第五十二話「今、ここに居る君を」
MANA本社の社長室は、かなり広かった。
窓の外を見ると、ノヴァの街を一望できる。
テーブルには、豪華なコース料理が並んでいた。
久々に、こんな食事を見た。
でも、全く味がしない。
別のことに、思考のリソースを奪われていた。
「ノヴァは気に入ってもらえたかな?」
カインが、ワインを傾けながら言った。
「……外面はいいみたいだな。」
「はは。外面など、良いことが前提だよ。我々のような立場の人間はね。」
カインが、こちらを見て言った。
「さて、そちらの要求もある程度既に把握している。」
やはり、筒抜けか。
構わない。想定できた事だ。
「あぁ、まだ変更する可能性はある。でも、大枠は変わらない。」
「……少しね。困っているよ。」
「困る?」
「あぁ、要求そのものにこちらへの信頼が感じられなくてね。」
「それは、そうだろ。」
俺は、率直に返した。
「そもそも、三つまでの条件を出してきたのはそっちだ。本当の協力がほしいなら、そもそもファーストコンタクトからミスってる。」
「あぁ、お互いにな。」
カインが、静かに頷いた。
「その点、エルナ・クロイツは上手い。お前を丸め込んでいるな。」
「あ?」
なんで、ここでエルナの話が出る。
何か嫌な予感がした。
「何故、という顔をしているね。少しだけ、種明かしをしようか。」
カインが、隣に座るザインを見た。
「まず、私の横にいるザイン。彼は最初から我々の所属だ。私の弟でもある。」
俺は、ザインを見た。
最初から、MANAの所属。
ということは、カリドの時も、フィーレの時も——MANAの指示で動いていたということか。
「君の推察通りだ。ザインは、私の指示でそれぞれの傭兵として動いていた。」
「目的は、情報収集か?」
「あぁ。おかげで君たちのこともある程度把握しているよ。その上で、面白い情報をプレゼントしよう。」
「いらねーよ。」
「そう言うな。これも、信頼の証だと思ってくれ。」
カインは、そのまま言葉を続けた。
「彼女は、君を殺そうとしているぞ。」
「——っ。」
俺は、思わず立ち上がった。
内ポケットにある、セラムのメモが頭をよぎる。
「その様子だと、すでに予想は付いていたのかな?」
「……。」
何も、反論できなかった。
「座れ。」
ザインに促される。
話はまだ終わっていない。
「……。」
落ち着け。
動揺を誘っているだけだ。
セラムのメモなんて、ザインなら事前に盗み見ている可能性だってある。
俺は、改めてイスへ腰を下ろした。
「なんだ?仲間割れでも狙ってんのか?」
「先ほども言っただろう?信頼の証さ。」
カインが、どこか楽しそうに言った。
「それと、もう一つだけ。」
「あ?」
「——アルト・フェルンという名前に覚えは?」
「アルト……。」
確かに聞き覚えがあった。
それは、確かにエルナから聞いた名前だ。
「……そいつは、いったい何なんだ。」
「はは。やはり、彼女は魔女だな。」
「……。」
考えろ。
今の情報は、交渉と何の関係もない。
ただのブラフとして、この場で処理する。
この場では。
「正直、このまま話をしても埒が明かないな。」
「ほう?ではどうする?」
「動機を言え。目的ではなく。」
そうだ。
今は、こいつらを知ること。
何を考え、何を思い、何を大切にしているのか。
それが信頼へと繋がるはずだ。
「この場では、少し長くなるな。それは、明日にしよう。」
「……おい、逃げんのかよ。」
「いや。それよりも今は、君は君自身のことを解決した方がいい。」
「……。」
「平然を装っているが、心中穏やかじゃないだろう?」
カインが、静かに俺を見た。
俺は、反射的に顔を上げた。
カインは、わずかに笑っていた。
「信頼を築くためには、まずは互いの中身を知るべきだと思ってね。君のその反応も、私にとっては十分な収穫だったよ。」
カインはそう言って、静かにワインを傾けた。
まるで、今日の目的はもう果たしたとでも言うように。
—
部屋に戻らず、俺はエルナの部屋へ向かった。
扉をノックすると、すぐに返事があった。
「どうぞ。」
扉を開けると、エルナがベッドの端に座っていた。
決意を固めている。そんな表情だ。
まるで、俺が何を話すのかを分かっているようだった。
「……カインと、話してきたよ。」
「そう。」
エルナは、俺を見た。
目を逸らさなかった。
「座って。」
俺は、エルナの隣に腰を下ろした。
少しだけ、間があった。
「……。」
「……。」
俺は、内ポケットから二つ折りの紙を取り出した。
「色々と、聞きたいことがある。」
「……えぇ。」
エルナは、ただ俺を見ている。
目を逸らさなかった。
「セラムから、実はメモを二枚貰っていたんだ。」
言いながら、二枚目のメモをエルナに手渡す。
——エルナは、君を殺そうとしている。
エルナが、静かに息を吐いた。
そのまま俺は言葉を続ける。
「今日、カインからも同じ事を言われたよ。それと、『アルト・フェルン』という名前も。」
「……。」
「以前、『異世界への干渉方法』に関しても黙っていたよな。」
どこまでが嘘で、何が本当なのか。
エルナを信じたい。お願いだ。信じさせてくれ。
