第四十話「それでも、前へ」
「お父様。」
エルナの声に、男は一度だけ目を向けた。
それだけだった。
次の瞬間には、もう俺を見ていた。
「初めまして。ヴェルト・クロイツと申します。」
「……は?」
思わず、エルナを見る。
小さく、肩が震えていた。
「お名前は?」
「……ジュディです。」
「良い名前ですね。以後お見知りおきを。」
なんだ、こいつ。
娘を前にしている態度には、到底見えなかった。
まるで、最初からそこにいないみたいに。
「なんでも、私の管理地で禁術関連の事件があったとか。」
「……。」
「地主として、一度状況を確認しておく必要が——」
「あの!」
その言葉を、俺は遮った。
「なんです?」
「もっと、他に言うことがあるんじゃないですか?」
「何がです?」
俺は、エルナに視線を向ける。
唇の色が悪かった。
立っているだけで、やっとに見えた。
「彼女、娘でしょ?」
「……いえ?」
否定。
それが、全てだった。
これ以上は、ダメだ。
「……そうですか。」
それ以上、言えなかった。
「では、私たちはこれで。」
「えぇ。フィーレでお困りのことがあれば、いつでもご連絡ください。」
「うるせぇ。クソジジィ。」
「……。」
あ、出ちゃった。
自分を抑えきれなかった。
最近、どうもエルナ関連で自分の沸点が低い。
このフィーレに来てからは特に。
「……では、俺達はこれで。」
気まずさを紛らわせるように、その場を後にする。
背中越しに、声をかけられた。
「今、本気で怒りましたか?」
「……それが何です?謝罪はしませんよ?」
「えぇ、それでいい。少しだけ、安心しました。」
何なんだ、いったい。
俺達は、そのままフィーレの夜へと溶けた。
—
とりあえず、俺達はギルドへと足を運んだ。
このフィーレでは、他に行けるところも無くなってしまったし。
「とりあえず、今回の依頼の入金は確認したわ。」
ゼナが言った。
バッツが手を揉みながらニンマリしている。
ちょっと、キモかった。
「おほ~~。じゃあ分配だな!どうする?」
「本当は依頼前に話しておくことだけど……、今回は均等で良いわ。ジュディ。サヤ。口座のIDを送っておいて。」
「分かったわ。」
「にしても、あの土魔法のいけすかねぇやろうには手をやいたなぁ~。」
バッツが、ため息混じりに言った。
「えぇ。二度とごめんね。」
ザインのことだろうか。
そういえば、そちらの状況は全く聞かされていなかった。
「そっちの状況はどうだったんだ?」
「どうも何も、お前のせいでめちゃくちゃだったんだぞ?本来なら金も分けたくねーくらいだ。」
「……ごめん。」
「はは!素直な野郎だな!まぁ、オメェの状況も多少察してる。悪くは思ってねーよ。」
気の良い奴らだ。
今回の依頼に関しては、チームに救われたところもある。
「じゃあ、私たちは宿に戻るわね。美味しい話があれば連絡ちょうだい。」
「またな!次あった時は、敵同士かもな!」
「そうならないことを祈るよ。」
二人はあっけらかんと去っていった。
そのまま、三人がギルドに残る。
「私もそろそろ宿に戻ろうと思うけど、あなた達は?」
「いや、それが……。宿なしで……。」
「はぁ?」
「セラムの家にいたから……。」
サヤが、呆れたようにため息をついた。
口の中の飴を回す。
「じゃあ、とりあえず、私の宿に来る?」
「いいのか?」
「一人部屋だから、あんた達はソファだけどね。」
「十分だよ。ありがとう。でも……。」
「何よ?」
「エルナはいけるか。」
「そんなもの。受付に見つからなきゃいいでしょ。」
こいつ、意外と悪だった。
—
サヤの宿に招待され、俺達は腰を落ち着けた。
今日は、本当に色々あったからな。
「……サヤ。」
今まで黙っていたエルナが、ようやく口を開いた。
「ごめんなさいね。迷惑かけて。」
「いいよ。このくらい。」
そう言ったサヤの耳は、心なしか赤く染まっていた。
俺は、エルナに声をかける。
「エルナ。」
「……何?」
「その、もう、平気か?」
何のことだかは、分からない。
でも、とにかく心配だった。
「えぇ。大丈夫よ。」
