第三十九話「残ったものは風だけ」
光が、収まった。
静かだった。
機械の音が、止んでいた。
ミカが、目を開けた。
「カジュ?」
セラムが、息を飲んだ。
声が、震えていた。
「ミカ……。」
そのまま、セラムはミカを思いっきり抱きしめた。
「ミカ、ミカ。会いたかった。ずっと……。」
「セラム……。」
ミカが、少しだけ間を置いた。
「え?」
セラムがミカを見た。
「どうして……。その名前を?」
ミカは、少し考えるような顔をした。
それから、静かに言った。
「よく、分からない。でも『全部』、知っているわ。カジュ。」
「……。」
「無理しないでって、言ったのに。」
セラムの目が、揺れた。
「ごめん。どうしても、もう一度、会いたくて。」
ミカの足元が、チリへと変わり始めた。
徐々に、上半身へと広がっていく。
「そ、そんな!どうして!どうして!」
「あはは。時間、ないみたい。」
「嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ!ミカ!僕は嫌だよ!」
「これだけは、言わないと。」
「嫌だ。聞かない!聞きたくない!」
ミカが、セラムを見た。
「カジュ。愛しているわ。ずっと。」
セラムが、崩れた。
「なんで、そんな……。」
「セラム。」
笑っていた。
最後まで、笑っていた。
「大好き。」
そのまま、彼女は砂となって崩れ落ちた。
「あ、あぁ。あああああぁぁぁぁぁぁぁ。」
セラムが、地面に落ちる砂をかき集めた。
意味はない。
ただ、もう一度、彼女に会いたい。
その一心で。
………………。
…………。
……。
俺は、セラムへと近寄った。
砂が、床に広がっていた。
セラムは、それをかき集めるのをやめていた。
ただ、うずくまったまま、動かなかった。
背中が、小刻みに震えていた。
泣いているのか、笑っているのかも分からない。
俺は、何も言えなかった。
「セラム。」
「……。」
動かない。
まるで、役目を終えた人形のようだった。
——その指先に、微かに光が滲んだ。
俺は、息を止めた。
セラムの視線は、床に散った砂へと落ちていた。
何かを、まだ諦めていないように見えた。
——光は砂へと落ち、波及していく。
俺は、セラムの肩を抱き、無理やり立たせた。
嫌な、予感がした。
「……まだ…。」
「行こう。セラム。」
そう言った瞬間。
背後で、誰かが息を詰めた気配がした。
——パン。
銃声。
セラムの胸が、赤く染まっていた。
光を放つ砂が、輝きを失った。
振り向いた。
そこには、ジャスの姿があった。
構えた銃の先端からは、硝煙が立ち込めていた。
「セラム!!!」
セラムが地面へと倒れていく。
俺は、咄嗟にセラムを抱えた。
「ジュディ……。」
「おい!セラム!セラム!」
「どうすれば……、良かったのでしょうか……。」
「うるせぇ!喋るな!」
「私の……、思いは……、罪だったのでしょうか。」
「……。」
俺は、もうセラムが長くないことを悟った。
そのまま、言葉を紡いだ。
せめて、彼が、少しでも後悔しないように。
「罪な訳、ねぇだろ。人を思うことに、罪なんてない。」
「……そうですか。」
「……。」
何も、言えなかった。
「……これを。」
セラムが、ポケットからメモを二切れ、俺に渡した。
俺は、血まみれの手でそれを握った。
「……これは?」
「感謝、ですよ。」
「何を、言って……。」
「あなたは、私の思いを、否定しなかった。」
「……。」
「やっぱり……そういう人、でしたね。」
セラムが、目をつぶった。
「……嬉しかった。」
「セラム!セラム!おい!おい!」
「……ミカ。そこに……、いる?」
そのまま、セラムはミカの元へ行った。
工房には、ただ静寂だけがあった。
—
外は、もう夜だった。
俺は、セラムの家の庭に腰掛けていた。
家の入口にはパトカーのようなものが、一台止まっていた。
道路の向こう側では、エルナを含む関係者が、カルディア政府に質問をされていた。
