第四十四話「煙の残傷」
「よっす。」
「……よっす。」
カルディアでの昼下がり。
武器屋で弾薬を購入していたら、突如サヤから通信が入った。
「あなた、今日少し時間ある?」
「……どうしてだよ?」
「兄貴の墓参りに行こうかなって。」
兄貴。
クロウのことだ。
少しだけ、胸が軋んだ。
「あぁ、それなら時間作るよ。大丈夫だ。」
まだ、エルナから頼まれた杖のメンテナンスがある。
まぁ、墓参りの後でも支障はないだろう。
「わかった。じゃあ、待ち合わせましょう。座標、送るね。」
—
クロウの墓は、カルディアから少しだけ離れた谷の上にあった。
カルディアの町並みを、一望できる場所だ。
バスを降りると、サヤがバス停の前で待っていた。
相変わらず、棒付きキャンディを咥えている。
「よっす。」
「……よっす。」
よっすってオーソドックスな挨拶なんだろうか。
「立派なところだな。」
「そう?普通じゃない?」
この世界のお墓は、日本のものと大分違った。
見上げるほどの高い石碑が、一列に並んでいる。
俺は、サヤに案内されるまま後をついていった。
一つの石碑の前に来た。
正面にはディスプレイが表示されている。
「これ、何だ?」
「え、あんた墓来たことないの?」
「あぁ、初めてだな。」
「……幸せな人生ね。それとも薄情なだけ?」
失礼な言い草だ。
この世界で、人の死に目にあったことが初めてなだけだ。
事情を話すと長くなるので、流すことにした。
「えっと~。確かIDは……。」
どうやら、このディスプレイに何か入力するらしい。
——ウィーン。
ディスプレイが奥に引っ込み、代わりに小さな仏壇のようなものが現れた。
名前が、空中に表示される。
『クロウ・ウインドウ』
「……。」
俺は、そのまま手を合わせて祈った。
彼が、安らかに眠れるように。
「……何、してんの?」
「え?」
「あなた、もしかして、異国の出身?」
「あぁ、まぁ。そうだな。結構、遠い。」
なんせ、異世界だしな。
「カルディアでは、右手を握って胸の上に置くの。」
「あぁ、ありがとう。」
「まぁ、慈しむ心さえあれば礼儀なんて二の次よ。」
なかなか芯を食ったことを言う。
俺は、横にいるサヤを真似て、右手を胸に置いた。
しばらく、二人で黙っていた。
俺は、上着のポケットから煙草の箱を取り出した。
一本だけ抜いて、仏壇の縁に立てかける。
「その銘柄、まだ吸ってたんだ。」
「なんか、変える気にもなれなくて。」
サヤは、何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を細めた。
俺は煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吐いた。
煙が、風に流れていった。
—
「ここで、待ってて。」
墓を後にして少し歩いたところで、サヤが武器屋に消えていった。
俺は、店の前で煙草をふかしながら待つ。
しばらくして、サヤが出てきた。
手に、一本のダガーを持っている。
「……これは?」
「兄貴の刀を加工して作ってもらったの。長すぎて、私じゃ扱えないし。」
「じゃあ、サヤが持っていた方が良いんじゃないか?」
「全部で三本できたのよ。私も一本持ってる。あんたに一本あげる。」
「なんか、悪いな。」
「いいのよ。」
サヤが、少しだけ間を置いた。
「……兄貴のこと、知ってる相手だから。あんたなら、ちゃんと使うと思った。」
それだけだった。
でも、なんとなく、それだけじゃない気がした。
「ありがとう。大切に使うよ。」
「えぇ。魔術を通しやすい素材らしいから、きっと役立つと思う。」
「あんま分かんない。」
「……ボンクラ。今度試してみて。」
サヤは歩き出した。
俺もなんとなく、ついていく。
「あ、サヤ先輩?」
後ろから、誰かに呼び止められた。
振り返ると、サヤと同じブレザーを着た女生徒が立っていた。
同じアカデミーの後輩だろうか。
「やっぱり、サヤ先輩ですね。ごきげんよう。」
「え、えぇ。ごきげんよう。」
——ペカー。
サヤが、棒付きキャンディを咄嗟に俺に手渡し、爽やかな笑顔を作る。
