第四十五話「キムラ・ジュディ育成計画」
工房の掃除をしていたら、エルナに声をかけられた。
「ジュディ。キリのいいところで、居間に来れる?」
「? あぁ、分かった。」
居間に行くと、机の上にメモが散乱していた。
研究の手伝いだろうか。
「反省会をします。」
突如、エルナが言った。
「反省会?」
「そ、反省会。」
お互いにオウム返しをする。
話が見えない。
「えっと、何の?」
「あなたの戦闘に関してよ。なってなさすぎ。」
「ぐっ……。」
痛い。
そりゃ、こちとら戦闘経験なんてほとんどない。
でも、一応銃の打ち方とか、勉強しているんだけどな。
「この前ね。セラムと相対した時に思ったのよ。」
「何を?」
「銃持ってて、魔術も使えるのに、なんで敵に突っ込むのよ。」
「……。」
正論パンチ。
いや、あの時はセラムを傷つけるつもりがなかったというか。
気持ちが一杯で。
「あ。」
「何よ。」
その時の状況を思い出し、一つだけ疑問が浮かんだ。
「あの時、なんで俺だけ動けたんだ?」
セラムが使った時間停止魔術。
エルナですら動けなくなるような大技だ。
俺だけ動けたのは、どうにも不思議だった。
「それは、あくまでも仮説の域を出ないけど——あなたがこの世界の『エラー』だからね。」
「はぁ。」
「あなた、精神と肉体の年齢が一致していないじゃない?存在そのものが、本来の時間軸とズレているのよ。」
「んぅ? つまり、その『エラー』が原因で、俺だけ時間停止が正常に機能しなかった?」
「まぁ、そうね。もともと時間停止と言っても、私は声を出せていたし、魔術式そのものが不完全だった可能性もあるけど。」
「へ~。小難しいんだな。」
でも、なんとなくは納得した。
その『エラー』が今後どんな影響を及ぼすのかは、少し怖いけど。
「って、話そらしてんじゃないわよ!」
「いや、そんなつもりないって!」
エルナに肩をポカポカ叩かれる。
本当にただ疑問に思っただけなんだって。
「で。戦い方の基礎がなっていないのは分かったよ。」
「えぇ、まずは自覚すること。それが第一歩よ。」
「んで、結局意識の問題ってことか?」
「……それもあるけど、私もちょっと反省しているのよね。」
「反省?」
「魔法使いの戦い方と、魔術師の戦い方。おそらくノウハウが違う。私が教えられることに、限界がある。」
ガクッ。
思わず膝が抜けた。
じゃあ、どうすればいいんだ。
「そこで、助っ人を呼ぶことにしたわ。」
「助っ人?」
「ふふふ。それは、来てからのお楽しみ!」
エルナの笑顔が、何故か怖かった。
—
翌日。
俺は、カルディアの高架下に来た。
頭上を、電車が走っている。
高架下の広い空間。
人通りはないが、そこそこ広い。
助っ人は、意外にもバッツだった。
ついでに、なぜかサヤもいた。
「よ~!久しぶりじゃね~か、ジュディ!みっちりシゴいてやるからな!」
「……よろしくお願いします。」
「エルナからの依頼では三日間の契約だ。三日間で形にならなきゃ放り出すからな!」
「……。」
三日間で、形にする。
覚悟を決めた。
「で、なんでサヤまでいんの?」
「知らないわよ!ゼナに行けって言われたから来ただけ。」
「え?」
「こいつはなぁ!お前の相手だよ!サヤが訓練相手になって、俺が外から指摘する。」
「はぁ!?」
サヤが、棒付きキャンディを咥えながら言った。
なんだか、申し訳なさがある。
「……超嫌なんだけど。」
「まぁ、そう言うなって。一応チームで受けた依頼だ。お前も関係あんだぞ?」
「超!嫌!なんだけど!ゼナでいいじゃない!」
「あいつは、今別件対応中だ!チームは助け合ってナンボだろ?」
本人もこう言っているし、さすがに申し訳ない。
それに、俺としても少し抵抗がある。
「バッツ。」
「なんだよ?」
「やっぱり、バッツが相手をしてくれないか?流石に華奢な女の子相手じゃ俺もちょっと……。」
「プチッ」
……プチ?
「……やるわ。」
サヤがキャンディを嚙み砕いている。
怖い。
「……い、いいのか?」
「ボコボコにしてやるわよ。ボンクラ。」
趣旨、違くない?
