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第六十五話「あれから2年後」

「はぁ、はぁ、はぁ。」


俺、バブは裏路地を走っていた。

あいつから、逃げていた。


なんで、こんなことになったんだ。


いつも通りだったはずなんだ。

いつものジャンキーに『キャンディ』を渡して、金を受け取る。

たったそれだけのはずだったのに。


引き渡しの現場に着いた瞬間、様子がおかしいと思った。

ジャンキー達の顔が、いつもと違っていた。

怯えていた。


次の瞬間、全員が伸されていた。

気づいたら、路地の入口に男が立っていた。

くたびれたスーツ。

生気を感じない瞳。

煙草を口にくわえたまま、こちらを見ていた。


俺は逃げた。

全速力で。


「……クソッ!」


でも、もうすぐだ。

この路地を抜けて、仲間に合流すれば——返り討ちに——


路地の角を曲がった瞬間、俺は目を疑った。

仲間の三人が、地面に倒れていた。


その中央に、男が立っている。

あの、男だった。


どうやって、先回りした。

いくらなんでも、早すぎる。


男は息一つ乱してなかった。

胸元に、何か宝石のようなものが一瞬見えた。

煙草を口にくわえたまま、こちらを見ている。

表情が、ない。


「逃げんなよ。面倒くせーから。」

「……な、なんで!?」


俺は咄嗟に銃を構えた。

男は動かない。


俺の手が、震えていた。

こいつが何なのか、分からなかった。


でも、撃つしかない。

引き金に、指をかけた。


「……は、はぁ!?」


それ以上、指が動かなかった。

な、あ、なんで!


