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第六十九話「親」

「エルナの傍にいた。あの時の青年か。」


ヴェルトが、低い声で言った。


「……はい。」


俺は、正直に答えた。

ごまかしても意味がない。

この人には、通じない気がした。


ヴェルトが、椅子に深く背を預けた。

暖炉の火が、部屋を静かに照らしている。


「エルナが亡くなったことは、もう知っているよ。」

「……そうですか。」

「正直、君を殴りたいくらいだ。」

「……え?」


思わず、ヴェルトを見た。

その瞳には、確かに悲しみと怒りが混在していた。


「君は、エルナの死に目にあったのだろう?」

「……えぇ。」

「娘は、なんと言っていた。」


問いではなかった。

答えを、求めていた。


「俺のままで、生きてほしいと。」


ヴェルトが、少しだけ目を伏せた。


「……そうか。彼女は『選んだ』のだな。君を。」

「……。」


その言葉が、胸に刺さった。

感情と思考が追いつかない。

いったい、何なんだ。


「少し、混乱しているね?」

「正直、訳がわかりません。だって二年前のあなたは——」

「付いてきたまえ。」


俺の声を遮るようにヴェルトは立ち上がった。

そのまま、部屋の扉へと歩き出した。


俺は、少しの間だけ取り残されていた。

それでも、立ち上がって後を追った。







案内されたのは、広い寝室だった。

ヴェルトの自室だろう。


部屋の隅、棚の上に違和感があった。


「……これ。」


思わず、そこへ近づく。

写真だった。

エルナの写真が、多く飾られていた。


幼い頃から、恐らく家を出るまでの間。

成長を記録した写真が、静かに並んでいた。


俺は、ヴェルトに振り向いた。


「あなたは、エルナを愛していたのですか。」


ヴェルトは、しばらく写真を見ていた。


「……当然だ。子を愛さない親などいるものか。」



低い声だった。

怒りではない。

けれど、責められているような気がした。


「では、なぜ——あの時。」

「クロイツ家は、名家だ。」

「……えぇ。」

「名家であるほど、許されないものがある。魔法使いの娘を、当主が表立って庇うことはできなかった。」


ヴェルトが、幼いエルナの写真に目を向けた。


「私にできることは、この家から逃がしてやることだけだった。」

「……。」

「その後も、監視という名目で影から護衛を付けていたよ。娘がギルドに登録してからは、難しくなったがね。」


二年前、去り際に感じた違和感が、ようやく形を持った。

ヴェルトは、確かにエルナを愛していた。


その事実が、余計に俺を苦しめた。


「俺は……。」

「……。」

「あなたに殺されても、文句は言えません。」


瞬間。

ヴェルトが、俺の胸ぐらを掴んだ。

その手が、震えていた。


「随分と腑抜けだな。君は。」

「……申し訳——」

「そうではない。」


ヴェルトの声が、低く落ちた。


「娘が君に託したものを、君自身が投げ捨ててどうする。」

「……。」

「娘の思いですら、君は殺すのか?」


ヴェルトの手に、力が入った。

シャツのボタンが、弾けた。


「……それは?」


ヴェルトの視線が、俺の胸元で止まった。


そこには、宝石があった。

エルナが死んだ時、俺の右手に握られていたもの。

あれから二年間、肌身離さず身につけていた。


「……これは、おそらくエルナの物です。」

「……そうか。」


ヴェルトが、俺の胸ぐらから手を離した。

そのまま、俺の目を真っ直ぐ見る。


「場所を、移そう。」







地下への階段は、石造りだった。

使用人も、誰もいない。

暖炉の明かりが届かないところまで来ると、ヴェルトが手をかざした。

石の壁に、青白い光が灯る。


何かの魔術か?


「クロイツ家には、代々受け継がれてきた魔術がある。」


ヴェルトが、歩きながら言った。


「生まれたばかりの子に施す、秘術だ。」

「……それは、どんな?」

「死の際、その者の記憶が宝石へと変換される。」


俺は、胸元の宝石を、無意識に手で押さえた。


「その宝石を、特定の魔法陣で起動すれば——一度だけ、一人に記憶を見せることができる。」

「……一度だけ。」

「そうだ。二度目はない。」


階段を下りきった先に、広い空間があった。

石の床に、複雑な魔法陣が刻まれていた。

中央に、台座のようなものがある。


「かつて、クロイツ家は敵が多かった。暗殺も珍しくなかった。」


ヴェルトが、魔法陣の縁に立ちながら言った。


「死んでも、思いだけは残せるように。編み出された秘術だ。」


俺は、魔法陣を見下ろした。

刻まれた紋様が、淡く光っていた。


「君がここへ来た理由は、分かっている。」


ヴェルトが、こちらを見た。


「パフパラの製造拠点を探している。そうだろう?」

「……えぇ。」

「製造工場の目星は、既についている。座標を教えよう。」


俺は、顔を上げた。


「ただし、交換条件がある。」


ヴェルトが、台座を指した。


「君が、この魔術でエルナの記憶を見ろ。」


沈黙があった。


「……なぜ、俺が。」

「エルナが、君を選んだからだ。」


答えが早かった。

まるで、ずっと前から決めていたかのように。


「今の君は、エルナを知るべきだ。」


命令ではなかった。

でも、言葉には確かな重さがあった。

願っているのだと、分かった。


「私は、娘を表立って愛せなかった。それは変わらない事実だ。」


ヴェルトの声が、少しだけ低くなった。


「だが、死んだとしても、娘の幸せを願っている。」


暖炉の明かりが届かない地下で、ヴェルトの表情は読めなかった。

ただ、声だけが静かに聞こえた。


「君が見ることで、娘も報われると信じている。」


俺は、宝石を見た。

ずっと持ち歩いていたのに、これが何なのか知ろうともしなかった。


知るのが、怖かったのかもしれない。


「……分かりました。」


魔法陣の中心へ、歩いた。

台座の上に、宝石を置いた。


瞬間。


光が、広がった。

自分の体が、光に包まれていくのが分かった。


ヴェルトの姿が、遠くなった。

地下の石の空間が、遠くなった。


何かが、始まろうとしていた。

俺が、知ることを避け続けていた、エルナの時間が。





第六十九話、お読みいただきありがとうございました!


今回はエルナのパパンである、ヴェルトとの対面でした。


二年前は「なんだこの親父」と思った方もいるかもしれません。

当時は「誤解しないでね」と思いながら書いてました。


次回、エルナの記憶回です。

ちょっと長いです。


明日も20:10に更新予定です!

ブクマやコメント、評価をいただけると、エルナパパンの優しさオーラが三倍増しになります。

よろしくお願いします!

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