第五十六話「信頼」
翌日。
昨日と同じ応接室にいた。
俺の仲間六人が、一列に座っている。
対面には、カインとザインがいた。
「さて、改めて交渉を進めよう。」
カインが切り出した。
「……長くなんのか?」
バッツが、開口一番に言った。
「長くなるなら俺、寝ててもいいか?」
「ちょっと、バッツ!」
「いや、だってよ。……俺、あんま関係なくねぇ?」
ゼナが、バッツの脇腹を小突いた。
バッツは「いたた」と言いながら姿勢を正した。
少しだけ、空気が緩んだ気がした。
なんとなく、ありがたかった。
「まずは、色々と聞きたいことがある。」
俺は、カインを見た。
「なぜ転送装置が必要なのか。本当の理由を聞かせてくれ。」
「……主要人物の暗殺のためだ。それは、カイラ君にも話している。」
「それだけじゃないはずだ。」
カインが、わずかに目を細めた。
「それは、何故そう思う?」
「勘だよ。一昨日までは、そうは思わなかったけどな。」
カインが、少しだけ息を吐いた。
「……どうやら、我々を本当に理解しようとしてくれているらしい。」
カインが、指を組んだ。
「その説明の前に、一つ聞こう。なぜアルカナは企業の中でも頭一つ抜けていると思う?」
「……何か独占している事業があるとかか?」
「良い線だ、ジュディ。そう、エネルギー事業。アルカナはそれを独占している。本来、辺境の地でしか採掘できないはずの魔石。世界の約五十パーセントはアルカナから提供されている。」
「……ってことは、単純にアルカナを失脚させた先にあるのは。」
「そう。エネルギー問題という大きな問題が残る。」
だとすれば、やはり転送装置の動機とは噛み合っていない。
「じゃあ、なおさら単純に主要人物を殺すことはできなくなるんじゃないか。」
「あぁ。この転送装置の本当の狙いは、そのエネルギー事業に参入するためだ。」
「……話が見えないんだが。」
転送装置とエネルギー。
どうにも、まだつながらない。
「我々が掴んだ情報では、その転送装置が鍵となる。アルカナの土地柄、あれほど膨大なエネルギーを採掘できるわけがない。」
「……それで、研究が必要ってわけか。」
エルナが、腕を組んで口を開いた。
「一つ確認していいかしら。アルカナが魔石を大量生産できる理由——その仮説は持っているの?」
カインが、エルナを見た。
「あぁ。ただし、これは我々の仮説に過ぎない。」
「聞かせて。」
「過去や未来から人間を召喚し、魔石へと変換。それをエネルギーとして活用している可能性がある。」
俺は、少しだけ黙った。
……召喚。変換。エネルギー。
「ばりばり禁術じゃねーのか?」
「あぁ。だがカルディア政府に止める術はないだろう。この世界にとってはなくてはならない事業だ。」
「……胸糞悪い話だな。」
部屋が、しんとした。
カイラが、テーブルの上で拳を握っていた。 静かに、でも確かに。
「……カイラ。」
俺は、声をかけた。
「大丈夫。」
カイラは、顔を上げた。 目が、少し赤かった。
「ライアス……、お父さんは、どこまでこの事を知っていたの?」
「……彼には、全てを話していたよ。」
カインが、静かに答えた。
カイラが、身を乗り出す。
「じゃあ、あなたは人を殺すだけでなく、人を魔石に変えようとしていたってこと?」
「いや、魔石に関しては確証を得るために過ぎない。主要人物の暗殺は企てていたがね。」
「……最低。バカ。」
カイラは、また俯いた。 何も言わなかった。
でも、その沈黙の重さは全員に伝わっていた。
俺は、もう一点確認した。
「ザイン。」
「なんだ。」
「お前が、フィーレにいた理由は?カリドならまだ分かる。転送装置の護送だ。でもフィーレは違う。」
ザインが、俺を見た。
「……セラムという人物が時間に関する禁術を使っていた。接触するよう指示を受けていた。」
「そうなる前に、俺達が先に接触していたと。」
「あぁ。」