ザインの姿は、見当たらなかった。
「飲むか。」
ジャスが、紙コップを差し出した。
コーヒーだった。
「……。」
俺は受け取って、一口飲んだ。
温かかった。
味は、よく分からなかった。
「何故、撃った。」
「……。」
「殺す必要が、あったのか?」
「……。」
ジャスは何も言わない。
それが、俺を余計に苛立たせた。
「答えろよ。」
「俺を、恨んでいい。」
——ガッ。
俺は、思わず立ち上がりジャスの胸ぐらを掴む。
「答えになってねぇよ。」
「……あいつは、禁術を使用していた。俺は、職務に従った。それだけだ。」
ジャスが、正面を向いたまま言った。
こいつは、こいつの信念を持って動いていた。
そこに関して、何かを言う権利は俺にはない。
でも、それは、人を殺して良い理由になるのか。
俺には、分からなかった。
「……。っち。」
俺は、ジャスの胸ぐらを離す。
そのまま、言葉を続けた。
「色々と、分からないことがある。」
「なんだ。」
「女性の魔術ログは、なんだったんだ。」
「本来、調査内容は傭兵風情には漏らせない。」
「あ…?」
ジャスは、胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。
吐いた煙が、フィーレの夜に溶けていく。
「今から俺が言うことは、独り言だ。」
そう言って、ジャスは言葉を続けた。
「本物のセラム・マルソンは、図書館職員の女だった。地下に監禁されていたよ。IDとストーンウェアを奪って、成り代わっていた。」
「……そういうことか。」
「サヤたちが輸送していたものは大量の魔石だ。あいつの依頼だった。」
「……。」
見えてきた。
でも、分かった気にはなれなかった。
「もう一つ、聞いていいか。」
「なんだ。」
「あんたは、後悔してるか。」
ジャスは、少しの間だけ黙った。
「……している。当たり前だ。」
短く、そう言った。
そのまま、言葉を続ける。
「だが、あの場では、撃つべきだと判断した。」
「……。」
「だからお前は、俺を恨んでいい。」
声が、少し低かった。
自分に言い聞かせているみたいだった。
「……恨むかよ。」
俺は、それ以上は言わなかった。
ジャスを責める気にはなれなかった。
でも、納得もできなかった。
ただ、そういうものなんだと思った。
こいつも、こいつなりに何かを抱えてここにいる。
それだけは、分かった。
二人で、しばらく黙っていた。
フィーレの夜が、静かだった。
パイプから水蒸気が漏れる音だけが、遠くで聞こえた。
—
エルナが、家の前に立っていた。
サヤが、エルナの隣にいた。
バッツとゼナも、少し離れたところで立っていた。
全員、無言だった。
坂の上から、足音がした。
一人の男が、降りてきた。
年齢は五十代くらいだろうか。
落ち着いた服装で、背筋が伸びていた。
連れが何人かいたが、男だけが前に出た。
目元が、エルナに似ていた。
エルナが、その男を見た。
少しだけ、動きが止まった。
周りの空気が、変わった。
サヤが、俺の方を一瞬だけ見た。
「……お父様。」
エルナの声は、いつもと違った。
硬くて、小さかった。
男は、エルナをしばらく見ていた。
何も言わなかった。
表情も、変わらなかった。
それだけだった。
俺は、血まみれのメモを握ったまま、その場に立っていた。
言葉が、出てこなかった。
フィーレの夜風が、坂を抜けていった。
木々の光が、ゆっくり揺れていた。
この街は、いつもこんな風が吹く。
それだけが、変わっていなかった。
第三十九話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、終わったというより、終わってしまった回でしたね。
作者も書き終えた時に、少しだけ放心状態でした。
明日も20:10に更新予定!
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よろしくお願いします!