「がはは!やる気になったなら良かったぜ!ジュディ。」
「なんだよ?」
「ちなみに、サヤは俺より強え~ぞ?」
……マジかよ。
—
早速、訓練が始まった。
いきなりサヤが相手ではなく、軽い指南から始まるようだ。
少し安心した。
「おし。まず、戦闘が始まったらどうする?行動してみろ。」
バッツが言った。
「……分かった。」
俺は、即座に銃を構える。
「……まぁ、そうだわな。」
「なんか違うか?」
「ん~。悪くはねぇ。悪くはねぇが、お前は多分、その後が問題だ。」
バッツが、腕を組んで言った。
「……どういうことだよ。」
「これは、俺の勘だが。お前は『殺す』っていうスイッチを押すのに時間が掛かるタイプだ。」
「……。」
鋭すぎる指摘に、面を食らう。
バッツを指南役にしたのは、適任のようだ。
「対策はある。まずは、弾を『非殺傷弾』にしておけ。引き金が鈍るよりずっといい。」
「……あぁ。」
「あとの問題は『時間』だな。」
「時間?」
「あぁ。銃を構えて、狙って、撃つ。この動作に若干モタツキがある。まぁ、気にするほどじゃねぇが。」
「……。」
へ、凹んできた。
ダメだ。めげるな。俺は強い子だ。
「じゃあ、ここばっかりは練習するしかないと?」
「いや、エルナから聞いた話によるとお前の魔術は『電撃』だってな?」
「あぁ。」
「え、珍し!聞いたことない!」
突如、サヤが声を上げる。
あ、今ちょっと、快感。
「お前さん、銃と電撃魔術、どちらが早いと思う?」
「……電撃、か?」
「そうだ。お前の場合、魔術の方が圧倒的に速い。銃を構える動作そのものが、隙になる。」
言われてみれば、そうかもしれない。
その間に、魔術なら何発も撃てる……気がする。
「お前のテンプレートはおそらくこうだ。まずは電撃で牽制、隙を見て拳銃でトドメだな。」
「なるほど。」
「おし!じゃあ実践だ。試しに、サヤを相手に動いてみろ。」
サヤが、正面に立った。
キャンディを口から出して、ポケットにしまう。
「……サヤ、いくぞ。」
「来いよ、ボンクラぁ。ボコボコにしてやっからよぉ~。」
……怖ぇ~よ。ヤンキーかよ。
俺は右手をサヤに向け、魔術を放つことだけを意識して動いた。
——バチンッ。バチッ。バチンッ。
すべて、見事にサヤに躱される。
くそっ。全然当たんねぇ……。
「止まれ。」
バッツが声をかけた。
「……ジュディ。お前、その右手なんだ?」
「えっと。狙いを定めるために?」
「それ止めろ。ノーモーションでやれ。やるにしてもどこ狙ってるか分からないようにしろ。」
「え? 動作なしで、ってことか?」
「こればっかりは感覚の問題だ。できる奴もいればできねー奴もいる。」
「やってみるよ。」
俺は、腕を下ろしたまま電撃を放とうとした。
バチンッ。
「……出た。」
「もう一度だ。」
バチンッ。バチッ。
「はは!お前ぇセンスいいな!」
バッツが、少しだけ目を細めた。
サヤが、無言でこちらを見ている。
なんだか、照れ臭かった。
「あ。」
「なんだ?」
「魔力、切れた。」
バッツとサヤが溜息をつく。
止めてよ。
生徒のモチベーション維持も仕事でしょーが!
「次の課題が、見てきたな。」
「……はい。」
そうして、一日目は戦闘における体術を習い終了した。
まだまだ。これからだ。
—
二日目。
昨日と同じ、高架下に集合する。
「今日は、魔術の出力調整をやるぞ。」
バッツが言った。
「あぁ。」
「魔力が上がったのか、威力が上がりすぎている。使い勝手は良いが、数発で魔力が切れるんじゃ話にならねぇ。」
「……出力を小さくするってことか?」
「あぁ、やってみろ。」
俺は、できるだけ小さな電撃を意識した。
——バチンッ。
「もっと小さく。」
——バチッ。
「もっと。」
——ビッ。
「……うん。まぁそのくらいだな。魔力はどうだ?」
「まぁ、これくらいなら全然。結構撃てると思う。」
「おし。サヤ、手を出せ。」
「え?」
サヤが顔をしかめる。
そりゃ、嫌だよな。
「……その電撃に当たるってこと?私が?」
「効果があるか分かんなきゃ、意味ねーだろ?」
「……超、嫌なんだけど。」
「文句いうなよ!これも仕事だぞ?」
「バッツがやればいいでしょ!」
「俺は嫌だ!」
「この!クソ野郎!」
喧嘩しないでほしい。
あ、どうやらジャンケンで決めるようだ。
……。
サヤが負けたみたいだ。
「……(圧)。」
サヤが、右手を差し出した。
ジト目で俺を睨んでいる。
……ミスったら、どうなるんだろう。
俺は、その手のひらに向けて、極小のつもりで電撃を放つ。