「さっき言っていた、過去や未来から人間を召喚していることを調べるためか?」
「あぁ。カルディアの立地では、どう考えても魔石を生成できるわけがない。何か裏があるはずだ。」
「……それが、時間って訳か。」
ザインは、それ以上は言わなかった。
短い。でも、嘘はない。そういう話し方だった。
「最後に、なぜエルナの異世界に関する情報を欲しがる?」
「これも、アルカナのエネルギー事業を解き明かすためだ。異世界にエネルギー問題を解決する鍵があるかもしれない。……これは、望み薄だがね。」
その後も、細かな確認をいくつか重ねた。
気づけば、隣でバッツが寝息を立てていた。
………………。
…………。
……。
「お前らのことは大体分かったよ。」
俺は、カインとザインを見た。
「少なくとも、悪意だけで動いている人間じゃないことは分かった。」
「……あぁ。こちらも、君に気付かされたことがある。」
「何だよ、それ。」
カインが、静かに言った。
「悪を撃つには、巨悪になるしかないと諦めていた。」
「……。」
「しかし、その先にあるのは、おそらく我々の望む世界ではない。君を見て、そう思ったよ。」
少しだけ、間があった。
カインは、それ以上は言わなかった。
言葉で埋めようとしない人間だと、改めて思った。
「改めて、条件を言う。」
「決闘に負けたのだ。約束は守るさ。」
「一つ、人を殺すための研究を行わないこと。二つ、俺達にも全面的に協力すること。」
「……。」
「最後に、カイラとサヤに、場を改めて謝罪すること。」
カインが、少し黙った。
「……それで、いいのか?」
「それが一番大事だろ。そっちのことは分からない。でも、俺はお前らを信用する。その上での条件だ。」
「……もう、契約はできないかと思ったよ。」
「なんだよ。弱気だな。」
「君を見ていると、自分の捨ててしまったものを思い出す。」
カインが、少しだけ目を逸らした。
それから、右手を差し出した。
「……今後とも、よろしく頼む。」
「あぁ。」
俺は、その手を握った。
温かくも、冷たくもなかった。
—
夜の食事は、MANA本社の広間で行われた。
契約のお祝いとして、カインが振る舞ってくれることになった。
カイン、ザイン、バッツ、ゼナ、カイラ、サヤ、エルナ、俺。
全員が、一つのテーブルを囲んでいた。
「うおっ!なんだこれ!うっま!!」
バッツが、料理を口に入れた瞬間に叫んだ。
「……帰るんじゃなかったのかよ。」
「上手い飯が出るんじゃぁ話は別だ!」
ゼナも、皿に山盛り取りながら笑っていた。
バッツ、さっきまで爆睡してたよな?
カインが、ワインを傾けながら言った。
「ははは。今夜は、契約成立の無礼講だ。構わないさ。」
バッツとゼナのドンチャン騒ぎが、広間に響いていた。
………………。
…………。
……。
食事を始めてしばらく経った頃。
カインが、静かに席を立ち、カイラの横へ向かった。
「……カイラ・ドゥーナ。」
「……なによ。バカ。」
カイラは、口の中のものを慌てて飲み込んだ。
それから、カインに向き直った。
「君を殺そうとしたことを謝罪する。結果として、君の父親を奪ってしまう要因にもなった。」
カインが、頭を下げた。
「本当に、申し訳なかった。」
しばらく、カイラは黙っていた。
「え、全然許さないよ?バカ。」
「……。」
カインが、顔を上げた。
「私は今のままじゃ、あなたを絶対に許さない。」
「……あぁ。それが、私の背負うべき罪だな。」
「違うっつーの。全然分かってないじゃん。」
「……君はいったい、何が望みなんだ?」
カインが、困り果てている。
初めて見る表情だった。
「私はね。みんなを幸せにすんの。それが目標なの。」
「あぁ。」
「だから、協力して。みんなが幸せになれるように。」
カインが目を見開いた。
まるで、少しだけ救われたように。
「その幸せは、あんたも例外じゃない。だから、その不幸代表みたいな面のあんたは、絶対許さない。」
