第六十三話「帰ってきてよ。ボンクラ」
ノヴァでエルナを失って、一年が経った。
これといって、変わったことはなかった。
変わったことといえば、私がアカデミーを卒業したくらい。
ほとんど単位は取れていたので、時期を待っていただけだけど。
私は依頼をこなし、いつもの帰り道を歩く。
この一年で、『いつも』になった工房への帰り道。
家主は、もういない。
夜の石畳が、濡れていた。
さっきまで雨が降っていたらしい。
私は気づかなかった。
クロウのことを考えた。
エルナのことも。
兄貴は、ザインに殺された。
エルナは、デスに殺された。
どちらも、あっという間だった。
「……なんで、人って死ぬんだろう。」
答えは出なかった。
出るわけがなかった。
私は、口の飴を転がした。
そのまま、工房への道を歩いた。
—
「おかえり。」
扉を開けると、カイラがいた。
タオルを差し出してくれる。
「あんがと。」
受け取って、髪を拭いた。
雨に濡れていたらしい。やっぱり気づかなかった。
「ご飯、作るね。」
カイラが台所に立った。
私は椅子に座って、その背中を見た。
いつもの流れだった。
この一年で、これが当たり前になった。
あいつ。ジュディは、いなかった。
あいつは時々、ふらっと工房に帰ってくる。
でも、ろくに会話ができない。
コーヒーを一杯飲んで、また出ていく。
あいつは、この工房に来ても、『帰ってきていない』のだと思った。
「……サヤ?」
カイラが、こちらを見た。
心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だよ。」
少しだけ笑って、食事を進めた。
私は、笑えていただろうか。
カイラは、何も言わなかった。
—
翌朝、ガレスに連絡を取った。
あいつの無事を知るために、こうやって時々連絡していた。
直接会おうとしても、煙に巻かれるだけだしね。
「ジュディは、今どこ?」
「……いつも通り、仕事だ。」
「なんの?」
ガレスは少しだけ間を置いた。
それが、なんだか怖かった。
「カリドで、暗殺の依頼だ。すでに終わっている。今はカルディアに戻っているはずだ。」
——暗殺。
この一年、あいつの請け負う仕事に見境がなくなっていた。
情報が手に入る余地があれば、危険な仕事でも構わず受ける。
でも、とうとう直接の『殺し』か。
「……あいつ。」
「カルディア郊外のモーテルにいる。座標を送ろう。」
「……随分、太っ腹じゃない?」
いつもなら、ガレスはそんな事はしない。
追加料金を請求するはずだ。
「……らしくないことを、している自覚はある。」
「……。」
「なんとか、しろ。」
ガレスの声は変わらない。
でも、こいつなりの優しさなのだと分かった。
「ガレス。」
「……何だ。」
「あんがと。」
通信を切った。
私はそのまま、モーテルへと駆け出した。
まだ、雨は降り続けていた。
—
カルディア郊外のモーテルは、古い建物だった。
部屋番号を確認して、廊下を歩く。
チャイムを鳴らした。
しばらく、静かだった。
それから、扉が開く。
——ジュディが、いた。
頬に、血がこびりついていた。
乾いた血だった。
洗う気にもなれなかったのだろう。
私は、一瞬だけ止まった。
——あぁ。こいつ、人を殺したんだ。
理解した瞬間、拳が出ていた。
「っ——。」
ジュディが、部屋の中に倒れ込んだ。
私はそのまま、胸ぐらを掴んだ。
何やってんのよ。
マジで。
「……。」
ジュディは、何も言わなかった。
抵抗もしなかった。
それが余計に、腹が立った。
「あんたが苦しんでるのは、知ってる。」
声が、震えた。
震えてほしくなかったけど、止まらなかった。
「でも、それはダメだろ。バカ。」
「……。」
「あんたは、そうじゃないじゃん。」
ジュディが、ゆっくりと顔を上げた。
目が、虚ろだった。
「……勝手に、俺を決めんなよ。」
「……。」
「いや、俺って、何だ?」
独り言みたいだった。
誰かに聞いているわけじゃなかった。
この人は、もう限界なんだと思った。
壊れかけたまま、無理やり動いているように見えた。
「……対象は、転送の情報を持っている奴だった。」
ジュディが、淡々と言った。
「でも、ろくな情報はなかったよ。仕事しただけだ。」
ぶん殴った。
涙が、止まらなかった。
「だから、何よ。」
声が、裏返った。
フィーレでのことを思い出す。
セラムに向かって怒っていた、こいつの姿を。
死んだ人を想うのは間違いじゃない。
でも、今生きている人の未来を消すのは違う。
そう言っていた時のこいつは、本気だった。
人が死ぬことを、当たり前みたいに流せる奴じゃなかった。
誰かの未来が消えることを、仕方ないで済ませられる奴じゃなかった。
だから、今のこいつが腹立たしかった。
「あんたは、人が死ぬことに、ビビる奴だったでしょ?」
「……。」
「だから——私は、あんたを——」
止まった。
なんでもない。
「……あんたが、どうしようと勝手だけどね。」
息を吸った。
「でも、あんたを心配している奴を、ないがしろにすんなよ!」
「……。」
「苦しんでていい。泣いててもいい。」
胸ぐらを、離した。
「帰ってきてよ。ボンクラ。」
ジュディは、しばらくそのまま床に座っていた。
それから、ゆっくりと手を伸ばした。
私の頭に、手が乗った。
「……分かったよ。」
「……。」
ジュディの手は、震えていた。
涙はないけど、泣いているように感じた。
「サヤ。」
「なんだよ。」
「ごめんな。」
涙が、また出た。
拭いたけど、止まらなかった。
窓から、朝の光が差し込んでいた。
少しだけ、あいつが帰ってきた気がした。
第六十三話、お読みいただきありがとうございました!
サヤ、めちゃくちゃ手が出ましたね。
でもたぶん、あれが一番サヤらしい優しさなんだと思います。
ジュディは少しだけ立ち直れたのか……?
明日も20:10に更新予定です!
ブクマやコメント、評価をいただけると、サヤの攻撃力が倍になります。
よろしくお願いします!




