第四十一話「瓦解する心」
翌朝。
サヤが服を買って来てくれた。
「はい。適当に見繕ってきたけど、サイズ合うかは知らないよ。」
「ありがとう。本当に助かった。」
「いいよ。別に。」
サヤが、棒付きキャンディを口に含みながら言った。
いそいそと着替えを済ませる。
……え、待って。かっこよくね?
センスいいんだな。サヤ。
心の中で改めて感謝しつつ、荷物をまとめた。
エルナは、もう準備ができていた。
今日の朝は、静かだった。
「じゃあ、行くか。」
三人で、宿を出た。
俺とエルナは、受付にバレないように、こっそりと。
外は、涼しかった。
パイプから水蒸気が漏れていた。
坂の上から、空が見えた。
「ジュディ。」
サヤが、俺を呼んだ。
「なんだ。」
「……じゃ、またね。」
それだけだった。
でも、なんとなく、それだけじゃない気がした。
「あぁ、またな。」
俺も、それだけ返す。
その横で、エルナがサヤを見た。
「サヤ。色々と、ありがとう。」
「……どういたしまして。」
サヤの耳が、また赤かった。
今は照れ隠しに噛むものがないらしく、少しだけ目が泳いでいた。
「バッツとゼナにも、よろしくな。……ジャスにも、まあ、気が向いたら。」
「イ・ヤ・だ。連絡先知ってんだから、自分で言って。」
厳しい。
でも、なんだかサヤらしかった。
「よ~し。達者でな、ボンクラ~。」
それがサヤからの、別れの言葉だった。
悪くなかった。
俺たちは、坂を下りた。
サヤの姿は、すぐに見えなくなった。
—
EVAirの中は、静かだった。
カルディアへ。
来た時と、同じ道を逆に戻る。
窓の外には、フィーレの木々が見えていた。
緑の街が、少しずつ小さくなっていく。
滞在期間は、そこまで多くない。
それでも、ここでの生活はずっと忘れないだろう。
俺は、目の前のエルナを見る。
「エルナ。」
「なに?」
「ありがとう。本当に。」
そう言わずにはいられなかった。
フィーレで向けられた視線を思い出す。
あの冷え切った父親の顔も。
「何よ。急に。」
「もう、ここには来なくていいよ。」
「……。」
「キツかっただろ?ごめんな。」
エルナは視線を泳がせた。
なんて言っていいのか、迷っているようだった。
「別に。構わないわよ。今に始まったことじゃないし。」
「違うよ、エルナ。慣れてても傷つかないわけじゃない。」
「……。」
「俺は、エルナが傷つくと、嫌なんだよ。」
「……そう。」
それだけだった。
エルナは窓の外に視線を移す。
「……。助かったわ。」
「え?」
「あんたが居てくれて、助かった。」
ありがとう。とエルナは呟いた。
………………。
…………。
……。
しばらく、沈黙が続いた。
エルナは、窓の外を見ていた。
何も言わなかった。
俺も、何も言わなかった。
しばらく、ただ景色を見ていた。
「……ジュディ。」
エルナが、口を開いた。
「なんだ。」
「セラムとミカのこと、どう思ってる?」
どうって……。
少し曖昧な質問に、戸惑ってしまう。
でも、そのままの言葉を口にした。
「俺は、好きだったよ。あの二人のこと。」
「好きだった?」
「だってあの二人、いい奴だっただろ?」
そう。
俺は、あいつらが好きだった。
あの時間が好きだった。
それだけは、否定できなかった。
「……そう。そうね。」
エルナは、納得したように頷く。
「私も、好きだった。」
また、沈黙。
でも、不思議と居心地は良かった。
「……セラムは、間違えていたと思う?」
エルナが、窓の外を見たまま言った。
雲の切れ間から、日が差し込んでいる。
俺は少し考えてから、口を開いた。
「間違えていたとは思う。」
「……そう。」
「でも、その気持ちまで否定はできない。」
エルナが、ほんの少しだけ目を細める。
「……どうして?」
「それだけ、大切だったんだろ。」
エルナの視線は、まだ外に向いたままだった。
「……もし。」
「ん?」
「もし、私が間違いを犯していたら。」
少しだけ、間があった。
「あなたはどうする?敵になる?今回みたいに。」
「止めるよ。」
即答だった。
俺は、そのまま言葉を続ける。
「敵っていうのが、どういう意味かは分からないけどさ。」
「……。」
「憎むとか、そういう意味なら、絶対ならない。」
エルナが、ゆっくりとこちらを見た。
「なんでよ。」
少しだけ、棘がある声だった。
「本当の私なんて、あなた知らないじゃない。」
「知らないよ。全然、知らない。」
「……。」
「でも、知ったとしても、嫌いにはならないよ。絶対に。」
エルナが、ふっと息を吐いた。
「……絶対?」
「うん。絶対。」
「無責任ね。」
「そうかもな。」
「でも——優しい。」
ほんの少しだけ、エルナの声が柔らかくなった。
「エルナ。」
「何?」
「こうして、俺がここに来てしまったのは、エルナが原因なのかもしれないけどさ。」
「……。」
「でも、エルナに罪はないと思うんだ。」
エルナの眉が、わずかに動いた。
「……何よ。罪って。」
俺は、窓の外を見た。
遠くに、カルディアの光が見え始めていた。
「だって、そうだろ?」
「……。」
「どんな理由があったとしてもさ。俺がここにいることを、罪だなんて思いたくないよ。」
エルナが、動かなかった。
「帰りたい。帰るけど。」
窓の外の景色が、流れていく。
「今、俺が君と出会えたことは、本当によかったと、今なら思えるんだ。」
ヴェーラで、言い争った夜も。
カリドで、二人で月を見た夜も。
フィーレで、並んで坂を歩いた時間も。
どれも、俺にとっては本当だった。
「……ダメね。」
エルナが、小さく呟いた。
「ダメ?」
「ダメよ。もう、ダメ。」
エルナはゆっくりと、顔を上げた。
そのまま、じっと見つめられる。
「降参するわ。」
「どういう意味だよ。」
エルナは、少しだけ笑った。
ほんの少しだけ。
「私は、これまで生きてきた中で、あなたに出会えたことが、一番価値があるって感じたわ。本当に。」
「……すごいこと言ってる。」
エルナが、俺を見た。
いつもみたいに、すぐ目を逸らさなかった。
「惚れたわ。あんたに。」
「……え?」
車内は、静かだった。
ただ、風を切る音だけが、響いていた。
第四十一話、お読みいただきありがとうございました!
第三章は、こちらで完結です。
いかがだったでしょうか?
楽しんでもらえたなら嬉しいです。
次回は間章の開始予定!
明日も20:10にお会いしましょう。
ブクマやコメント、評価をいただけると、帰り道の景色が少しだけ特別になるかもしれません。
よろしくお願いします!




