第七十話「彼女の生きた道」
私、エルナ・クロイツは忌み子だった。
と言っても、それが分かったのは物心がついてからだった。
八歳の頃だったと思う。
定期健診の魔力検査で、異常なほど高い数値が出た。
——その日から、私は魔法使いになった。
いや、違う。
きっと、生まれた時からそうだった。
お母様は、私が生まれると同時に死んだ。
私の魔力が、お母様の体を魔石化させたのだと、後になって知った。
魔力が判明した直後、一切の外部との接触を禁止された。
毎朝、フィーレの礼拝堂へと足を運び魔力を放出した。
万が一人に出会ったときに、魔法使いだと悟られぬように。
それから約三年間、私はクロイツ家の一室で本と共に過ごした。
廊下から人の声が聞こえるたび、息を殺した。
私がここにいることを、誰にも知られてはいけないのだと思った。
普通に生まれることができなかったことが、申し訳なかった。
クロイツ家の顔に泥を塗ってしまった事実が。
お母様の命を、奪ってしまったことが。
お父様は、毎日部屋に訪れて抱きしめてくれた。
まだ、私を愛してくれている。
その事実が、余計に申し訳なかった。
ある日、お父様はいつも通りに私を抱きしめた後、言った。
「エルナ。君はもう、ここにはいられない。」
「え?」
「魔法使いという事実が、企業にバレてしまった。」
私の右手にそっと、端末を置いた。
「明日の夜に、この家を発ちなさい。必要なものは、そろえておくよ。」
「……分かりました。」
拒絶は、しなかった。
私にできることが他にないならば、やるべきだと思った。
お父様は、私に目線を合わせて言った。
「エルナ。」
「はい。」
「私達は、これから他人となる。君は裏切りものだ。」
「……。」
「私はね、エルナ。君を愛してなどいなかったよ。」
嘘だと、分かった。
その目には、涙が浮かんでいたから。
だから、私も嘘をつくことにした。
「お父様!」
「……なんだい?」
「わ、私は、逃げ出します。この家を。」
「……。」
「こ、こんな家。お父様なんて、大っ嫌いです。」
声が震えた。
うまく言えなかった。
それでも、お父様は少しだけ笑った。
「そうか。」
私は、そうして家を逃げ出した。
いや、逃がしてくれた。お父様が。
—
それからの生活は、楽ではなかった。
最初はフィーレで生活を試みた。
家を離れても、クロイツ家の近くにはいたかった。
なんて、未練がましい。
でも、私が魔法使いであることは、すでに周知の事実だった。
どこも、私を受け入れてくれない。
端末には、十分なお金が入っていたが、使う術すらなかった。
私は、ゴミ箱をあさりながら食いつないだ。
クロイツの名も、魔法使いの力も、空腹の前では何の役にも立たなかった。
そんな生活が限界に近づいた頃、彼に出会った。
アルト・フェルン。
私の初恋の男だった。
「お前が、エルナ・クロイツか?」
「……。」
「おい!」
——ペチ。
頬を叩かれた。
なんだこいつ、失礼ね。
「何よ!」
「お前が、エルナ・クロイツか?」
「……そうよ。」
あまり、名乗りたくはなかった。
自己開示が恐ろしいものだと、その時は身に染みて分かっていた。
「おし。じゃあ、行くぞ。」
「……?」
「本当は言っちゃいけねーんだけどな。」
煙草を胸ポケットから出し、吸った。
親指と人差し指で煙草を摘まむ、独特の吸い方だった。
「お前の、親父からの依頼だ。」
「……え?」
「内緒だぞ。」
「うん。」
そのまま、アルトは立ち上がり私に手を差し出した。
「……なに?」
意味が分からず、私はアルトを見上げた。
アルトは気まずそうに、目を反らした。
「ガキは、大人の手を握るもんなんだよ。」
「世の中に、そんな理屈ないわよ。」
「俺の理屈だよ。従えバカ。」
むちゃくちゃだと思った。
でも、その行動からは優しさを感じた。
そっと、彼の手を握る。
……暖かかった。
—
それからは、アルトと二人で過ごした。
アルトは、あるクランのリーダーだったらしい。
彼の周りには、多くの人が集まった。
「正直な。俺は俺以外の生き方を知らねぇ。」
「……。」
「だから、俺の生き方しか教えらんねーぞ?」
「わかった。」
素直に頷いた。
生きていけるなら、それだけで有難かった。
「エルナ。」
「何?」
「俺の生き方ではな。」
「うん。」
「辛かったら、泣くんだぞ。」
「わかった。」
「……青臭くねぇガキだな。」
そこからは、彼なりの生き方を教わりながら仕事をこなした。
魔法使いとして生きていく工夫も、私なりに身に着けた。
そんな生活が、三年ほど続いた。
アルトを家族と思い、愛するには十分な時間だった。
「アルト。」
「あんだよ。」
「好きなんだけど。」
「何が?」
「アルトが。」
かなり勇気を振り絞った。
アルトは、煙草をふかしながら頭を抱えた。
口元が少しだけにやけていた。
「エルナ。」
「はい。」
「俺は、巨乳が好きだ。」
最低だった。
本当に、マジで最低だった。
「もっと育ってから出直しな。」
「……。」
「俺はモテる。競争率は高いぞ?」
そう言って、彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
最低で、馬鹿で、優しい人だった。
私は、そんな時間ごと好きだった。
—
そんな好きだった時間は、唐突に終わった。