——バチンッ。
「ギャー!!!」
サヤがとっさに手を引く。
……ギャーって。
わ、笑うな。耐えるんだ。
「普通に痛いんだけど。普通に痛いんだけど!!」
「……っ。」
バッツが俯いて震えている。
こいつ、笑ってるな。
「ジュディ。お前、全然絞れてねぇ。威力を下げるんじゃない。狙いを絞れ。」
「違いが分かんねぇよ。」
「分かるまでやるんだよ。」
何度か繰り返した。
威力を下げることと、狙いを絞ること。
言われても最初は、その差が体に入ってこない。
焦るほど、余計に雑になる。
——ビッ。
「……そのくらいだ。もう一度。サヤ、手を出せ。」
「……。あんたらマジで、マジで覚えてなさいよ?」
サヤが、右手を差し出した。
俺は、その手のひらに向けて放つ。
「……っ。」
サヤが、右手を見た。
「……。効果なしか?」
「今度は威力が弱すぎたかもな?」
俺とバッツが訝し気に腕を見る。
効果がなければ、意味がない。
またやり直しか……。
「……待って。痛みはないんだけど、手が動かせない。」
サヤが目を丸くしながら言う。
右手を動かそうとしているが、ぴくりともしないようだ。
「……なんでだ?」
バッツが、静かに言った。
いや、分かんねーのかよ。
「多分、生体電流を疎外してるんだと思う。痛みなく、相手に気付かれず、動きを封じる。」
サヤがポツリと言った。
バッツが、「それだ!」っと指を鳴らす。
本当に分かってんのか?
「これは、使えるな!戦闘になったら、まずこれを意識して使え。」
俺は、サヤの手を見た。
数秒後、ぴくりと指が動く。
「……これ、かなり使えそうだな。この威力なら、だいぶ撃てそうだし。」
「お前の強みだな!覚えておけ。」
サヤが、右手をゆっくり握り直した。
「……なかなか、いい魔術じゃない?」
棒付きキャンディを口に戻しながら言った。
褒め言葉だ。
ちゃんと、受け取った。
—
三日目。
いつも通りの高架下。
「今日は、いよいよ最終日だ。強みもできた。テンプレもできた。後は実践だ。」
バッツが言った。
サヤが、正面に立つ。
「……やっとよ。」
「何がでしょうか?」
「正直ね。ストレス溜まってんの、私。」
「……。」
こ、怖ぇ…。
目に殺意がこもっている。
「二人ともいいか?始め!」
バッツの掛け声と同時に、サヤが距離を詰めてきた。
速い。
反射で銃に手が伸びる。
でも違う、と頭のどこかで思った。
——バチッ。
まず魔術。足を止めるためじゃない。間を作るために打つ。
サヤの動きがほんの一瞬だけ鈍る。
その隙に距離をずらして、右手へ極小の電撃。
——ビッ。
「……っ。」
サヤの右手が止まる。
俺は銃を引き抜き、サヤへと照準を合わせた。
「そこまで!」
バッツが言った。
「良い感じだ。やっと形になったな!」
俺は、息を吐いた。
できた、というより——やっと体が覚えた、という感覚だった。
サヤが、右手を握り直しながら言った。
「……殴りたりねぇ~。」
「……。」
この三日間で、サヤには迷惑かけっぱなしだ。
殴られるべきだろうか……。
「今度。カプチーノ、奢って。Lサイズで。」
「……はい。」
そう返事をするしかなかった。
バッツがこほんっと咳払いをする。
「これで、一旦は訓練終了だ。後は反復。怠るなよ?」
「はい!」
こうして、三日間の訓練は終了した。
「正直、並以上にはなったんじゃない?」
そんなサヤの言葉が嬉しかった。
—
三日目が終わった夜。
工房に戻ると、エルナが待っていた。
「どうだった?」
「……結構、きつかった。」
「それで?」
「でも、大分動けるようになったと思う。」
エルナが、少しだけ口元を緩めた。
「なら、高い金払った甲斐はあったわね。」
「え。」
いくらなのかは、聞けなかった。
「まぁ、あんたが生きていける確率が上がるなら安いもんよ。」
その言葉が、妙に嬉しかった。
体を動かすのは、まだまだこれからだ。
でも、魔術の使い方は少し変わった気がした。
少しだけ、ノヴァへの不安が薄れた。
薄れた分だけ、覚悟が固まった気がした。
第四十五話、お読みいただきありがとうございました!
今回はジュディがやっと一人前(?)になりましたね。
バッツとサヤには大変な役回りを押しつけてしまいました。
※特にサヤ。ごめんね。
次回で間章は最終回です!
明日も20:10にお会いしましょう。
ブクマやコメントをすると、サヤがLサイズのカプチーノを要求してくるかもしれません(いらんね。)。
よろしくお願いします!




