第五十八話「彼女の選択」
デス・トゥルエレは微動だにしなかった。
先制を撃つなら、今しかない。
なのに、俺は動けなかった。
横にいたエルナが、突如として叫ぶ。
「ジュディ!カイラと下がって!」
俺はその言葉を聞くと同時に、カイラを庇うようにして下がった。
エルナの初めて聞く声色。
それだけで、この状況の深刻さを察した。
「……久しぶりね。デス。」
「……あぁ。」
デスは短く答えた。
エルナの背中が、震えていた。
「単刀直入に聞くわ。目的は、なに?」
「お前を殺すよう、ゼノから命令を受けた。」
デスが、肩を鳴らした。
「あの時よりも、成長したか?」
「……。」
「でなければお前は、また最愛の人を失うぞ。」
最愛の人。
恐らくはアルトのことだろう。
この二人の関係は、何だ。
「殺した張本人が、よくも言えたわね。」
「あぁ。殺したと思っていたが……。」
デスが俺を一瞥する。
「殺しそこねたようだ。首をハネたはずだが。」
——瞬間。
「ぐ!が、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
——白と赤。
——首のない、俺の体。
——泣くエルナ。
見たこともない景色が、俺の脳内を駆け回る。
——廃墟。
——焼け野原。
——転がる死体。
——仲間。
——笑っているエルナ。
「っぐ、おうぇ。」
思わず、嘔吐した。
目が回る、気持ち悪い。
「ジュディ!?」
気がつけば、カイラに肩を支えられていた。
冷や汗が止まらない。
何なんだ。いったい。
「……カイラ、ジュディをお願い。」
エルナは、こちら振り向かないまま言った。
デスが、無表情に言葉を続ける。
「その様子、あいつではないのか?」
「あんたに言う義理はないわよ。」
「まぁ、いい。どうせ、死ぬのだから。」
そこからは、一瞬だった。
デスが、エルナの前に来ていた。
遅れて、風圧が俺達を襲う。
「——っち!」
——カァァァン。
エルナが地面から氷壁を作りだす。
その氷壁をいとも簡単にデスは砕いた。
——ドスッ。
そのままエルナの腹に、得物を差し込む。
エルナが、前かがみに倒れた。
「がふっ。」
エルナが吐血している。
立てるはずがなかった。
でも、エルナが崩れるのを見た瞬間、体が勝手に動いた。
俺は、痛みを無理やり抑え込み、闇雲に電撃を放つ。
「あ、ああぁぁぁぁぁ!!!!!」
——バチチチチチチチ!
デスが、後退した。
俺は、エルナへと駆け寄る。
「エルナ!」
「……平気よ。大したことないわ。」
抑えた腹から、血が滲んでいる。
エルナは、腹に刺さった得物を抜き取り傷口を凍結させた。
立ち上がり、二人でデスへ向けて構える。
俺は、理解した。
この状況を乗り越えなければ、死ぬだけだ。
「……なるほど。電撃まで同じとはな。」
デスが静かに告げる。
……見えなかった。
気がつけば、エルナが刺されていた。
魔術には、何かしらの溜めがいるはずだ。
まさか、素の速度でアレなのか?
「……そんな、なんで。」
横にいるエルナから、動揺の声が聞こえた。
俺は思わず、エルナの方を見た。
顔に生気がない。
「魔術が、発動できない……。」
体が震えていた。
こんなエルナは初めて見た。
「……ネルの玩具も、バカにできないな。」
デスが口を開いた。
「てめぇ……。何をした。」
「さあな。魔法使いに効く『薬』だと聞いた。」
「……。」
「少なくとも、『魔術』は死んだらしい。」
俺は、魔力を練り上げ電撃を纏う。
この状況は、まずい。
なんとか、打破する切っ掛けを作らなければ。
——チリチリ
「……っぐ。」
視界が揺らぐ。
頭が痛い。
先ほどからの不調と相まって、吐き気が強くなる。
「……ほぅ。面白い。」
「エルナ。カイラを頼む。」
そう言った瞬間だった。
デスが、踏み込んでいる。
今度は、見えた。
デスが、眼前に迫り拳を繰り出す。
やけに、ゆっくりだ。
——見える
俺は、その拳を避けてカウンターを合わせた。
その瞬間、拳に可能な限りの電撃を乗せる。
——バチン!
空気が、震えた。
俺は、デスをふっ飛ばしていた。
「——っ!ああぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は、そのまま銃を抜き取りデスに向かって発砲。
攻撃を、休めるな。
休めたら、ダメだ。
全弾打ち込み、リロードする。
雪ぼこりが舞い、デスの姿を見失った。
「はぁー。はぁー。はぁー。」
奥から、人影がこちらへと向かってきた。
デスだった。
「……。」
「……。」
静寂。
デスの顔面がひしゃげていた。
「ふ、ふふふ。ふはは。あーはっははははは!」
突如として、デスが笑う。
「アルトォ!!!お前は最高だ!!!」
「……。」
「久々だ!生を感じたのは!痛い!痛いぞ!アルトォ!」
——チリッ
纏った電撃が尽きた。
俺は、その場で膝を付く。
「俺は、アルトじゃねぇ……。」
「違うのか!!これは失礼だったな!!!名前を聞こう!俺を楽しませてくれた者の名を!教えてくれ!」
デスのボルテージが上がっている。
先ほどまでと、全く雰囲気が違っていた。
「……ジュディ。俺は、ジュディだ。」
デスがこちらへと歩いてくる。
「ジュディ!覚えたぞ!!その名を俺は、忘れないだろう!!」
くそ!
