第四十二話「彼の残したもの」
カルディアに戻った翌朝。
昨日、その後エルナとは一言も喋れなかった。
EVAirを降り、カイラに軽く挨拶。
そのまま、自室でそれぞれ休んでしまった。
カイラは何か察したのか、珍しく何も聞いてこなかった。
あの言葉が、ずっと頭の中にある。
——惚れたわ。あんたに。
いったい、どんな意味なのだろう。
いや、そのままの意味なのか……。
昨晩は、眠りが浅かった。
朝になって、俺は廊下に出た。
エルナの部屋の前で、少し立ち止まる。
……話さないといけない。
何にしても、エルナと話をしなければ。
このまま、なあなあにするのは、不誠実な気がした。
——コンコン。
「……何?」
扉をノックしたら、すぐに返事があった。
珍しい。起きていたのか。
「俺だ。少し、いいか?その、話をしたくて。」
「……どうぞ。」
扉を開けると、寝間着姿のエルナがいた。
ベッドの縁に腰をかけていた。
目の下にクマがある。
眠れていないようだった。
「座って。」
そう言って、隣をポンポンと叩く。
俺は、エルナと横並びになる形でベッドに腰を下ろした。
「あぁ、ありがとう。」
沈黙。
しばらく、お互いに何も切り出せなかった。
「……話って、何?」
エルナが尋ねる。
俺は顔を上げて、エルナを見た。
顔が、赤い。
とんでもなく。
でも、話さなければ。
「その、昨日のことなんだけどさ。」
「うん。」
「……。」
「……。」
……っく。
俺は……、ダサい。
もし、もし昨日のエルナの言葉が関係の進展を望むものだったとして、その答えは俺の中でもう出ている。
明里を愛している。当然だ。
だが、もし、その答えをエルナに伝えて、この関係が崩れてしまったら……。
怖い。
ただ、怖かった。
「……。そういう、意味じゃないから。」
エルナが、先に口を開いた。
「え?」
「その、あなたとどうなりたいとか。あなたをどうしたいとか。そういう意味じゃない。」
声が、微かに震えていた。
それでも、目を逸らさなかった。
やっぱり、エルナには敵わないと思った。
「……そうか。」
それだけしか、言えなかった。
俺、ダセェ……。
「……別に返事がほしかったわけじゃないのよ。ただ、なんとくなく、言うべきだと思って。」
「……。」
「あなたがいる『今』を、ちゃんと大事にしたいって。思ったの。」
エルナは、膝の上で指を組んだ。
少しだけ、ためらうように。
「だからこそ、あなたを帰すわ。絶対に。」
目を逸らさない。
昨日からずっとそうだ。
エルナは、俺の目を見て話す。
「エルナ。」
「なによ?」
「ありがとう、ございます。」
——っぷ。
エルナが吹き出した。
「敬語!」
「はは。また、出ちまった。」
二人で、しばらく笑い合った。
ただ、この時間が心地よかった。
それだけで、十分だった。
—
昼下がり。
昼食を終えて、エルナ・カイラの三人で卓を囲んだ。
フィーレでの収穫を整理しなければならない。
「まず、図書館で調べられた内容をまとめるわ。」
エルナが切り出した。
カイラが、端末を手に身を乗り出している。
「今回、ジュディを帰すことで調べた文献は二つ。」
「ん~っと。確か、異世界への干渉と、時間の問題だっけ?」
カイラが人差し指を顎に添えて言う。
「そう。厳密には、時間・『場所』の問題ね。」
「あはん。外しちゃった。」
あはんって……。
この間の「おっはー」といい、なんかチョイスが古いんだよなカイラ。
ライアスの影響だろうか?
