第三十八話「今、生きるということ」
ザインは新しい煙草に火を付け、言った。
「話はわかっただろ?煙草も、もう3本目だ。本題に入りたいんだが。」
「……本題?」
「この先の話だよ。逆に聞こう、お前らの目的はなんだ?」
「……。」
「それで、お前らが俺にとっての敵かどうかが決まる。」
俺は、言葉に詰まる。
その話を聞いて、俺はどうするべきなのか。
「ザイン。」
「なんだ?」
「お前は、どうしてここにいる。」
「おいおい。そいつは逃げだろ。現実逃避に等しい。」
「うるせぇ!!いいから答えろ!!」
「……いいだろう。」
ザインは煙草を捨て足でもみ消す。
そのまま、言葉を続けた。
「護衛だよ。そこにいるセラムのな。」
「傭兵ってことか?」
「少し違うが、まぁそんなところだ。」
——ピピ
突如、ザインの端末から音がなった。
ザインはそのまま端末を取り出し、情報を見る。
「っち。お前ら、増援呼んだのか?」
「増援?」
「四人だ。ここに近づいて来ている。」
四人。
その顔ぶれを俺は容易に想像できた。
「それはおそらく、カルディア政府とその傭兵だ。」
「あぁー。なるほどな。どうやら、お前達も一枚岩じゃないらしい。」
こうなってくると、いよいよ時間がない。
もう、大筋は見えている。
それでも、確認しなければいけないことがあった。
「ザイン。お前の任務は、セラムの命を守ることだな?」
「正確には、少し違うが……。まぁ、そうだな。」
よし。ならこの場ではこいつを利用できる。
俺は、セラムへと視線を戻す。
「セラム。ザインに、こちらに向かってくる部隊を足止めするように伝えろ。殺さずにな。」
「それは、私に何のメリットが?」
「俺とエルナは、あんたを殺さないと約束する。」
「それは、脅迫ですか?」
「違う。話をするための時間がほしい。ここに来る部隊は、あんたを殺すことを厭わない。だから俺がそいつらよりも先にここにいる。」
セラムが俯き、考える。
もちろん、これだけでは交渉は成立しない。
しかし、何かとっかかりがあれば……。
「いいでしょう。ザインさん、部隊の足止めをお願いします。殺さずに。」
その場にいる全員が静止した。
飲むはずのない提案。
それをセラムはあっさりと飲んだ。
「く、くくく。はははは。あーははは!」
突如、ザインが笑う。
「ジュディ。何なんだお前は?」
「何が言いてぇんだよ?」
「ガキの考えることじゃねーだろ。お前、最高だよ。」
そう言って、ザインは俺を横切り出入り口へ向かう。
そのまま、こちらを振り向かず忠告してきた。
「相手の力量にもよるが、四人いるんじゃあ全員は無理だ。一人二人の取りこぼしはそっちで何とかしろ。殺すなっていう厄介な条件もあるしな。」
「うるせぇ。さっさと行け。」
ザインは、姿を消した。
俺は、改めてセラムに向き直る。
「まだ、いくつか質問したい事がある。」
「どうぞ。」
「まず、なぜ今なんだ?」
「……そのジャケット、右側の内ポケットを見てください。」
俺は言われた通りに指定されたポケットを漁る。
そこには、一円玉ほどの小さな機械があった。
「……盗聴器か。」
「えぇ。本当は、この作業はもう少し先の予定でした。しかし、状況が変わってしまった。」
「……。」
「質問は、終わりですか?」
——パァン
外から、発砲音が聞こえた。
時間がない。
女性の魔術ログ、輸送の問題。
そんな質問は、今となっては些末な事だ。
ザインの言うように、現実逃避にしかならない。
「……そこにいるミカは、どうなる?」
「消えます。過去の記憶を流した時点で、今の記憶を上書きすることになりますから。」
少しも揺れていない、静かな声だった。
まるで、それが当たり前のように、言った。
「……セラム。」
「はい。」
「お前を止める。」
そう言って、俺はセラムへ駆け出した。
——ピーン
突如、光の波紋がセラムがいる地面から走った。
体が、動かない!