俺は、願いを込めて言葉を続けた。
「……俺を、殺そうとしてるって。」
「……。」
「そんなの、嘘だよな……?」
エルナが、膝の上で指を組んだ。
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
「……それは、事実よ。……事実だった。」
「……そうか。」
エルナは、俺を殺そうとしていた。
それが、事実。
世界が、歪んだ気がした。
しばらく、部屋は静かだった。
「アルトは。」
エルナが、口を開いた。
「私の、愛した人だった。」
俺は、黙って聞いた。
「あなたと、瓜二つ。魔術属性も、同じ電撃だった。」
そうか。
だから、俺が初めて魔術を発動した時、エルナは泣いていたのか。
「アルカナとの戦いで、私を庇って死んだ。」
エルナの声は、平坦だった。
感情を殺した声だと、分かった。
「私は、もう一度、……アルトに会いたかった。」
「……だから、俺を召喚したのか。」
「……えぇ。」
エルナが、俯いた。
「最初は、そうだった。」
「……俺を殺すことで、アルトが生き返る?」
「えぇ。あなたは器だった。」
「……。」
「私の都合で、あなたを巻き込んだ。それは、本当のことよ。」
エルナの膝に涙が落ちた。
体が、震えていた。
「ごめんなさい。本当に……ごめん、なさい。」
怒りも、悲しみも、まだ上手く形にならなかった。
ただ、胸の奥に鈍い痛みだけが残っていた。
召喚された理由が、別の誰かのためだったという事実は、消えない。
俺は、ただの代替品だった。
彼女の都合で、愛する人と引き離された。
あまつさえ、殺すために。
「……。」
彼女を、憎むべきなのだろう。
いや、憎い。憎い。憎い。
憎いはずだ。
彼女がいなければ、明里と今もまだ一緒にいられた。
彼女さえいなければ、今頃は我が子を抱けていたかもしれない。
彼女がいたから、俺は人を殺してしまった。
彼女さえ——いなければ……。
俺は、この世界の人々に出会えていなかった。
彼女がいたから、俺は今ここで、生きている。
「……。」
憎むべき相手のはずだ。
それなのに、なぜ。
なんで……。この感情はなんなんだ。
過去のことに罪がないとは言わない。
許せるとも、まだ言えない。
——でも。
——『今』ここにいる彼女まで、
——その罪で、決めつけたくはない。
そう思ってしまった。
思えてしまった。
「エルナ。」
「……何?」
エルナが、俺を見た。
「エルナは、俺を利用するためだけに、一緒にいたのか?」
「……。」
エルナは、答えない。
俺は、そのまま言葉を続けた。
「俺はさ、エルナが俺に向けてきたものまで、全部嘘だったとは思えないんだよ。」
「……。」
「召喚した理由は、許せるとは言わない。利用された事実も、消えない。」
エルナの目が、揺れた。
「でも、エルナの全部を、その罪で決めつけたくない。」
しばらく、部屋が静かだった。
「……馬鹿ね。あなた。」
エルナが、小さく言った。
声が、かすれていた。
「そうかもな。」
「……なんで、そんな簡単に。」
「簡単じゃないよ。全然、簡単じゃない。」
俺は、正直に言った。
「でも、今、信じると決めた。」
エルナは俯いたまま、肩を震わせていた。
「……ジュディ。」
かすれた声だった。
「何?」
「……少しだけ。」
次の瞬間だった。
エルナが、俺に抱きついた。
「——っ。」
細い腕が、ぎゅっと背中に回る。
思っていたより、ずっと強かった。
「……エルナ?」
「……。」
震えていた。
肩口に、温かいものが落ちる。
涙は、止まらなかった。
「最初は、本当にアルトのためだった。」
「……あぁ。」
「でも、途中から分からなくなったの。」
エルナの声は、小さかった。
抱きしめる腕に、少しだけ力が入る。
「あなたは、アルトじゃない。全然、違う。」
「……。」
「なのに、あなたとの時間が、大事になってた。」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「言えなかった。」
「……うん。」
「言ったら、全部終わると思ったから。あなたに、嫌われたく、なかった。」
俺は、何も言えなかった。
ただ、その小さな体を振りほどく気にはなれなかった。
「……勝手よね。」
「あぁ。勝手だな。」
「最低?」
「うん。最低かも。」
「……ちょっとは、慰めなさいよ。」
「ごめん。今は、無理だ。」
エルナが、泣きながら少しだけ笑った。
「……あなたは、ジュディ。」
「うん。」
「私の、今、大切な人。」
俺は、ただ静かに息を吐いた。
窓の外で、雪が降り続いていた。
第五十二話、お読みいただきありがとうございました!
ついに、エルナの秘密が明かされましたね。
ここは、ずっと書きたかった場面でした。
やっと、ここまで来れました……。
悩み抜いた末のジュディの選択、いかがだったでしょうか?
作者も正解なのかはわかりませんが、これがジュディなりの答えみたいです。
明日も20:10にお会いしましょう!
ブクマやコメント、評価をいただけると、あなたも大きな決断ができるようになるかもしれません。
よろしくお願いします!




