第六十七話「自分と似た青年」
いつものストーンウェア専門店。
グレイの店は、相変わらず衛生的とは言えなかった。
「両足の調子はどうだ?」
グレイが俺の右脚をメンテナンスしながら聞いてきた。
後になって気付いたが、グレイは作業の際は眼鏡を外している。
普段から外せばいいのに……。
「あぁ、悪くない。魔力の伝達が段違いで早い。前より格段にいい。」
「そうか。」
実際、この前はパフパラの売人を捉える際にかなり役立った。
両足を切断して換装するだけの価値はあったな。
「ただ、もう少し出力上げられないか?瞬間的な馬力がほしい。」
「そうなると耐久性に課題がある。我慢しろ。」
「……右腕みたいにオーバークロックすればいけそうだけどな。」
「この強化脚を換装してから、まだそれほど経っていないだろう。まずは今のを身体に馴染ませろ。」
「……わかったよ。」
グレイがパーツのスキャンをかけた。
数字が端末に並ぶ。
「あと、スキャナーの換装も考えてる。バイオストーン製でいいのないか?」
義手の方を見ながら言った。
グレイの手が一瞬だけ止まった。
「あるにはある。だが、眼球を入れ替える必要があるぞ。時間もかかる。」
「じゃあ、手配しておいてくれ。」
「……。」
グレイが、静かに息を吐いた。
「……あんまり積みすぎるなよ。」
「何がだよ。」
「ストーンウェアをだよ。魔石化が進むぞ。」
「はいはい。何回目だ?その話。」
グレイが、こちらを一瞥した。
「お前のような奴は、よくいるよ。」
「あ?」
「ストーンウェアで体を入れ替えれば、自分でなくなる感覚があるんだろう?」
どこか芯を食った言葉に、俺は何も言えなかった。
グレイは、そのまま続ける。
「ジュディ。それは逃避にしかならない。」
「お前は儲かるんだから、いいだろ?」
「……これは商売の話じゃない。お前を心配しているという話だ。」
「……あぁ。」
それ以上は言わなかった。
工具が動く音だけが、しばらく続いた。
—
メンテナンスが終わると同時に、リオから通信が入った。
ルイ・ベックの住まいの座標だった。
カルディアの外縁に近い住宅街。
石造りの建物が並んでいる。
バイクを止めて、番地を確認する。
三階建ての集合住宅だった。
外壁に蔦が這っていた。
郵便受けに、いくつかの名前が貼られている。
その中に「ベック」という文字を見つけた。
階段を上がって、ドアの前に立つ。
ノックをした。
少しして、扉が開く。
中から、青年が顔を出した。
髪は短く、体つきは筋肉質だった。
ストーンウェア技工士の作業着を着たままだった。
目が、どことなく虚ろだった。
体格の割に、覇気がない。
「……あんたが、ジュディ?」
「そうです。あなたが、ルイ・ベック?」
「えぇ。……随分と、若い方が来ましたね。」
ルイが、扉を大きく開けた。
「どうぞ。」
部屋に入ると、広かった。
家族で住んでいたのだろうということは、すぐ分かった。
棚に、小さな靴が並んでいた。
女性のコートが、まだハンガーにかかっていた。
食卓の椅子が、四つある。
しかし、荒れていた。
床に洗濯物が出たままになっている。
シンクに皿が溜まっている。
窓が、ずっと閉まっているらしかった。
急に、広い場所に一人で残されたという感じがした。
「……座ってください。」
ルイが、椅子を一つ引いた。
俺は腰を下ろした。
ルイは向かいに座って、端末を一度だけ見た。
それから、テーブルの上に置いた。
「ジャスさんから話は聞いてます。パフパラの件で、俺に話を聞きたいって。」
「あぁ。知っていることを聞かせてもらえれば。ゆっくりでいい。」
「……。」
ルイが、少しだけ窓の方を見た。
「家族が、パフパラで死にました。」
静かな声だった。
「ヴェーラへの出稼ぎ中に、ハマってしまったみたいです。戻ってきたら全員いなかった。」
「……。」
「両親と、妹。三人。全員、です。」
ルイが、端末のふちを指で叩いた。
規則的なリズムだった。
「パフパラに関して、何か……知っていることは?」
「はい。売人と、接触しました。」
「……接触?」
「えぇ。俺も、家族を奪ったものの正体を知りたくて。」
「実際に買ったと。」
ルイは、俯いた。
その瞳には、静かな怒りが見えた。
「買うついでに、なんとか少しだけ話を聞き出せたんです。」
「売人は、なんて?」
「パフパラは、フィーレで製造されていると……。売人も半信半疑のようでしたが。」
「十分です。ありがとう。」
俺は、端末にメモを入れた。
