第七十一話「製造工場」
気がついたら、魔法陣の中心に立っていた。
ヴェルトが、石造りの壁に背を預けていた。
暖炉の明かりも届かない場所で、ただ静かにこちらを見ていた。
「……見えたようだね。」
「……。」
「娘は、笑っていたか。」
俺は、すぐには答えられなかった。
エルナの記憶は、断片的だった。
映像というより、思いの方が強く流れ込んできた。
ヴェルトへの罪悪感。
アルトへの罪悪感。
俺への——。
胸の奥に、最初に来たのは悲しみじゃなかった。
——怒りだった。
ふざけるな、と思った。
エルナから母を奪い、父との時間を奪い、普通の少女として生きる時間を奪い、アルトを奪い、最後には命まで奪ったこの世界への憎しみだった。
俺のいた世界なら、と考えた。
普通の家庭に生まれて、学校に行って、友達がいて、恋に悩んで、失敗して、それでも普通に大人になれたかもしれない。
そんな当たり前すら、この世界は奪った。
でも、最後にエルナの言葉だけが残っていた。
——私は、ジュディと出会えたこの世界が、大好きだ。
受け入れられなかった。
こんな世界のどこが好きだったんだよ。
でも、その言葉だけは消えなかった。
「……笑ってました。」
そのまま、言葉を続ける。
この人にこれだけは、伝えないと。
「エルナは、あなたを愛していましたよ。」
「……っ。」
「……確かに、愛していました。」
ヴェルトは、しばらく何も言わなかった。
目を伏せて、少しだけ口を開いた。
「……そうか。」
それだけだった。
それで、十分だと思った。
「座標を、送ろう。」
ヴェルトが端末を操作した。
データが届く。
「今は、行き給え。」
ヴェルトが、静かに言った。
「今度でいい。ゆっくりと——娘について、語り合おう。」
俺は、頷いた。
「……はい。」
そのまま、地下の階段を上がった。
この世界をまだ、憎んでいた。
でも、エルナの言葉が胸の中でくすぶったまま、消えなかった。
—
フィーレの郊外。
座標が示したのは、住宅地から少し外れた一軒家だった。
木々の間に、ひっそりと建っている。
外から見れば、普通の民家だ。
錠剤を一錠、口に含んだ。
リオから受け取ったものだ。
ガレスの検査では問題なかった。
扉は、鍵がかかっていなかった。
中に入ると、生活の痕跡はなかった。
がらんとした部屋。
家具が一切ない。
玄関を抜けた先に、床に向かって下りる通路があった。
隠す気もない、ということか。
——セラムの、あの地下室を思い出した。
似ていた。
入り口の造りが、少しだけ。
気を取り直して、通路を下りる。
地下に広い空間が広がっていた。
機材の痕跡だけがあった。
床に、重いものを置いていた跡がある。
配管の取り外し跡。
薬品の匂いだけが、かすかに残っていた。
綺麗に片付いていた。
計画的な撤収のように思えた。
——ピピ
瞬間、脳内で通信を受信した。
「ジュディ!」
「なんだよ、今ちょうど——」
「カルディアに戻れ!今すぐにだ!」
ジャスの声だった。
普段の声と、明らかに違った。
「あ?」
「お前の……いや、私達の動きは筒抜けだった。」
「……どういうことだよ。」
「製造機材ごと、カルディアに移動してきている!」
俺は、空になった地下を見渡した。
「……っち。無駄足じゃねーか。」
「あぁ。早く——」
背後に、人影を感じた。
両足のストーンウェアに魔力を通す。
一瞬で、その場を横に離脱する。
——ブン。
空気が、鳴った。
振り返り、正体を確認する。
覆面をした男が、刀を振り切った姿勢で立っていた。
全部で、五人。
玄関側に二人、階段の上に三人。
バットが二本、刀が二本、銃が一丁。
プロじゃない。
動きで分かった。
でも、こちらを殺すつもりはある。
どうにも雑だ。
足止めか?
「ジャス。敵襲だ。後でかけ直す。」
「——っ。気をつけろよ!」
通信を切った。
銃を持った男が、引き金を引く前に動いた。
——ビッ。
「……っ!?」
俺は低く屈んで間合いを詰め、銃口を手で逸らす。
そのまま、膝を腹に入れた。
男が前かがみになる。
その隙に俺は男の銃を叩き落とし、自分の銃を抜いた。
——パンパンパン。
非殺傷弾が、男の肩と脚に沈む。
男は、そのまま床へと倒れた。
刀を持った二人が、両側から来た。
「……甘ぇよ。」
——ビッ。
左側の男の脚に向けて電撃を放ち、硬直させる。
右側から向かってくる男の刀をストーンウェアの右腕で掴んだ。
そのまま、刀をへし折り左手の銃口を顔面に向ける。
——パン。
「……っ。くそ、こいつ!」
「苛立つ前に、体は動かした方がいい。」
左側で棒立ちしている男に、そのまま銃口を向ける。
引き金を引いた。
——これで、あと二人。
バットの二人が、階段を駆け下りてくる。
俺は二人の眼前に魔術を展開させる。
——バチチ!
「がぁ!」
その隙に、一人目の男に距離を詰め右腕でぶん殴る。
ストーンウェアの出力を最大化させた一撃。
相手は、壁に向かって吹っ飛んでいった。
「……あぁ。」
二人目の男が、棒立ちしていた。
もう、戦意は感じなかった。
「悪いな。」
銃口を男へと向ける。
「た、頼む!見逃し——」
男が言葉を言い終わる前に、引き金を引いた。
男が崩れ落ちる。
五人。全員、動けない。
死者はいない。
俺は、胸ポケットから煙草を取り出してくわえた。
火はつけなかった。
そのまま、ジャスに通信を繋ぐ。
「俺だ。」
「無事か!」
「あぁ。敵を制圧した。座標送るから部下を寄越せ。」
「分かった。すぐに向かわせる。こちらもカルディアの座標を送る。急いでくれ。」
データが届いた。
地下の空気は、まだ薬品の匂いが残っていた。
また、エルナの最後の言葉が頭の中で鳴った。
答えは出なかった。
でも、出ないまま動き続けるしかなかった。
階段を上がった。
外の空気が、冷たかった。
フィーレの木々が、風に揺れていた。
カルディアへ、走った。
第七十一話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、製造工場へ向かう回でした。
エルナの記憶を見た直後のジュディ。
余韻に浸る暇もなくお仕事です。
さすが、元社畜。
今のジュディ、だいぶ仕上がっております。
もうそこら辺のチンピラでは止まりません。
そこまでになるのに、眠れない夜もあっただろうに。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、郊外の一軒家が手に入るかもしれません。
※地下室つき。
よろしくお願いします!