「時間に関する文献は、結構あったわ。でも、実用的な記述は少なくてほとんどが理論ベース。正直、参考程度ね。」
「異世界に関する情報は?」
そこで、エルナが少しだけ気まずそうにする。
やっぱり、それも情報はなかったのだろうか。
「異世界に関する情報もなかったのだけど……。正直、それはもう『クリア』しているわ。」
「……へ?」
唐突な『クリア』発言にあっけにとられる。
どういうことだろう。
「今まで、黙っていたのだけど……。あなたを召喚した時点で、異世界への『橋』。接続方法はもう分かっているのよ。」
「……どういうことでしょうか?」
「だから、もう異世界への干渉方法は分かってるって。」
「そういうことじゃ、なくてだな……。なんで、黙ってたんだよ?」
「……それは……。ごめんなさい。」
素直な謝罪。
それを言われてしまうと、なんだか深掘りするのも悪い気がした。
「……わかった。今はいい。いずれ、ちゃんと聞かせてくれよ?」
「……えぇ。わかったわ。」
少しだけ、気まずい空気が流れる。
そんな空気を察してか、カイラは勢いよく手を上げる。
「はい!エルナ先生!場所に関しては、どうだったのでしょうか!」
「……えぇ、場所に関してもいくつか文献はあったわ。ただし、この世界の場所指定に関するものばかりで、異世界の座標指定は、まだ難しそうね。」
「ありがとうございます!先生!」
とりあえず、時間と場所はまだ未知数、異世界への干渉に関しては問題なし……か。
まぁ、干渉に関してはすでにエルナが知っていたようだし、進展はそこまでないって感じかな?
「他に、何か調査したことはあるのか?」
こういう時は、意外とまったく関係のない調査が結びつくことだってある。
「えぇ。一応、過去に行われた禁術関係の履歴もね。今回の調査はほぼ禁術にあたるから、領域は被っているのだけど。」
「あれ?そういえば禁術ってなんだっけか?」
「平たく言うと、『時間への干渉』『世界の法則への干渉』『命への干渉』の三つね。」
「ちなみに、セラムの場合は、どの禁術に当たるんだ?」
「主に時間への干渉にあたるけど……。ミカの事も踏まえると、三つ全部に引っかかっているわね。」
「全部か。」
「えぇ、ハットトリックね。」
……ハットトリックはそういう意味じゃねぇよ。
「ちなみに、俺の召喚は?」
「……ハットトリックね。」
ハットトリックなのかよ。
カイラが、静かに眉を寄せた。
「……う~ん。そう考えると、エルナって結構ワルだよね。ジュディ、優しいから受け入れられてるけど……。」
「……そうね。そこは、言い訳できない。私は魔法使いだからログも残らない。今回のこと受けて、反省しているわ。」
「……。」
突如、エルナが頭を下げる。
そんな姿を見たのは、初めてだった。
「本当に、ごめんなさい。」
エルナは、そのまま微動だにしない。
やめてほしい。と思った。
「エルナ。やめてくれ。」
「……。」
「俺は、ここにいることに後悔はないよ。前にもいっただろ?」
俺は、エルナの肩に触れ、上体を起こす。
エルナとカイラを見て、言った。
「帰りたい気持ちは変わらない。でも、俺はみんなと出会えたことはよかったって思ってるよ。」
「……。」
「そこは、否定しない。絶対に。」
沈黙。
少しだけ、俺にとって気まずい空気が流れた。
切り替えるように、俺は手を鳴らした。
「よし!この話はこれで終わり!先のことを話そう!」
「うん!そうだね!」
カイラが同調してくれる。
エルナは、そうね。と呟いた。
「一応、今回のことでの報告は以上よ。」
「う~ん。進展があったような。なかったような……。」
俺は、首を傾げた。
何か、大切なことを忘れている気がする。
「あ、そういえば。」
俺は、思い出した。
「どうしたの?」
エルナが目を向ける。
「セラムから、メモを貰ってた。」
「……あんたねぇ。」
エルナが、額に手を当てた。
「超大事よ。それ。」
「だよなぁ。取ってくる、ちょっと待っててくれ。」
俺は立ち上がり、自室へ向かった。
確か、サヤに買ってもらった上着の内ポケットに入れていたはずだ。
まさぐると、すぐに二枚のメモが見つかった。
血が、乾いていた。
感傷に浸る前に、開封する。
一枚目のメモには、何かよく分からない式のようなものが記されていた。
「……なんだ、これ。」
エルナとカイラに見せないと分からないな。
そのまま、二枚目を開封した。
「————!」
目が、止まった。
——エルナは、君を殺そうとしている。
フリーズした。
一瞬にして、思考が止まる。
……なぜ?