立て!立て!立て!
体に力が入らない。
デスが俺の首を掴み、持ち上げた。
「——っが!」
「……。」
デスと目線が交差する。
その瞳からは、確かに愉悦の感情が潜んでいた。
「……ジュディ。」
「っぐ!っが!」
「お前を殺すのは、実に、実に実に、惜しい。」
首を掴む指を引き剥がそうと、藻掻く。
微動だに、しなかった。
「ジュディ。取引をしないか?」
「……な、ん、だよ。」
「エルナを差し出せば、お前は生かそう。」
話にならない。
クソくらえだった。
「命令はエルナの首だけだ。お前は、組織にとってどうでもいい。」
「……。」
魔術を、両腕に込める。
発動しない。
とっくに、魔力は切れていた。
「生き延びろ、ジュディ。また、俺と遊ぼう?」
「……。」
「分かって、くれるか?」
「し…。」
俺は、声を絞り出す。
「ん?」
「死ね。クソ野郎。」
「……残念だ。ジュディ。」
デスの両手に、力が籠る。
ここまでか……。
みんな……。
明里…。
——ごめん。
「待ちなさい!」
背後から、エルナの声がした。
—
「待ちなさい!」
声を張った瞬間、腹の傷が焼けるように痛んだ。
なのに、それより先に、雪の白さが視界を埋めた。
あの時、アルトを失った時と同じ場所。
また、私はこいつに大切なものを奪われようとしていた。
——させない。
私は、罪を犯した。
取り返しのつかない、罪を。
しかし、彼はその罪が私の全てではないと言った。
言ってくれた。
『今』の私を信じると。
私の全部を、その罪で決めつけたくないと。
苦しんで、『今』を生きるのだと。
どれだけ、その言葉に、行動に、救われたことか。
心の穴を、満たしてくれたことか。
もう、絶対に、失わせない。
どんなことをしても、絶対に。
デスが、ジュディを掴んだまま私へと視線を移した。
「……なんだ。魔女。」
「ジュディを、離して。」
デスが、その場で手を離す。
ジュディが、地面に崩れ落ちた。
「……がはっ。ごほっ。」
ジュディが、そのまま身を屈める。
よかった。息がある。
私は、隣にいるカイラに視線を移す。
「カイラ。」
「……エルナ?」
「ジュディを、お願い。」
カイラは、何かを察したのだろう。
私の服を掴んで、離さなかった。
「エルナ、ダメ。」
「……カイラ。お願いよ。」
「……ダメ。絶対、ダメ。」
「……。」
私は、カイラの手を引き剥がす。
そのまま、デスの元へと向かった。
「デス。」
「……。」
「その取引、私としましょう。」
デスは、私をじっと見つめる。
最初に対峙した冷静さを取り戻していた。
「ダメ……だ。エル、ナ。」
背後から、ジュディの声が聞こえた。
声も出すことも、苦しいだろうに。
私は振り返り、ジュディを見つめる。
「ジュディ。」
「頼、む。止めて、くれ。エルナ。」
私は、ジュディの額に触れ、『魔法』を発動させる。
『魔法使い』が『魔法使い』たる所以。
世界のルールに一回だけ干渉する、大禁術。
これで私が死んでも、彼の意識に一度だけ干渉できる。
——温かい。
本当に、愛おしいと感じる。
彼がこの世界に来てから、何度も、何度も、何度も。
何度も、救われた。
私は、そのまま立ち上がりデスへと向き直る。
「私を殺す代わりに、ジュディとカイラを見逃して。」
「ダメ、だ!エ…ルナ!!!」
「エルナ!止めて!」
遠くから、ジュディとカイラの声が聞こえる。
デスは何も言わずに、私の首を掴んだ。
カイラがこちらへと走り出していた。
私は、思わず叫ぶ。
「カイラ!」
「……っ!」
カイラの足が、止まった。
私は、デスを見上げる。
デスは、しばらく無言で私を見下ろしていた。
「……取引、成立だ。」
「……そう。」
「最後に、言い残すことはあるか?」
少しだけ、悩んだ。
でも、意外と何も思い浮かばなかった。
「……そうね。」
「……。」
「……悪くない、人生だったわね。」
「や、めろおおおおぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」
遠くから、ジュディの声が聞こえた。
次の瞬間、世界が横に滑った。
白い雪面が、ありえない角度で迫ってくる。
——ああ。
また、首が飛んだのだと、そこでようやく理解した。
私の世界は、ここで終わった。
第五十八話、お読みいただきありがとうございました。
明日も20:10に更新予定です。