俺は、そのまま前のめりに倒れた。
「…くっ。何。これ」
背後から、エルナの声が聞こえる。
魔法使いですら拘束する魔術か。
「この半年間。私は時間に関する禁術を研究していました。これは、その副産物です。」
——時間停止。
世界の時間を止めている訳じゃない。
おそらく、身体の活動そのものの時間を停止させた?
「あなた方が、ここに来る事はわかっていました。最低限の手は打ちますよ。」
そう言って、セラムはミカへと振り返る。
装置の隅に置いてあった、大量の魔石を手に取る。
「セラム!」
俺は、叫ぶ。ただそれしかできない。
くそっ。
動け!動け!動け!うごけぇ!
「私の魔力だけでは足りません。生の魔石使用はリスクがありますが、仕方がない。」
セラムは、あくまでも冷静。
まるで、すでに目的以外の感情を放棄しているようだった。
「——無理よ。」
突如、エルナの声が響く。
「今、なんて?」
「その理論では無理。事実よ。」
セラムの挙動が、明らかに変わった。
目を見開き、呼吸が荒くなる。
「なぜ、なぜなぜなぜ!なぜ、そんなことが!!」
「記憶を上書きした場合、記憶の情報と肉体の情報が噛み合ってなければ、肉体は崩壊するわ。」
「……は?」
「一時的に記憶が戻ったとしても、持って数十秒。その方法では無理なのよ。セラム。」
魔石を握る手が、震えていた。
セラムの目が、泳ぐ。
やがて、静かにセラムは言った。
「それでも、いい。」
「は?」
「彼女に私が何かを渡せるなら、私が、もう一度彼女を愛せるなら……。」
もう、彼は壊れていた。
壊れてしまっていた。
これで止まらない事は、俺はもう分かっていた。
——パン
突如、背後から発砲音が工房に響く。
セラムの足元に弾痕ができていた。
「そこまでよ。」
サヤの声だった。
「っ!邪魔をするなぁぁああ!」
——ピーン
再び、光の波紋。
その波紋が、サヤを捉え拘束した。
「っ!?」
「もう、時間がありません。エルナさん、よく見ていて下さいね?」
セラムが、持っていた魔石を体に当てがった。
魔石は光を放ち、セラムの体内へと吸収される。
記憶の抽出、上書きが始まろうとしていた。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。
動け、動け、動け!!
——ミシ
これ以上、失ってたまるか。
失わせて、たまるか。
——ミシミシミシ
今、ここにあるものを、失ってたまるか!!!
——パリーン
体が、動いた。
理由なんてわからない。
俺は、そのままセラムへと駆け出した。
「……なぜだ。」
セラムがこちらに手をかざす。
風の衝撃波が、こちらへと飛んできた。
「……がっ!」
そのまま、俺は吹っ飛ばされ工房の壁へと激突する。
肋がきしむ。
口の中に鉄の味が広がる。
喉の奥から血がせり上がった。
「がふっ。ゴホッ。」
「あなたは、そこで大人しくしていて下さい。」
「……。」
「次に起きたら、本当に殺します。」
俺は、立ち上がった。
膝が笑っていた。
肋の奥が、息をするたびにきしむ。
口の中に広がった鉄の味を、無理やり飲み込む。
それでも、一歩だけ前に出た。
「なぜ……。何故だ!何故立ちあがる!」
「……。」
セラムが、こちらに手をかざす。
——バンッ
風の塊が、胸に叩きつけられた。
「がっ……!」
今度は踏みとどまれず、床に膝を打ちつけた。
視界がぶれる。
腕に力が入らない。
それでも、床に手をついて、もう一度立ち上がる。
「来るな……!」
一歩。
セラムの声が、さっきより近い。
もう一度、風が飛んできた。
肩口を抉るみたいな衝撃に、体が横へ流される。
それでも、前を見る。
「……まだだ。」
自分に言い聞かせるみたいに、声が漏れた。
遠くから、エルナとサヤの声が聞こえた。
「「ジュディ!!」」
構うな。
今は、あいつから目を離す訳にはいかない。
セラムが、震えながら俺を見ていた。
「……なんで。なんで止まらない……。どうして!」
「……セラム。あんたのことは、何となく、分かるよ。」
「いったい、どの口で!」