——ガスッ


気がつけば、俺は地面に押し付けられていた。

何が起きたか、分からなかった。

速すぎて、目で追えなかった。


右腕に、激痛が走る。


「があぁ!!」


銃で撃ち抜かれていた。

一発だけだった。

必要なところにしか撃たない、という感じがした。

それが余計に、怖かった。


男は、煙草を口でふかしながら俺を見下ろした。


「おし。じゃあ知ってること、教えてくんない?」

「な、ななな何がだよ!」

「お前の渡そうとしてた『キャンディ』だよ。誰から貰った?」

「……。」


頭に硬い感触が当たる。

銃口を押し付けられているのだと分かった。


「喋らねーんじゃ、まだ穴あけるけど?」

「わ、わかった!!!喋る!!喋るよ!!!」

「いい子だ。手短にな。」


頭の感触が強くなる。

殺される。

喋らなきゃ、殺されると思った。


「俺も、知らねーんだよ!非通知の通信で、指示受けてるだけだ!」

「じゃあ、お前いらないんだけど?」

「ま、待て!待ってくれ!金のやり取りは、そこに倒れてるやつが知ってる!!」

「……。」

「見逃してくれよ!!頼むよ!」


少し、間があった。

頭に銃口が当たる感触が、遠のいた。

助かった……。


瞬間。

頭に衝撃が走った。


俺はそのまま、意識を失った。







ジャスを通信で呼ぶと、すぐに部下を引き連れて現場に来た。

部下達に後処理を任せ、俺はジャスと現場を離れる。


カルディアの旧市街、石造りの橋の上。

手すりに背中を預けて、煙草をふかした。


「随分と、捉えるまで早かったな。」

「いい腕だろ?」


俺は空を見上げながら答える。

いつもの、俺の嫌いな空だった。

ジャスが煙草に火を付けながら聞いてきた。


「それで、成果はあったか?」

「末端だよ。上は知らないみたいだ。ただ、金の流れは一人把握してるってよ。」

「……そうか。」


ジャスが短く言って、端末に何かを打ち込んだ。


「もう少しうまくできないのか。粗すぎる。」

「丁寧な仕事を望むなら、相応の金か情報を払うんだな。」

「……上に報告しておこう。」

「冗談だって。マジになんなよ。」


ジャスが、少しだけ目を細めた。

笑ってはいなかったが、呆れてはいた。


「本題だ。」


端末をしまって、橋の下を見た。


「パフパラの件。正式に依頼として動いてもらいたい。」


いよいよか。

この仕事の本題、カルディアで最近問題になっている麻薬だ。

俺は煙草を吸いながら、黙って続きを待った。


「使用者は一時的に魔力が向上する。快楽もある。ただ副作用で魔石化が急激に進行して、最終的には死に至る。中毒性が高い。一度使えば、ほぼ抜けられない。」

「出所は。」

「アルカナの研究員が絡んでいるようだ。だから、政府は手が出せない。」

「……政府が聞いて呆れるな。」

「やめろ。耳が痛い。」


ジャスが煙草を吸った。


「表向きは別の麻薬の流通調査として進める。パフパラとアルカナへの調査を、お前に裏の動きとして調査してもらいたい。」

「報酬は。」

「弾む。」

「金『だけ』なら断るぜ?」

「……。」


少し、間があった。


「アルカナ内部の情報も、こちらから出せる範囲で提供しよう。」


橋の下を、風が抜けた。


アルカナの内部情報。

この二年間、追い続けて辿り着けなかったもの。


「……やっと口説けたな。」

「やめろ。気持ちが悪い。」


ジャスが端末を操作した。


「タレコミをしてきたアルカナの研究員がいる。名前はリオ・サーン。パフパラが人道に反していると判断して、自分から接触してきた。」

「どんな人間だ?」

「見た目は真面目そうな女だ。ただ——」


ジャスが少し言葉を切った。


「少し、引っかかるところはある。」

「……たまには、お前の勘も外れるといいんだけどな。」

「近日中に会えるように手配しよう。お前も、会えば分かると思う。」


それだけだった。

ジャスが言葉を濁すのは珍しかった。


二人で、しばらく黙って煙草を吸った。

俺は、脳内通信でバイクを呼び出す。

無人のバイクが、目の前の路地に停車した。


「んじゃ、会える手配が出来たら連絡くれよ。」


蒸気船がまた一隻、橋の下をゆっくりと通り過ぎた。


「ジュディ。」

「ん?」

「顔色が悪い。たまには休め。」

「仕事、しなくていいってことか?」

「そうじゃない。だが、そうだな。」


ジャスは橋の下を見たまま、煙草を吸った。


「それも、いいかもしれないな。」


俺は、何も言わなかった。

煙草を橋の手すりに押し付けた。

そのまま、バイクにまたがる。

エンジンが、低く唸った。


「また、連絡する。」

「ああ。」


走り出した。


カルディアの街が、後ろに遠ざかっていく。

工房に帰れば、カイラとサヤがいる。


でも、俺はまだ——

あいつらの顔を、まともに見られなかった。


煙草に火をつけた。

バイクは、街の外へと走り続けた。







バイクを止めたのは、工房の前だった。


灯りがついていた。

二階の窓から、光が漏れている。

まだ、起きているらしい。


エンジンを切る。

静かになった。


分かっている。

二人は多分、俺を待っている。


でも、扉を開けて、あいつらの顔を見て、何か言葉を返すのが——

どうしても、できなかった。


「……はぁ。」


煙を吐いた。

煙草を地面に落として、靴底で火を消す。

そのまま、工房の扉へと向かった。


扉の前に立つ。

中から、食器の触れ合う小さな音がした。

生活の音だった。


少しだけ、指が止まった。

それでも、扉を開けた。


「あ。」


最初に声を上げたのは、カイラだった。

食卓の前で、こちらを見ていた。

少しだけ目を丸くして、それからふっと息を吐く。


「……おかえり。」


奥の椅子に座っていたサヤが、こっちを見た。

飴を口に入れたまま、じっと俺を見ている。


「おかえり。遅かったじゃん。」


責めるわけでもなく、いつもの声だった。

俺は何か返そうとした。

喉が、うまく動かなかった。


「……あぁ。一応、顔見ておこうと思って。」

「……。」

「……。」


カイラとサヤが顔を見合わせた。

そのまま、こちらを向く。


「じゃあ、ちゃんとこっち見ろよ。ボンクラ。」

「あはは。ご飯、食べる?」


カイラが、静かに言った。


「冷めてるから、温め直すね。」

「……いや、そのままでいいよ。」

「……そう?」

「うん。ありがとう。」


上着を脱いで、椅子にかける。

義手が小さく駆動音を鳴らした。

席に座ると、カイラが皿を置いてくれた。


湯気はもう薄かった。

でも、ちゃんと飯の匂いがした。


「いただきます。」


無意識に、口から出ていた。


サヤが一瞬だけ、目を細めた。

カイラは、少しだけ笑った。


スプーンを持った。

それ以上は、何も言わなかった。





第六十五話、お読みいただきありがとうございました!


第五章、いよいよ開幕です!


あれから、二年が経ちましたね。

ジュディ、目が死んでるけど強くなりましたね。


煙草、吸いすぎるなよな。


まだ重い空気ですが、引き続き見守っていただけると嬉しいです。

明日も20:10に更新予定です!


ブクマやコメント、評価をいただけると、ジュディの目に少しだけ光が戻るかもしれません。

よろしくお願いします!

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