を握っていた。
針の先に、透明な液体が光っている。
パフパラは、粉か錠剤のはずだ。
それは違う。
「……ジュディさん。」
ルイが、こちらを見た。
「ルイ。それはパフパラじゃない。捨てろ。」
「……理由は、聞かないんですか?」
「ここにいる時点で、答えは出てるだろ。」
ルイが、少しだけ笑った。
覇気のない、あの笑いだった。
「もう、眠りたいんです。」
「……。」
「眠れば、会えるんですよ。親父にも、お袋にも、妹にも。」
俺は何も言えなかった。
「バカ野郎。お前、死ぬんだぞ。」
「えぇ。でも、家族に会えるならそれでもいい。」
「ルイ。それは、逃げだよ。家族がそんなこと望んでると思うのか。」
「——それは、あなたもでしょ?」
空気が、止まった。
ルイが、注射器を見た。
「でも、無駄死にじゃありませんよ。」
「……待て!」
俺は一歩、前に出た。
「ルイ、頼む。置いてくれ。」
「……頼む、ですか。」
「そうだ。頼む。」
「ジュディさんが、俺に。」
ルイが、注射器を見たまま、少しだけ動きを止めた。
「……あの人は言ったんです。」
「誰が。」
「苦しみを、意味に変えられるって。」
ルイの手が、震えていた。
恐怖か、怒りか、自分でも分かっていないようだった。
それでも、注射器を離さなかった。
「これなら、俺だけで終わらない。」
「……!やめろ!」
ルイが注射器を腕に刺した。
薬品が、体の中へと入っていく。
「ジュディさん。知ってますか?これはウイルスだそうです。」
俺は、動けなかった。
「お前、誰から、それを——」
ルイは答えなかった。
ただ、俺の横にいるリオへ、少しだけ視線を移した。
それが、答えだった。
一瞬、思考が冷えた。
リオ。
お前か。
だが、問い詰める時間はなかった。
「最高ですよ。家族にも会えて、世界に復讐もできる!!」
「会えてねーよ!それは幻覚だ!」
「でも、世界への復讐は、本物ですよ!!!」
ルイの声が、割れた。
「壊れればいい。こんな世界、いらない。」
ルイの腕に、魔石が滲んだ。
首に、胸に、広がっていく。
体が、大きくなる。
人の形が、崩れていく。
「……。」
「リオ。あれを、殺すしかないのか。」
リオが、答えた。
「えぇ。」
「くそったれ。」
俺はリオを自分の背中へと追いやった。
「下がってろ。」
魔石の怪物が、咆哮した。
人の声ではなかった。
それでも、かすかに混じっていた。
笑い声のような、泣き声のようなものが。
ルイの、声だった。
—
銃を引き抜いて、発砲した。
——パンパンパン。
弾が、魔石の表面で弾かれた。
通常弾では、傷一つつかない。
俺はリロードしながら後退する。
魔石の怪物が、腕を振るった。
地面が、抉れた。
俺は横に転がってそれを避けた。
膝をついたまま、弾倉を換装した。
電撃誘発弾。
怪物が再び腕を振るう。
俺は立ち上がりながら、その腕の下を潜る。
関節の裂け目を狙って、発砲した。
——パン。
誘発弾が、着弾した。
怪物がひるむ。
また一発。また一発。
関節を、繋ぎ目を、狙い続けた。
五発、着弾した。
俺は魔術を展開した。
五つの着弾点に向けて、電流を流す。
——バッコン!!
爆発が、連続した。
轟音が、室内に響いた。
煙が晴れた時。
怪物の四肢が、砕けて床に落ちていた。
しかし、まだ魔石が体を覆っていた。
胸部が、かすかに動いている。
生きている。
俺は懐に手を入れた。
引き抜いたのは、もう一丁の銃だった。
——レールガン。
俺の電撃魔術にのみ反応する、特注の魔力銃。
銃身が、低く唸った。
出力レベルを、三に設定した。
魔石の表層を貫き、中の命まで届く威力。
俺は、怪物の胸へと銃口を向けた。
引き金に、指をかけた。
第七十二話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ルイ・ベックの回でした。
家族に会いたかった。
眠りたかった。
でも、その苦しみを利用されてしまいました。
あと、ジュディがいろんな新武器を出してましたね。
何あれ。すごい。
次回、ジュディは引き金を引けるのか。
この世界を「いらない」と思っている彼が、何を選ぶのか。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ルイが少しだけ静かに眠れるかもしれません。
よろしくお願いします!