俺は、進む。
進まなければ。
この足を、前へ。
「もっと何かできたんじゃないかって。繰り返し、思い出してさ……。でも、どうにも出来なくて、そいつがいない『今』で、潰されそうになって。」
「……。」
「しんどいよな。正直。」
体が、ぼろぼろだった。
それでも、足は止まらなかった。
「あんたが、ミカのことを想い続けることは——間違いじゃない。間違いな訳、あるか。」
セラムの手が、止まった。
「俺も、そうだよ。」
工房が、静かになった。
機械の音だけが、低く続いていた。
「でも。」
俺は、台の上のミカを見た。
眉根を寄せたまま、小さく息をしていた。
「……やめろ。」
一歩、踏み出す。
足が重い。膝が笑う。
「もう、やめろ……。」
セラムの魔術がぶつかる。
体が軋む。視界が揺れる。
「お前……見てただろ。」
手をつく。
立ち上がる。
もう一歩。前へ。
「今のミカを。ずっと見てきたはずだろ。」
「……。」
「それを、お前が……否定すんな。」
俺は、セラムの前に立った。
そのまま、言葉を紡ぐ。
「今ここで、確かに生きているミカを、否定すんじゃねぇ。それだけは、絶対、譲らない。」
セラムは喋らない。
俺は、そのまま言葉を紡ぐ。
「今と、これからの未来を消してまで、過去を取り戻そうとするのは、違げぇだろ。」
セラムが、唇を震わせた。
「苦しむんだよ、セラム。俺たちは、『今』を生きてるんだ。」
俺の声が、静かに工房に落ちた。
誰も、何も言わなかった。
セラムが、俺を見ていた。
目が、揺れていた。
「……私は。」
声が、掠れていた。
「私は、ただ。」
続かなかった。
言葉が、出てこなかった。
——コツ。
音がした。
台の上から、足音がした。
全員が、そちらを向いた。
ミカが、起き上がっていた。
チューブが、何本か腕から外れていた。
顔が、青白い。
それでも、目を開けていた。
ゆっくりと、台から足を降ろした。
足元が、おぼつかない。
それでも、一歩、踏み出した。
「ミカ!」
セラムの声が、割れた。
それでも、ミカは止まらない。
一歩、また一歩。
セラムの前まで来て、立った。
「……ミカ。お前、聞こえてたのか。」
俺が言うと、ミカは俺を見て、少しだけ笑った。
それから、セラムを見た。
「……セラム。」
小さな声だった。
「私はね、幸せだよ。」
「……。」
「この世界が、本当に楽しいの。ご飯は美味しいし、風は気持ちいいし。……セラムもいるし。」
それは、ありのまま心から出た言葉。
セラムは何も言わない。
ただ、ミカの言葉を聞いていた。
「私ね。生まれることができて、本当に良かったって思うの。セラムに作ってもらえて、この世界を感じることができて、本当に幸せなんだよ?」
「……。」
「だからね。セラム。」
——いいよ。
セラムが、息を飲んだ。
「ミカ。君は、分かってるのか?」
「うん。分かるよ。セラムのことだもん。」
ミカは、笑っていた。
公園で笑っていたのと、同じ笑い方だった。
「私もね、セラムに貰ってばかりじゃなくて。何かを渡したいの。」
セラムの目から、涙が落ちた。
「ミカ……。」
ミカが、セラムの手を取った。
記憶の移植が、始まった。
「ダメだ!ミカ!」
俺は、思わず叫ぶ。
ミカは、こちらを見なかった。
ただ、ずっと笑っていた。
光が、ミカの体を包んだ。
セラムが、ミカの手を握ったまま、動かなかった。
「あのね。セラム。」
「うん?」
——大好き。
ミカの声が、最後にもう一度聞こえた。
二人は、光に包まれた。
第三十八話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、フィーレ編の山場でした。
ジュディ、お前山場になると毎回ボロボロになってない?
でもいつもよりは軽症なので、成長してるのかな。一応。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメント、評価をいただけると、何度でも立ち上がれるよう作者が全力であなたを応援します。
よろしくお願いします!