「その買ったパフパラは、どうしました?」
「そんなもの、捨てましたよ。持っていたくもない。」
そのとき、音がした。
低い、情けない音だった。
ルイの腹の音だった。
ルイが、少しだけ眉を寄せた。
俺は、誤魔化すように口を開く。
「……ごめん。多分、俺の腹の音だ。」
「……。」
「飯、行かない?」
俺が言うと、ルイが一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑った。
覇気はなかったが、確かに笑っていた。
「……はい。」
—
ルイが案内したのは、住宅街の奥にある路面店だった。
小さいが、地元の人に愛されている、そんな印象。
串焼きと、酒を売っていた。
テラス席に通され簡単に注文をする。
俺はモスコミュールを頼み、ルイはモヒートを頼んだ。
「酒飲むのか。まだ若いだろ。」
「……あなたに言われたくないんですけど。」
「え?」
「同じ年くらいですよね?年下かも。」
「……。」
確かに、俺も見てくれでは二十くらいか。
串焼きを齧りながら、しばらく黙って飲んだ。
蒸気が夜の空気に溶けていく。
遠くで、機械の動く音がした。
「……モスコミュール、好きなんですか。」
ルイが、自分のグラスを見ながら言った。
「あぁ。一人の時は、よく頼むよ。」
「俺、モヒートなんですよね。」
「ライム系だな。」
「……似てますね。」
「何が。」
「飲み方。」
俺は何も言わなかった。
ルイが、串焼きを一口食べた。
「……ジュディさんも、誰か、失ったことありますか。」
突然の問いだった。
でも、不自然ではなかった。
俺も彼を分かるように、彼も俺のことが分かる。
根拠なんてなかった。
でも、そういう感覚があった。
「あるよ。」
俺は、モスコミュールを一口飲んだ。
「……大事な人だった。とても。」
「そうですか。」
ルイが、グラスを両手で持った。
その手が、少し震えていた。
「俺さ、」
ルイが、空を見た。
「なんで言ってくれなかったんだって、ずっと思ってるんですよ。親父も、お袋も。」
声が、少しだけ揺れた。
「苦しかったなら、言えよって。助けを求めればよかったじゃないかって。なんで、黙ってたんだよって。」
俺は何も言わなかった。
「……分かってるんです。言えない理由があったんだろうって。でも、それでも——」
ルイが、口を閉じた。
しばらく沈黙が続いた。
「俺も、大事なやつのことは最後まで分からなかったな。」
俺は、煙草を取り出しながら言った。
「……そうですか。」
「あぁ。でも、もう知りようがない。」
煙草に火をつけた。
煙を吐いた。
「結局さ。」
「……?」
「向こうの事情とか、理由は分かんないけど。こっちの望みは一つだよな。」
「望み?」
「……もっと、一緒にいたかった。」
「……そうですね。一緒に、いたかった。」
ルイがグラスを傾けた。
もう一度、その手を見た。
震えていた。
酒のせいにするには、少し早かった。
怒りで震えているのだろうと、最初は思った。
でも、それだけではない気がした。
うまく言葉にはならなかった。
「……うまいですね。モヒート。」
ルイが、話を変えた。
「奢りだからか?」
「はは。まさか。でも、そうですね。それもありますね。」
「……おい。」
ルイが、少しだけ年相応に見えた。
まだ二十歳の青年だ。ふざけたい年頃だろう。
「ジュディさんのも、うまそう。」
「……飲みたいのか?」
「ちょっとだけ、いいですか?」
グラスを渡すと、ルイが一口飲んだ。
「……あ、うまい。」
「だろ?」
「でも、ちょっと甘めっすね。」
「……。」
ルイが、少しだけ笑った。
さっきより、少し柔らかかった。
二人でしばらく、黙って飲んだ。
カルディアのネオンが、街を照らしていた。
悪くない夜だった。
それでも、ルイのグラスを持つ手の震えだけが、頭に残った。
第六十七話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、ルイ・ベックという青年に会う回でした。
ジュディはこの世界に馴染んだのか、
同じ年くらいの相手には少しずつ口調が砕けるようになりましたね。
(中身おっさんだけど。)
モスコミュールとモヒート。
僕は全然違いがわかりません。
すみません。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、今夜のお酒が美味しくなるかもね。
よろしくお願いします!