「そっか。」
「とりあえず、今日はこのまま寝て。カルディアに帰りましょう。」
「そうだな。図書館も、しばらくは閉館みたいだし。」
「ちょっと待って。」
サヤが、俺達の会話を遮る。
「……ジュディ。とりあえず、シャワー浴びてきて。」
「?」
「服、血まみれ。」
「……はい。」
………………。
…………。
……。
軽いシャワーを終え、宿に備え付けてあった寝間着に着替えた。
シャワーは地獄だった。
カルディア政府に応急処置をしてもらったとはいえ、なかなかに痛い。
部屋に戻ると、エルナがソファで寝息を立てていた。
「すー。」
「……お疲れ。」
このフィーレという土地は、エルナに対する風当たりが想像以上にきつかった。
きっと、ずっと気を張っていたんだろう。
「うわ、寝間着ピチピチじゃん。」
後ろから、サヤに声をかけられる。
だって、これしかなかったんだもん。
「明日、簡単に着るもの買ってきてあげる。今日はそれで我慢して。」
「何から何まで、悪いな。」
「いいのよ。ちょっとした、お礼。」
お礼?
そんな感謝されるようなことをしたのだろうか。
サヤは、それだけ言って棒付きキャンディを咥えていた。
—
部屋の灯りを落として、しばらく黙っていた。
エルナの寝息が、静かに続いていた。
窓の外で、木々の光がゆっくり揺れている。
「ねぇ。」
サヤが、天井を向いたまま言った。
「なんだ。」
「私、傭兵続けようと思う。」
少しだけ、考えた。
「そうか。」
「……それだけ?」
「お前が決めたなら、何も言わないよ。ただ、心配だけする。」
「っは。なによ、それ。」
サヤが、小さく鼻を鳴らした。
「ヴィンに正式に頼むつもり。しばらくは、バッツとゼナのチームに混ぜてもらって。」
「うまくやれそうか?」
「あの二人なら、大丈夫だと思う。」
その声には、迷いがなかった。
真っ直ぐ前を見て言った。
「……一つだけ、聞いていいか?」
「何?一つだけよ?」
「なんで、兄貴の見ていた景色が見たい、って思ったんだ?」
少しだけ、サヤは黙った。
しばらくして、口を開く。
「私はさ。ただ、兄貴に守られてた。そして、あいつは死んだ。」
「……。」
罪悪感が、少しだけ胸を抉った。
「だからさ。このまま見ないまま、前には進めない気がして。」
「……そっか。」
「過去に引きづられてる人だって、思う?」
「いや、思わないよ。それに、引きづられるのが悪いことだとも思わない。」
「……。あなたは、そう言うよね。」
サヤは、すでに答えを分かっているようだった。
「過去を思うことは、罪じゃない。苦しんで、『今』を進むんでしょ?」
「……それは、」
誰に向けた、言葉だったか。
「私は、このまま進むよ。私の選んだ道を、進むよ。」
「……そっか。」
俺はそれしか言えなかった
でも、それで良かった気がした。
しばらく、また黙った。
「……ジュディ。」
「なに?」
サヤが、少し間を置いた。
「あんたが、もし何かに挫けそうになった時は、」
「うん。」
「……一回だけ、私が支えてあげる。」
耳が、赤かった。
暗がりの中でも分かるくらい。
「一回だけ?」
「そ、一回だけ!」
サヤが、布団を頭まで引っ張り上げた。
「……おやすみ。」
返事はなかった。
でも、布団がかすかに動いた気がした。
エルナの寝息が、静かに続いていた。
窓の外で、フィーレの木々が揺れていた。
明日、カルディアに帰る。
その先のことは、まだ分からない。
俺も、自分で選んで進むしかない。
そう思った。
第四十話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、それぞれが少しずつ前へ進むお話でした。
ちょっとだけ、空気が軽くなった……はずです。
あと、サヤというキャラクターはかなり気に入ってます。
こういうクール&ビューティー系が好きです。
次回、第三章最終回です。
明日も20:10に更新予定!
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よろしくお願いします!




