第六十六話「都合のいい内通者」
朝食は、三人で取ることになっていた。
カイラが決めたルールだ。
俺が文句を言う前に、「絶対」と言われたので従っている。
今朝はスクランブルエッグと、薄切りのトーストだった。
カイラが作った。
エルナがいた頃とは、少し違う朝だった。
「サヤ。今日の予定は?」
カイラがコーヒーカップを両手で包みながら聞いた。
「バッツと仕事。情報強奪の依頼が入ってる。」
サヤが、トーストを噛じりながら答えた。
「……情報強奪。」
俺は、トーストを置いた。
「それ、止めろ。」
「は?」
「危ないだろ?」
サヤが目を丸くしてこちらを見る。
信じられないという顔をしていた。
「あんたに、言われたくないんだけど。」
「……心配、なんだよ。」
「大丈夫よ。バッツもいるし。」
「分かってんのか、本当に。」
サヤが、トーストを置いた。
どことなく、空気が緩んだ気がした。
「……うざい。親かっての。」
それで終わりだった。
言い返す気にもなれなかった。
カイラが、コーヒーを一口飲んで口を開いた。
「研究の進捗なんだけど。」
声のトーンが少し落ちた。
「転送距離の問題が、やっぱりネックで。MANAと暗号通信だけだと、やり取りできる情報に限界があるの。」
「……。」
「ジュディ。」
カイラが、俺を真っ直ぐ見た。
「私、やっぱり一度は直接会うべきだと思う。」
「……。」
「ジュディ。お願い。」
俺は、少しだけ考える。
自然と、『行かない』理由を探してしまっていた。
分かっているのに、どうしても足が向かなかった。
だって、あそこは、ノヴァは……。
「協力関係は、お互いに情報を出し合ってこそだ。今のままだと、こっちが一方的に受け取ることになる。それは、フェアな契約じゃない。」
サヤが、俺を訝しげに見た。
「ペラペラと……。言い訳だけは一丁前ね。」
「何が言いたいんだよ。」
「逃げんなって言いたいのよ。」
「サヤ。」
カイラが、突如として間に入った。
「言い過ぎだよ。ジュディに『ごめんなさい』できる?」
「……っぐ。」
あ、辛そう。
サヤが、ぎこちなくこちらを向いた。
「……ごめな、さ。」
最後まで言えていなかった。
でも、それが今のサヤなりの譲歩なんだろう。
……でも、そうだな。
逃げ続けるのも、もう限界だろう。
「……考えておくよ。」
その言葉で、カイラが少しだけ目を輝かせる。
「本当に?」
「今受けている依頼が、片付いたらな。」
「絶対だよ?」
「絶対だ。」
カイラが、少しだけ息を吐いた。
サヤは何も言わなかった。
「それで、ジュディはこの後どうするの?」
俺は、コーヒーを一口飲んだ。
「麻薬の案件を追うことになった。」
カイラの顔が、少し歪んだ。
「……本当に大丈夫なの?」
「アルカナの情報も手に入るかもしれない。内部と繋がれる可能性もある。」
「……答えになってないよ。」
カイラの体が少しだけ震えていた。
本当に、心配してくれているのだと分かった。
「大丈夫だよ。無理はしない。」
「絶対だからね?」
カイラが、静かに言った。
サヤは、飴を口に入れて窓の外を見ていた。
「ほら。人のこと言えないじゃん。」
「……。」
「こっちが心配してないって、思ってんの?」
俺は、黙ってトーストの残りを口に入れた。
三人分の食器の音だけが、しばらく続いた。
—
リオ・サーンが指定した場所は、都心の外れにある小さなカフェだった。
入口から奥まった席。
昼間でも薄暗くて、他の客の声が届かない。
ここなら聞かれる心配もない、という判断だろう。
彼女は、俺より先に来ていた。
髪を後ろで束ねた女だった。
年齢は二十代半ばくらいか。
テーブルの上に端末を一台置いて、こちらを見た。
目付きが鋭かった。
「ジュディさんですね。」
「そうです。初めまして。」
向かいに座る。
リオが、静かに口を開いた。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。リオ・サーンと申します。」
丁寧な口調だった。
淀みがない。
でも、服装の所々に無頓着な着こなしが感じられた。
どうにも、口調と身なりにアンバランスさを感じる。
「ジャスさんからは、ある程度お聞きになっていますか?」
「一応は。でも、概要だけです。詳しい話を聞かせてもらっても?」
「承知しました。」
リオが、端末をスクロールした。
「パフパラの研究は、アルカナ内部の一部門で行われていました。私はその部門に近い位置で仕事をしていた。被験者データを見たのは、半年ほど前です。」
声に感情がなかった。