セラムの嘘?
それならセラムに何のメリットがある?
エルナが嘘をついている?それは——。
「ジュディ~~?」
カイラの声で、我に返った。
俺は、二枚目のメモを静かに折りたたんだ。
内ポケットの、奥の方へしまい込む。
まだ、セラムの言葉一つでエルナを疑いたくなかった。
何より——さっき交わした言葉まで、全部嘘にしたくなかった。
「で、メモはあったの?」
居間に戻ると、エルナが聞いてくる。
「あぁ、あったぞ。このメモなんだけど。」
一枚目を、テーブルに置く。
エルナが手に取って、眉をひそめた。
「……これ。」
「何か分かるか?」
「分かるというか——」
カイラも横から覗き込む。
しばらくして、カイラが静かに声を上げた。
「式だよね?魔術式。でも見たことない構成だなぁ~。」
「時間指定の座標を引き出すための術式——じゃないかしら。」
エルナが、低い声で言った。
「図書館で調べていた文献に乗っていた式と、一部記述が一致してる。おそらく、セラムが独自に構築した式みたいね。」
「これで、何か分かるのか?」
「今は、まだ何とも言えないわね。」
「そうか……。」
俺が言うと、カイラが目を細めた。
「……これ、式の解明が先だろうけど、もしかしたら転送装置に組み込めるかも?」
「え、そんなことできるのか?」
「へへん。こういうの燃えるタイプなんだよね。あたい。」
カイラが、ニヤリと笑った。
頼もしい。
でも、あたいって……。
「セラムが渡したものよ。絶対、無意味じゃない。」
エルナが、静かに言った。
「……あいつは、どこまで、知ってたんだろうな。」
「……そうね。」
誰も、それ以上は言わなかった。
言わなくて良かった。
—
夕方。
ガレスへ通信を繋いだ。
画面の向こうで、ガレスが葉巻に火をつける。
一通り、フェーレでの調査結果を話した。
「なるほどな。エルナ。」
「何よ。」
「情報屋に情報を隠すとは、お前もやるじゃないか。」
「……どうも。」
それは、異世界への干渉のことだろう。
皮肉なのか、賞賛なのか、分からなかった。
「こちらも、情報に進展があった。」
ガレスが、少し声のトーンを落とす。
「MANAに、動きがあった。」
「MANAが?」
「ただし、詳細までは掴めていない。今のところは気配の話だ。続報を待て。」
「……分かった。」
「後は、アルカナにも不審な動きが出ている。」
ガレスが煙を吹きながら言った。
「アルカナに?なんで?」
「そこまでは、まだ掴めていない。しかしな……。」
ガレスが間をおく。
物事を淡々と語るガレスとしては珍しかった。
「これは、私の勘だが。近々、アルカナとMANAは接触する。対立か、交渉か。目的ですら今は掴めんがな。」
なぜ、アルカナとMANAが?
現段階では何も言えないが、なんとなく急いだ方が良い気がした。
「あと、ジュディ。」
「はい?」
「お前の情報は貴重だった。また、お前の世界の情報があれば引き続き頼む。」
通信が、切れた。
画面が黒くなる。
俺はしばらく、そのまま椅子に座っていた。
企業の動き。
セラムのメモ。
転送装置の改造。
少しだけ、また前に進めた気がした。
内ポケットの中で、二枚目のメモが静かに存在していた。
第四十二話、お読みいただきありがとうございました!
フィーレ編の直後ということで、今回は少し静かな回でしたね。
派手さはないのですが、ちょっと伏線も多い回ですね。
ここテストに出ます。
次回からは日常回です。
明日も20:10にお会いしましょう。
ブクマやコメントをすると、セラムのメモが一枚増えるかもしれません。
よろしくお願いします!