カイラが、まっすぐカインを見た。
「……あぁ。君が、そう望むなら。」
「返事は、『はい』よ。」
「……はい。」
カインが、静かに頷いた。
その場にいる誰よりも、今のカイラが大きく見えた。
—
食事が終わり、食後の酒盛りへと移った頃。
俺は、席を立った。
そのまま、ベランダへ出る。
ノヴァの夜が広がっていた。
星が、また出ていた。
煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
しばらくして、足音が聞こえた。
……ザインだった。
「……タイミング被せんなよ。分かるだろ?」
「人が吸ってるの見ると、吸いたくならないか?」
「……違いねぇ。」
ザインが、煙草に火をつけた。
しばらく、二人で黙っていた。
「ジュディ。」
「なんだ。」
「お前と『話』が出来て、よかったよ。」
俺は、煙草を吸いながら答えなかった。
ザインが、続けた。
「それだけだ。」
「……あぁ、そうですか。」
沈黙。
広間とベランダを隔てるガラス扉越しに、中の様子がぼんやり見えた。
サヤが、こちらを見ていた。
俺は、煙草を吸いながら目だけで返した。
「……。」
「……。」
しばらくすると、サヤが来た。
ザインが、煙草をもみ消した。
「……サヤ・ウインドウ。」
「……。」
ザインが、俺を見た。
「……ジュディ。」
「なんだよ。」
「お前の差し金か?」
「俺は、なにもしてねーよ。」
俺は、煙草をくゆらせてお茶を濁す。
「お節介よね、こいつ。そんでバカみたいに優しい。」
そう言って、サヤがザインを見た。
「あんたが、兄貴を殺したの?」
「……あぁ、殺した。」
「……。」
サヤは何も言わなかった。
ただ、拳を強く握り締めている。
何かと、戦っていた。
「……謝罪する。すまなかった。」
ザインが頭を下げた。
まっすぐに、姿勢を正して。
「……。」
サヤは、しばらく何も言わなかった。
「……あんたさ。私に殺される覚悟はあんの?」
「……当然だ。お前には、その権利がある。」
「ないわよ。私に、そんな権利。」
「……。」
「私はあんたを許さない。でも、やり返さない。絶対に。」
サヤが、俺を見た。
そのまま、俺の肩に手を置いた。
「こいつが言うように、誰にも奪う権利なんかない。私も、そう思うことにした。」
「あぁ。」
「じゃあ、この気持ちをどうすればいいのか、私には分かんない。」
「……。」
「分かんないから、探す。あんたも手伝って、一生をかけて。」
「一生……。」
「返事は?」
ザインが、少しだけ間を置いた。
「……あぁ。誓おう。」
サヤが、小さく頷いた。
そのまま、俺を見た。
「ジュディ。」
「ん?」
「……ありがとう。」
それ以上は、何も言わなかった。
—
夜が、更けていった。
広間では、まだバッツとゼナが騒いでいた。
カイラが笑っていた。
エルナが、呆れた顔をしながら酒を飲んでいた。
俺は、ベランダから広間を見ていた。
賑やかだった。
でも、どこか遠くにあるような感覚があった。
ふと、明里のことを思った。
元気にしているだろうか。
子供は、もう生まれただろうか。
この騒がしさの中にいながら、俺が帰るべき場所は別にある。
それは、変わらなかった。
でも。
今夜ここで笑っている人たちのことも、大切だと思っている。
両方が、本物だった。
第五十六話、お読みいただきありがとうございました!
紆余曲折ありましたが、なんとか契約は結べたようです。
よかったね。
カイラもサヤも、受け取り方や前の向き方が違うのが、個人的にお気に入りだったりします。
人の数ほど考え方があってよいのです。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメント、評価をいただけると、今夜は豪華なメニューになるかもね。
よろしくお願いします!