……え。誰これ。
「こんなところで、珍しいですね。お買い物ですか?」
「いえ、実はお兄様が亡くなって……。そのお墓参りに。」
「あ、そうだったのですか。それはお気の毒に。」
「いいのよ。心遣い、痛み入りますわ。」
「……サヤ先輩。そちらの方は?」
女生徒が、俺を見て尋ねる。
「こ、こちらはお兄様のお友達。今日は同席していただいたの。」
「そうなんですね。この度は、お悔やみ申し上げます。」
「あぁ。これは、どうも。ご丁寧に。」
気の抜けた返事をしてしまった。
だって、サヤが変なんだもの。
「申し訳ないわ。今日は少し予定が立て込んでいて……。失礼するわね?」
「いえ、こちらこそ。呼びとめてしまって申し訳ございません。」
「いいのよ。それでは、ごきげんよう。」
「はい。ごきげんよう。サヤ先輩。」
サヤは足早に、その場を後にした。
俺は急いで後を追う。
「……。」
「……。」
「……何よ?」
「え、いや何も。あ、キャンディ、返すよ。」
サヤは黙ってキャンディを受け取った。
めっちゃ顔が赤かった。
ちょっと面白い。
「サヤ。」
「何も言わないで。」
「アカデミーだと、キャラ違うんだな?」
「言うなっちゅ~~~に!」
——ズベシ。
横っ腹を小突かれた。
ひどい。
「なんか奢って。」
「え?」
「奢って。カプチーノとか。」
「……はい。」
理不尽だと思った。
—
近くのカフェに入って、二人でカプチーノを頼んだ。
俺の奢りで。
サヤが、カップを両手で包みながら言った。
「あいつ、甘い物も好きだったのよね。」
「へ~。」
「……知らないの?」
サヤが、少しだけ目を丸くした。
「実は、クロウと過ごした日はそこまで長くないんだ。」
カリドでの日々を思い出す。
短かった。
それでも、確かにあった時間だ。
「だから、教えてくれよ。クロウのこと。」
「……。」
サヤは、カップを見たまま少し黙った。
「そうね。いいわよ。」
それから、サヤはぽつりぽつりと話し始めた。
甘い物が好きなのに、絶対に人前では食べなかったこと。
クールぶっているくせに、映画を見て泣いていたこと。
無口のくせに、サヤにだけはよく喋ったこと。
俺は、口を挟まずに聞いていた。
知らなかったクロウが、少しずつそこに現れてくる気がした。
「……なんで今日、俺を誘ったんだ?」
少しだけ、間があった。
「あんたなら、ちゃんと覚えてると思ったから。」
サヤは、カップを見たまま言った。
「兄貴のこと、忘れるのは嫌だった。でも、一人で来る気にもなれなくて。」
「……そうか。」
「あんたには、話してもいい気がしたのよ。なんか、ね。」
サヤが、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。
珍しかった。
俺は、それ以上何も言わなかった。
言わなくて良かった気がした。
カルディアに、風が吹いた。
少しだけ、煙草の匂いがした気がした。
—
工房に帰ると、エルナがソファで本を読んでいた。
「……。あ、おかえりなさい。遅かったじゃない。」
「ただいま。ちょっと用事が入ってな。」
「ふ~ん。珍しいこともあるもんね。」
「ひどくない?」
エルナが、本から目を上げた。
「まぁいいわ。杖、どうだった?」
「あ。」
「え?」
沈黙。
「……ジュディ。」
「す、すまん。今からでも——」
「もう、店しまってるわよ。」
「……すみません。」
「もう、後日でいいわ。」
エルナが、また本に目を落とした。
背中越しに、ため息が聞こえた。
クロウ。
お前のせいだぞ。
第四十四話、お読みいただきありがとうございました!
今回はサヤとクロウの回でした。
クロウは、この世界に来て初めての友達(?)だったりするので、ジュディにとっては大事な思いだったりします。
サヤはまだまだ見せていない部分も多いので、今後もうまく書いていけたらいいな。
次回はジュディいよいよ強くなるか?
明日も20:10にお会いしましょう。
ブクマやコメントをすると、サヤ先輩がごきげんようモードで対応してくれるかもしれません。
よろしくお願いします!