報告書を読み上げているみたいだった。
「それで、なんでわざわざタレコミを。」
「人道に反していると判断しました。こんなのは、人のすることじゃない。」
「……。」
俺は、煙草を取り出した。
「……いいですか?」
「どうぞ。」
煙草に火をつけて、一口吸う。
リオが、端末から目を上げた。
「流通ルートは、私では把握できていません。研究段階までは分かりますが、それ以降は別のラインで動いていました。」
「まぁ、そうでしょうね。麻薬の流通なんて他部門に言うわけがない。」
「はい。ルートを追うには、現状被害者に当たるしか方法がありません。」
「目星はついているですか?」
「はい。」
少しだけ、間があった。
「ルイ・ベック。二十歳の男性です。ヴェーラへの出稼ぎ中に家族全員がパフパラで亡くなっています。帰国後、カルディア政府に陳情に来た記録がある。現在は捜査協力者として登録されています。」
よく調べていた。
タレコミをした人間にしては、少し踏み込んだ情報量だった。
「ルイ・ベックと、あなたはどういう関係ですか。」
「接点はありません。政府の資料で知りました。」
答えが早かった。
俺は煙草を吸いながら、リオを見た。
嘘をついているようには見えなかった。
でも、どこか引っかかった。
うまく言葉にはならないが。
「一点、お渡ししたいものがあります。」
リオが、ジャケットのポケットから小瓶を取り出した。
中に、小さな錠剤が入っていた。
「パフパラの製造拠点に行く場合、空気中の成分を吸うだけでも危険です。製造拠点に近づく場合は、これを服用してください。成分の効果を一定時間抑制できます。」
「……。」
俺は、小瓶を受け取った。
白い錠剤だった。
「成分を聞いても?」
「資料をお送りします。」
リオが、端末を操作した。
「以上です。何かご不明な点はございますか?」
「……今のところは大丈夫ですね。」
俺は、煙草を灰皿に押し付けた。
「では、何卒よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。進展があれば連絡します。」
「……。」
リオが、少しだけ戸惑っているようだった。
「随分と、礼節をお持ちなのですね。」
「え?」
「会社の人間と、話すような感覚でしたので。」
「……まぁ。元々は企業の人間だったので。」
「……。」
リオは、何か考え込むように俯いた。
「……そうですか。」
「何か、問題でも。」
「いえ、よろしくお願いいたします。」
リオが、軽く頭を下げた。
俺はそのまま立ち上がり、カフェを出た。
外の空気が、少しだけ冷たかった。
—
カフェから少し離れた路地で、ガレスに通信を入れた。
「よぉ、ガレス。」
「お前もこの数年で随分と馴れ馴れしくなったな。」
「そう言うなって。あんたの紹介してくれたジャスの案件、進展したぞ。」
「ほう。では、正式に依頼が来たと?」
「あぁ。ついでに、一つ頼みたいことがある。」
「聞こう。」
手の中の小瓶を、もう一度見た。
「ある錠剤の成分を調べてほしい。今、データを送る。」
「……何があった。」
「タレコミしてきた研究員から受け取った。パフパラの効果を抑制できるらしい。」
少しだけ、沈黙があった。
「調べておこう。」
「頼む。後で現物も一錠送るよ。」
「あぁ。」
「じゃあ、頼んだ。」
通信を切ろうとしたところで、ガレスに呼び止められた。
「ジュディ。」
「……何だよ。」
「その錠剤、飲んでないよな。」
「飲んでねーよ。」
「そうか。」
通信が切れた。
小瓶を、上着のポケットにしまう。
リオ・サーンが嘘をついているとは思わなかった。
でも、何かが引っかかったまま、消えない。
どうにも、情報が揃いすぎている気がする。
何かに誘導されている……そんな違和感。
煙草に火をつけた。
煙を吐きながら、路地の先を見た。
バイクは、少し先に止めてある。
さて、次はルイ・ベック、か。
煙草を灰皿代わりの缶に押し付ける。
バイクにまたがって、エンジンをかけた。
第六十六話、お読みいただきありがとうございました!
早速、調査開始ですね。
カイラの決めた「朝食は三人で取る」ルール。
ナイスルールです。
ジュディ、お前ちゃんとルール守れよな。
そして、今回はリオ・サーンが登場しました。
どうにも雲行きが、怪しいっすね……?
次回は、ルイ・ベックという青年に会いに行きます。
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、朝食のメニューが洋風になるかもしれません。
よろしくお願いします!