MANAから受けた、雇われ兵としての依頼。
それは、アルカナとの全面的な紛争だった。
アルトは、私をかばってデス・トゥルエレに殺された。
——首が飛び、雪原に落ちた。
私は、それを抱きしめた。
冷たかった。
あんなに暖かかった手の持ち主が、もうどこにもいなかった。
生まれて初めて、泣いた。
—
私は生きているだけで、人から何かを奪ってしまう。
お父様からは、お母様と、普通の子供との人生を奪い。
アルトからは、未来の人生そのものを奪った。
——限界だった。
もう、人から奪いたくなかった。
私を大切にしてくれた人に、何かを与えたかった。
私はアルトを復活させるための研究を始めた。
彼に、何かを返したかった。
彼からもらった命を、彼に返せるのなら。
それだけが、私を動かしていた。
理論の構築には、二年かかった。
この世界で失ったものを、この世界で取り戻すことはできなかった。
だから私は、外側を見た。
異世界から、同一素体となる肉体を召喚する。
その肉体に、アルトの記憶を移植する。
完璧な理論だった。
そう思いたかった。
—
召喚は、見事に成功した。
一点の懸念材料を除いて。
召喚したアルトは、若すぎた。
見た目が私よりも幼い。
「……こ、こんにちは。」
開口一番が、それだった。
違う。
彼は、そんなふうに笑わない。
そんなふうに怯えない。
ましてや、私に敬語なんて使わない。
落胆した。
苛立ちもした。
それでも、彼を信頼させる必要があった。
私は彼の望みを叶える建前の裏で、研究を続けた。
けれど、話せば話すほど、奇妙な感覚があった。
アルトではない。
でも、アルトの若い頃を見ているようでもあった。
私は、失った時間を取り戻しているような錯覚にすがった。
胸の奥にある罪悪感から、目を逸らしながら。
—
彼がアルトではないと最初に思ったのは、リアの爆弾を解除してほしいと言われた時だった。
「僕が僕でいるために、必要なことなんです。」
そう言って頭を下げる彼は、アルトではなかった。
こんな世界で。
自分の帰る場所があるのに。
それでも、目の前の不幸を見過ごせない。
そこには、確かに彼自身の意思があった。
「重てぇよ。クソじじい。」
彼は、この世界で友を失った。
人の親を撃った。
それでも、立っていた。
捨てるのではなく、目を逸らすのでもなく、背負った。
——彼は、ジュディだった。
目の前の不幸を見過ごさない。
被害者であることを言い訳にしない。
加害者であることに心を痛め、それでも進む。
そんな、一人の男だった。
「苦しむんだよ、セラム。俺たちは、『今』を生きてるんだ。」
ジュディの言葉に、私の胸は締め付けられた。
セラムと向き合った時、私はようやく気付いた。
——あれは、私だった。
奪われた側でありながら、奪う側にもなってしまった人間。
苦しみに耐えられず、誰かの人生をねじ曲げようとした人間。
私に、彼を止める権利はなかった。
けれどジュディは、進んだ。
思いを否定するためではなく、苦しんでも今を生きろと伝えるために。
私は、救われてしまった。
同時に、私の罪が重く、重くのしかかった。
「今、俺が君と出会えたことは、本当によかったと、今なら思えるんだ。」
誤算があった。
私は、彼を愛してしまった。
あまつさえ、言葉にしてしまった。
愚かな女だ。
胸が痛かった。
嫌われたくなかった。
真実を告げれば、きっと軽蔑される。
それでも、黙ったまま彼の隣にいることも、もうできなかった。
——バカで、汚くて、なんて醜い心。
それでも、今を大切にしようと思った。
だからこそ、ジュディを絶対に元の世界に帰すと誓った。
もう、奪わない。何も。
本当に、何も。
「でも、今、信じると決めた。」
真実を告げてなお、彼は言った。
なんで。
なんで、そんなことを言えるの。
何も言葉にならなかった。
ただ、この人のために生きようと思った。
それが私の幸福だとさえ感じた。
ジュディは、そんな考え絶対に許さないだろうけど。
—
だから、あの選択は必然だった。
彼のためなら、こんな命くらい安いものだ。
きっと、彼は怒るだろう。
それでも、私はそう思ってしまった。
奪ってきた命が、誰かのために——しかも、愛した人のために使えるのだ。
こんなに幸福なことは、ない。
「悪くない、人生だったわね。」
そう。
悪くない人生だった。
私は、この世界に拒絶されていた。
それでも、私はこの世界が好きだったと胸を張って言える。
お父様がいた。
アルトがいた。
ジュディがいた。
私と関わり、私の居場所を作ってくれた人たちがいた。
あんなに優しくて、暖かい人たちに出会えた世界だから。
——ジュディが、大好きだ。
私は、ジュディと出会えたこの世界が、大好きだ。
本当に、大好きだった。
第七十話、お読みいただきありがとうございました!
エルナの記憶回でした。
ちょっと長かったですね。
すみません。
でも、ここはどうしても削れませんでした。
エルナがどう生きてきたのか。
なぜジュディを召喚したのか。
そして、最後に何を思っていたのか。
ようやく書けたよ。
あと、エルナ可愛すぎない?
明日も20:10に更新予定です!
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